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襲撃

 私は、いいんです。この世界が助かるのなら。

 私は、いいんです。大切な人達を守れるなら。

 私は、いいんです。みんなが笑えるなら。


 私は、すぐに消えてしまう残り滓。

 本当は、もういなくてもいい存在。


 だから、少しだけでいい。

 少しだけ……お役に立たせて下さいね。


***


「青葉の家、可愛いな」


 アトリエに入った睦月の開口一番、俺はゲテモノでも見るような視線を奴に向けた。

 確かに赤い屋根に錬金術師のお店と分かるプレート、扉を開ければ涼し気な鈴の音は気分がいいかもしれない。

 だが、可愛くはない。

 本棚にキッチン、机にわけのわからん釜に道具を作る素材や機器の何処が可愛いというのか意味が分からん。


「お前はソファで寝ろよ」


「あ、ソファ借りれるんだ。床でもいいよ」


「馬鹿。床はすぐ汚れるし、不衛生。そんな野郎を家に置けるか」


 薬品を零さないとも限らないし、レシピや本を散らばらせる可能性もある。

 もちろん、調合が終われば片付けるが寝床の確約は出来ない。

 せめてソファくらいは綺麗にしてやろうという気遣いだ。


「優しいね」


「優しいも何もねぇだろ。荷物は、端に置けよ。物なくしたって知らんからな」


「了解。じゃあ、少しだけスペースをお借りしますよっと。あ、これが錬金釜?」


 錬金釜を覗き込もうとした睦月の首筋に剣を添える。


「勝手にあれこれ触ったら、コロス」


「あ、あはは……怖いなあ」


 流石に苦笑いを浮かべて頷く睦月を確認した俺は、やれやれと肩を落として剣を含めた荷物を片付ける。

 少し眠りたいし、風呂にも入りたい。話をする前に体をリフレッシュさせたいのが本音。


 そんな俺の願望は虚しく、アトリエの扉を叩く音が聞こえた。

 何でこうもついてないんだ。今日は祭りなんだから、わざわざうちに依頼することもないだろ。

 残念ながら、今日の所は追い返そうか。いやしかし、これが信頼に繋がることもある。

 仕方ない。過労死でもしたら、世界終わるから。お前ら後頼むわ。

 そういうボランティア精神は俺にはないわけで。


「悪い。今日は閉店。また明日、来て――」


 言葉は最後まで続かなかった。

 突如伸びた腕が俺の首を絞めつけ、テーブルを跳ね除けて奥の壁まで叩きつける。


「あっ、かは……!」


 何が起きてるか分からない。ただ苦しく、痛みを感じている。



「青葉君、つーかまえたぁ」



 耳障りな声。背筋が凍りそうなほどに嫌悪を感じる、女の声。

 声質がどうこうって話でも触れられてる手が何ってわけでもない。

 底知れぬ恐怖。俺は、これを知っている。


「お友達を殺して絶望させてから食べちゃおうと思ったのに、治しちゃうし。我慢できないから来ちゃった」


 知っているんだ。俺は、アニーの体を乗っ取った魔物を。

 今現在、町娘の姿を借りて俺を殺そうとしているこいつを……!


「てっめ……!」


 武器さえあれば。何か手に出来ればぶっ飛ばせる。

 俺は右手を彷徨わせて何かないかと探るがそれさえ取られてしまう。


「おっと、いけないお手てだね。先に落としてあげようか?」


 何グロいこと言ってんだ、てめぇは!

 女が俺の首筋を挨拶代わりに一舐めすると、全身に電流が走り細胞が焼ききれそうなほどに熱い痛みを感じた。


「ぐっ、あ……あっ!」


 苦しい。痛い。熱い。

 こんな所で死ねるか。こんな所でやられてたまるか。

 やっと、次に進めそうなんだ。漸く覚悟を決める糸口として睦月と会えたのに、こんな所で……!


「――ッ」


 そうだ、睦月。

 こんな所にいたら、あいつまで……!


「睦月、逃げ……」


「……悪いな、青葉。そういうわけにもいかないよ」


 睦月に目を見遣ると、奴の隣には俺が燃やした筈の鎧の兵士が立っていた。

 なんかボロボロだし、睦月も息が上がってる。

 あの鉄屑から、今作り上げたのか。魔法かよ、それ。


「急造で悪いけど、まずは青葉の命が大事だからね。残滓に殺させるわけにはいかない」


 残滓?

 いや、言ってることさっぱり分からない。


「鎧人形……? いいのかな、この体死んじゃうよ?」


 そうだ。こいつ、中身はやべぇ奴でも体は町娘だ。関係のない一般市民を斬らせるわけにはいかない。


「睦月……駄目、だ!」


「青葉の命には代えられない」


「はっ、あ……やめろ……そいつは、関係な――」


「ごめん。誰かを救うためには誰かを犠牲に……なんて、月並みなんだけどそれしかないんだよ。そいつを殺すには」


 殺してどうすんだよ。これまた新しい事情知ってるらしいが、此処を殺人現場にするな。

 それから、メンタルの弱い俺に死体を見せようとするんじゃねぇよ。


「武器……を……ペンでも……いい。俺に……握らせて……」


 消えそうな言葉で呟く。このままだと意識を飛ばしてしまいそうになる。

 こいつが俺の魔力を吸っているなら、残っているうちに片をつけなきゃ。

 死人を出すよりはマシだ。


「お願……い……」


 あ、やばい。視界が歪んで見える。

 首に付着した女の涎が魔力として俺の中に入っているのか、痛みと苦しみが麻痺してきた。


「あっははははは!! 青葉君、やっさしーね! 女の子が嫌いなのに! 怖いのに! 自分が苦しいのに!! あの女錬金術師は耗弱病になったけど、青葉君はどんな取り返しのつかないことになるかな。本当に死んじゃうのかな!! 無理だよね、だって錬金術師は――」


 耳障りな声が俺の脳裏で木霊する。

 感覚を失って目の焦点が合わずに朦朧とした俺は、最後のその声を聞いた。



「魔力が残ってる限り、死なないんだから」



 それと同時、嫌な……何かが切り裂かれるような音と共に完全に意識を失ってしまった。

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