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錬金術師と召喚師

 裏庭の大きな木に俺は吊るされている。


 まだマシなのは、首吊りではなく両腕を一纏めにして縛られて吊るされているということた。

 重力の問題で非常に腕が痛い。

 縛られている途中、いくら抵抗しても物を扱うように地面越しに踏まれて縛られたものだからどうしようもなかった。

 暴れれば、俺が苦手なのをいいことに耳に息を吹きかけて俺の恐怖を煽り弱らせる。

 吊るされるまで何回叫んだか分からない。

 心を痛めるかと思ったが、エイルはずっと笑顔だった。


「これは、キレんなって方が無理だろ!!」


 何が悲しくて俺が吊るされなきゃいけないんだ。


「ゴリ……じゃなくて、エイル。何で、俺は吊るされてるんだ」


 危なくゴリラ女とか言うところだった。今は、抵抗すら出来ないんだった。

 種類が違うとは言え、昨日も似たようなことがあったような気がするのは気のせいか。

 まだ体ズタズタにされないだけマシではあるが。

 少なくとも、エイルは俺の体を切り刻んで笑うような奴ではない。

 これだけは絶対そうだと言いたい。

 エイルの場合は、一発で殺しに来る。馬鹿だから、下手なことはしないと思う。

 それから、俺を苦しめるのも本意じゃないし暴力沙汰は苦手な筈だ。


 ──段々と自信なくなってきたな。


「反省です」


「だから、何のことだよ! 俺、何か怒らせるようなことしたか!? 昨日は余裕なくて──」


 余裕がないどころじゃない。

 つらくて怖くて悲しくて、泣いて弱いところを見せて、みっともなく──


「くそっ」


 情けない。

 強くなるためなら、エイルとのキスやその先のことだってしてもいいなんてどの口が言うんだよ。

 怒るの当たり前だよな。強くなりたいから、お前のことも抱くって言ったんだぞ。どれだけのクソ野郎だよ。

 いくら女が嫌いでも、倫理観が破綻したら人として最低だろ。


「昨日は……悪い。お前の心とか体とか、軽視した。最低だったと思う」


「…………」


「お前の人生かかってんのに、押し倒されたからって簡単にあんなこと言って……本当に──」


「私は、その件で怒っているわけではありません」


 エイルの声が怒気を含んだものになる。

 その件じゃない? 一世一代の問題だろ。怒る通り越して、その場でぶっ飛ばされたって文句は言えない。


「青葉さんは、どうして苦しんでばかりいるんですか」


「は? 苦しんでって……」


 それは、俺が聞きたい。

 あと、それをお前が言うな。今、お前に苦しめられてるんだから。


「苦しめられてるから、苦しいんだろうが。お前だって殴られたら痛いだろ。変わらねぇよ」


「青葉さん」


 エイルが右手を上げる。

 まるで何かを掴んで握り締めるようにその手で拳を作った。


「不正解です」


「いっ、でえええええっ!!」


 きつく結ばれた縄が更に俺の腕を締め付ける。

 そういや、捕縛魔法が付与されてるとかそういう感じのこと言ってたな。

 いや、でも縄を結んだ相手じゃないと取れないってだけだろ。

 いきなり締め付けが強くなるわけが…………いや、強くなるな。

 こいつ魔法にも長けてるから、魔法の上書きで効果を足すなんて造作もないことだろう。


「痛い! 痛いって! 腕が、腕が千切れるっ!!」


「あ、ごめんなさい。強くやりすぎてしまって……あのっ、大丈夫ですか?」


 そこで心底心配するような顔するな。

 それから、どう見ても大丈夫じゃないのは明白だろ。骨が軋む音したぞ。


 きつく締められた魔法を解かれると漸く息が吐けた。

 依然として吊るされたままなのは変わらないが。


「あのな、エイル。お前、何考えてるわけ?」


「えっ?」


「俺がお前の女としての尊厳を傷付けたなら話は分かる。だけど、俺が苦しんだことでお前が怒る理由には──痛い痛い痛い!」


 再びエイルから捕縛……いや、緊縛魔法をかけられて腕の締め付けが強くなる。


「あなたが皆さんを想って苦しむのは、理由にはならないんですか!」


「──ッ」


 緊縛魔法が解けて沈黙が訪れる。


「お、俺は……」


 言い返す言葉が見つからない。何を言えばいいんだ。

 こっちは、苦しみたくて苦しんでるわけじゃない。

 でも、事実として俺のせいで死んでる。

 俺がこの世界を甘く見て、悪化を止められなかったから。

 俺がアルバ鉱山で蹂躙を受けていて、たまたま居合わせた人や動物が殺された。俺があそこでローランを何とか出来ていたら殺されなかった。


 俺が、俺が俺が俺が……! 俺が殺した。

 全部、俺のせいだから。全部、俺の責任だから。


「俺がもっと早く行動してたら、今より悪いことにはなかった」


「それは違います。青葉さんは何も──」


「何も悪くないなんて言うな! 俺は、救済を求められてる以前に……災厄になってんだよ!」


 そう、俺は災厄だ。

 力があるのに、求められているのに何もしない。

 救える可能性の存在でありながら、何もせずに世界を壊す災厄だ。


 これじゃ、理不尽に枯れて死んでしまった奴等が恨むのはお門違いなんて言えない。

 憎まれても、俺はそれを論破する力なんてない。


「青葉さん、何を言っているんですか。あなたが災厄の筈がありません!」


「お前は、そう言うだろうよ。でも、これが事実。今、この世界が悪化した事実は何もしなかった俺という災厄が招いた結果だ!」


 錬金術師は悪の芽とアイリのクソジジイが言ってたらしい言葉を思い出す。

 そうだな、何もしなければ変わらない。悪化する世界を放置するだけ。俺の存在理由もない。


 でも、俺は災厄や害悪でありたくない。

 この手で救えるなら少しでも救いたい。だから、強くなって守れる範囲から守って世界を修復していきたい。

 救世主なんて肩書きはいらない。そんなもん誰かにくれてやる。

 俺は、この罪を背負って責任を……そして、俺のせいで傷付く奴らをなくしていきたい。


「俺をサポートしてくれるなら、お前の力も貸してくれ。諦めないから、俺を強くしてくれ!」


 絶対に諦めることはしないから、情けない俺から卒業させて欲しい。


「条件があります」


 条件?

 待ってくれ。条件も何も、吊るされながら頑張って本音ぶつけたんだぞ。

 これは、どんな条件だ。ものによっては協力しないってことか?

 あのエイルが? 俺を無条件でサポートするって言っていたエイルが、俺に条件だと?


「立派な言葉を並べる青葉さんだから出来ると思います。まずは、体を作って下さい。万が一、アイテムも武器も使えないなんてなったら昨日の二の舞です。丸腰でも護身は出来るようになって下さい」


「そ、それはそうだけど……一朝一夕に出来るものじゃないだろ。俺は、すぐに強くなりたいんだ!」


「すぐに、ですか」


「そうだ。体力も力も素じゃ弱い俺が今から体を作るなんて、世界の滅亡が待ってくれない」


 威張れることではないけどな。

 俺は、誰よりも弱い。心も、体も。


「それこそ、青葉さんの得意分野では?」


「え?」


「ふふ、お忘れですか」


 エイルは体を翻し足元を浮かせると、一度のハイジャンプで俺が吊るされてる木の枝まで辿り着いて腰掛ける。多分、浮遊魔法か何かだろうな。

 枝が太いせいかエイルが軽いのか、枝はびくともせずに俺を吊ったロープが軽く揺れる程度で済んでいる。


「あなたは、錬金術師。やりようはいくらでもあります」


 そうだった。根本的なことを忘れていた。

 俺は錬金術師だ。自分のイメージしたアイテムを作ることが出来るイレギュラー。

 一時的なものを作るだけじゃない。慢性的な薬を作ることも不可能ではないんだ。


「あ、でもアイテムに頼ってばかりはよくありませんよ。継続は大事なので、毎日の基礎は怠ってはいけません。まずは、自力で力をつけてください」


「何かないのかよ。チート的な……何かすぐ強くなる魔法とか」


「えーと……ないことは、ないのですが」


 あるのかよ。

 俺は、それを欲してるんだよ。すぐに強くなりたいんだ。

 努力してる奴からしたら、クズかもしれない。

 でも、なりふり構ってられないのも事実だ。


「申し訳ありません。まだ、私の魔力が戻らなくて……すぐには」


 魔力が戻らない?


 そうか、こいつ倒れてたんだ。空の侵食が悪化したときに不安定になって魔力も足りない状態になっていたんだっけ。


 おいおい、そんな状態でくだらねぇ緊縛魔法使うなよ。体が本調子じゃないなら尚更だ。

 木に登るのも魔法じゃなくて足を使え。無駄に魔力を消費するな。


 さて、どうしたものか。

 俺の魔力とエイルの魔力は違う種類だ。

 与えたところで薬どころか毒になる可能性がある。それでエイルの体調が悪くなるのは良くない。俺の今後にも差し支えがある。


「魔力回復薬は?」


「飲んではいるんですが、効果が今ひとつで。継続的に蓄えているのが精一杯なんです。ですから──」


「お前は馬鹿なのか!?」


 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、此処まで馬鹿だとは思わなかった。

 こいつ、今生活を送ってるのが精一杯って言ったよな。

 常備薬飲まないと恐らく体が持たないってことだとしたら、殆ど魔法が使えない。

 俺を強くする以前にこいつが体を治さないといけないだろ。

 もしかすると、エイルは虚無の影響で体がボロボロなんじゃないのか?


 俺のせいで、エイルが死ぬ?

 ふざけんな、エイルが死んだら完全に詰むだろうが。

 俺の責任なら尚更だ。死なせるわけには……これ以上、悪化させるわけにはいかない。


「エイル、この縄を解け。すぐにアトリエに行くぞ」


「え? いえ、でも青葉さんには反省──」


「反省ならいくらでもしてやるよ! また吊るしたかったら吊るせ。筋肉部屋に入れたかったら入れろ。但し、今は言うことを聞け! 俺が、お前の体を治してやる」


「えっ、えっ?」


 俺しか出来ない。これは、きっと他の誰にも出来ないことだ。


「い、嫌です!」


「嫌じゃねぇ! 聖水なら毒気抜くくらいは出来るだろ。その後に回復薬を飲め。ライドの時と同じ要領だ」


「だから、それが嫌なんですっ!」


 何が嫌だと言うんだ。

 体が悪いなら早く治した方がいい。子供でも分かることだぞ。


「注射は嫌なんです!!」


 涙目でエイルは叫んだ。


「針を刺して薬を入れるなんて残酷な……あんなの怖すぎます! 絶対に痛いですよね!? 気絶していたライドさんすら呻いたんですよ。想像を絶するような……考えただけで恐ろしくなります!」


 注射? ああ、そういうことか。

 病院で注射を怖がって泣く子供と同じわけか。

 気持ちは分からんでもない。

 俺もガキの頃は病院で大泣きして暴れたからな。

 挙げ句に看護師数人に取り押さえられてやっと注射を打たれた覚えがある。


「エイル、あの時のライドは気絶してたから飲ませられなかっただけだ。今のお前は、意識があるから飲むだけでいい」


 俺だって医者の真似事なんてしたくない。


「飲むだけですか? 飲むだけで本当に?」


「味の保証はしないけどな。苦い可能性があるし、死ぬほど甘いかもしれない」


「うっ……そ、それはそれで……」


「今のままにしとくわけにはいかないだろ。いいから、吊るすのは後にしろ」


「で、でも……」


「ああっ、もう! 早くしないと、お前の体が危ないんだって言ってんだよ!」


「それは、そうなんですけど……ほらっ、今は検診屋さんも診ていますし定期的に──」


 俺が一睨みするとエイルが言葉を詰まらせる。

 味によって飲みたくない薬があるなんてガキと一緒だ。

 俺が招いたこととは言え、こんなわがままを聞いていられるか。


「俺は強くなるために諦めずに弱音を吐かない。サポートするお前も一蓮托生。体を万全にするために駄々を捏ねるなよ、お嬢様?」


「何でこんな時だけ強気なんですか!」


 しつこいな。あと少し足りないか。

 エイルの力を借りるためにこいつを治さないといけない。今後も協力させて手玉に取るにはどうすれば。

 魔法が使えなければ筋力に頼ろうとするエイルを抑制出来るのは言葉や態度だ。力じゃ敵わないからな。

 とは言え、どう説得するかな。ストレートな言葉しか思いつかないぞ。


「エイル、お前は俺の生活の一部なんだよ。だから、お前が不調だと俺が困る」


「えっ、え……待って下さい! 青葉さん、それは……」


「あ?」


 何で顔を赤くして慌ててんだ、こいつは。

 まさか、体の不調で熱が出たとかじゃないよな?

 マジで勘弁しろ。無駄な問答すら惜しくなるだろ。


「青葉さん、事情を知らない女性にはその言葉は使っちゃいけませんよ」


 事情を知らない女性には?

 こいつは何の話をしているんだ。


「俺が極度の女嫌いなのは知ってるだろ」


「それは分かるんですが、青葉さんは誤解されやすいのではと……」


「何を言っているんだ、お前は」


「……もういいです。この話を説くのは青葉さんを別の意味で苦しめてしまうので」


 だから、何の話だ。

 ますますエイルの言うことが分からなくなってきたぞ。


「うぅ……薬を飲んだら、言うことを聞いてくれるんですよね?」


 上目遣いすんな。俺は、そういう女のあざとさが嫌いなんだよ。


「ああ、話はそれからだ。それこそ万が一の話だ。今は俺の言うことを聞け。お前の体が良くなったら、対策を練ろう」


「青葉さん……」


「お前が俺に力を与えてくれるっていうなら、出来ることをしてやる。だから、まずはその不安定な体をどうにかしろ。──俺達で世界を救うためにな」


 エイルの表情が綻び、それは段々と笑顔になる。


「はいっ、お供します」


 意味もなく怒ったり注射が怖いって泣いたりと忙しい奴なのに、今度はよく分からないツボで笑顔になるしよく分からない。


 でも、やっぱり俺一人じゃ何も出来ないわけで、結局はエイルに頼らないと俺はこの世界じゃ生きていけないんだ。

 つまりは、エイルに命を握られているということを考えると気持ちがあまり心地よくない。


 少しは、俺も頼りになるんだと思わせる事実が必要になる。

 贔屓目じゃなくて本当に俺が必要だと思わせる材料から始めないと事は始まらない。


 不安を感じている筈のエイルを安心させることがスタートなのかもしれない。

 俺が世界を救うためにエイルは必要な存在。保身だけではなく、互いの協力者として。


 相互理解をするには、かなり擦れ違っていることは否めない。

 でも、俺達は互いを必要とする。

 錬金術師と召喚師はそういう関係だと思っている。


 エイルが俺を必要と努力するのなら、俺もエイルに必要なことをしてやらなきゃいけないんだ。


 与えられるだけじゃ、俺はきっと前に進むことは出来ない。それだけは、確実だ。

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