表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/83

忘却の欠片~後編~

 大学の一時限の講義が終わり、生徒達が疎らに次の授業へと向かおうとする中で彼女だけは、人より少し行動が遅く欠伸交じりに背伸びをした。

 全く痛まずに手入れされた黒髪で肌が玉のように白い。容姿としては美人とも取れるだろう。

 彼女、橋崎茜は目を擦り重い腰を上げた。


「相変わらず眠そうな顔してるね。夜更かしでゲームでもしてた?」


 ノートで彼女の頭を叩く友人を視認すると、そこで脳は働き、友人の質問に頷く。


「まさにそれ。昨日、ネトゲのイベントが最終日だったからずっとやってた。欲しい装備あったんだけど、激レア結局ドロップしなかったからマジクソゲー」


 怪訝な様子で茜が頬を膨らませると友人は苦笑いを浮かべる。

 やはりか、とでもいうように彼女が拾い切れていない机の上のノートとペンケースを持たせるように渡す。


「誰かに手伝って貰ったら良かったんじゃないの。ネトゲってことは色んな人いるんでしょ?」


「基本はソロプレイ派。ネットの人間とか顔見えないし、絡んで面倒だったら後がつらいし」


「茜って兄弟いないの? うちは、よく兄貴に狩り要員として出されたりするよ。リアルマネー渡されたら断れないし」


「リアルマネーを妹に渡してでもネトゲで狩るって廃人か。えぐみを感じる」


 ごくりと息を飲み、茜は何かないものかと首を傾げる。


「あー、家の中は無理だわ。あたし、一人っ子(・・・・)だし」


「え、そうなの?」


「うん。弟でもいたら、問答無用で同じことさせるだろうけどね。あ、そうだ。今やってる奴だけど一緒にやんない? FPSだから慣れないと酔うかもしれないけど」


 スマホで公式サイトか何かを検索する茜に友人は首を横に振る。

 兄のゲームアシストをやる程度でしか興味がない友人にとって、茜のゲームにまで付き合っていたら自分の時間を取られそうだからと思ったからだ。


「遠慮しとく。ゲームやってると課題間に合わないし、コンクールも近いしね」


「あー、そういえばそんなもんもあったっけ」


「茜は、のんびりしすぎ。次の彫刻コンクールで入賞したら、学生作品として市の美術館に作品展示してもらえるんだよ? 夢に近付くわけじゃん」


「と言われましても……私は単位さえ取れれば何でも」


 興味がないとでもいうように頭を掻き、茜は再び欠伸を漏らす。


「……何で美大入ったの、あんた」


「昔、学校で作った消しゴム判子かな。誰かに褒められたんだよね。お姉ちゃん、凄いって言ってたから近所の子供かな」


「消しゴム判子って、また懐かしい。ああ、今はまた流行ってたっけ? 確かに手先は器用だもんね。見た目は、ぼーっとしてるけど」


「いや、眠いだけです」


 目を擦って少しでも覚醒しようとする茜の手を友人は掴み、額を小突く。


「目を擦らない。もう、帰りにでもゲーセン行く? 付き合ってあげるよ」


「あ、行く。ガンシュー付き合って。その後、牛丼ね」


「重いな……。そこは、女の子らしく甘いのとか行かないの?」


「ネギだく、卵つきの大盛」


「あ、もうこれ駄目なやつだわ。はいはい、お付き合いしますよ。代わりに、今度は合コンね」


「うい~」


 女子大生の友人としては趣味が偏る二人は、講義室を出る。

 ふと何かに気付いた。先ほど開いたゲームの公式サイトを見て蹲った。


「今夜から、またイベント。走らざるを得ないが、サーバー重そう。せめてポテチ要員の身内が欲しい……!」


 ぐぬぬと歯を食い縛り、どんな情報があるかと歩きながらスマホを弄る茜は前が見えてなかった。

 故に、廊下を歩く生徒と肩をぶつけてしまう。


「あ、すんません」


 これもいつもの日常。してはいけないことだと思っていても、ついついやってしまうことだ。

 相手に迷惑をかける行為をやりたくてやっているわけではないが、どうしても自分本位になってしまう。


 自分が一番大切なのは、人間が持つ当たり前の本能だと疑っていない。

 相手を一番に考える人間なんか一握りだろう。

 自分が一番だと思って相手のことを気にかけ続けるのは、偽善だとすら茜は感じるのだ。

 恐らく、相手を気遣う自分が好きなのでは……とまで考えてしまう。


(まあ、誰が何だろうと関係ないけど。適当に話合わせて適当に当たれるところでストレス解消出来りゃ何でもいいし)


 ぼんやりと考えながら、人と当たるのは痛いだろうと感じた茜はスマホをバッグにしまう。

 見た目はシンプルながらチャームをつければ映えるベージュのトートバッグ。収納がよく出来るそのバッグを気に入っている。


 しかし、これは自分が買ったものではない。

 バッグやアクセサリーよりも、茜はゲームソフトと申し訳程度の化粧品を買う程度にしか金の使い方の必要を感じていないのだ。


 それならば、これはいつ手に入れたものだろうか。

 これまで彼氏が出来た覚えがなければ、誕生日などで友人に貰った覚えもない。

 誰かには貰った覚えがあるのは確かだが、曖昧だ。



『大学で登山みてぇな萎れたリュック使うのかよ! 身内として恥ずかしいから買ってやる!』



 脳裏に少年の声が浮かぶ。それも幼い子供ではなく、年の近い少年だ。

 怒鳴ってばかりいて当たりの強そうな彼は、身内と名乗った。


(恋愛ゲームとかやらないし、ツンデレもタイプじゃないんだよね。神が言っているのか、その手のゲームで禁断の恋をしろと? ……ないわ。ガンシューかゾンビゲーしかやらないあたしには、ハードルが高い)


 肩を落とし、茜は友人の背中を小走りで追いかける。


「どうしたの?」


「スマホ弄ってたら人にぶつかっちゃった」


「気をつけなよ。いつか外で事故っちゃうかもしれないし、友達の葬式になんか出たくないからね」


「……その時は、異世界転生でもするわ」


「は……?」


 茜が何を言っているのか困惑した友人は目を丸くする。

 自分がオタクであると知られながらも、流石にこの冗談はないなと茜は後悔してしまった。

現代編は、空気を出したところで一度幕を閉じます。

次回から、異世界編へ話が戻ります。ちょっとややこしくさせたら申し訳ありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ