新たな高みへと
私と彼は運命だったのかもしれない。
彼の細い悲鳴が煩わしくも、私は許そう。
何故なら、彼の恐怖に引きつった瞳は愉悦。
彼が私の体を貫いたとしても、私は許そう。
何故なら、彼の仲間を想う必死な焦りは甘美。
喰いたい。貪りたい。四肢を引き千切り、骨の髄まで噛み砕きたい。
殺してからではなく、生きたまま。
喉がはち切れるほどの悲鳴を上げるその声をメロディに、私は彼を喰い潰す。
──地獄の果てに逃げようとも、必ず。必ず。
***
「じいさん、怪我は酷いみたいだけど命に別状はないってさ」
ライドが廊下で落ち着かない様子のトーマの肩に手を乗せる。
しかし、それに気を悪くしたトーマがその手を振り払った。
「ふん、別に僕は心配してないさ。大体、誰の見立てなわけ?」
「誰って、うちを贔屓にしてる検診屋だよ。医者じゃないから薬は出せないけど、病気は診れるんだってさ。回復魔法や薬がある時世だから、治療すると逆に赤字なんだとよ」
「何それ。守銭奴なの、そいつ」
「あははっ! 本人に言うと悪戯されるぞ。ハーフエルフは珍しいので特別検診しますよ~とか言ってな」
背中を強く叩きながら大笑いするライドにトーマは眉根を寄せる。
不機嫌な表情に影が落ちて暗いものになるトーマに、ライドの顔色も僅かに苦くなり、幼い頭を優しく撫でた。
「悪かったな」
「謝らなくていい。僕達が来たくて来たんだ。アイリもそれを分かってるし、助けられたならそれはそれでほっとしてる。あの惨状を後で知ってジジイまで死んだら、そっちの方がつらかったと思う」
「大人だなあ、トーマは。頼りになるな~」
「そう言いながら頭撫でるのやめてくれる? ガキ扱いすんな。僕らよりも気遣う奴がいるでしょ! あの錬金術師は? あれから外に出てこないし、エイルさんだって目が覚めない。アニーもそろそろ疲弊してきてる頃だろ!」
ライドを睨むトーマだったが、その内心は口に出した全員を心配している。
隠したところで幼い子供の考えていることなどライドには全てお見通しだった。
「エイルさんには、検診屋がついてる。アニーは、俺の部屋で休ませた。──青葉は……多分、大丈夫」
「大丈夫って何が?」
「実は、アトリエ閉店してるから見に行ったんだ。ずっと勉強してる」
「勉強?」
「そう。前、トーマにお使い頼んだホムンクルスの資料を青葉にやったろ。その資料読みながらノート広げてさ、自分の世界に入ってる」
お手上げとでも言うように苦笑いを浮かべたライドは肩を落とす。
「健康面は問題ないと思うけど。今、同居してる睦月が食事作って睡眠管理もしてやってるみたいだしな」
「本当に大丈夫なわけ?」
些か不安なのか、トーマは顔を上げて背丈差のあるライドの瞳の奥を覗き込むように見つめる。
「あいつ、口は悪いけどさ……相手に危害加えるの嫌いっていうか、そういうのしたくない奴だろ。危機的状況とはいえ、殺しちゃったんだよね? あそこにいた異常者を」
「体貫いて吹っ飛ばしたから、多分な。防衛本能でやったもんだし、青葉も理解してるさ。あれは、この世にいちゃいけないものだ」
僅かに震えたライドの手が汗を握る。
先日の光景の恐怖を思い出したのだろうとトーマは察するが、敢えて尋ねずにはいられなかった。
「理屈で納得すんの?」
「さて、どうかな。でも、青葉のおかげで俺達は一人も欠くことなく帰れた。それは感謝しないとな」
「それは分かるけど。エイルさんは起きないし、あんなことがあって……そこまで精神的に強い奴じゃないだろ。勉強してる余裕なんかあるの?」
「いや、あれがあったから勉強してんだろ。自分の力がこの世界じゃ通用しないってのも実感したのかもな。ま、本人にしか分からないことさ」
「──分かった」
トーマがライドの手を引く。
アイリ以外に自分から誰かに触れることをしなかったトーマの行動にライドは目を丸くして驚いた。
「朝から何も食べてないの知ってるよ。僕が作るから、ライドも少しは休憩した方がいい。人のことばっかじゃなくて、たまには自分のことも気にかけなよ」
気恥ずかしそうにするトーマの手は震えている。
彼にとっての踏み出せた一歩なのかもしれない。
迫害され続け、痛い目を見て、救ってくれた恩人に感謝しながらも寄り添えなかった子供の少しの勇気に、ライドは喜びを隠せなかった。
別に感謝なんかいらない。
ただ見過ごせないから引き取っただけの子供の成長が少し垣間見えただけ。
それでも、それだけの価値がある。尊いものだと思わずにはいられなかった。
***
俺は、自分の無力さを知った。
一瞬の必殺技で相手を吹き飛ばしたから何だ。
帰るためのアイテムで仲間ごと帰れたから何だってんだよ。
もしも、その力をもっともっと前に使えてたら……そんな考えは驕りだって分かってる。
もっと前に辿り着いたところで、あの化け物の異常者は殺せないかもしれない。でも、集落のエルフ達を助けられたかもしれない。
『もしも』、『かもしれない』。そんな仮定をしたところで手遅れなのは知ってる。
俺の不甲斐なさも努力不足だって思い知らされたのも充分。
それで、俺はどうしたい?
何をする? 何が出来る?
んなもん、決まってるじゃないか。
──同じことを繰り返さないように、俺は本物の錬金術師になる。
「ホムンクルスの心臓は──」
現在、大量の資料からホムンクルス作成の勉強をしてレシピを描いている。
睦月の助けもあってか、奴は小型の人体模型を俺に譲ってくれた。
家を探してくれた礼とか言っていたが、どうでもいい。素直に感謝している。
模型のパーツを元に絵を描き、浮かんだ素材を調べているのだ。
「ジルコニア鉱石の粉末と生命の雫……生命の雫って何だよ。こっちの生物素材図鑑か? 違うな。えっと──」
もちろん、簡単に片付く問題でもない。
焦ってはいけないというのは分かる。
分かるけど、見てしまった以上、見過ごせないし焦らなければいけないんだ。
──あの化け物は生きていた。
体を貫かれて、俺の必殺技を食らって吹き飛んでも、生きていたんだ。
見なければ良かったかもしれないが、見てしまったから学習したんだ。
今のままじゃ、駄目だって。俺がちゃんとしなくちゃ、犠牲者が増えるだけだって。
「くそ、分かんねえ。他は分かるのに、生命の雫だけ……何だよ、これ」
苛ついて頭を掻く。あれからアトリエは汚く物が散乱しているが、片付ける暇なんかない。
早く、少しでも早くホムンクルスを作らなきゃ。それで──
「ねえ、青葉。えっと、青葉ってさ……」
苦笑いを浮かべた睦月が頬を掻いて、言い淀んで漸く一呼吸置いた後に尋ねた。
「集中すると、芸術品いっぱい作るタイプ?」
アトリエの中には、俺が無意識に作ったアイテムが積み重なっていた。
地、水、火、風、光、毒属性の爆弾に爆薬。
回復剤類、武器につける属性カートリッジのストックも山程。
こんなに作って戦争にでも行くのかというほどに大量に。
因みに爆薬は、銃弾だ。
流石に銃は難しいとライドに断られたから、ハンドガンを作った。それに装填する銃弾だ。
試していないから分からんが、銃の種類を変更することは可能なのではないかと思う。
流石に現場で複数に変えることは出来ないだろうが、形状はやろうと思えば出来る。アイディア次第だ。
普段使っている剣はロングソードだが、イメージで細剣や曲刀にも変えられるんじゃないか。
論理の問題じゃない。武器を自由に扱えるなら、同じ系統の武器の形状も変えてそれに装填すべきアイテムの形だっていけそうだ。
理系じゃない文系の俺にしか出来ない技だが、だからこそやれるんじゃないか。
論理で考えたら色んなものが破綻するし。
嫌だ。理系とかマジで無理。睦月を実験台にしよう。
作ったばかりのハンドガンを手にして魔力を込める。イメージを作り、睦月に向ける。
ハンドガンがマスケット銃に変化。成功。
「えええ……青葉、どうしたの?」
両手を上げて怯えを隠せない睦月に対して溜息を吐いて、銃を下ろすと元のハンドガンに戻る。
こんなことをしている場合じゃねぇよ。分からない部分をイメージしないと。
「駄目だ、分かんねぇ。武器形状で遊んでる場合じゃねぇってのに」
「生命の雫って言ってたっけ? 珍しいな。発想広げれば簡単じゃないか」
何処が簡単だ。全然分からない。
「生命って生き物だろ。生き物から出る液体なんか色々あるじゃん。涙とか、唾液とか。あ、禁忌の技術なら……血液とか!」
「何の生き物だよ。んなもん、とっくに考えたわ」
「そりゃあ、もちろん──」
「待った! 俺が考える。悔しいから言うな!!」
知ってるヒント出すだけ出して、邪魔するな。答えを言われるのが一番嫌なんだ。悩んだ時間が無駄になってしまう。
「生物の液体……。いや、待てよ……俺にしか出来ない技術、錬金術師にしか作れない生命──」
答えが、見つかった。
「それだ!!」
ホムンクルスの命になる心臓は、紛い物。
模造ダイヤとも言われることがあるジルコニア鉱石の粉末と『異世界人である錬金術師の体の一部』が答えだ。
「あれ……?」
ホムンクルスって、俺の遺伝子で増殖されるの?
つまり、世界中が俺の血族に?
「うわ……マジかよ」
俺の遺伝子だらけの世界が将来的に広がるとか、悪夢でしかないんだが。




