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忘却の欠片~前編~

 校内の階段の踊り場で加藤愛美は、すれ違う生徒一人一人を見ては何かを探すような仕草で周囲を見渡す。

 黒髪の男子生徒の制服を見てそれを違うと気付く度に次を探す。


「愛美、どうしたの?」


 愛美の肩を叩く女子高生が、顔を覗き込む。

 少し悩みがちな愛美は、肩を落とした。


「青葉見てない? 教室にいないんだよね」


「橋崎? いや、見てない。やめなよ、あいつ女子に最低な当たり方するじゃん。話しかけただけで怯えるし、怒鳴るし。神経質って感じ」


「それが面白いんだよ。軽く弄ってやるだけでも反応するから。というのは、冗談。お昼を一緒に食べてやろうという約束を取りつけようと思ってね」


 口元に弧を描き意地悪そうに笑う愛美に、女子生徒は引き気味の表情を浮かべて頬を掻く。


「災難は、橋崎の方か。愛美は、本当に好きだよね」


「そりゃ、見張ってないと死ぬかもしれないからね」


「ははっ、何それ。心労で愛美が橋崎のこと殺しちゃうんじゃない? っと、ごめん。次、移動だから行くね」


「はい、了解。じゃね~」


 駆けていく女子生徒に手を振った愛美は、その背中を見送ると溜息ひとつ吐く。


「あの時のことを見ちゃった当事者としては、心配すんなって無理あるでしょ。幼馴染としてさ」


 階段を上って足を進めるうちに屋上に続く扉が見えた。

 人混みに紛れないとしたら、彼がいる場所は此処しか思いつかない。

 良い天気の見晴らしの良い場所。きっと、一人でいるかもしれない。


 人と関わることを極力控えようとする幼馴染、橋崎青葉。

 彼が女性を拒む原因は知っている。

 しかし、拒み続けても何も変わらないことを理解しているから愛美は敢えて強く当たるのだ。


 毎朝、起こしに行って優しくすることも考えた。

 しかし、所詮は甘やかすことでしかない。それなら、耐えて欲しい。

 同情をしたら彼に壁を作られてしまうような気がして、気兼ねなしに接することにした。


 嫌われたくない。一緒にいたい。しかし、その願いは届かない。

 彼の傷を癒せずに何も出来ないまま、日常の中で『嫌いな女の一人』として存在してしまう。

 何度も泣きそうになったことか、それを彼は知らない。


「みんなが怖いわけじゃないんだから、一緒にすんな馬鹿」


 歯を食い縛り、愛美は屋上のドアノブに手をかけた。


「────!」


「────」


 扉の向こう側から何者かの声が二つ聞こえた。

 誰が何の話をしているのか、扉越しに耳を傾ける。


(声……? 誰かが喋ってる)


 男女が話していて、そのうちの片方……喚き散らす男の声は聞いたことがある。よく知っている声だ。

 息を飲んで鉄製のドアノブを引いて、少し顔を覗かせる。


「ひゃっ……!」


 一陣の風が吹いた気がしたが、人がいたであろうそこには誰もいない。


「青葉? ──あ、お……ば……?」


 愛美の瞳が光を失う。

 しかし、それは一瞬のことですぐに瞬きをすると光を取り戻した。


「──あれ、私何で屋上なんか……ん? んん?」


 首を傾げて自分の行動が理解出来ないとでもいうように自問自答する。

 何故、此処に来たのか。何か用事があったのか。誰かを探していたのだろうか。それすら思い出せない。


(うーん、そもそも屋上は鍵が閉まってて……誰かが鍵をパクったとか。それはないか、職員室から取れるわけないし。──あれ?)


 屋上の扉が妙に固い感覚で、顔を覗く以外は上手く開かない。


「建てつけが悪いのか。ていうか、これわざと微妙にずれて悪くされてる? 板みたいなの嵌まって取れないし」


 ガチャガチャとドアノブを回し、床下のずれた扉に嵌められたアンバランスな木板を取ろうと、扉を蹴る。

 虚しい鉄の音が階下に響くだけで、扉はびくともしない。


「こら、何をしている! 屋上は立ち入り禁止だぞ!」


 音を聞いた通りすがりの教師が声を上げると、愛美は緊張混じりに背筋を伸ばした。


「で、でも……なんか、扉おかしくて……」


「全く、またあいつの……ん? いや、元から建てつけが悪かったか? 古い扉だしな……どうだったか。とにかく、危ないから屋上に行くのはやめなさい。授業に遅れないようにな」


 教師も首を傾げて曖昧に疑念の目を屋上の扉に向けるが、その後は特に気にすることなく愛美に注意をすると、素通りするように廊下を歩いて教室へと向かう。


「無駄に怒られちゃった。あー、もう最悪!」


 頭を抱えて愛美は、階段に座り蹲る。


(何か、何を忘れたか分からない忘れ物したみたいな感覚。気のせいかな)


 まるでパズルのピースが一欠片抜けたようだった。

 そのパズルはあまりにも小さすぎて、ピースも目を疑うほどの細かい。一欠片抜けた程度では気にも留めないものだ。


 気にする程でもないと自己完結をした愛美は、数分前の目的も対象も全て忘れてどうでもいい気持ちになり、それよりも教師に怒られた不快感で機嫌を著しく損ねた。

青葉が召喚された後、元の世界ではどうなったかという話になります。彼がいないことで、元の現代世界では何か変わるんですかね。ってな感じです。変わっていますよ。

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