七陸睦月という男
夕飯に睦月を誘ってみた。
勿論、話があるからだ。
話がなかったら、あんな胡散臭い面倒な奴を誘ったりなんかしない。
しかし、あいつは俺の誘いを断った。
都合が悪いなんて誰にだってある。
睦月だって俺と同じようにスケジュールもあるし、無理をする必要もない。
引っ越しの準備で疲れているんだろうな、なんて俺は思っていた。
だが、あいつは頭のおかしいやべぇ奴と思い知るには充分のことをした。
宇宙人か何かだとすら錯覚する程だ。あんなものがビジネスパートナーだとは思いたくもない。
「青葉の相手よりも、今は嫁とパリピしたいんだよね。愛すべき俺のお人形さん達が可愛すぎてご飯なんか食べる余裕あるわけないし、片時も目を離すわけにはいかないからさ。あはは、それとも青葉も俺のお人形さんになる? 可愛く愛でてあげるよ。文句言えないように色々なことやっちゃうけど、それでもいい?」
目を爛々とさせて、こんな事を言った。
流石にあれは無理だ。病んでる。病みまくりもいいところだし、危うく俺もコレクションにされそうになった。
「あ、やっぱり駄目。男は問題外ってこと分かってるのに煽るのやめてくれない? 大体、生身は愛せないから無理だしさ。俺はね、二次元、もしくは手作りじゃないと愛せないんだ。この気持ち分からないかなぁ? ああっ、俺のコレクション萌えすぎてつらい! 完成度高い!! マジテンアゲ! あああああっ!!」
そんな奇声を上げて、睦月は扉を閉めた。
何かの儀式をやるように笑い声を高らかに上げて……その後のことは思い出したくもない。
あいつの頭どうなってんの。
俺は、飯に誘っただけだぞ。それなのに、何であいつの奇妙な性癖を見なきゃいけないわけ?
呆気に取られて暫く身動きが取れなかった。
気がつくと、俺の横にいた筈のキサラがいないと周囲を見渡す。
探し出すと、睦月の家の敷地外にある物陰にキサラは隠れていた。
「何やってんだ、お前は」
「あいつのスイッチが入ると殺されるから、隠れてんのよ……」
心底怯えている様子だった。
そう言えば、キサラの器って睦月が作ったんだったな。
あの状態の睦月にキサラを近付けたら、間違いなく犠牲となるだろう。
自分の作る人形を溺愛しているみたいだし、一部の同人誌のようにされてしまうかもしれない。
「何だよ、あいつ。頭イカれてんのか」
「イカれてるどころじゃない。正真正銘の気持ち悪い奴なのよ。──先生が言うには、元の世界でも女の人形ばかり集めて奇声上げてたから、部屋を防音にしてたんだって」
マジかよ。それは、完璧に関わりたくない。
多分、元の世界で睦月が集めてたのは美少女フィギュアとかだろ。
生身は愛せないって言っていたし、アイドルとかじゃなくて二次元……アニメとかゲームのキャラクターの。
別に偏見とか持つ気はないが、それで奇声を上げるのはどうかと思う。
俺だって、二次元は嫌いじゃない。
嫌いではないが、ゲームを少しやる程度で愛情までは感じない。
好みは人それぞれだが、相手に恐怖を植えつけるのはよくない。
──画材屋でニヤニヤと頬を緩める俺も気持ち悪いとは思うが、睦月ほどじゃないぞ。
声には出ていない筈だ。多分、恐らくは。
「………………」
いや、待て。今、危なく大事なことをスルーするところだった。
「先生って……何であの錬金術師が睦月の事情知ってんだよ。元々、千里眼か何かあんの?」
そうだとしたら、俺らの世界に千里眼を持った人間がいるってことだ。
神格に近い何かを極めてんのか。
睦月の性格からして、あのスイッチ入らない限り性癖を話すようにも見えないし。
別の方法で、睦月を知ったとしか思えない。
「ああ、聞いてなかったんだ」
「は? 何の話だよ」
知っているつもりでキサラは話していたらしい。
何も知らないし、睦月の闇はもう聞きたくないぞ。
「先生は、睦月の母親よ。あの二人は同時に召喚されたの」
親子揃って同時に召喚?
「は……はあああああ!?」
母親だと? 睦月があの女錬金術師の息子?
胡散臭い所は似ているが、親子揃って異世界に召喚とかレアもいいところだ。
「えっ、どど……どういうこと、それ。何で二人同時!?」
片方が錬金術師ってことは分かるが、もう片方は人形師って職業だ。何がどうなってそうなった!?
「事故みたい。先生だけが召喚されるつもりなのに、一緒にいた睦月まで来ちゃったんだってさ。召喚師と契約していない睦月はお荷物だったのよ」
荷物と言っても、人形師として活動してるよな。
ちゃんと役目があって、あいつは動いている。
それは、確実に役に立ててるんじゃないのか。
「先生が外に出れなくなって、召喚師が睦月を錬金術師に選ぼうとしたところで、あいつは無理だった。錬金術師に適しない人間だったのよ。それに──」
「召喚師は、あの女を見捨てたくなかった。だから、治療の旅に出たんだろ」
恐らく、誰も望まなかったのだろう。
森に住む女錬金術師は、息子に世界を委ねて責任を押しつけたくなかった。
睦月は、母親をお払い箱の存在にしたくなかった。
召喚師は、二人の気持ちを汲んで解決に導きたくて治療方法を求めて旅に出た。
睦月は召喚に巻き込まれながらも、錬金術師の才能がなかった。そして、人形師になった?
いや、おかしいな。この経緯はおかしいぞ。
「睦月は、錬金術師としての魔力がない。かと言って、この世界の魔力が蓄えられてる人間でもないのに何で人形師になれたんだ?」
一朝一夕でキサラみたいな人間味溢れる人形なんか作れるわけないだろ。
「変異体のイレギュラーなのよ。召喚師と錬金術師の魔力があいつの体には流れてるの。言ったじゃない、事故だって。あいつの体のことはよく分からない。偶然の必然かもしれないけど、未知数の危険な人間なのは確か。私達も全ては知らないのよ」
変異体? え、巻き込まれただけでめちゃくちゃな体になったの。
何でそんな体でヘラヘラしてんの、あいつ。メンタルどうなってんの。
「本人は、『俺の第六感が嫁を作りまくれと言っている』とかほざいてるけどね。何の事を言っているのか意味不明だけど、気にしない方がいいって先生が」
知りたくもない睦月の電波な闇を新しく知ってしまったじゃないか。
あいつ、もしかして理想の嫁……いや、人形を作りたいだけか。
それで、未知の魔力を操っていると。
ホムンクルスを作るのは、世界を救う名目。
自分の人形が意思を持って生きて動くのが楽しいんだ。
技術と魔力を完璧に操りながら妄想を具現化させる、本当にやばい奴だ。
胡散臭い奴から脅威の妄想具現化野郎にジョブチェンジしたぞ、あの男。
「ひとまず、今日は帰る。あんたには協力するけど、私は先生を一番大事にしたい」
「ああ、そうだな。そうしろよ。キサラ、お前が知ってるか分からないけどさ」
果たして聞いていいものか。
確信はあるんだが、俺としては知る義務もある。
「残滓なのか、お前の先生を外に出さないようにしたのは」
俺なら穢れを取れるんじゃないだろうか。
未だに体を蝕むあの錬金術師にしてやれるとしたら、その滓を俺の体内に取り込んで消すことが出来るんじゃないのか。
「そうよ。でも、余計なことはしないで。そこは、あんたの領分じゃない」
お節介だと言っているのだろう。
確かに一度に沢山出来るほど、俺は器用じゃない。
今は手が届かない存在だし、召喚師も旅先で方法を探している。
何もかも出来ると思わない方がいい。中途半端は、結果として何も出来なくなる。
それでも放っておけないなんて本当にお節介だ。
少なくとも、出来ないことを無理してやろうとすることは相手にとって迷惑にしかならない。
力量を見誤ってはいけないんだ。堪えろ。
「定期的に町には来る。必要なものがあったら言って。弱いあんたのために採取してきてあげるから」
「キサラ、何度でも言うぞ。優しい言い方をしろ。行動はありがたいが、言葉にありがたみを感じないんだ」
「そんなもの私の知ったことじゃないし、あんたに言われることでも──」
言いかけたキサラは、何かに気付いたように民家の屋根に跳び、家々の陰を縫うように走り抜ける。
まるで何かから逃げたような素振りだった。
しかし、何から逃げたのかはすぐに分かってしまう。
俺達が話していたのは、睦月の家の近く。
キサラが逃げると同時に睦月の家の扉が開かれた。
これは、俺も逃げた方がいいと駆けようとした。
だが、睦月の足の方が速い。俺は腕を強く握られてしまった。
「──ねぇ、青葉」
「な、何だよ。嫁とのパーティーは終わったのか? 俺は、帰るぞ。この手を離せ」
まさか、キサラの居所を聞くんじゃないだろうな。
言っても地獄。言わなくても地獄。
居所を言えば、キサラにぶっ飛ばされる。
言わなければ、睦月を敵に回すことになる。
この本性丸出しにした妄想具現化野郎に俺は、どんな答えを導けばいいんだ。
「人形」
「あ? 人形って、お前のコレクションか。それが何か──」
興味を示そうとするな。俺はアホか!
何で自ら睦月の趣味の世界に足を踏み入れようとしているわけ?
今の睦月は、頭の中が沸騰して周りが見えない状態。
今さっき、俺がコレクションにされかけたところだろうが。
「ホムンクルス用の人形って、俺好みで作っていいんだよな!? ねっ、ねっ!」
俺の手を握り締めた睦月は、期待を込めたように目を輝かせる。
まず、お前好みってのがよくわかんねぇよ。
でも、俺に女の趣味もくそもないしな。
女嫌いに女の人形の趣味を求められても困るし、見た目とかどうでもいいわ。
「じょ……常識の範囲内なら」
俺には、これしか言えない。
睦月の逸脱した妄想を止めることなんて俺には出来ないし、提案だって思いつかない。
「よっし! ありがとう、青葉! 神経質な細かい注文されて創作意欲が削がれるところだった」
「あ、あー……でも、ホムンクルスって女じゃないと駄目だからそこだけは──」
そこだけは守ってくれと言おうとしたところで、睦月の目がますます耀く。
眩しすぎて直視したくないほどの輝き。
鬱陶しくて堪らない。何で、俺は間近で男の目の輝きを見せられているんだ。
「うっわ、マジで……マジで女の子オンリーで許可とか最高なんだけど。幼女系もいいけど、セクシーお姉さん系も……クール系美人はキサラと被るから……。ああ! ベース決まったら、その後は体型の設計もしなきゃ。髪と目はどうしようかな。これだけで雰囲気がガラッと変わるんだよね! 想像するだけで、体がゾクゾクしてくる!」
恍惚とした表情を浮かべた睦月に掴まれた腕を乱暴に離された俺は、物でも扱うように道端に投げ捨てられた。
テンションが馬鹿みたいに上がりきった睦月は全速力で家に入り、黒魔術か悪魔儀式でもやるような奇声を上げていた。
外れにある家とはいえ、町の住民は何だ何だと怪訝にざわめきだす。
「あそこって例の幽霊屋敷だよな。マジで出るわけ?」
誰かが怯えた口調でそんなことを言ったが、声の主はそんな生易しいものじゃない。
いつ警備団が出動するか、汗を握りそうになる。
どう考えても周りの迷惑にしかならない。
「人形頼む度にこれが起きるのかよ……」
俺は、とんでもない奴をビジネスパートナーに選んでしまったのかもしれない。
七陸睦月が異常なまでの変態であることは確かだと思い知らされるには、充分だった。




