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【打ち切り完結】どうやら俺の錬金術は世界を救うらしい  作者: 森鷺 皐月
第一章 錬金術師として手始めを
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雑貨屋の悪夢

 工房から店に戻った俺を襲ったのは悪夢だった。


 鼻と口の両方を塞ぐように温かい肉壁が俺の顔を覆い、それが俺を死の淵へと追いやろうとしているのだ。

 錬金術を確かめる前にこんな所で死ぬのか。


 いや、状況を把握しろ。俺はどうしてこんなに苦しい思いをしているんだ。


「この艶やかな黒髪、すべすべの肌、そして男の子とは思えない綺麗な顔! ああ、本当に私好み!」


 赤く短い三つ編みの女は甲高い金切り声を上げて俺を抱きしめていた。

 地獄だ。この耳障りな声は何処の世界でも変わらない。


 顔のことはよく言われるし、慣れてはいる。

 だが、こうやって観賞用のマスコット扱いされるのは不快だ。

 何処か馬鹿にされた気がして嫌な顔しか出来なかった。

 まぁ、顔と性格が一致しない良い例が俺なわけだが。


「離せよ!」


 俺は肉壁もとい、女の胸から抜け出して軽くむせてから息を整える。


 女はそれが気に食わないのか口元を尖らせた。一体何なんだこいつは。

 もしかしてライドが言っていた雑貨担当の妹?

 これは酷い。髪の色は同じだが、似ている所を探すのが難しい。

 ライドの空のような青い目と違って、この女の目は毒々しい紫色に光が宿ったようなものに似ていて、肌は青白い。


「そんなに邪険にしないでよ。折角、可愛い顔してんのにさ」


「俺はお前みたいなのが一番嫌いなんだ。大体、エイルは何処行ったんだよ」


 店内を見回すも客一人どころか、さっきまでいた筈のエイルの姿は何処にもない。


「エイルちゃん? さあ、見てないけど。あ、そういえば素材だよね。はい、まとめておいたよ」


 女は荷物の入った紙袋を俺に渡す。

 結構な重量があるのもそうだが、素材と渡されたそれはあまり見慣れない色の濃いものばかりだ。

 こんな禍々しいものでどうやってオムライスが作れるというんだ。


 異様だ。こいつ自身も異様だが、こいつの言動もおかしい。

 俺は素材についてはライドにしか言ってないし、レシピも俺が持っている。

 そしてライドは工房に篭っていて、こちらには戻っていない。

 そうなると、その情報はエイルの口からでしか得られない。

 俺が誰なのか、何が必要なのかこいつが知るわけがないんだ。


 こいつは言ったぞ、エイルを知らないと。


「……エイルを何処にやった」


 エイルは俺を置いて出て行くような薄情な奴じゃない。

 自分が召喚した俺を見捨てるなんて有り得ない。

 待っていた筈だ。

 エイルは、俺が工房から戻ってくることを待っていた筈なんだ。


「どうして俺が素材を必要としていることが分かったんだ」


「んー、ライドに聞いたし。それにエイルちゃんのことは見てないってば」


「それはおかしい。ライドも俺のことはさっき初めて知ったし、素材が必要だってこともその時知った。エイルは俺が戻ってくるのをこの店で待っていたんだ。エイルを見ていないお前がどうやって必要な素材を知っている?」


「…………」


「もう一度言うぞ。エイルは何処だ」


 緊迫した空気が漂う。


 無言になった女は、一瞬だけ顔を強張らせたが、すぐに笑顔になった。

 この笑顔が俺の恐怖心を掻き立てる。

 エイルやライドみたいな穏やかなものではなく、嘲笑うかのような笑みと謎の威圧感。

 ピリピリと体の芯に電流を打たれたような感覚。

 言いようの無い身の危険を感じさせる。


「他人より自分の心配したらどうかなぁ。異世界の錬金術師様?」


 瞬間、風が吹いて何かが俺の頬を掠める。

 掠った場所にちりっとした痛みを感じ、赤い血が滲む。

 女は笑ったまま、ナイフをくるくると回し刀身に舌を這わせる。

 その表情は恍惚としていて、不気味そのものだ。


「異世界から召喚されたイレギュラーの魔力ってどんな味がするのかなぁ。ねぇ、青葉君」


 耳元で囁かれ、頬の傷を舐められる。

 ぞくぞくとした悪寒と恐怖。

 脳内で警鐘が鳴る。逃げろ、逃げろと。


「あっ……はあ、はっ、はぁ……!」


 しかし、俺の足はガクガクと震え、恐怖で呼吸が荒くなる。

 死への恐怖。この女は俺を殺そうとしている。

 どうして俺が命を狙われるんだよ。おかしいだろ。

 だって、俺はこの世界に来たばかりでろくに人と関わってねぇんだぞ。


「ああ、その恐怖に歪んだ顔……可愛い」


 ペロリと舌なめずりをした女は、その舌を俺の首に這わせる。


「――――っ!」


 気持ち悪い。

 気持ち悪すぎて吐きそうになり、まるで脱力でも起こしたように体の力が抜けていく。


「うんうん、感じるよ。青葉君の魔力。甘くて刺激的で美味しい。骨の髄まで貪り尽くしたくなるなぁ」


「離せ……!」


 弱々しい声を振り絞り、女を睨む。


 こいつに舐められてるせいで、魔力とやらが吸われて力が出ないってことか。

 確かにエイルも俺の魔力は特殊みたいなこと言ってたな。

 馬鹿言え、俺にそんな力あるわけねぇだろ。


 俺は普通の高校男子でファンタジー要素なんか欠片も無い奴なんだよ。

 それなのに、舐められただけでこんなに苦しくて倦怠感を感じるなんておかしい。

 女に舐められたから?

 違う。これは、そういった次元の話じゃない。


「くっ……!」


 くそ、俺は餌じゃねぇぞ。

 気持ち悪く涎つけて舐め回してんじゃねぇよ。


「嫌ならもっと抵抗していいんだよ? というより、抵抗しないと衰弱死しちゃうかもね。あはははっ」


 衰弱? どうやら、嫌悪感による気持ち悪さじゃないのは本当みたいだ。


 女の笑い声が耳障りで、今すぐにでも吐きそうになる。

 抵抗しようと身を翻して間合いを取ろうとしたが、簡単に手を取られて押し倒された。


 何て力だ。俺、これでも男だぞ。

 いくら文系男子とは言え、簡単に女に押し倒されるヤワな奴じゃない。

 ライドの言う通り、体少しは鍛えておけば良かったとすら思う。

 馬鹿か、こんな状態になることを想定して体を作るアホがどこにいるってんだ。


「女の子に嬲られて死ぬのも悪くないよね」


 何て自分勝手な女なんだ。

 女に舐められ殺されるなんて、そんなもの地獄だ。

 末代までの恥だ。屈辱以外の何物でもない。


「てめぇみたいなクソ女に殺されるほど落ちぶれてねぇよ」


 抵抗は口でしか出来なかった。

 ただ相手を煽る行為にしかならないと分かっていても、やられっぱなしは悔しい。


「……あーあ、黙ってれば可愛いのに。そういう抵抗を求めているんじゃないのよ」


 女はナイフの刀身を下に向け、容赦なしに俺の右腕へと突き刺した。


「――っ、ああああああっ!!」


 断末魔の悲鳴が俺の喉から発せられ、一気に生理的な涙が零れる。

 無機質な凶器が皮膚や肉を抉り、重心をかけて押し込んでいく。


「あっはははははは!」


 俺の悲鳴に重ねて、女は高笑いをしてナイフを俺の腕に突き刺したまま左腕を掴み、身動きが出来ないように拘束して、首を執拗に舐め回した。


「あ、あっ……あああっ……!」


 左手さえ自由になれば今よりマシだ。

 右が使えないからって左が使えないわけじゃない。

 左手でスケッチなんて腐るほどやってんだ。

 右と同等の利きやすさは持っている。


 まずは、こいつから抜け出ないと話にならない。


「なっ……!」


 云う事の利く右膝を上げて女の鳩尾に入れ、掴む手が緩んだ所で抜け出る。


「――っ!」


 右腕に激痛が走るが、刺さったナイフを抜いて女の手の届かない場所に投げつける。

 血痕のついた刃が金属音を立てて転がり、俺は壁にかけてあった剣を左手で取る。


「あはは、随分と無駄な抵抗するじゃん。異世界の錬金術師様は剣なんか使ったことあるのかな。右腕、超痛くない? しかも、魔力が抜けたフラフラの体で勝ち目あると思う?」


「んなもん知るかよ。刃物なんて包丁と彫刻刀くらいしか扱ったことねぇし。でもよ、大人しく殺されるほど諦めがいい奴でもないんだよ」


 全部本音だ。何で俺がこんな目にあってこんな行動してるのか自分で分かっていない。

 だけど、あのまま物理的にも精神的にも舐められっぱなしじゃ悔しいんだよ。


 俺は生きて帰らなきゃいけない。

 まだまだ描きたい絵が山ほどあるんだ。


「こんなとこで死んでたまるかよ!」


 左手で握った剣を構えて女へとその刃を向ける。

 突きだと重力がないから攻撃力は恐らく低い。

 振り被りの方がいいかもしれないが、片手で振り被っていられるほど剣術に長けているわけがない。


 そもそも殺す云々とかの気はなく、俺からしたらこいつは追い払いたい対象なのだ。

 だけど、追い払う前にどうしても聞きたい事がある。


「エイルは何処だ!」


 エイルがいないことでこんなにも不安になる。

 だって、他に知ってる奴いないんだもん。

 しょうがねぇだろ。もし、あいつに何かあったら俺はどうすりゃいいんだよ。


 別に心配してるわけじゃない。

 あいつは俺なんかよりずっとこの世界に適応してんだ。

 この世界の住人だからな。

 だけど、あいつに何かあったら俺が路頭に迷うのだ。

 そう、これは自分のためにやっていることなんだ。


「あー、鬱陶しい。そんなに好きなわけ?」


「ちっげーよ! あいつがいないと何すりゃいいかわかんねぇんだよ!」


 俺がエイルを好きなんてありえねぇ。

 だってあいつは疫病神だぞ。俺の日常をぶち壊したんだぞ。

 しかも、俺の大嫌いな存在、つまり女だ。

 好きになる要素が何処にあるんだよ。


「結局、必要ってことじゃん。うっざいなぁ。ま、それなりの味見もしたし、今回はお預けさせていただきまーす」


 俺が向けた刃を二本の指で挟んで受け止め、満面の笑みを浮かべて女は力が抜けたように倒れ伏した。

 まるで魂が抜けたようにその体は床へと崩れ落ちたのだ。


「う、うぅ……」


 女の口から呻き声が漏れる。

 ゆっくりと目を開くと、その目は淀んだ紫色ではなく空のように清々しい青色に変わっている。

 肌の血行も見てみると健康そのものでライドの面影がある。


「はっ! あたしは何を……って、ぎゃあああっ! お店がめちゃくちゃの血みどろにぃっ!」


 頭を抱えて絶叫する女の声が非常に耳障りだが、さっきのような粘着質で悪意のある声ではなかったため、幾分もマシに聞こえた。


 左手から剣を離すと床にカランカランと金属音が鳴る。


 そこで女が俺に気付いたか、目を見遣る。

 しかし、その表情は顔面蒼白で歯をカチカチと鳴らしていた。


「ぎゃああああ、殺人者ぁぁっ!? 何でもしますから殺さないで!」


 女は泣きながら俺に土下座をする。

 木を加工した床に頭を擦りつけて携帯電話のマナーモードのように震えていた。


 どうやら勘違いをされているようだ。

 刃物を持った男が血まみれ……と聞けば殺人者っぽいが、よく見れば俺が被害者だということが分かる。


 こいつ、さっきと人格がかなり違う。

 多重人格か?

 いや、多重人格というよりも取り憑かれていたという方が表現が近いかもしれない。

 つまり俺は、幽霊に捕食されかけてたということか?

 冗談じゃない。呪われるようなことなんて何もしていないぞ。


「って、ああ! よく見たら被害者っぽい怪我!!」


 女は俺に駆け寄って小振りの杖を取り出す。


「こんなアットホームな店で怪我人なんて冗談じゃないよ。てい、回復!」


 女の騒がしい声と共に杖が振られると、光の粒子がラメ状になり俺の傷口に纏わりついて塞いでいく。

 粒子が消えると同時に俺の頬や右腕が怪我をしたなんて嘘のように綺麗に癒えた。

 これがフィクション定番の回復魔法というやつか。

 一体、何処に仕掛けがあるのか教えてもらいたい。


「大丈夫!? 一体、何処の賊にやられたの!?」


 お前だよ、お前。

 この様子だと、さっきの出来事は覚えていないらしい。

 こいつの声を聞くだけで疲れてくるのは何故だ。

 もしかして、さっきの生命力吸ってるのが続いてるのか。


「しかし、お客さん。珍しい格好してるね。黒い髪ってのも見ないし……何処の町から来たの?」


 馴れ馴れしい奴だ。商売人って奴はよく喋るのか。

 いやしかし、ライドは此処まで五月蝿くなかったぞ。

 男と女の違いか?

 全く、女というのは俺の神経を逆撫でするのが上手でいかん。


「何処って……日本からだけど」


「二ホン? うーん、そんな町知らないなぁ。一応、大陸全部の町の名前は覚えてるんだけど……」


「いや、そういうことじゃなくてよ……」


 概ね予想はついてた。

 大きな溜息を吐いて、俺はレシピを差し出した。


「ひとまず、この材料くれ。間違いなくそこにあるやつじゃねぇだろ」


 最初に渡された紙袋を指差すと、女は首を傾げてレシピを受け取り、更に紙袋の中も覗いた。


「これ、錬金術のレシピ? しかもこっちの素材何これ! レプリカじゃんっ、サイッテー!」


 キーッと謎の鳴き声を上げて女は地団駄を踏む。


 いちいち忙しい奴だな。

 お前は一体、何人分のテンションの高さを維持しているのか問いただしたいが、それを言ってしまったら数人分のテンションの高さで返してくるだろうから黙っていることにする。

 余計なことは言わないようにしよう。


 それよりも気になることがある。


「レプリカってどういうことだよ」


「売り物を似せたサンプルってこと。サンプルだから本物そっくりに色や艶を出すんだよ。でも、こんなのあたしの仕事じゃないよ。あたしは美味しく見せる天才なんだから! 毒々しすぎて誰がこんなもんいるかってのよ。そもそもレプリカは売り物じゃないし!」


 つまり、敷き詰められた謎の物体達は食品サンプルだったのか。

 しかもこの女曰く、最低の出来らしい。

 どうやら、この最低の出来のものを俺は食べられるものだと信じていたわけだ。


 異世界偏見病が災いして俺のセンスが失われつつある。

 普通、創作か本物かなんて区別つくだろうがよ。


「あ、もしかして錬金術ってことは、青葉君って君のこと?」


「は? 何で俺の名前知ってんだよ」


「だって今、君のアトリエに荷物届けに行ってきたもん」


 俺のアトリエに行ってきた? 話が見えないぞ。

 何でこいつがアトリエに?


 いや、待てよ。確か工房に行く前にエイルとライドが話していたな。

 発注がどうのだの注文書がどうだの。

 エイルが注文したんだよな。

 エイルが注文?

 俺のアトリエに荷物を届けるように手配出来るのってあいつしかいねぇじゃねぇか。


「エイルは何処だ」


 あの女、一体何余計なことをしようとしている?

 さっき笑顔で見送ったのは、まさか、まさか……!


「ん? 君のアトリエにいる筈だよ」


 あの女――っ!


 じゃあ、何か。

 あの笑顔で見送ったのは、ただの行ってらっしゃいで自分は先に戻ると……そういうことか?


 少しでも信じた俺が馬鹿だった。

 何であいつが絶対俺を待ってるなんて恥ずかしいことを考えたんだ。


 ああ、恥ずかしい。恥ずかしくて死にそうだ。

 信じるものか、絶対に女なんて信じてたまるか。


「あ、そうそう。あたしは、シデン堂の雑貨担当のアニーだよ。あ、品切れの商品あるわこれ……って、何で怒ってんの!?」


 アニーが素材を紙袋に詰めながら、怒りの表情を浮かべる俺にビビり、挙動不審に身体を震わせた。

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