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覚醒してみれば

 果たして、これは現実に戻されたと言ってもいいのだろうか。

 兎にも角にも、俺は目を覚ました。

 まあ、これまた酷い状態。

 アトリエは襲撃後の残骸だし、睦月とトーマは疲れたような……それでいて呆れたような表情でソファーに座っている。


「やっと起きた。どれだけ戦ってたわけ。あんたなら、あんなの一瞬で終わらせられるでしょ」


 相変わらず可愛くないトーマの憎まれ口には、小さい笑みが浮かんでいる。

 少し安堵にも似たように見えるのは、俺の気のせいか。


「俺に文句を言うな」


「あんたに言わないで誰に言うんだよ。しかも、消耗してるし。穢れが残ってないか確認するから見せて」


「あ? 見せるって……」


 お前は医者か。何だ、脱げっていうのか。

 一体、どこを見せろと。


「首の左側を触らせろって言ってんの。あんたの魔脈の入り口だから」


「は? 何……いってええええ!!」


 トーマが俺の左首に手を添えると、異物が入ってくる感覚と別の何かがぶつかり合う感覚がしていて電気が走ったように弾けて痛い。


「痛い痛い痛い!! てめぇ、何してんだ!!」


「何って消耗してるから魔力与えてるの。あんたの化け物染みた体なら専用の魔力に取り込めるから気にしないで。滓は残ってないし上手く出来たみたいだけど、慣れないから多少の苦痛は我慢しなよ」


「い、嫌だ!! 回復薬飲むから、いらんお節介焼くな! 痛いからっ!! 死ぬ! 痛くて死ぬっ!!」


「大丈夫。枯れない限り、死なないし」


 そういう問題じゃねぇ。

 アフターサービスが乱暴すぎるんだよ。


「無理! 無理だから!!」


「あーもー……うるさいな。だから大人しくなった所で処置したかったのに」


 うるさくさせてんのは、どこのどいつだよ。

 俺の中で魔力同士が喧嘩して悲鳴上げて全身が痛いんだよ。

 この痛みは絶対に俺しか分からない。


「心配してるんだって。青葉が倒れてるの見て俺のこと吹っ飛ばした挙げ句に怒り狂ったんだから、この子」


 怒り狂った?

 トーマが、俺があいつに憑かれて意識を失ってるときに?

 それは、どこの世界の冗談だ。


「余計なこと言うと、叩き潰すよ」


「やべ、こわ……お口をチャックチャック」


 へらへらと笑う睦月にトーマは不機嫌そうな表情で眉を潜めると俺の首を絞めた。


「ぐっ……!」


「今のは聞かなかったこと。いいね」


「あっ、かっ……は……」


「返事は?」


 首絞められてろくな返事が出来るか、クソガキ。

 苦しい上に、このガキ……握力が強すぎる。

 正直に言おう。

 脅威と思っていた魔力を吸う残滓とやらよりも、強い。


「トーマ君、絞めっぱなしだと返事出来ないよ~。死ななくても首の骨折れちゃうって」


 睦月、てめぇは助けろや。

 かろうじて頷くレベルの行動で漸く手が離された。

 狭くなっていた呼吸器官に酸素が一気に送られたせいで、別の意味で苦しくなる。


「げほっ、げほげほ! は、はあ……はあ……トーマ、お前──」


「うるさい」


 まだ何も言ってねぇよ。

 言いたいことは山ほどあるけどな。

 何でこいつは、こうも可愛くないんだ。歪みすぎにも程があるだろ。


 ──こいつが拗れるは仕方ないけどさ。


 ハーフエルフで親もいなくて集落の奴らからも見放されて、あまつさえ人身売買に何度も出されそうになってたんだ。

 ガキのくせにこんなヘビーな過去を持って、まともでいられる方がまだマシか。


「ねえ、青葉。そういえば、それ何?」


 睦月が俺の右手を指差す。

 そうそう。俺も気になってたんだよな。

 俺の右手には、精神世界で最後に手に取ったアイテムらしき赤いキューブが握られていた。


「ドラゴンを倒したら、ドロップした」


「んん? ドラゴン……って、あのドラゴン?」


 不審な表情浮かべるな。恥ずかしいから。

 というよりも、あの世界で持ってこれたのがこれだけってどういうことだよ。

 収穫が全くないよりマシだけどさ。

 どうやって持ってこれたのか謎だ。


「レアアイテムとか?」


「そうだといいけどな。調べないと分からん。素材として何かに使えればいいけど……」


「うーん……」


 睦月がキューブを凝視して首を傾げる。


「何か、どっかで見たことがあるような……気のせいかな」


 また思わせ振りなことをこいつは……!


「お前、ふざけんなよ。これ以上、厄介ごと増やす気か!? 残滓がどうたらこうたらとか、関係ねぇ一般市民ぶっ殺したりとか何考えてんだよ!!」


 そう。俺が言いたかったのは、これ。

 何の説明もなく、フワッとした情報しかないんだよ。

 襲われた当事者の俺には、知る権利があるだろ。

 流れとしては、残滓については何となく理解出来るけど細かいことが分からないし。

 俺の死なない体についても何か知ってるだろ。確実に。


「ひとまず、殴らせろ」


「いいよ」


 ふん、拒否したところで俺がやることは変わらない──え、あれ。簡単に承諾したぞ。


「青葉の気が済むまで殴れば良い。突然すぎたし、大変だったからね。ショックもあるし、その一端を担ったのが俺だから。何をされても仕方ないよ」


 うわ、こいつ卑怯。

 そんなこと言われてしまったら、ボコボコに殴りにくい。

 殴ったら、俺が悪い感じになる。


「お前、最低」


「あはは、ごめんね?」


「謝って許されないことをしてんだよ」


 関係ない奴を殺してんだからな。


「あー……うん。でも、彼女は一般市民じゃないというかなんというか……」


「は?」


 一般市民じゃない?


「青葉、この世界は残酷だよね。生きてるのに生きていることを許されない人々がいる」


「言っている意味が分からん。トーマ、分かるか?」


「…………」


 トーマは目を逸らす。

 まあ、知らないことは口にしたくないよな。こいつは。


「下手したら、僕がそうなってた。そう言えば分かる?」


「え……」


 まさかとは思うが……いや、いくらなんでも。


「は、はは……いくら何でもそれは……」


「青葉、商品にされたら生き物として認められない奴もいるんだよ」


「待て待て待て! それは辻褄合わないって!!」


 あの町娘が仮に人身売買で奴隷にされて、人権を奪われて憑かれてしまったとしよう。

 でも、そうしたらアニーはどう説明するんだ。

 あいつらは無差別に憑依して俺を襲うんじゃないのか。

 アニーは、この町の雑貨屋だ。奴隷にされて生きてきたわけじゃない。


「残滓は、負の感情を強く持つ生物に憑くんだ。お前みたいなのは例外だけど。この世界で負の感情を持つ生物……それはさ、自分の存在を命として扱われないのが手っ取り早く憑依出来る者が殆ど。俺は、そういう奴と直面してきていたよ」


「だから、辻褄が合わないって言ってるだろ! 俺を最初に襲ったのはアニーだ! あいつは、ライドと一緒にこの町で生活してんだぞ!!」


「アニー? ライド? それって、青葉の友達?」


 そうか。こいつは町の人間じゃないから、二人のことは分からないのか。


「まさか……」


 呟いたトーマの声は震えていて、青ざめた顔をしている。


「ライドが僕を助けたの……もしかして、そういうこと? 裏切らないでいてくれたのも──」


 こっちはこっちで言っている意味が分からんぞ。


「トーマ、お前何言ってんだよ。何か知ってるのか」


「あんたには関係ない。何でもない」


 何だそれ。明らかに俺も関係ある話をしているだろ。


「誰もがそうだとは限らないけど。今までの残滓の被害者が憑かれやすいってだけだから。"悲しい"、"苦しい"、"消えてしまいたい"。そんな感情を強く持つ者が餌になりやすい」


「それ抜きにしたって、殺すのは駄目だ。本人が望んだってな。この世界じゃ、命が失われるだけで魔力減ってくるんだから」


 道徳的な問題もあるけどな。


「それなんだよ。でも、錬金術師には代えられないってのも事実」


「ええっと……残滓だっけ? そいつによると、体殺しても無駄って言ってただろ。お前の言い方だと今までもそういうことしてたってことだよな。殺し損なんだよ。どっちもいいことがないなら──」


「うん、俺は無意味に葬ってきただけ。破滅の片棒を担いだんだ。それが奴等の策略のひとつだったのかもね」


 奴等って何だ。

 まさか、同じような奴等がもっといるのか。

 睦月が失敗を続けて、逃がしたんじゃなくて?


「まさかの複数犯かよ」


「世界の敵でもあり被害者だよ。理不尽に魔力を奪われて死んだ人々の憎悪。まあ、地縛霊みたいなもんだね。それが生きることを諦めた者に憑いて救世主の力を奪う。憑かれた者は、生への執着が薄いから取り入れやすい。青葉だって例外とはいえ、それは実感しただろ」


 確かに精神世界で捕まって、元凶を倒すまで戻れなかったしな。

 まあ、俺の場合は生への執着が薄いわけじゃないけど。

 死にかけて、力が弱ったのがよくなかったのかどうか分からんな。

 ひとまず、世界を救えないようにさせてんのがそいつらか。


 ──いや、でも……何かおかしくないか。


「そいつらはあくまで歯止めの敵だろ。実際、世界をおかしくしてる原因じゃねぇし」


「そこなんだよ。残滓に聞こうにも教えてくれるわけないし、何しろ災厄が起きたのは二十年前。二十年前に何が起きたのか、俺も調べてるとこ。役に立てなくてごめんね」


「それは仕方ねぇよ。残滓については分かったし、俺に取っちゃ一歩進んだ。これからは憑かれてるからって殺すのはやめろよ。その時は、俺が引き受ける」


 仕方がないが、俺が引き込んで中で倒すのが手っ取り早い。負担でけぇけどな。

 とはいえ、地縛霊を一匹ずつ処理したって限界がある。それこそ大幅な対策が必要だ。

 今後も魔力が枯れて死ぬ犠牲者が出ないとは限らない。


「うわ、マジで深刻じゃねぇか。ホムンクルス作ってる場合かよ」


 魔力が枯れない限り死なない体とはいえ、限度ってもんがあるだろうが。


「まあまあ、俺も手伝うから。少なくともトーマ君だって──……あれ?」


 睦月が周りを見渡すことで俺も気付いた。

 トーマの姿がない。

 さっきのアニーやライドの話で何か思い当たるのか、帰ったのかもしれない。

 俺には関係ないとか、馬鹿なこと言いやがって。

 あの兄妹は、俺のダチでもあるんだからな。

 関係ないなんてことは、ありえねぇんだよ。


「トーマ君、帰ったのかな」


「だろうな。気になるところではあるけど……」


 人の心に踏み込む所業は、なるべくやりたくない。それが今後の対策や情報に繋がるとしても。

 本人にとっては、墓場まで持っていきたいほどに嫌な話かもしれないし。

 第一、その前にやらなきゃいけないことがある。

 大事なミッションだ。俺達が生き残るためにな。


「掃除すんぞ、手伝えよ」


 無惨に散らかったアトリエを掃除をするのが第一だ。


「うん、もちろ──ぐはっ!」


 それから、睦月を殴るという意思は変わらない。

 例えどんな進歩があったとしたって、こいつを殴らずにはいられないんだ。


「鳩尾はヤバい……しかも、強い。手、痛めんなよ。青葉の画力下がったら──」


「こんくらいで、下がるわけねぇだろ! 顔じゃねぇだけマシだと思えや!!」


「痛い痛い! エンコ! エンコは勘弁して! 殴ってもいいから、部位損傷は──」


「するか、ボケ!!」


 指を捻ってやると詰められると思ったようで、睦月は涙目で訴えた。

 俺は、どこのヤクザだ。

 そんなことよりも、俺はアトリエが片付いてないと仕事が出来ないんだから理解しろ。


 ──そうしないと、この世界マジで滅ぶからな。

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