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本部会議の異端者

 魔導師協会本部の大きなホールに辿り着くと、大理石のような床にいくらかの魔法陣が置いてある。

 そのうちの青い魔法陣に連れて行かれると足元の魔法陣が光り、俺達の体を包み込む。

 驚いたのは一瞬で、その後に見えた景色は、ホールではなく見慣れない大きな部屋だった。


「ワープかよ。そういうものだって、最初から教えてくれれば――」


 そこで息を飲んだ。別にエイルの親父に睨まれたわけじゃない。

 好奇の目がいくつも俺達を捉えていたからだ。

 種族は多種多様。人間もいれば、耳の長いエルフや透明な羽根をつけて身長は人間と変わらない姿の妖精族、髭の濃いドワーフ族や猫やウサギの獣の耳を付けた亜人もいる。


「おやおや、ガストン殿。新しい召使いかペットかな、それは」


 嫌味に笑うエルフは、俺とクローネを家畜でも見るような目で顔を近付ける。

 覚悟してたけど、完全に蔑まれてるな。意味も理由もなく、自分よりも身分が低いと何故か下に見る。

 まあ、このくらいでは怒りも何もしない。無視をすればいいだけだし、クローネも気にした様子はない。


 そんなことよりもガストンって……エイルの親父のことか。


「あんたの名前、ガストンさんっていうのか」


「教える必要は無かったからな。――オロフ殿、こ奴らのことは気にしなくていい。ただの見物人だ」


 嫌味を言う貧相な頭の男は、オロフという名前らしい。

 そいつは、俺の顎を掴み視線を合わせると下卑た笑みを浮かべる。


「いやあ、この出来は実験動物ではありませんか? 光に差してもこんな黒い髪はお目にかかれませんからな!」


「いって!!」


 引きちぎらんとばかりに、オロフは俺の髪の毛を右手で掴んだ。

 突然の暴力とか冗談じゃない。実験動物だなんてふざけんな。せめて人間扱いしてくれ。


「離せ! 禿げるだろ、このクソハゲ!!」


「見目は良いというのに、口は悪いときた。少し教育がなっていないのではないか」


 左手を俺の胸に当てようとするオロフの手を取る。

 此処で止めなかったら、魔法をぶちかまされて理不尽な暴力をまた受けてしまうことを予想出来るからだ。


 少し力を入れて魔力を注いで痺れさせたところで、オロフは足元を震えさせて手を放す。

 そのまま腰を落としたオロフは、俺を驚愕の瞳で見ていた。


「ま、魔法が使えるだと? たかが実験動物のくせに」


「実験動物じゃねぇよ。どう見ても人間だろ、ハゲ。俺は錬金術師だ。防衛本能でつい魔力使ったけど、体に異常はないか? もし、不調があるなら薬あるけど」


 正当防衛として俺も暴力振るっちまったし、相手の体に異常があったら一大事だ。

 俺が手を伸ばそうとしたところで、その手が振り払われ周りがざわめく。


「れ、錬金術師……だと? こんな庶民の小僧が……あの、伝説の? 馬鹿な、有り得ない!!」


「残念ながら、有り得るんだよね。青葉君の魔力を体感したなら、おじさん分かるっしょ。普通じゃないことくらい」


 のんびりとした口調で、クローネが首を傾げて座り込んだオロフに視線を合わせるようにしゃがみこんだ。


「因みに私は、青葉君が作ったホムンクルスのクローネね。良かったね、彼が優しくて。数秒遅かったら、私がおじさんに掌底打ってたかもしれないよ~」


 追い打ちをかけるな、内面とはいえ怪我してるんだから。脅す必要もないだろ。

 しかも、掌底かますって……クローネって、もしかして魔法系より物理攻撃の方が得意なのか。


「ほ、ホムンクルス!? こんな精度の高いものが……そんな、馬鹿な! ガストン殿、どういうことだ!?」


「一人で勝手に盛り上がったのは、貴殿だろう。私は言った筈だ。奴らは見物人。錬金術師であろうとホムンクルスであろうと、素性は関係な――」


「関係ないとは、言わせませんよ。ガストン殿」


 オロフとガストンさんの間に入る声。穏やかに聞こえるようで張り詰めたような声の青年だった。

 白銀の長い髪をオールバックにして後ろでひとつに結び、白の甲冑を身に着けた騎士。

 なんか、全体的に色素が薄い。肌もさることながら、ペリドットのような色の瞳までもが濃く感じられない。


「気紛れで大層な方々を連れてきたわけではないでしょう。無礼は承知のこと、お許し下さい。しかし、このようなトラブルは予想してなかったわけではないかと。怪我がなかったからよかったというものの……」


 何処かの王子のような礼節を弁えた口調で青年は、ガストンさんへと目を向ける。

 怪我はなくても、毛は数本なくなったけどな。未だに頭皮が痛いのは腫れているからかもしれない。

 この腫れもじきに治るな、自然治癒で勝手に。根元から抜かれた毛がどうなるかは分からんが。


「こいつがあまりにも現実を直視していない故、勉強をさせようとしただけだ。元より話を聞かれて困る存在でもない。ホムンクルスはともかく、この三流錬金術師を部隊に入れる気は毛頭ない。――満足か」


「……いえ、こちらこそ失礼しました。我々も現状理解で気が張っていたところでしたので。どうか、オロフ殿を責めないで下さい」


 青年は俺に手を差し伸べて、にこやかに笑う。

 ああ、なんか……女とかがキャーキャー言いそうな王子様みてぇな笑顔。

 少し寒くなるほどの爽やかさで、歯でも光るんじゃないかとすら思う。


「僕の名は、フィリオ。騎士団代表として、今作戦に参加することとなりました。錬金術師様、このような縁ではありますが、お見知り置き頂ければ光栄です」


「かしこまるなよ。あと、錬金術師様じゃなくて青葉って呼んでくれ。肩書きで呼ばれるのは好きじゃないんだ」


「ええ、ではそのように」


 フィリオが笑顔で頷く。今、かしこまるなって言ったばっかりだよな。

 何なんだよ、こいつ。にこにこと気持ち悪いな。


 ガストンさんにフィリオが視線を向けると、その意味を知り全員が椅子に座る。

 オロフも少し足元が覚束ないながらも席に着いた。

 俺とクローネは、元々部外者だから少し離れた場所にいようと思ったが、腕を掴まれる。


「――大丈夫です。貴殿の正体を知って、手を出す愚か者はおりません」


 フィリオが耳打ちすると、俺はオロフに視線を向ける。

 ちらちらと俺達を見て、少し挙動不審になっている。怯えているようにも見えた。


「あー、そんなつもりなかったんだけどな。流石に髪引っ張られて大人しくは出来ないというか、腹立ったのも事実だし……って、いやいやガストンさんに恥掻かせないって約束が……! やべぇ、このままじゃ面子に加えてもらえねぇ」


 フィリオの隣の椅子に座って頭を抱えると、くすくすとした笑い声が耳に届く。


「んだよ、笑ってんじゃねぇよ。フィリオ、笑いごとじゃねぇんだよ。俺にとっては、死活問題なんだよ」


「いや、失礼。青葉殿は、今回の作戦に参加したいと申し出たのですか」


「ん、まぁな。あの親父が物資作成と配達の依頼しか出さないもんだし、俺ならそれだけじゃなくても――」


 待て。何を言おうとしてる、俺。

 此処で、俺は魔力さえなければいくら傷つけられても死なない体だと言うつもりか。

 いくらでも戦えると言うのか。


 それを言うには早計じゃないか。

 フォローして貰ったにしても、こいつだって信用出来るか分からない。

 話すべきこととしないことを見極めないといけない。特に今は。


 押し黙ってフィリオを見ずにガストンさんに目を向けると、軽い溜息を吐かれた。

 何か俺に情報を与えてくれないかと思ったが、それを無視されてしまった。


「あんの、クソ親父……!」


 期待した俺が馬鹿だった。

 それすらおかしいのか、隣のフィリオが噴出して堪えるように笑う。

 何だ、こいつ。笑い上戸か何か? 酒でも飲んでんの?


「連れて来たとはいえ、立場的にガストン殿が会議より貴殿を優先することは出来ません。恐らくは此処に同席させるのが最大の譲歩なのでしょう」


「それは、そうだろうけど……」


「それならば、会議にまずは耳を傾けるのが一番ではないかと提案します。詳しいことを知りたかったら、可能な限りお手伝いさせて頂きます。もちろん、ご迷惑でなければ」


 何だよ、こいつ良い奴かよ。でも笑顔が胡散臭いな。爽やかすぎて、痒くなる。


「迷惑じゃない。一理あるしな。何かあったら頼むわ。因みに興味本位で、実働隊に入りたいわけじゃないとだけ言っておく」


「ええ、承知しました」


 それを最後に俺達は、会議の話に集中している連中との情報共有をした。


 クローネは座り始めてからずっと寝ている。此処で起きろと声を荒げても言うことを聞くわけがないし、下手に周りの印象を悪くするだけだ。

 さっきの出来事に拍車をかけて、この馬鹿が寝てる時点で印象最悪。

 これ以上、無作法なことは出来ないな。


「進路方向からすると……次の奴の狙いは、港町シャルド。貿易が盛んな町ということもあるから潰させるわけにはいかん。此処が潰れたら、世界中とは言わなくても、大陸の半分の貿易が崩れる」


「シャルドを含む結界は、どのくらい持つんだい? オロフ殿の管轄だったと思うんだが」


 少し男勝りな印象の妖精族がオロフに問う。

 ボーイッシュな赤い髪にサファイアのような装飾を付けた露出の高い服にマントをつけた女だ。


「一ヶ月は持つ。我が魔法軍団は補助に適しているからな。とは言え、あくまで計算の話だ。結界を維持するための魔力が足らん。場合によっては、その前に結界が切れるか魔導師が倒れる」


 なるほどな。結界で魔力を集中させて維持しているのか。

 その結界は魔力の塊。邪気のある魔物は入れない。でも、それを維持するのが難しい。

 更に言うと、巨大キメラみたいなやつに対抗するほどの結界を作るとなると、魔力の消費も激しい水面下の消耗戦となっているわけか。


 その為の物資作成依頼か。なるほど、把握。


「補給が追いつけばいいが、その余裕は――」


「え、えぇっと……その問題ですが」


 大きな丸メガネをかけた金髪おかっぱ頭の背の低い犬耳の少年が、遠慮がちに挙手した。


「ガストン様は、錬金術師様に物資補給の依頼をされたなら……錬金術師様を補給部隊として編成するというのは、どうでしょうか」


 何言ってんの、このメガネ。

 いきなり、俺を話題に出すな。びっくりするだろ。


 補給部隊? 補給部隊って、それこそサポートだろ。

 常に俺が錬金術で道具を作り続けろという過酷な仕事だろ。

 結界を維持する消耗戦だとしたら、道具に頼るしかないけど……効率があまりよくない。

 延々と回復剤使ってたら、俺が魔力不足で死ぬ。


「補給部隊でしたら、前線とは遠い位置ですし……えぇっと、危険性は少ないのでは……。差し出がましいことを言ったら申し訳ありません」


 差し出がましいわ。よくもそんなことを言ってくれるな。

 錬金術が何たるかも知らんくせに、余計なこと言うなよ。

 魔力の調整にどれだけ神経遣うか分かっていない。そういうのは、勉強してから言え。


 ――いや、待てよ。これはチャンスかもしれない。


 補給部隊ということは、一応は編成メンバーとして入れてもらえる。

 印象最悪な今は、ガストンさんが俺を面子として入れることを拒否するだろう。

 関係者と部外者だと情報の取り方が大分違うし、現状の補給部隊に入るとしても工夫を考えれば悪い話ではない。

 実際に攻め込むとき、編成を変えるかもしれないし……状態としては悪い立場ではない。


 このままじゃ、この会議が終わったら部外者として投げ飛ばされて、ガストンさんのただの依頼としてしか関われないんだ。

 だとしたら、乗ろうじゃないか。その提案。


 お高く留まってるこの顔ぶれを納得させられればの話だがな。

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