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首都エレンペラ

 初めて馬車に乗った俺は、緊張して落ち着かない様子でエイルの父親を見ていた。

 これが馬車か、なんて関心を持ったのは一番最初。

 今では、目の前の威圧感と隣の能天気ホムンクルスと同じ空間にいて終始無言が続くのがつらい。

 クローネは、うたた寝をしている。エイルの親父は、顔を顰めて仕事か何かの資料を眺めている。

 俺の目のやり場をどうすればいいのかが分からない。


「何だ、さっきから人の顔をジロジロと」


「あ、あー……いや、別に」


 エイルの父親に睨まれて目を逸らす。

 そりゃ、人の顔を用もないのに見続けるのは失礼だよな。


「会議の場所って遠いのか。わざわざ馬車で行くようなところに?」


「協会の本部に行くからな。そう遠くないが、徒歩だと半日かかる」


 徒歩で半日なら、馬車では数時間弱といったところか。確かに微妙な距離だな。

 それに、貴族様が徒歩で外に……なんてものは想像出来ない。

 金や馬があるなら、頼らない手もないしな。

 でも、本部が遠いなら何でルーイエの町に住んでいるんだ。

 どうせなら、職場から近い方がいいような気もするが。


 聞いてみるか。


「何で、本部のあるそっちに家を建てないんだ? こっちの町にいるメリットが何かあんのか」


 特別な理由で踏み込んだら悪いが、少しだけ気になった。

 この親父の事情を知ることは、エイルのことを知るきっかけにもなる。


「ルーイエは別宅だ。娘をなるべく安全かつ自由な場所で学ばせた方が良い」


 別宅……その手があったか。

 確かに、この親父なら家をいくつ持っていても不思議じゃない。


「じゃあ、エイルは母親と?」


 必然的にそうなるよな。まさか娘一人置いて夫婦で暮らすなんてことないだろうし。


「いや、あれに母親はいない。十年前、災厄で死んだ」


「あっ……」


 気まずい。重い。そうだ、この世界はそういう世界だ。

 エイルのことを知りたくて聞いた質問が仇となったようで、言葉を失った。


「貴様が気にすることではない。娘は、友に恵まれ優秀に育った。気掛かりは、あまり品が良いとは言えないことか」


 いや、上品も良い所だろうが。あいつの言葉遣いや物腰、見た目だって常に清潔。

 魔法だけじゃなくて物理も長けてる部分が、そこを差しているのか分からんが。

 いいだろ、文武両道で。世間的に馬鹿でアホな部分は否めないが。


「この世界で、あいつほど上品なやつは見たことねぇけどな」


 親からしたら、お転婆に見えるのか。

 アニー達と仲良くしたり、ヤマネコ亭にも顔を出す。

 身分が違う奴らと仲良いのは、この親父にとっては良くないことなのか。

 でも、友達に恵まれて優秀に育ったって言ってるし……どういうことだ。


「錬金術師に憧れるあまり焦ったのか知らんが、口の悪い三流錬金術師を召喚してしまったことが恥ずべきことだ。それを恥と思えない図太さが理解に苦しむな」


「俺のせいって言いたいだけじゃねぇか!」


 召喚された俺のせいってことかよ。

 今のは、嫌味だったわけか。分かりにくいな。


 俺みたいな口の悪い無作法者を召喚するエイルが品を損ねているって言いたいのか。

 それは、エイルのせいじゃなくて俺だろ。

 この親父、本当に俺のこと嫌いなんだな。


「エイルは、どうしてそんなに錬金術師に憧れを抱いたんだ? 世界を救う名目といっても異常だぞ」


 これも聞きたかった質問のひとつだ。

 どうして、あいつはそんなに人を持ち上げてまで必死になれるんだ。


「……あいつが何者であるかは、いずれ本人が話すべきに話すだろう。親の私から詮索したところで、貴様に教えることはない」


「そ、それもそうか……」


 そうだよな。本人の知らぬ間に核心を聞いてしまうというのは、良くない。

 それに、俺が知って嫌なことだったら嫌われるかもしれない。怒られて吊るされるかもしれない。

 いつかは、本人の口から聞いてみたい。それを願うのが精いっぱいかもしれない。


「それで、今回の会議の件だけど……要約すれば、俺がその場に相応しい人間なら条件を飲んでくれるんだよな」


 件の脅威の獣……巨大キメラ。

 巨大キメラって、あれだろ。色んな魔物をくっつけたようなやつ。ゲームとかでも、結構の難敵なアレ。

 それが、土地ごと喰って回ってんなら色んな力を持ってる俺の役目だって言ってんのに耳を貸してくれない。


 会議に参加させてくれるだけマシだが、部隊に編成してもらえるか分からないのがもどかしいな。


「相応しい? 自惚れるな、三流」


「ああ!? 話が違うだろ!」


「会議の参加は許可した。だが、それは貴様に現実の緊張感を味わうきっかけを作ったに過ぎない。世界のための奉仕をしたいというのなら、物資を作って届けるだけでいいと言っているだろう。何も実戦に加わる必要はない。貴様は、錬金術師ということを忘れるな」


 この親父、俺の条件を飲む気なんて本当にないのか。

 此処に使えるかもしれない奴がいるのに、使わないのかよ。


「それから、会議では相応の空気を読め。私に恥だけは、かかせるな」


「そう求めるなら、俺にも求めさせろ。これ以上の犠牲を出さないために、俺を使うという選択肢も入れておいてくれ」


「…………」


 エイルの親父は黙り込んで、資料をファイルに纏める。

 そこでリズムよく道を踏んでいた馬の足が止まり、隣にいたクローネも目を覚ます。


「んー……何、おやつタイム? 休憩?」


 この能天気アホぐうたら娘を今すぐ殴りたい。


「到着だ。降りろ」


 言われるまま、降りると目の前に飛び込んできたのは、一言で言えば『水の街』だ。


 足場のガラスタイルの下では魚が泳ぎ回り、中央には大きな噴水があって子供達がそれに群がるように水浴びをしている。

 家の造りも独特で、木や石や煉瓦で作られたものではない。

 硝子と鋼材の涼し気な家で、空からの光を反射して輝いている。

 少し目が痛いほどにキラキラとしているし、金持ちの家であろう場所は宝石を家屋の一部に装飾している所がある。


「すげぇ……」


 語彙力どこに行ったとしか言えないほどだった。

 こんな街、見たことがない。ルーイエとは比べ物にならない。

 そして、非常に落ち着かない。


「ぼんやりとするな。まあ、当然だろう。首都を目にした田舎者は同じ顔をする」


「あ、やっぱ首都とかか。規模が違うと思ったけど……」


「魔導師協会本部が腰を置く首都『エレンペラ』が此処だ。自然の水は魔力を蓄えて祝福を与える。最も、この世界で魔力の高い磁場でもある」


 自然の水……? あれ、でも水って蒸留しないと飲めないんじゃなかったか。


「やっぱ水道水とは違って新鮮だから飲めるのか。いや、でも……生活するにあたって流石に下水は必要だろうし、魔力を蓄えて……ってことは、普通とは違う何かが……」


 よく分からない感じに混乱してきた。

 常識は非常識。これを念頭に置けば、「そういうものだから」でいつも解決されてしまう気がする。


「貴様は、やはり三流だな。魔力の高い磁場で育った自然水は、ただの水ではない。貴様の持つ硝子を取れ」


 エイルの親父が俺の鞄を指差す。ああ、もしかして試験管のこと言ってるのか。


「その硝子で噴水の水を掬ってみろ。罰金として二百万リール取られるぞ」


「は、はああああっ!?」


 二百万だと!?

 それって、クローネを作る時に貰った前金の倍。俺の全財産なんか全然足りない。


「こ、こえぇ……水怖ぇ。危なく興味本位で取るところだった」


 超高級品の水辺で遊ぶガキ共って、どういう神経してんの。金の泉だぞ。


「軽率な行動は慎むことだな。あそこが、本部だ」


 周りに怯えながら歩く俺と、こんなインパクトのある街にすら興味のない様子で欠伸をするクローネを尻目に、エイルの親父は執事と共に先導する。


 噴水広場から北に真っすぐと歩いた先、これまでの雰囲気と違った巨大な石造りの建物が聳え立っていた。

 とは言っても、その建物を視認出来たのはすぐのことじゃない。

 エイルの親父が、門に手を翳した所で開かれた。

 元のそこは、行き止まりとでも言わんほどの大きな水の壁だった。


「隠しダンジョンかよ」


 素直な感想がこれしかない俺は、本部の敷地内に入る。

 敷地に踏み入れた瞬間、まるでカーテンが閉じられたように水の壁が敷地と街を遮った。


 全てが未知数すぎて意味わかんない。

 何これ、魔法ってこんなに怖いものだっけ。


 街の情景、建物の仕掛け程度で驚くのなんてまだまだ甘いぞとでも言うようにエイルの親父が嫌味に笑った気がした。


 少し、考えが甘かったかもしれないことは認めよう。

 でも、ひとつだけ。


 こんな仕掛けのある巨大な施設で魔物討伐会議をやるなんて聞いていない。


 そう思っても、もう少し考えた上で来るべきだったと軽率な自分にも腹が立ったのは事実だった。

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