確かな目標への第一歩
俺がこの世界、イェルハルドに召喚されてから時間が経過している。
およそ三ヶ月の期間だ。
その間に、色んな事が起きすぎた。
怒濤の生活が、毎日目まぐるしい程に経過した。
異世界に来たことで、俺は錬金術師になった。
おかしい程に何で俺だよって思う。
よりにもよって、何で俺が選ばれたのだと。
この世界に住む奴等と違う特別な魔力を持っていて、これが枯れない限りは体の再生が可能で死ぬことはない。
意味不明だが、実際に回復が追いつかなかったら体をミンチにされてもおかしくない程の怪我でも死ななかった。
この世界の脅威である魔力を枯れさせる存在を何とかして救わないといけないが、手掛かりは皆無。
更にその脅威に命を奪われた亡霊、『残滓』たるものに俺は狙われている。
成仏出来ない地縛霊みたいな奴等が逆恨みで狙うのか、別の理由があるのか分からんが、俺の魔力を吸いたがって殺そうとする。
そして、俺はその残滓を体内に取り込んで、精神世界で戦うことにより消すことが出来る。
変な属性多すぎだろ、俺。
俺の体どうなってんですかね、なんて思うのは「お前が特殊だから。あとは、よく知らん」で片付けられている。
あと、そんなよくわからない状態で時が過ぎたら世界が悪化していた。
怠慢していた俺のせいだと思っている。
強くならないと、先に進めない。
だから、強くならなきゃとその方法を試行錯誤してたら、俺を召喚した女が「体力つけて下さい」と筋肉部屋に投げ入れた。
錬金術師として依頼されてるホムンクルスとやらを作らないといけないけど、期限も近い。
一応、作り方と素材は確保したけど成功するかは分からない。
悩む時間がないし、それを口にしたところで周りから叱咤激励を受けるだけ。
そして、今の俺は──
「──っと」
投げ込まれた筋肉部屋にて、無数の筋肉ダルマ達を投げ飛ばしている。
俺が触れた物体は、魔力をコントロール出来れば武器になる。
錬金術や身体回復と同じように、俺に与えられた祝福のひとつだ。異世界補正ってやつ。
生き物に魔力を使ってコントロールすることに戸惑いはあった。
間違えれば、それこそ怪我をするかもしれないし木端微塵になるかもしれない。
だけど、俺に出来る方法は与えられたスキルを使う以外にない。
体力はともかく、鍛えあげられた筋肉ムキムキのマッチョ共を相手に修行なんてすぐに出来るわけがない。
この力を使わずに素で強くなるなんて無理がある。世界が先に破滅する方が早い。
但し、加減を間違えると相手が死ぬから錬金術で作った魔力抑制剤を飲んでいる。
だが、それも数日のこと。慣れてくるうちに薬の量を減らして、今は殆ど飲んでいない。
体が相手に合った戦い方を徐々に覚えてくれている。
魔力を抑えて相手を投げれば、投石と同じように投げ飛ばせる寸法。
これで、素手の白兵戦は可能だ。ついでに言えば、やり方次第で相手を怪我させずに無力化出来る。
「おら、次来い!」
身長差があれば相手の体に触れて吹き飛ばすことも可能だが、怪我をさせてしまうかもしれない。
油断せずに相手の体に合った調整で投げるので精一杯だ。
「あ、あのー……錬金術師様」
こめかみを抑えて教官が声を震わせる。
「その……投げられるだけというのは、どうかと」
「は?」
何か間違えているのか、俺は。
いや、でも……下手なことをしたら体吹き飛ぶよ、あんたら。
「修行は、あなた自身が強くなるという意味。錬金術師様が手加減をして同じことをするのでは何の意味もないのでは」
「あ」
そうだ、俺のためにやってるのに俺が手加減をしてどうするんだ。
何で怪我させないようにって接待プレイしてんだよ。
でも、困ったな。本気出したら、こいつらが──
「そうか、俺が武器になれば……」
俺が俺自身を武器にしてしまえば、調整はより楽になるんじゃないか。
「いや、そうじゃなくて……魔力を使わなくてもいいように筋肉を──」
「馬鹿か、お前! 俺がこの顔で、てめぇらみたいな筋肉ダルマになったら、容姿のバランスがぐちゃぐちゃになるだろうが!」
細身で中性的な顔。悔しいが、背も高いとは言えない標準あたり。
それが筋肉だけあったら、見た目の崩壊もいいところだろうが。
そもそも、俺は絵を描くことを人生唯一の楽しみにしているんだ。
それが体型が変わることで絵筆やペンの握りが悪くなるのだけは嫌だ。
世界が崩壊したって無理。これ以上の犠牲は出したくないのは本音だが、ペンが握りにくくなるのも無理だ。
そもそも身体回復能力があるのに筋肉促進効果は、どうなるのって話。
最高ステータスが上書きされて容姿崩壊がデフォルトになるなんてなったら、目も当てられない。
逆に今の体が基準値で何をしても戻るなら、筋肉つけても無駄だろ。
少しくらいは鍛えたい気持ちがないと言えば嘘になるが、下手なことをするのは駄目だ。
つまりは、魔力を調整してやりくりするのが最善ってことだ。
「エイル様、あの……」
教官が見学していたエイルに目配りをさせる。
戸惑って状況を理解出来ていないエイルだったが、暫くして俺の目と空気を汲み取った彼女は、漸くそれに気付いたようで肩を落とした。
「あ……皆さん、申し訳ありません。私の浅はかなミスです。青葉さんは、トレーニングをすれば強くなるような体ではありませんでした」
「いえっ! エイル様や錬金術師様が悪いわけでは」
萎縮していた教官と生徒達は背筋を伸ばす。怯えている様子だ。
パワーも魔法も秀でてるエイルと魔力調整によって相手を粉砕出来る程の力を持つ俺。
奴らにとって、俺達は邪魔で脅威でしかない。
「行こう、エイル。俺達がいるべき場所じゃねぇ、此処は」
「あ、青葉さん!」
エイルの返事を待たずに俺は道場を出る。
マッチョ達には悪いことをした気がする。
あれじゃ、ただの暴力だ。怪我をさせなくたって痛いものは痛いもんな。
ごめんとしか言いようがない。
それと同時に──
「へーこーむー……」
アトリエに戻ってから力なく俺は椅子に座り、テーブルに突っ伏した。
「魔力調整でしか強くなれねぇって、魔力不足の時とかどうすんだよ」
魔力なくなったら死ぬ体の俺にとって致命的。いざという時の対処ってどうにもならないわけ?
戦い方を身につけても長期戦には向かないし、課題が増えた。
「青葉さん、申し訳ありません! 私、体力と筋力さえあればなんとかなるなんて単純なことを考えてました。青葉さんは、他の方と違うと分かっていたのに」
首が取れそうな程に何度も頭を下げてエイルは泣きそうな声で謝る。
こうなるよな。筋トレのメニューを考えたのは、こいつだし。
責任感も強いから、余計つらいのだろう。
それはそれで仕方がないとしか言いようがない。
「別にお前のせいじゃねぇよ。俺の体がおかしいだけだ。座って落ち着け」
「は、はい。え、あの……」
言われた通りにエイルは座るが、探るように俺の顔色を伺う。
まだ何かあるか。問題だらけなのは確かだが。
「青葉さん、やっぱり態度というか……何か変わりましたよね。前なら、当たり散らして追い出すところでしたのに」
「えっ、あ……いや、かっ……変わってねぇ。お前の気のせいだろ」
まずいな。女嫌いの俺の性格と今までの当たりの強さが仇になっている。
エイルのことが好きと自覚してから、どうしても「触るな」とか「近付くな」なんて言えなくなった。
だけど、好きな女に傷付けるようなこと言えないだろ。無理に怒鳴るのもおかしい。
「でも、顔を近付けても平気ですし……魔力供給も自ら──」
「だから、それは……ああっ! いいんだよ。その話は、今はいいんだ!」
「は、はい! すみませんっ」
ほら、怒鳴ると萎縮する。それを分かって何でこいつは仕向けるんだ。
大体、俺からキスしたのは魔力供給じゃなくて欲望のままにしたことだし。また罪悪感が込み上げてくる。
「と、とにかくだ。今のままじゃ、魔力を磨り減らすだけで──」
「私のせいですね。まだ、準備出来る程の蓄えが」
「だから、お前は悪くねぇって言ってんだよ。余計なこと考えないで休め。頼んでるのは俺だし、その間に出来ることはやるから」
「あ、ホムンクルス」
「そういうことだ」
僅かに口を緩めてキサラから貰ったジルコニア鉱石と作業用の板、更に小振りの金槌を用意して、作業台に向かう。
その様子を見たエイルは、俺が今から錬金術の作業に入るのだと覗き見る程度の距離まで近付く。
「このくらい、か」
金槌に魔力を込めると、それは微かな光を帯びて板の上に乗せたジルコニア鉱石をノックする程度に軽く叩く。
塊として存在を示していたジルコニア鉱石は、一瞬にして細やかな銀色の粉末と化し、塊だったものは見る影もない。
「やっぱり、力の調整は出来てるな」
今のは、少し多めに魔力を金槌に加えて鉱石を粉砕した。
筋力がいらないって分かるには充分な証拠。
武器として対象を粉砕するほどの力はあるから、道具を作る錬金術師としては上々だ。
誤って作業台に当てたら、壊れて木屑の完成。
照準を間違えて手に当てたら骨が粉々だけどな。俺の体だったら、すぐに治るけど。
「これと俺の体液を混ぜれば、ホムンクルスの心臓部は完成。あとは睦月の人形を待つだけ」
「え、えっ!? 青葉さん、いつの間にそんな凄いこと……」
「魔力のコントロールさえなんとかなれば、道具も強化出来るし筋力不足も何とか。必要なのは、魔力の調整と一部の技術だけ。分かったか、脳筋召喚師」
エイルの額を軽く小突くと、相変わらずも彼女は宝石のような綺麗な碧眼で目を瞬かせた。
「の、脳筋とは?」
そうか、この世界では通用しない造語だったな。
「ああ、いや……何でもない」
脳味噌まで筋肉なんて言ったら、どうなるか分からないし黙っていよう。
頬を膨らませて恨めしげに睨む程度なら可愛いが、また吊るされるのは勘弁願いたい。
「まずは第一関門だ。睦月の人形が出来たらすぐにでも作業に取りかかる」
「え、アイテムはまだ作らないんですか?」
「ああ、心臓部だからな。出来るだけ新しい状態にしてから作業したい。先に作って何かの拍子で傷付けたら大変だしな。繊細な部分は一番大切にしたいんだ」
傷も勿論だが、保管方法が分からない以上どうしようもないしな。
変なもの生まれたら大変だ。やるからには完璧にやる。
「依頼には、絶対に間に合わせる。それから漸く進める気がするから……信じて欲しい」
エイルを不安にはさせたくない。だから、信じて、体を休めて欲しい。
俺が今の彼女に願うのはそれだけだ。
「ふふ、やっぱり青葉さんは──」
「青葉!!」
エイルが笑顔で言いかけたところで扉が乱暴に開かれ、息を切らした睦月が俺を抱き締めた。
「だああっ! くっつくな、気持ち悪い!!」
女だけじゃなくて男にも抱きつかれる趣味はない。
空気ぶち壊しだな、おい。エイルが何を言おうとしたのか、全く分からないだろ。
「出来た。出来たんだ!」
「は? 出来たって……」
「人形だよ! ホムンクルスの人形!!」
タイムリーなタイミングで大変結構。
仕事も早くて助かるよ、妄想具現化変態野郎。
「はいはい、良く出来ました!」
睦月の胸に触れて軽く魔力を注いでやると、その体を吹き飛ばす。
「エイル、これでホムンクルスは作れる。──これは、お前の夢でもあるんだろ。作業に立ち会ってくれるか」
吹き飛んで倒れた睦月をよそにエイルの手を握る。
まるでプロポーズをしている気分だ。
少し気恥ずかしい。手が少し震えている。
少し驚いた様子で目を丸くしていたエイルだったが、すぐにそれは柔らかな微笑みに代わって俺の手を握り返してくれた。
「はい、是非。お邪魔でなければ」
その笑顔に心が軽くなる。
命を作る不安も少しは解かされる気がして、俺もその微笑みにつられたような気がした。
これからが始まりだ。
この大仕事をひとつ乗り越えて、俺はまた新しく進める気がする。
そう言い聞かせることで、俺はこの世界でお払い箱ではなく少しでも何か出来るのだと証明したいんだ。
そうでなければ、俺の苦労も俺を召喚したエイルのためにもならないから。
形だけでも、それが欲しい。成長のひとつとしての形が。
誰にも誉められなくてもいい。俺がこの世界で意味があるんだと、その証拠ひとつだけあればそれだけで。それがあれば頑張れる。
一度に沢山のことを出来るとは思わないから、一歩ずつ。
まずは、目の前の確かな目標に俺は手を伸ばした。




