次なる依頼
苦労に苦労を重ねて、漸くホムンクルスを作成することに成功した。
睦月の趣味爆発の標準よりも大きい美乳の若い女。
俺にとっては鳥肌物の見た目だよな。普通に恐怖対象だし。
それで、俺が作った中身のパーツは全て完璧。恥ずかしい詠唱も魔法陣も抜かりはない。
ついでに言うと、限界近くまで魔力を吸い取られて疲労感が募る。
これで依頼達成。やったね、青葉君! ――とは、いかないのだ。
これが問題も問題児。世界を救う仲間のホムンクルス、いずれは種を増やして世の均衡を保つ生き物なんだよ。
「眠い。だるい。暇。寝る……」
アホ面でテーブルに突っ伏して涎を垂らしながら、このホムンクルスは怠けてばかりいる。
女嫌いじゃなくたって、こんな奴の嫁の貰い手なんかない。
寝るか食う。この行動を主にしていて、頭が痛い。
「寝るな! お前、自分が何か分かってんのか? あ!?」
「えー、だからホムンクルスです。変態の睦月が作った器に優秀な青葉君が中身を入れて錬成した謎の生き物ですよ~。おやすみー」
「だから、寝るな!!」
作成したホムンクルス、クローネの耳元で叫ぶ。
親父を煙たがる思春期の女子高生のような怪訝な表情でクローネは、耳を掻くと欠伸をする。
「んなこと言ったってさ、私は何すればいいわけ? 依頼主に引き渡すなら早くすればいいじゃん。子作りは、そのうち合コンセッティングして。適当に口説かれたら子供作るから」
恐ろしいことを言うな、こいつは。あまりにも軽いし、面倒くさそうにしていて危機感がない。
そもそも、自分が確実に貰えて子供を産める確証も怪しいのにそれすら適当だ。
「セレブが二つ返事で予定空くわけないだろ。大体、ホムンクルスと言えども自分の体を軽視するな。夫婦間が破綻するような男とくっつくな。お前みたいな干物女に食いつく男はいない。与えられるだけじゃなくて、お前も努力って奴を――」
「んー……そんなこと言っても、だるいし眠いし。錬金術と世界平和の片手間にエイルちゃんを狙う青葉君とは違うしさ」
「喧嘩売ってんのか、お前は」
「まさか。面倒くさいから喧嘩とか無理。でも、女嫌いなのにエイルちゃんが大好きって矛盾だよね。拗れすぎというか、キャラが立ってないというか……芸術を嗜む人って変なのかな。あー、青葉君が変なのか」
のんびりと動じることなく話すクローネに腹を立てた俺はテーブルを殴った。
握った拳に少し魔力が込められたのかもしれない。見事なまでに木製のテーブルは、破壊されてただの木屑と化した。
「なあ、クローネ……」
「はいはい? あ、テーブル直すのは嫌だよ。面倒だもん」
面倒という言葉に俺の怒りは更に蓄積された。
「外に出て、社会勉強のひとつでも学んで来い!!」
こんな干物状態の腑抜けた女を出したら、エイルの親父に鼻で笑われるどころか気絶させてしまう。
そのためには、少しでも外と関わりを持ってもらわないと俺が困るんだ。
「え、めんど――」
「面倒くさい、もしくはそれに付随するような言葉を述べたら、寝ずに器具の掃除させるぞ」
「それはそれは、つらい。勘弁願いたい。じゃあ、言われた通りにお散歩――」
お散歩に行ってきますと言おうとしたのだろうクローネの言葉を遮って、アトリエの扉が開かれ鈴が鳴る。
「随分小さい家だな。犬小屋か?」
「げっ」
金髪のいかつい威圧感のある体。人の家に来ても偉そうな態度の男と傍らの執事が視界に飛び込んだ。
エイルの父親で魔導師協会会長、更に言うと大きな依頼を吹っ掛けた張本人。
「まあ、貴様にはお似合いかもしれないがな」
開幕暴言かよ。容赦ねぇな。
普通の間取りの普通の家だよ。犬小屋は此処まで広くはない。
嫌味で言っているのは、分かるけどな。
「青葉君、セレブは余裕で時間空ける生き物だよ」
「黙ってろ! この干物ポンコツ!」
余計なことを口走るクローネの頭を殴る。
教育とかまだしっかりしていないのに直接乗り込むとか冗談だろ。
心の準備とかさせろよ。俺から足運ぶから、いきなり大物貴族が来るな。
「待てよ、まだ期日は――」
「エイルから話は聞いている。ホムンクルスが完成したとな。会議の時間を遅らせて優先してやったんだ。ありがたく思え、三流」
相変わらずの上から目線で毒舌。威圧感半端ない。
予定の確認するだけでいいって言ったのに、何で余計なことまで言うんだよ。あのアホ娘は。
「――ふん」
鼻を鳴らして、エイルの親父はクローネを見据える。
特に緊張した様子もないクローネは自然体で、威圧感をものともしていないようだ。
「及第点と言ったところか。まあ、いい。報酬だ」
エイルの親父の側近にいる執事がスーツケースいっぱいの黄金を渡すが、俺は受け取らなかった。
こんなに金を貰っても、正直困るのが本音だ。
「んなもん、いらねぇよ」
前金に百万リール貰って、更に報酬とか冗談じゃねぇ。
そんなに金を貰えるような優秀なものを作ったわけじゃないし、難度は高くてもコストパフォーマンスは思ったよりも高くなかった。
苦労は死ぬほどしたが、これ以上の金を貰うようなものでもない。
「貴様がどう思おうと知らんが、約束は約束だ。家を建てるのもよし、器具を一新するのもいいだろう。貴様には、まだやってもらう仕事があるからな」
「仕事って……ホムンクルスは、そんな簡単に作れるもんじゃない。ただ量産出来ると思ったら大間違いだ。まずは、こいつの様子を見てから次に――」
「話を聞け、三流」
三流三流うるせぇな。自覚してるんだから言うなよ。
この親父のことだ、またとんでもないことを依頼するんだろ。
俺には、やることが盛り沢山あるんだよ。
「外の魔物が凶暴化していることは知っているな」
「外? ああ、知ってるけど……」
身を持って体験したからな。今は、まだ活動時間や攻略が分かってるが、今後どうなるかは分からない。
どうにかしないといけないのも、俺の仕事だ。
「そのせいで、犠牲になっている町や村が増えている。我々では手が足らん」
手が足らないとは、どういうことだ。
町や村が犠牲になっているということは、滅ぼされてる……もしくは、外に出られない状況か。
「補給物資の依頼だ。必要な補給物資を作り、近隣の拠点へ運べ」
確かに戦えない奴らが外に出るのは危険だな。戦えてもリスクが伴う。
そうなると、戦える人員が物資を届けるしかない。
そして、その物資を作れて運べるなら俺が適任……か。
真っ当な依頼であることは確かだな。
「物資っていうと回復薬はもちろん、食料もだよな。その町や村でどの程度必要なのかまで分からないと――」
「頭の悪い小僧だ。魔導師協会である『我々の拠点』へ運べと言っている」
俺が勘違いしていたようだ。
このクソ親父は、町や村に物資を届けるのではないと言っている。
自分の軍隊に必要な物資を俺に作れと言っているんだ。
「待てよ! 手順がまず違うだろ。外に出れなくて貧しい思いをしている村や町を救うのが先だろうが」
「民間人を守る慈善事業を私達がする必要はない。今は、それどころではないのだ」
「はあ!? 今が、必要な時だろ。この世界から命が消える意味、あんたには分かっていないだろ!」
命が消えたら、この世界はますます悪くなる。
魔力が減ったら生きていけない世界で、慈善事業もクソもないだろ。
世界にじゃない。魔物に殺されてしまう生き物だって見過ごせるわけがない。
「町や村が犠牲になっている、と言ったな。物資を運んでも無駄だ」
「だからって見捨てんのかよ!」
「話を聞け、小僧!!」
「――ッ」
一際、大きな声で怒鳴られて委縮してしまい、声を詰まらせた。
何でビビってんだ、俺は。だって、話がおかしいだろ。外に出れない民間人はどうなるんだ。
「土地ごと、魔物の餌にされているから無駄だと言っているんだ」
言っている意味が瞬時に分かる自分が憎い。やりきれない。
被害に遭っている場所は、貧困に喘いでいるわけじゃない。喘ぐことも出来ない状態だということだ。
「今頃は、あの巨大な獣の腹の中だ。町ごと、村ごと……全て余すことなくな」
「なっ、え……だって、俺が外に出た時、そんなもの……」
クソ親父のいうこと、つまり町民や村民を殺すのではなく、土地ごと飲みこんだということだ。
そんな巨大な魔物が近くにいるっていうのか。
「現在、討伐部隊を編成している。貴様のホムンクルスも借りる予定だ」
「クローネを?」
クローネに振り向くと、そいつは首を横に振る。
「いやいや、無理無理。死んじゃうから」
予想通りの返答だった。
でも、この問題は放置するわけにはいかない。拒否権は、お前にはない。
クローネ、お前は少し緊張感を持て。
土地ごと喰う魔物がいるとしたら、いくら優秀な軍隊でも犠牲は出るし、全滅の可能性もある。
依頼で道具だけ作って安全圏にいるわけにはいかないだろ。
「依頼内容を変更しろ」
「……ほう? 流石に怖気づいて関わりたくないか?」
寧ろ逆だよ、馬鹿。この問題は、既に脅威だ。
いつ、この町も喰われるか分からない。そんな状態。
「あんたの部隊に俺も加わる。物資は作るが、それが条件だ」
これこそ俺の役目だ。
魔力さえ枯れなければ死なない体、アイテムを作れる技術、これはこの戦争に必要な人間兵器だ。
「ならば、一度来てみるがいい。これから、驚異の獣……巨大キメラを討伐する会議に向かう。現実の緊張感とやらをまずは味わうのが一番だ」
張り詰めたその声に俺は頷く。
他人事とでもいうように欠伸をしていたクローネに目線を配るが、やれやれといった様子で肩を竦めていた。
俺の情報を持っているホムンクルスは本当に助かる。
俺は、一度決めたら自分を折らない。ちょっとした頑固者だ。
新章開幕です。
話のストック残していないのですが、走るしかないですね。
脳内プロット作成おばさんは、執筆マラソンをします。




