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筋肉道場とパワー系召喚師

 石の上にも三年ということわざがある。


 冷たい石の上にも三年、辛抱強く耐えて座れば暖まって我慢強くなるという意味だ。

 正直、こんなことわざを知っていたところで異世界で思い出す筈もないと思う。思いすらしなかった。


 俺の現状は、石に座り続ける以上の苦行も苦行。

 どうしてこうなったのかとすら思う。

 おしとやかで大人しい女をなめくさった報いと言われれば、理不尽な言葉になるだろう。


 強くなりたいと泣きつき、手段を選ばないと……強くなるためなら、この体を預けてもいいという弱さを招いた結果なのか。


 今の俺は──



 筋肉に囲まれて三時間という修行をさせられている。



「休んでいる暇はないぞ!」


 野太く大きな声が鼓膜に響き、俺はアメフト選手も驚く筋肉ダルマの檻で組手をさせられている。


 正確には、魔導連合学園という将来的に魔導師と警備団と騎士団を育てる学園に放り込まれているのだが。

 要は専門学校が統合してるでかい組織。

 本職の方々の二軍としても活躍する由緒正しき学舎だ。


 現在は、警備団の卵の戦闘訓練に参加させられている。

 警備団っていうより、プロレス団だ。

 見渡す限り、筋肉しかいない。

 右を見ても左を見ても筋肉という鎧を纏った男達、盛って盛って盛りまくったマッチョしかいない。


 ねえ、おかしくない?

 町にいる警備団とか、普通の痩せ型とかいたぞ。少なくとも筋肉で太った奴はいなかった。

 何だよ、この選りすぐったようなマッチョマン限定の修行場は。

 

 何であんなズタボロにされた翌日に笑顔でエイルに連れて行かれた場所が此処なの?

 あいつ、何の権力持ってんの!?


「余所見をしていると、その華奢な体が粉砕するぞ!」


「ぐはっ!」


 容赦ない逞しい切り株のような足で鳩尾を蹴られ、蹲る。


 馬鹿野郎。俺は、丸腰じゃ一般人以下だぞ。

 死なない体でも痛いものは痛いし、剣もアイテムも全部エイルに取り上げられたものだから何も出来ない。


「全く……エイル様の紹介で貴重な訓練時間を割いているのに反撃も出来ない。避けることも出来ない。ただの置物同然だな」


 教官が、蹲る俺を見下ろす。まるで汚いものを見るような目で。


「んだと……!」


「悔しかったら起き上がって当てるくらいしてみろ。我々も暇では──」


 え、あれ……?

 なんか教官が目頭を指で抑えて涙ぐんでいる。

 啜り泣く声が聞こえると思えば、俺を蹴った奴も周りの奴らも泣いていた。


「ひ、暇では……! くうぅっ!」


「は……?」


 何で泣いてんだ、こいつら。

 泣きたいのは、暴力を受けている俺なんだが。


「教官、もう無理です! こんな、こんな一方的に虐待するような行為は!!」


「言うな! エイル様には考えがあってのことだ。いくら華奢で丸腰じゃ幼い女子供レベルの弱さであろうとも、世界を救う錬金術師様だぞ! このくらいの試練……こっ、このくらいの……!」


「し、しかし! 心を痛めながら訓練なんか……うわああああ!!」


 馬鹿にされてると同時に可哀想な子供扱いまでされてる俺は一体何なんだ。

 野太い泣き叫ぶ声が道場に響く。鼓膜が痛いし、鬱陶しいし、腹が立つ。

 どうすんだよ、この惨状。


「頼みますから、錬金術師様……一発でいいので殴り当てて下さい。あなたの拳は、あまりに遅くて弱すぎます」


 教官が土下座をして哀願した。

 そんなに俺って酷い? そこまで弱いか?


「待て待て待て! いくら何でも、そこまでは。大体、女子供は言い過ぎだぞ! お前らが筋肉の塊なだけで、その辺の女やエイルなんかには──……いや、待てよ」


 力が出ないとは言え、昨日エイルに押し倒されて身動きが取れなかったのは事実。

 今朝も引き摺られて学園に連れられたのに、力で抵抗出来なかった。

 それは、俺の力が戻らないとか召喚補正とかそう思っていたんだが……。

 ほら、召喚主に逆らえないようにとかそういうのでさ。

 そうじゃないと、色んなものが破綻するぞ。

 イメージとか俺の男としてのプライドとか。


「何を仰いますか、錬金術師様!」


 え、待って待って。おかしい。ギャップにしても、そういうの求めてないし本気で怖いから。


「エイル様に勝てる者など、この学園に一人としていません! 我らが束になろうとも、指一本触れられるわけが!」


 あいつ、清楚でおしとやかなお嬢様なのに筋肉盛り盛りマッチョ共よりも強いゴリラか!?

 言わば、全ての学科の裏番長?


「──なんか、ごめんな」


 可哀想になってきた。よく分からないが、謝るべきだと思ってそれを口に出す。

 あいつを全く知らない俺が招いた惨事だ、これは。


 俺の力が弱いんじゃなくて、エイルの力が強すぎたのか。世の中にそんな女が存在していいのか。

 普通、召喚師とか魔法使いって筋力弱いだろ。あいつ、どんな生活送ってるの?



「こんにちは、お疲れ様です」



 扉を開けて入ってきたのは、まさに現在の恐怖対象のエイルだった。

 全員、背筋を伸ばして敬礼をしている。

 こいつらの恐怖対象も変わらないようだ。


「あら、青葉さん?」


「な、何だよ」


 つい声が上擦ってしまう。

 パワー系ゴリラ魔法使いが笑顔で寄るとか、女が怖いっていうよりもこの属性が怖すぎるだろ。


「汗、全く掻いてないじゃないですか。まさか、やられっぱなしとかじゃないですよね? 昨日の今日で諦めたわけじゃありませんよね? 基礎の体作りも出来ないわけじゃ──」


「怖い怖い怖い!! 何なんだよ、昨日からお前は! 怒ってるにしたって、おかしいぞ! 大体、強くするっていうやり方が体育会系超えすぎて暴力でしかねぇよ!!」


 そもそも、こいつは俺の三歩後ろ歩くタイプだったろ?

 俺が怒れば萎縮するし、引っ張れば力なくついてくる。それなのに、どうして?


「青葉さん」


 しかも、昨日の俺の状態だって説明したぞ。

 手加減とか労るとか出来る筈なのに──


「言い訳や周りに当たるだけのことしか出来ないようなら、摘みますよ?」


 笑顔で摘むって言ったぞ、この女。

 シンプルに「ぶっ殺す」って言われたぞ、俺。


 俺の体のことは、エイルはもちろん知っている筈だ。

 怒り心頭のエイルは、俺の魔力を奪って魔法一発もしくは、パンチ一発で俺を殺せる。


「あ、えと……その……俺のこと、こ、殺すなんて……」


「今のままだと青葉さんが身を守れずに危険な状態になります。ですから、私が責任を取って強くするんです。あなたの望んだことでもありますし」


「いや、だから……」


「青葉さんなら大丈夫です! 私程度にやられるなんてことありません。やられてしまったら、私も責任取って後を追いますから!」


 ヤンデレに似たようなこと言ってるぞ、こいつ。闇深すぎだろ。

 お前を殺して自分も死ぬとかいう無理心中を誰が求めた? 誰も求めてねぇから。

 頼む、いつもの苛つく程におしとやかな女に戻ってくれ。


「ひっ……!」


 エイルの指が俺の顎のラインを撫でて耳元で囁く。


「私、怒っちゃうと怖いんですよ?」


 ぞくぞくと背筋に悪寒が走り、言葉を失う。

 黙っていた筋肉軍団を横目で見ると、奴等は顔面蒼白にして固まっていた。

 頼りになりそうもない。

 再び、エイルに視線を向けるとこいつは満面の笑顔を浮かべて俺の腕を掴んだ。


「ひいっ!?」


「青葉さん、この学園には大きな木があります」


「へっ……? き、木?」


「はいっ。青葉さんには、高い場所で反省してもらいますね! お供いたしますから」


 木……? 高い場所? 反省……?

 それは、つまりあれか。俺をその高い場所に連れて?


 ん? 話が見えないぞ。


「教官さん、ロープありますか?」


 ロープ? ロープって縄だよな。

 縄を何に使う気なんだ、こいつは。


「は、はっ! これを。一度縛れば、縛った本人しか解けないよう捕縛魔法の付加がされています」


 教官が慌てたように近場の棚の上にあったロープをエイルに渡す。

 都合良すぎるし、そんなもん用意してたのかよ。お仕置き用か何かか。


 ──お仕置き?


「え、ちょ……ちょっと待て、エイル」


 俺、もしかして……木からロープで吊るされて殺される!? 首吊り的なそういうの。

 普通にやったら死ぬけど、死なないことをいいことに苦しめられるそういうお仕置き!?


「痛いかもしれませんけど、そのくらいは我慢してくださいね」


「いっ──嫌だあああ!! ごめん、ごめんってば! マジで助けて! あ、あああああっ!」


 エイルに首根っこを掴まれた俺は、抵抗も虚しく引き摺られて道場を出た。

 道場を出るときに筋肉ダルマ達が笑顔で見送り、扉が閉まると同時に訓練を再開するような懸命な声が聞こえた。

 まるで、何事もなかったように。


 かくも俺は、簡単に見捨てられてしまったのだ。

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