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復唱の契約

 何故、こんな冷たい空気になったのか俺には分からない。

 フィリオは笑いを堪えてるようで全く堪えられてないし、ルークは笑顔のまま固まっている。その他の奴らはドン引き。

 何これ。今、どんな空気なの? エレンペラ在住じゃないと水貰う権利ないの? 何かの届け出とか必要なの?

 俺は、どんな目で見られてるんだ!?


「あ、いや……無理なら無理で別にいいんだが」


 この空気が無理。個人攻撃で蔑まれてるのは良いけど、さっきの少しだけ沸いた空気を打ち破る冷たい雰囲気作られるのが非常に気まずい。

 誰か、何か言ってくれ。この際、罵詈雑言でもいいから俺に情報を与えてくれればそれでいい。


「いえ、全然構わないのですが……確認しますね。『僕がするお手伝いが、"エレンペラの水を渡す"』でいいんですよね」


 確認するようにルークが首を傾げて微笑む。

 何故か、目を逸らすことが出来ない。何だ、この念を押すような言い方。


「あ、ああ……うん。手伝ってくれるなら頼む」


「分かりました」


 今度は満面の笑みを浮かべた後、メガネを光らせたルークは、俺の胸を人差し指で軽く突く。

 ぞくりとした悪寒が走った。


「――契約が成立しました。あなたの命は二週間。その間に依頼された魔除け香を作らなければ、その魔力全て頂きます」


「は……?」


 契約? 命が二週間? 二週間以内に依頼達成されなかったら、魔力を全部奪われる?

 言っている意味が分からないのだが。このメガネ、さっきの大人しそうで無害に見える姿とは違って、今は誰よりも堂々としている。


「あーあ……ルークに頼みごとなんてするから、首輪つけられちゃったね」


 妖精族の女が憐れむような目で俺を見据える。

 その言葉に反応したフィリオが笑い堪えて身悶えているが、笑いごとじゃないのはこの空気で何となく分かる。

 フィリオは、完全な異常者だろう。放置した方がよさそうだ。


「ルーク殿は、古くから伝わる呪術師の家系なんですよ。言葉に魔を宿し、約束の確認と見せて服従させる『復唱の契約』で相手に刻印を残す術を主とします。ふふっ、此処まで素直な方は希少稀……いえ、失礼。知らなかったとはいえ、警戒心が少し足りないのが些か不安……いえ、止める余裕がなかった僕も反省すべきですね」


 フィリオが笑いに震えながら説明をする。ついでに少し悪口を言われた気もした。

 言霊で相手に刻印を残す黒呪術……それって、つまり――


「は? お前、俺に呪いかけたの!?」


「大丈夫です、僕は約束を守ります。あなたも約束を守れば、その刻印は解除されますよ」


 メガネをかけ直したルークは、ニヤリと怪しく笑う。

 ルークのメガネの奥にある瞳を見ると胸が針で刺されたように痛んだ。


「あなたは、この会議でアイテムを作ると約束しました。しかし、それはこの場の勢いで逃げる可能性もある。だとしたら、逃げられないようにするしかないじゃないですか」


「俺のこと信じられないのかよ。いいか。さっきも言ったけど、この提案が成功すればお前の部隊もオロフさんの部隊も生き残る。逃げる理由なんてないだろ」


「あなたにはあります。部外者なんですから、責任はない。初めて会った人の意見が押し通されて、不安を抱かないのがおかしいでしょう。それが普通じゃありませんか? すぐに信じるなんて無理ですよ」


 マジかよ、こいつ怖いな。

 この場の誰よりも……恐らく、オロフよりもずっと俺のことを信じていない。

 俺を補給部隊に編成してはどうかという意見も全部悪意だったのか。もしくは試した?

 俺がどう動くか、それを観察してたのか。俺に選択肢を与えることで、俺がどういう人間でどんな行動をするかと見ていた。

 その結果、呪いという首輪をつけた。逃げられないようにしたんだ。


「二週間後、あなたは約束を果たさなければ命と魔力を失います。正直に言います。僕は、あなたが本物の錬金術師様だと信じていません。ガストン様には申し訳ありませんが、見た目だけで力量を信頼することは難しいです。――ごめんなさい。僕は、あなた一人の言葉よりも現実的な平穏を優先したいんです」


 ルークの言葉に会議室が静まり返る。

 簡単に信用されると思うな。言葉だけじゃ、誰もお前なんか信じないと言われたようだった。


「ま、そうだよね。真理も真理。こりゃ、青葉君の自業自得だわ」


 欠伸をしながら背伸びをしてクローネが机に頬杖をつく。

 寝ながら話を聞いてたのか、こいつ。だったら、もう少し早く起きて呪いの儀式止めろよ。


「まあ、でも命賭けさせるとかは引くけどね。青葉君さぁ、呪いかけられてビビってんの? やることは変わらないじゃん」


 確かに。やってみせると豪語したし、どっちみち失敗したら人権ないってオロフにも言われてるしな。

 この世界の偉い奴らって、目的のために相手に激しいリスク負わせるのが好きなわけ?

 そりゃ、クローネじゃなくても引くわ。嵌められたとはいえ、自分の発言に後悔なんかしていない。


「ま、変わらねぇな。約束の取り付け方が激しすぎるけど、そこは過ぎたことだ。素材さえあれば三日で出来る。だけど、今回だけだ。次回から、こんなもんつけんじゃねぇぞ」


「もちろんです。お仕事をしてくれれば、僕は信じていいと思っています。気分を悪くさせてごめんなさい」


 ああ、見えてる見えてる。頭を下げて謝罪してるけど、口元が緩んでる。性格の悪さが出てる。

 あからさまだから少しは隠せ。せめて、本人だけにはバレないように努力はしろ。

 犬の姿の亜人、ルーク。こいつは、相当な危険人物。覚えたぞ。


「だとしたら時間が惜しい。俺には、エレンペラの水の目利きをする自信がない。ガストンさん、あんたが大丈夫だと思える人物を俺に同行させてくれ。全員が初対面の俺には、誰が適してるか分からない」


「…………」


 ガストンさんが鋭い眼光で俺を睨む。

 頼むから、その威圧感で睨むのやめてくれないか。怖いんだよ。

 こうなった以上、誰も信用出来ないってことだろ。だとしたら、俺が信じたくても俺が誰かに同行を頼むことは出来ない。

 慣れないものを目利き出来ないことをいいことにルークが偽物を渡さないとは限らない。

 あいつが言葉だけじゃ信用出来ないと俺に言うのなら、俺だって約束が本物か確かめないといけない。


「ガストン殿、もしよろしければ僕が同行しても構いませんか」


 爽やかに笑うフィリオは、やっと爆笑のツボから抜けられたようだ。今は、堪えている様子がない。


「ああ、フィリオ殿なら構わない。良い影響を受けるだろう」


 良い影響?

 フィリオが俺にとって良い影響にはならないだろう。

 笑いのツボがおかしすぎて不安を煽るぞ、こいつは。


「それから、ジェシリア殿。申し訳ないが、そこの馬鹿者に貴重な時間を頂けるか」


 ガストンさんが目を向けたのは、妖精族の女。この女の名前、ジェシリアっていうのか。


「ジェシリア殿は、草木や花の知識が豊富だ。もちろん、水についても。馬鹿のお守りで申し訳ないが……」


「ああ、いいよ。こいつの面倒を見るのは退屈しなさそうだしね」


 ジェシリアが不敵に笑って俺に手を差し出す。


「ジェシリアだ。あんまり変な気を起こすなよ」


 どういう意味だ。俺は、子供か? 歯止めの利かない動物か?

 ガストンさんもさっきから馬鹿馬鹿とうるせぇな。


「あ……」


 そうだ、手を出されてる。

 いや、無理だろ。女相手に握手とか無理もいいところだ。

 でも、此処で握手しなかったらまた不審に思われるし……いや、出来ない。触れない。


「はーい、よろしく~」


 俺の代わりにクローネがジェシリアの手を取る。

 何こいつ、便利。助かるし、俺のアシストさり気なくさっきからしてくれてるし。

 俺よりコミュ力あるんじゃないか。それはそれで悔しいけど、こいつは良いサポーターだ。


「青葉君は、女の子苦手だから悪く思わないでね。よろしくの握手は、私がするから」


「は、はあ? まぁ、いいけど。あんたら変な奴だね」


 ジェシリアが困惑して首を傾げる。横でフィリオが噴出して笑った。

 またかよ、こいつ。笑う場所がどこにあった?


「では、今回の会議はこれで終了とする。次回の会議は追って連絡をしよう。それまで、各々の仕事を全うするように」


 ガストンさんのその言葉を最後に会議は終了し、次々とワープゾーンの魔法陣から抜け出る人々を目にする。

 オロフが俺達を一瞥すると、見下したように鼻を鳴らした。嫌味の挨拶か。ムカつくな。


「僕の家はエレンペラ西方角にあります。青いラズライトの装飾がついた屋敷なので、すぐに分かると思います。お待ちしていますね」


「いっ……!」


 その言葉と同時に胸が痛む。呪いによる悪意か何かが痛めつけたのだろう。

 飼い主がペットのリードを引いて苦しめるような感覚に似ているかもしれない。

 これはさっさと終わらせないと、休まらないな。面倒なもんつけやがって……!


「すまないな。ルークは警戒心が強すぎるんだ。お前さんが悪いわけじゃねぇ」


 ドルイドが無骨な手で俺の頭を撫でると、ルークに続いて魔法陣に乗りホールへと移動する。


 警戒心が強いに加えて信用しない、更に嫌悪感を抱かれてる相手に俺は上手くやる自信はない。

 与えられた仕事をすれば信じてくれるという言葉に、嘘偽りがないことを願うほかにない。

 意外な奴に目をつけられた。俺は、まだ気が緩んでいるらしい。


 でも、俺が信じなくて誰が俺を信じる?

 そんな綺麗で熱い言葉を言うつもりはないが、志は持っていてもいいかもしれない。

 向こうの世界で出来なかったことをこの世界では出来る。

 異世界補正の祝福だけじゃなくて、俺の行動如何で人を動かせる可能性はある。

 それは、やはり驕りで自意識過剰の自己満足かもしれないけど、人を動かせずに世界は救えない。

 俺が努力すべきことは、こういった積み重ねのひとつずつだと思う。


「――ッ」


 冷たい感触が左首を掠めると、条件反射で触れたであろう手を振り払う。

 俺の魔脈であり、弱点の場所が一瞬ではあるが痛みを感じた。


「ああ、失礼。青葉殿、ゴミが肩に」


 フィリオが俺の肩についていたらしい小さなゴミを手にする。

 首に触れたのは、ゴミを取ろうとして掠めただけか。驚かせるなよな。


「あ、いや……俺こそ悪い。ありがとな」


 痛みの原因は何か分からないが、親切心を受け取って礼は言っておこう。

 よく分かってないみたいだし、不可抗力みたいなものだからな。


「ほら、さっさと行くんだろ。時間が惜しくて呪いを解きたいなら早くしな。こっちにも予定ってもんがあるんだからね」


「わ、分かったよ。あんま急かすなよ!」


 ジェシリアの少し機嫌の悪そうな声に引いてしまった俺は、クローネ達と共に魔法陣に乗りホールへと向かう。

 そこでクローネに耳打ちされた。


「青葉君って、トラブルメーカーって奴だよね。ま、頑張れ~」


 そんな能天気なエールに少しイラついた。

 好きでトラブルを巻き起こしてるんじゃねぇよ。この世界が俺の神経を逆撫でするんだ。

 ピーチクパーチク反論したところで、クローネには何のダメージにもならないことを知っている。

 だから、無駄な体力使わないように睨むだけにしておくけどな。

 黙っとけ、とだけ目で訴えるとクローネは口笛を吹いた。


 さて、次の目的はルークの屋敷に赴いて素材を頂くことだ。

 嫌な予感しかしないけど、約束を守る術をかけた以上、あいつも俺との約束を違えることはないだろう。

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