補給問題の解決策
周りを納得させるにしても、部外者で不可抗力とはいえ、トラブルを起こした俺がすぐに信用されるわけがない。
メガネ犬野郎の提案に納得したのは、誰もいなかった。
当然とばかりに、誰一人として納得せずに否定の態度を示していた。
せめてフィリオは賛同しろや。
お前、味方じゃなかったのか。親切にしただけの敵かよ、てめぇは。
新参者がいきなり参加するってのは、不安だと思うけど。
ガストンさんとオロフは絶対に反対すると思ってたが、肩書き補正で何とかなるとは思うほど甘くはないか。
肩書きで信頼されるのも癪だけどな。本質を見られていないわけだし……いや、それはこの状況じゃ贅沢ってもんだな。
「ルーク殿! 何を能天気なことを言っているか。こんな庶民を我々の陣営に加えるとは、気でも狂ったか!」
「あああ……あの、そういうつもりで言ってるつもりでは……」
オロフが激怒してルークと呼ばれたメガネ犬野郎に詰め寄ると、涙目で引く。
庶民とか言われて俺は特に何も感じないが、ルークはキチガイ扱いされて少し可哀相にも見えてくる。
そこまで言わなくてもいいんじゃないかと口を挟もうとした時だった。
バンッ、と机が強く音を立てて叩かれる。
鋭い眼光でオロフを睨み、机をへこませた白髪交じりの金髭を生やしたドワーフに誰もが釘付けになる。
迫力は、ガストンさんといい勝負だろう。
「いい加減にせぇよ、オロフ。さっきから黙って聞いてれば、錬金術師の小僧に対する態度といい、ルークに対する暴言といい……目上の者がすべき行動じゃねぇ。此処にいる時点で、ルークはお前さんと同じ立場ということを忘れんなよ」
「くっ……!」
確かに、ドワーフのおっさんが言うことは最もだ。
気弱で貧弱そうな子供に見えるルークでも、同じ土俵に立っているなら立場は同じ。
血気盛んにしているのは、オロフだけ。周りは冷静そのものだ。
「はいはい、喧嘩は後でやりな。まあ、ルークの言いたいことは分かるけどねぇ。そいつが錬金術師って証拠も信用もいまいち足りないし、ガストン殿の虚言じゃないかって疑ってもいるよ」
「…………」
妖精族の女がガストンさんを見据えた。
しかし、どっしりと構えて座るガストンさんは反応を示さない。何かを窺っているようにも見える。
「此処で簡易的な錬金術を見せたところで、仕掛けがどうの魔法がどうのって騒ぐだろ。特にそこの貴族のハゲは、俺の魔力を食らっても認めてくれない。俺が何をしたところで答えは変わらないなら、あんたらはどうするんだ。情報を俺に与えたまま、無視でもするか?」
ガストンさんには悪いけど、此処は俺なりの方法で対処させてもらう。
騒ぎ立てても無駄だ。火種を更に大きくするだけだし、関係者にしてもらうには正念場だ。
「あんたが、この部屋を出れば全て丸く収まるよ」
妖精族の女が口元に弧を描く。
そんな簡単な問題かよ。そしたら、ルークの意見はどうなるんだ。
我慢しろ、食ってかかるなよ。冷静に……冷静に話をしろ。
「それは、此処にいる異分子を排除する方法であって、解決にはならない。因みに言うと、さっきの意見は俺の魔力調整の問題に関わる。どんな環境に置かれるか分からない状態でリスクを伴う錬金術は難しい。あんたらが思うほど、軽いものだと思うなよ。その意見を通すなら――」
ごくりと息を飲む。極めつけの言葉だ。
「俺を信用するために、まず仲間に入れろ!」
蚊帳の外はまっぴらごめんだ。
俺の問題なのに何で俺が口を挟めないんだ。おかしいだろ。
部外者だろうが関係者だろうが、この場ではどうでもいい。
ひとまず、この会議では仲間に入れてくれ。
「ぶふっ……ぷ、くくくっ……」
隣でフィリオが顔を真っ赤にして噴出し、喉元で笑うのが精いっぱいだとでもいうように身を悶えさせていた。
こいつ、やっぱり酒入ってるんじゃないか。笑いすぎだろ。
「あーあ……フィリオのツボ入っちゃったよ。ガストン殿、どうする? これ以上、そこの部外者に喋らせるとフィリオが笑い死ぬよ」
妖精族の女が頭を掻いて苦笑いを浮かべる。
此処まで会議が乱されたことにガストンさんは呆れたのか、深く息を吐いた。
「……仕方あるまい。全く、私に恥を掻かせるなと言っただろうが三流。ルーク殿、貴殿の意見は現状理解で通すことは出来ない」
「ご、ごめんなさい。僕、僕は……少しでも事態が解決すればと思って、でも……」
「大口を叩くだけの三流を入れる余裕は我々にない。だが、補給部隊はルーク殿の管轄。補給部隊が今どうなっているか、本当にそこの馬鹿が必要かを納得させられるかの説明が出来れば考えよう。――三流、お前も話を聞け」
誰もが反対する中で、ルークが状況説明で周囲を納得させる方法をガストンさんが提案する。
俺にも話し合いの許可も貰えた。恐らくは、話し合いに参加出来なかった俺がまた食いつくのを危惧したのかもしれない。
思ったよりも話が分かるおっさんで助かった。
妖精族の女も強面のドワーフも会議に並んだ他の奴らも渋々と納得したようだ。
オロフだけは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
フィリオは、凛々しく背を正しているが震えている。また笑いだすのも時間の問題だ。
「結論から言うと、補給部隊は人手が足りません。医療班と連携して魔導師さん達の魔力サポートをしていますが、今を凌ぐのが精いっぱいです。軽率な発言をしてごめんなさい……。それでも、錬金術師様の手があれば少しでもアイテムも増えて、使い道の知恵も頂けると思ったんです」
「ふん、人の手ばかり必要とするか。ルーク殿が上手く指示していれば、困ることもなかったのではないのかね」
オロフが腕を組んでルークを睨みつける。
クレーマーかよ、お前は。普通に考えて多数の魔導師の魔力維持をさせる為だけにアイテムを用意するなんて不可能だろ。
実戦に向けての物資も必要となるし、補給ということは全体の兵糧も武器も用意しなきゃいけない。
全体のバランスを考えると、補給部隊が活動出来ているのは奇跡だ。
「えっと……その、それは確かに僕の落ち度ですが――」
「それは違う」
残念だが、口を挟ませてもらおう。
このままだと委縮したルークが哀れだし、作戦は成功しない。会議も無駄なものとなる。
こいつら、仲悪すぎだろ。少しは、連携取れよ。
「今の話だと、補給部隊が動けていること自体が奇跡だ。だけど、その管理してる物資が殆ど結界を張ってるオロフさんの部隊に回ってるとなると、他に手が回らないし事態の解決にはならない。このままだと、一番最初に潰れるのは補給部隊だな。まだ補給部隊が稼働出来てるのは、ルークが上手く回せてるおかげと言ってもいい」
「錬金術師様……で、でも……」
「いいから、話を聞け。オロフさん、少数精鋭で交代すれば少しはマシになるんじゃないか」
交代制でやれば、休んでいる方は少しでも魔力を温存出来る。
昼夜交代制の結界を張れば、回復薬の節約にもなる筈だ。
「何を馬鹿な! 人員を削減したら結界が弱まるだけだ」
「そこで俺の出番だ」
鞄の内側にしまっている魔除け香を取り出すと、怪訝な表情でオロフはそれを睨む。
「何だ、それは」
「これは、俺が作った魔除け香だ。魔物を遠ざける効果がある。これを改良すれば、魔物そのものが近付けなくなる計算だ。ただ、巨大キメラの嫌いな匂いと併せて薬品を作る必要がある。改良品として作るから、素材さえあれば時間はかからない」
「ふん、魔物の好き嫌いなど私が知ったことか。大体、そんなもので――」
「あー、その辺の生態についてなら私が知ってるよ」
妖精族の女がオロフの言葉を遮って挙手をする。
「奴は自然のものや生物の生肉を好む生き物だからね。混ざりもので作られた香水や不自然な強い匂いを嫌う傾向があるよ。ま、キメラなんて未知の魔物だし、本当に効くかなんて分からないけどね」
ふっと鼻で笑い、馬鹿にしたような口調の女に腹が立ったが、それはそれ。有意義な情報だ。
「香水や不自然な強い匂い……か。それなら、割といけるぞ。さて……補給部隊をこのまま潰すか、俺に任せるか決めてくれ。因みに、補給部隊が潰れたら、自然にオロフさんの魔導部隊も潰れるからな。結界が破れ、巨大キメラが襲って来るぞ」
「むっ……そ、それは……」
悔しそうにオロフが思い悩んでいると、隣でくすくすとした笑い声が聞こえる。
フィリオが楽しそうに笑顔でオロフに目を向ける。
「これは此方の負けですね。彼を一度信用してはどうでしょう。仲間に入れる入れないという話の前に、錬金術師様としての腕前を見るのも一興。魔導部隊の裏側には、我々騎士団とドルイド殿の警備団が控えております」
「うむ、そうだな。我々警備団が守り切ると約束しよう。面白い展開じゃねぇか!」
威圧的だったドワーフのおっさん、ドルイドという名前らしい。そいつは、不敵な笑みを浮かべた。
話し合い的には成功か? さっきの険悪な雰囲気より柔らかくなったようだ。
「……どの程度で、その薬品は作れる?」
「素材があれば、三日。なければ、プラスで採取にかかる日数だ」
「――成功しなかったときは、貴様に人権などないと思え」
オロフが口にした言葉に、ガストンさんに言われた言葉を思い出した。
初めてホムンクルスの依頼を出された時、納期まで間に合わなかったら実験材料にするなんてこと言われたっけ。
「あ、あの……必要な素材があれば言って下さい。何か欲しい素材があれば、手配します。お手伝いさせてください」
ルークが身を乗り出して手伝いを名乗り出る。
ああ、これは本当に上手くいきそう。いや、きっと上手く出来る。
ガストンさんに目線を向けると、今度は頷いてくれた。仏頂面なのは変わらないが、上等だろう。
「必要なもの……か。そうだな、大掛かりな仕事だし欲しいものはある」
「はい、何でしょうか」
「エレンペラの水」
ルークの表情が笑顔のまま固まった。
今さっき良かった空気も凍てついたようなものになる。
「さ、流石に駄目?」
調子に乗りすぎたかと後悔した俺は、周囲の顔色を伺った。
だって、魔力が強ければ強いほど高品質になる錬金術のアイテムで使わない手はないだろ。
エレンペラの水は、魔力の塊と言ってもいいほどの貴重な素材だ。
金持ちの奴らなら手配なんて造作もないだろう。
しかし、試験管一本で罰金二百万リールも取られるような高級な水は流石に難しいか。
何でもいいけど、この沈黙打ち破ってくれないかな。駄目なら駄目で他の方法考えるから。
やっぱり、この話はなかったことでってなったら俺はどうしたらいいの。
「ぷっ、ぶふっ……」
最初に沈黙を破ったのは、フィリオが我慢できずに噴出した笑い声。
それは、どういう意味の笑いなのか教えて欲しいんだが。
頭の悪い俺が、これ以上こいつらを納得させる方法なんかないんだから、本当に勘弁してくれ。




