精神世界で彷徨って
無茶を言うのも大概にしろや、クソガキ。
俺のこの状況見てからそういったことを言って欲しいもんだ。
そういう無責任な発言は、お前みたいなチビッ子だから許されるんだからな。世の中なめてんじゃねぇぞ。
「とは言っても、やるしかねぇんだけどな」
暗闇の中で俺の両手両足を長い蔦が絡め取っているが、それを掴んで引きちぎる。
物を掴めばそれをコントロール出来るんだから、こんなもんで捕らえていても無駄なんだよ。
俺が今いるのは、言わば精神世界って奴か。自分の精神世界とか一番目を逸らしたくなるわ。
一面真っ暗闇で気持ちの悪い蔦や植物が生えているなんて、冗談じゃない。
自分の中を穢されたって考えたとしても、これが俺の世界なんて認めたくない。
「いや、穢されたからこんな世界か。あの女、人の体で好き勝手やりやがって」
地面に這う植物に足を掴まれるが、それを引き摺りながら歩く。
ひとまずは、見つけてぶっ飛ばさないとな。そうしないと、俺は起きることが出来ない。
「それにしても異世界じゃ死なない体とか、もう何も言えないね。MPが切れない限りゲームオーバーがないクソゲー仕様とか、中途半端にデータ弄ってるRPGかよ。チートというよりも害悪だろ」
死ぬなら普通に死なせろよ。それって死ぬレベルの苦痛伴っても絶対に死なないとかいう苦行じゃん。
死に怯えて生に縋りつくから人生っていうんだろうが。もはや、俺の存在がブレブレじゃねぇか。
「睦月の野郎も何か抱えてるわ、人は殺すわ……滅茶苦茶だな」
あの女が起き上がってからこっちにいる俺も目を覚ましたから、向こうの状況も一応は理解出来る。
仕留めたって言ってたけど、あの最後の音は……そういうことだよな。
睦月の野郎、やるなって言ったのに一般市民を殺しやがって。そういう罪の積み重ねがつらくなるんだよ。
命を背負うってそういうことだ。簡単に奪っていいものじゃない。どんな理由があってもな。
だから戸惑うんだよ、俺も。命を作るってことをさ。もっと気楽に考えられたらいいのにな。
「まずは、武器でも作るか。おらよっと!」
地面に生えてる草を引くと、芋づる式に根っこが伸びる。
「すげえ生命力だな、おい。それから……」
俺を絡め取っていた蔦を編み込んで強度を上げて持ち手にし、そこから更に引いた根付きの草を取り付けた。
「魔力は、まだあるよな」
持ち手を強く握り魔力を注ぐと、俺が作った貧相な草の塊は鞭に変わる。
「錬金術ってより、ライドの鍛冶魔法に似てんな」
ひとまずは、武器完成。
鞭なんて使ったことないけど、武器を持てば何とかなる人間なのが俺だし。
自画自賛ではなく、事実として。
「えーと、こんな感じか」
鞭を一振りすると、近くに生えている大木がドミノのように倒れて地面が抉れる。
「やべ、やりすぎた」
調整が難しいな。精神世界だからなのか魔力が不安定だからか分からんが、力加減がよく分からない。
「これ、あいつとやり合うときに木っ端微塵にしかねないな……」
ムカつくから手加減とかしたくないが、しないと塵ひとつ残らなくなるし。
あ、でも残しておくと俺の体が危ないのか。困ったな。
「どうにかして追い出せねぇかな。話し合いは無理にしたって、何かあるだろ」
こんな時にエイルがいたら……いや、いたとしても役に立たないか。
俺のことを持ち上げるだけの奴だし、それに提案するにしても俺の安全第一を考えるだろう。
「…………」
待て待て待て!! 何でエイルのことを考えた、俺!?
今、解決するのは俺。俺の体なんだから、他者の介入はもってのほか。
しかも、思い浮かべるのが何であいつ? 召喚補正なのか? もっと頼れる奴を思い浮かべるだろ、普通は!
「別の意味で精神が……」
このことを考えるのはやめよう。
「力の制御出来ないと魔力がすぐ枯れるよな。少し慣らそう」
もう一振り、鞭を木に向かって打つ。
こんな状態じゃ戦うことも出来ない。ダイナマイトを身に着けて突進するようなものだ。
練習するにしても、魔力調整しておかないとな。
「あ、魔力調整と言えば……」
今のうちに回復薬で回復しよう。
精神世界で回復薬って通用するのか。まあ、武器作れるくらいだから大丈夫だろう。
「器は……これでいいか」
蔦を編み込み、すり鉢とすり棒を作る。植物って便利だな。
あとは、薬草になりそうなものを目利きするだけだが……。
残念ながら、いつもの薬品バッグは持っていない。
襲われる前に片付けたからなのかどうか分からないが、ほぼ丸腰だ。
ある程度のアイテムは欲しい。
「ん、待てよ。精神世界?」
精神世界なら、俺が考えたものなら作れるんじゃないか。
例えば――
「適当にこの辺を……」
ガサガサと草を掻き分けて二種類の草を取ると、小分けにしてすり潰す。
お、潰しやすい。これはいけるかもしれないな。
「水……いや、樹液でいいか」
さっき、無残に切り倒してしまった大木から樹液を拝借してすり鉢に入れて更に混ぜる。
「やっぱりな」
簡易的なすり鉢から光が溢れ、透明な液体が完成する。
魔力回復薬が完成した。予想通りとはいえ、完成するの早すぎだろ。
「うっ……」
少し苦しい。ちょっと燃料切れか。
何で精神世界で思った以上に理想のもの作れるのに魔力は消費するんだよ、意味わかんねぇ。
まあ、向こうだったらもっと消耗してるだろうから低コストで済んでるって考えでいいかもしれないけど。
ご都合主義で俺に恩恵与えてくれるなら、魔力のコストパフォーマンスももっと優しくしてくれてもいいのにな。
どの道、今あいつに見つかったら殺される。
この世界で作った回復薬の効能が些か不安ではあるが飲むしかない。
「んく、っ……はー……」
大ボトルの栄養ドリンク一気飲み並みの苦行。未だにこの味は慣れないな。
しかも――
「うえっ、あっちのより味濃い……」
そりゃ、蒸留水で薄めたり調節もしない大自然のエキスだもんな。
味も濃くなるし、美味いわけがない。
でも、魔力の蓄えは出来た。まずは、命大事に。例え、精神世界と言えどもな。
「で、問題の武器調整なわけだが――」
もう一度、鞭を振る。今度は、安定してるし大丈夫だろ。
そう思ったのがフラグ。マジで怖い。
見渡す限り、気持ちの悪い森は一瞬にして荒野と化した。
さらば、大自然。いや、この自然はぶち壊した方がいいんだが。
色々、草や枝がうねうねして気持ち悪いし。
「ひゃはははははっ!! 随分、派手にやっちゃったねぇ。青葉君」
邪魔なオブジェクトぶっ壊したらボスが出たんだが。
あの耳障りな声。しかも、向こうで聞くよりもパワーアップしてるし。
「おい、人の中で変なもの生みだして住み着いてんじゃ……ぐあっ!」
巨大な影が俺の首を鷲掴みにして地面に叩きつけた。
「え……は……?」
相手の姿が見えない。
暗闇で影なんか見えるわけねぇだろうが。卑怯だろ、これ。
「い、き……が……」
息が出来ない。
「ほんと、あのガキ腹立つ。青葉君も囚われのお姫様になってればいいのに、おかしなことしてるし」
おかしなことをしてるのは自覚してる。
正直、何もなかったら寝ていたいくらいだ。
「くるし……」
「ああ、こっちの世界でも痛覚はあるんだ。じゃあ、もっと痛めつけてやろうかな。青葉君の苦しそうな顔って可愛いし」
絞められた首を掴む物体が緩められて、酸素が急激に肺に送られる。
「げほっ、げほ! あっ……!」
耳にざらついた物体が這う。
背筋が凍るも焼けるような熱さと息苦しさが襲い、やっと呼吸出来たのに息が続かない。
呼吸を求めて、口を開閉させるがその願いは虚しいものだった。
「ほら、こっちでも真っ暗になっちゃいなよ。痛くて苦しいけど、そのうち慣れて考えることなんか出来なくなるし。ああ、青葉君の魔力……甘くて美味しい」
魔力に味覚があるのかよ。ふざけんな、俺は……俺は――
「俺は、此処で終わるわけにはいかねぇ……!」
鞭の柄を握りしめて力いっぱい振り払う。
大きな風が吹く。軽い一振りで森を壊滅させたから、予想通りに木端微塵にしてしまったのではないだろうか。
色紙を切り裂いたように視界が明らかになる。
倒してしまったのは解せないが、これで元の世界に戻れると安堵した途端だった。
直後、その安堵感は驚愕に変貌した。
「え……?」
目の前にいるのは、真っ黒に塗りつぶされたような影……それなら説明はつくだろう。
説明なんて、この世界には必要がないことが分かった。
ああ、壊してしまいたい。消してしまいたい。今すぐ……今すぐに!!
「これ以上、俺の常識をぶち壊すのはやめてくれ!!!」
目の前にいるのは、巨大なドラゴンだった。
ファンタジーらしいと言えば、らしいよ。確かに。
でも、俺の精神世界でドラゴンが現れるとか勘弁して。
少しでいいから、リアリティをくれ。せめて、人の形を作って欲しかった。
もしくは、抽象的な何かでもいい。芸術作品に似たものでもいい。
ドラゴンは流石にファンタジーよろしくで、落ちが弱くて貧困なもので嫌になる。
マジで頭がおかしくなりそうだ。




