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大切にしたい人

 我に返ると、罪悪感で胸がいっぱいになる。

 俺だけが満足して、相手を無視した行動に自分で自分を殺したくなる。

 今すぐにでも、自分で魔力抜く方法って何かないかな。その後、切腹する。自決する。


 俺は取り返しのつかないことをしてしまった気がした。

 綺麗だからとか、触りたかったとか、願望以外の何ものでもない。

 また失態を犯した。いや、これほどにない事をした。

 口だけじゃない。行動で、エイルの女としての気持ちを無視した。


 ファーストキスは、俺のために体を張ってエイルが世界の命運のためにやったことだ。

 でも、俺が今やったことは願望のために……どんな宝石や芸術品よりも美しいエイルを自分のものにしたいという欲望のためにしてしまった行動だ。


 エイルがどんなに綺麗でも俺は醜くて汚い。

 下心丸出しのクソ野郎を許さないでくれ。許されたら、俺は罪悪感を抱いたまま……そのままでお前を襲ってしまってもおかしくない。

 だから、殴って逃げてもいいんだ。


「エイル、お……俺は――」


 下手に言い訳をするな。取り返しのつかないことをしたのだから、その汚い口を開くな。

 これ以上、それを傷つけるな。名前を呼ぶな。

 好きな女を芸術品扱いした変態は、許されるべきではない。

 それを恋とした不器用な馬鹿は、許されないんだ。


 エイルは確かめるように俺と交わした自分の唇に指を添える。

 呆けている。きっと現状を理解出来ていない。

 彼女にとって、俺はただの従者。錬金術師でしかないのに、こんなことをされるなんて思いもしなかったのだろう。


 何が正解だったんだ。

 このまま、溢れそうな気持ちを堪えておけば良かったのか。

 それとも、言葉で伝えれば良かったのか。

 少なくとも、俺がしてしまった選択は間違いだった。それは確実。

 もしかしたら、エイルは俺だけじゃなくて……男という存在を拒絶してしまうかもしれない。

 それだけの酷いことをしたと、俺は思っている。


「青葉さん、何処で学んだんですか」


 学んだなんて分からない。俺は、ただ欲望のままにしてしまっただけ。

 折角、一緒に頑張ろうと約束したばかりでエイルの体を治したかっただけなのに。

 俺は何も学んでなんていない。


「でも、急な魔力供給はちょっと危険ですよ。私と青葉さんの魔力は別物なんですから」


 魔力供給? え、ちょっと待って。何の話?

 俺は、お前に無理矢理キスをしたゲス野郎という後悔をしているところなのだが。


「何の……話をしているんだ? 俺、お前に今やったことの意味とか分かってる?」


「ええ、ですから魔力供給ですよね。魔力不足の私に対して、青葉さんが与えてくれたという。ふふ、でも私の魔脈は、そこじゃなくて――」


 相互理解が出来ていないだと!?


「え、待って待って。そういうことじゃなくて……魔力供給とか、そうじゃなくて。俺がしたのは、お前に――」


「もう、諦めます。安全な聖水で毒気を抜く方法で考えることにしましょう。すみません、女性が苦手だというのに青葉さんに無理をさせてしまいました」


「だから、違うって! 嘘だろ? 本当に分かってないわけじゃないよな。この場で俺を気遣ってそういうことを言っているんだよな!?」


 気丈に振舞って、もしくは自分に言い聞かせているんだろ。

 俺が無理をして、エイルを治すために魔力供給をしようとしたと。

 更に、魔脈をミスった上に違う種類の魔力を与えてしまったと。

 俺を気遣って言っているだけだよな? これが素なわけがないよな。


「え、他に何か理由があるのですか? すみません、思い当たる節が……どんな必要性で、今の行為を?」


 嘘だろ、おい。

 考えなくても分かることを、こいつは考えても分からないのか。

 若い女が同じ年頃の男に、こんなことをされた理由が分からない? こいつの頭とか感情とかどうなってるの。

 馬鹿とかアホとかそういうレベル通り過ぎて、恐怖だよ。未知の生物に近いぞ。


「エイル、質問だ。お前の性別を述べろ」


「え、はい。女です。すみません、青葉さんが接しにくい性別で」


 謝るな。それは誰のせいでもない。


「続けよう。俺の性別は?」


「え? 男性ですよね?」


 何で疑問形なんだよ。


「で、俺が今お前にしたことは?」


「はい。ですから、魔力の供給をしようとして口を――」


「だあああ!! ちがーう!!」


 マジかよ。これ、マジなの?

 こいつ、異性間のキスの意味とか身の危険とかそういう感情ないの?

 頭がおかしいの? それとも鋼のメンタルなの? 鈍感すぎて心配して夜も眠れなくなるわ。


 俺の体質のせい? 俺が女嫌いで恐怖症だから、そういう線は一切ないと?

 待て待て待て! そうなると、俺の過去を知りたくないというのは本心?


 いや、それはない筈だ。

 この馬鹿の目は好奇心と興味で知りたいと言っていた。それは間違いない。

 そうじゃなかったら、俺の気持ちはどうなる?


 だって、俺はエイルが好きなんだぞ。

 外も中も綺麗で、優しくて繊細で、触れてしまえば壊れてしまうような存在に恋をしたんだぞ。

 絆されて、ちょろい男になって、こいつを大事にしたいって思ったんだ。

 この感情は偽りでもいいから、本物にしたいって思えたのに。

 思えたから殺したいほどの罪悪感を感じたのに。

 殴られて振られた方がマシってどういうことだよ。


「そんなことより、体を乾かして下さい! 錬金術を行う以前に青葉さんが体を壊したら大変です。強くなる以前の問題ですよ!」


 そんなことって言われた。しかも当事者である被害者に。

 俺の立場って何なの。近所の姉ちゃんに恋をしたけど異性扱いを全くされなかった子供か何かなの?


 俺のどうしようもない気持ちをよそに、エイルは棚からタオルを取り出して濡れた俺の頭を拭く。

 頭一つ分も満たない身長差。エイルが女性として高いのか、俺が男として低いのか分からない。

 せめてあと十センチ俺が高かったら違うのかな。もしくは、男らしい顔だったら違うのかな。


 ふわりとした良い香りがエイルの髪から香る。

 シャンプーかな。それとも、こいつ自身の匂いか?


 変態かよ、俺は……!

 ああ、変態だな。いきなり襲い掛かった変態だよな。全く気付かれずに空振ったけどよ。

 泣きそう。泣いていいかな。こいつに気付いてもらってあわよくば意識してくれるなら、女嫌い矯正の努力なんていくらでもしてやるよ。


「――治ったら、嫉妬とかしてくれないかな」


 ぽつりと呟くが、その言葉は届かなかったようだ。

 エイルは首を傾げて笑顔を浮かべているだけだ。

 せめて聞こえてたら、少しは意識させられたかもしれなかったのに。


 まさか、こいつが俺を押し倒せたり至近距離で触れたのは男として認識してないせいか?

 錬金術師という個体でしか見ていないから?

 俺が女嫌いなのを気遣って遠慮しまくってる弱味をいいことに意地悪してただけ? 恐ろしいだろ。

 普通は、この時点で恐怖を感じて百年の恋どころか五分の恋も冷めるんだが何故だ。何故冷めない!?


 こんなものが召喚補正であってたまるものか! 世界救うのに恋心とか必要ないじゃん。

 何と言われようが、俺はエイルが好きで絶対に手に入れたいし大事にしたいし一緒にいたい。もっとキスもしたいし、触れるところは触りたい。


 マジでクズ野郎だな、俺。そろそろ死んでくれや。


***


「つ、疲れた……」


 エイルを視界に入れないように聖水を作り、作業台に伏す。

 見事なまでの高品質。味の改変は、やっぱり無理。


 この馬鹿女……俺の愛情たっぷりの聖水飲んでさっさと元気になりやがれ。


「…………」


 ……語弊があるから、今の思考は消そう。やめよう。


「水で薄めたり、不純物で味誤魔化すと効果が変わるかもしれないから原液で我慢しろよ。飲んで気持ち悪いようなら飲み物でも用意してやるから」


「は、はい。青葉さん、急に優しくなりましたね」


「あ? いや、気のせいだろ。絶対に気のせい。いいから、黙って飲め!」


「は、はい!!」


 くそ、調子が狂うな。自覚症状っていうのは怖いぞ。

 なるべくいつも通りに接しろ。そうじゃないと、不自然なおかしい奴になっちまう。


 息を飲んでエイルが聖水を口にする。

 頑張って飲んでいるところが健気だな。


 虚無の野郎、絶対に許さねぇ。

 空を壊して動物を凶暴化して平穏に生きてる人々を殺す。そんなことをして誰が喜ぶんだよ。

 悲しいだけ。悲しくて、理不尽に死んだ魂が憎しみに残るだけ。

 それを放置した俺も許せないけどな。俺が取れる責任は、これ以上の犠牲者を増やさないことしか出来ない。


「気持ち悪いか?」


「いえ、無味無臭でした。お水を飲んでいる感覚です」


「良かったな。それで毒気は抜ける筈だろ。あとは魔力回復薬飲めば済む筈だ。手順的に言えば」


 ライドが残滓に穢されたことを思い出す。

 あの状態を自然にエイルが受けてしまったと考えたなら、今の処置で間違っていない筈。

 悲しいことに様子を見るしかないというのがつらいところではあるが。目に見えないのも考えどころだ。


「今日は休めよ。屋敷に送っていく」


 泊めていきたいところだが、睦月の野郎が邪魔だ。しかも、俺の理性がどうなるか分からない。

 近くに置きたくても、泊めるのは危険だ……!


「あの屋敷に戻るのは……」


「ん、ああ……お前の症状心配して出してもらえなくなるか。つっても、どうすんだよ」


「シデン堂に泊めてもらっています。友人の家で息抜きに遊びに行っている名目で」


「はあ? それ、お前の頑固親父とか許してくれてんの?」


「ええっと……お父様は、仕事で忙しいので」


 そうか、魔導師協会たるものの会長だっけ。

 周囲が悪化している以上、戦える人員を纏めているなら忙しいよな。


「期限伸ばして貰えねぇかな……マジで」


 ホムンクルス作成依頼は、三ヶ月。約束の日まで、二週間もない。

 勉強して何とかやっているが、肝心のジルコニア鉱石入手と睦月の人形が追いついていない。


 鉱石は手元にあるのに、俺のものじゃないというのが痛い所だ。

 キサラに届けに行きたいが、外に出るのは怖いしエイルも外に出したくない。

 ローランが何処か近くにいるんじゃないかって思うと体が震えそうになる。


 体をボロボロに弄ばれて平気でいられるほど、俺のメンタルは強くない。

 強くならなくちゃいけないんだ。そうだ、もっと強くなる。心も体も。

 あいつは、残滓の集合体。いつか、俺自身が殺さないといけない存在だ。


 今は何が出来る? 何を……何をすればいい?

 エイルは休ませなきゃいけない。俺は――


「青葉さん、約束は果たしましょう」


 エイルの宝石のような碧眼が俺の目を捉える。


「約束って……」


「私の力を与えます」


 何言ってんだ、こいつは。


「馬鹿か、お前! 魔力が戻ってないって言ったのはお前だろ!! 今すぐにそんな大掛かりな魔法使ったら死ぬって分かる!? 聖水飲んだからってすぐに安定なんかしないからな!」


「で、でもっ! 私がしっかり力を与えてれば、青葉さんはあんな酷い目には遭いませんでしたし」


 またわけのわからん話をするな、こいつは。

 一応、逃げようと思えば低確率で逃げられたんだよ。

 でも、町を人質に取られたから俺は蹂躙を受け入れたまでのこと。

 居合わせた俺の運の悪さだし、慢心して一人で外に出た俺が悪い。エイルは何も悪くない。


「詳細は省くが、全部俺が招いたことだからお前は関係ない。いいか、余計な責任は感じるな。元気になってからやれ!」


「でも、青葉さんがすぐにでも強くなりたいからと」


「お前が回復している間に出来ることなんか山ほどあるわ! ああ、筋トレ? 筋肉部屋の修業か? 但し、錬金術も同時進行でやらせろ」


「それは、青葉さんの体が持ちません。同時なんて」


「いいから、手配だけしろ。調整は自分でやる」


 エイルに無理はさせないし、心配だってさせたくねぇ。

 ホムンクルス作成についても、鉱石採取依頼を冒険者に出すしかない。内容の要項に『必ず無傷で帰ってくること』という言葉を添えてな。

 キサラが忘れ物を取りに来てくれたら、一番いいんだけどな。


「……分かりました。では、様子だけは毎日見に来ても?」


「ああ、それは有り難――じゃなくて、勝手にしろ。体が回復したら、例の力って奴を頼む」


 どんな力かは分からんが、召喚師自体に負荷がかかるなら万全にさせてやりたい。アフターケアは俺の役目だ。

 お互いに焦っている。エイルが俺を強くしようとしていることから、俺が焦っているのを分かって早く叶えてやりたいと思っているんだ。

 今は少しでも回復を待つしかない。


 いくらボロクズに扱われても痛みを伴うだけで、俺は魔力さえあればすぐに治る。

 でもエイルは繊細だ。しかも、悪化した世界の影響を受けている。だから、慎重にならないといけない。

 絶対に、エイルは傷つけさせない。これ以上は、何があったとしても。


「はい、あなたがそう望むなら。それでは、今日はこれでいきましょう」


 エイルが笑顔で取り出したのは、一本の長いロープ。

 学園の大木で俺を吊るしていた、捕縛魔法がついた縄だ。


「あ、まだ怒ってたのか……」


 人によっては、ご褒美かもしれない。

 流石に俺は縛られる趣味はないのだが、自分で言ってしまった以上は仕方がないと諦める他ないだろう。

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