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気遣いの努力をするために

『出された食べ物は残さずに食べなさい』


 それは、幼い頃に父親から教えてもらったことで、食べ物を捨てることや残すことは何があってもやらなかった。

 十七年生きてきて、一度もない。

 だって、それは唯一信頼していた父親の教えだったから。


 ごめん、父さん。

 その教えは、今は守れそうにない。


「いつまで食ってんだ、てめぇらは!!」


 俺の絶叫がヤマネコ亭に響く。

 テーブルには所狭しと重なった使用済みの食器。そして、その張本人達は未だに食を貪っている。


「あはは、ごめんごめん。お腹空いてるから。あと、オムソバとチャーハンと茶碗蒸しとオニオンスープと──」


「うるせえ、今残ってる奴だけ食え! もう頼むな!!」


 テーブルを強く叩く。

 睦月は恐ろしいほどに大食漢で、その胃袋は底無し。

 見ているだけで腹がいっぱいなりそうな俺は、空腹だったにも関わらず野菜サンドで事を済ませられた。


「そんで、何でお前らまで来てんだ! さっきからパクパク甘いものばっか食べやがって」


 トーマとアイリは睦月に遠く及ばないものの、同じテーブルで甘味を食べている。

 監視じゃないのか。何で同じテーブルにいるんだよ。

 ヤマネコ亭に来るのは俺がとやかく言うことではないが、二人でデートしてるなら勝手に食ってろ。


「は? 別にいいじゃん。不都合ないし。あ、あんたの奢りだから。僕らの貴重な時間を費やして、祭りに集中出来なかったわけだし」


「口元に生クリームつけて理不尽に威張るな、クソガキ。頼んでもいねぇし、金にも余裕はない」


 トーマは少し不貞腐れたようにすると、アイリがおろおろと狼狽える。

 とはいえ、ガキの分は何とか間に合うか。流石に此処で食い逃げは可哀想だしな。


「え、青葉の奢りじゃないの」


「いい加減、ぶっ飛ばすぞ」


 睦月がへらへらと笑うと睨みをきかせる。

 こいつは論外中の論外。何で、俺がてめぇの飯代払わなきゃならねぇんだよ。


「冗談冗談。青葉、そんなに怒ると疲れるよ」


「とっくに疲れてんだよ、俺は!!」


「うるせぇぞ、青葉!!」


 カウンターからダンの怒鳴り声が聞こえて萎縮してしまう。何で俺が怒られるんだ。


「でも驚いた。向こうの世界で馴染みある食文化がこっちでもあるってさ。旅はしてたけど、メニュー豊富なの此処くらいだよ」


「あ? そりゃ、金策の依頼ついでにレシピ売ってるからな。レパートリーも増えるだろうよ」


 言わば、俺がメニューを増やしているようなものだ。

 まあ、凝った料理のレシピは売れないけどな。難しくて分かんねぇって跳ね返されるだけだし。

 素材も俺の錬金術じゃないと手に入らないものもあるらしいし、店の経営コスト的には難しいらしい。

 そもそもヤマネコ亭は、大衆食堂みたいなもんだから洒落たメニューはそこまでいらないようだ。

 スイーツは女子供に受けるということで取り入れているらしいが。


「芸術の塊。絵に錬金術に料理まで」


「錬金術は芸術と関係あんのか。言っておくけど、釜に素材ぶっこむのが殆どだぞ。地味な手作業も多いけど」


「へえ、楽しそう」


「それ言ったら、睦月の人形こそ……って、本題だよ。本題!」


 世間話するのが目的じゃないだろ。

 俺らは仕事の話をするために一緒に飯食ってんだから。


「ああ、うん。協力するよ。ただ……うーん、困っててさ」


「困ってるって何が」


「人形を作る工房がない。今までは野外でテント張って色々と道具広げてたけど、流石に宿屋や町の往来では出来ないんだよ」


「あー、それか。分かった、解決する」


 そんなもんすぐに解決するさ。

 空き家なんか町にいくらかあるし、確か外れの方にもあったはず。


「家賃は払えんのか」


「うん、あんまり高くなければ。一応、旅で小銭は稼いでたからね。家は立派じゃなくていいんだ。リノベーション出来るならそれでいい」


「はいよ、そんくらいなら紹介出来るよ。おい、チビ共」


 パフェやクレープを食べるチビっこカップルに声をかけると二人は、俺に視線を向ける。

 トーマは面倒臭そうな表情でアイリは少し怯えたような表情だ。


「エイルは、お前らのとこで休んでるんだよな」


 そろそろあの女を回収しないといけない。

 流石に体調良くなっただろ。

 駄目なら迎えに行って屋敷まで送ればいいし、話は出来るはずだ。


「えっと、アニーさんが看病しています。疲労で少しの衰弱があったようで……」


「あんまり無理させないでよ。あの人は、あんたみたいに図太くないんだから。すぐ回復するなんて思わないでね。魔力使いまくってんのに、寝れば治るなんて、普通はありえないんだから」


 有り得ないのか。疲労なら、食って寝れば治るだろ。

 睦月に視線を向けるも、こいつは首を傾げてる。

 あ、こいつは腹が膨れれば寝なくても大丈夫なタイプだ。図太く出来てる、多分。


「十日は待ちなよ。あんたがエイルさんのとこに行くのはいいけど、彼女を動かすわけにはいかない」


 口元の生クリームを紙ナプキンで拭うとトーマは席を立った。


「都合の良いときだけ人を動かせるなんて思わない方がいいよ。ホムンクルスは生き物だって慎重になってるあんただったら、生きてる人にも慎重になった方がいい」


 意味深に呟いてトーマは、アイリに視線を移す。


「行こう、アイリ。ライドのこと置いてきちゃった」


「う、うん」


 軽く会釈をしたアイリは、トーマの背中を追いかけてヤマネコ亭を出る。

 結局、俺が払うんだな。

 それよりもトーマのやつ、今の怒ってたのか。

 確かに都合の良いときだけエイルを使ってたけど……いや、それはあいつがそれでいいって言ってたし。

 え、俺が会いに行って伝えなきゃいけないの?

 俺が、睦月の家のためにエイルに会いに行くの?


「俺に何のメリットが……」


 恩を売っておくのは悪くないが、そうじゃない。

 そういう根性が良くないって、トーマは言ってるのだろう。

 お前はお前で性格拗れてるくせにしっかりしてんのな。


「もう少し気遣えってことか……」


 流石に今のエイルをこき使うのは酷ってもんか。


「え、えーと……青葉? 俺、どうしたらいいかな。暫くは宿屋で──」


「いや、お前には実験台になってもらう。住居が安定するまでうちにいろ」


 目を離すと消えそうな気もするし、此処は手元に置いておいた方が利口だろう。

 事情も詳しくは知らないようだし、俺もこいつの事情は知らない。同族の味方を作って悪いことはないだろう。


「お、ラッキー。宿代が──」


「浮くなんて考えるなよ。人の家に世話になるなら、それなりのことやってもらうからな」


 エイルが使えないならこいつを使ってやるしかない。

 それから、余計なことをしないようにということも教え込まないとな。

 この手のやつは興味ってもので簡単に物を荒らすから。

 俺も人のことは言えないけど。

 文字が読めるって分かったその日からアトリエの本をひたすら読んで勉強してたし、素材集めに外にも出たからな。

 興味や好奇心ってのは怖いものだ。

 イメージを沸かす勉強は好きだから、その為の努力は惜しまないのは仕方がないことだ。


「お任せあれ。手伝えることならやるよ」


 ──言ったな。


「その言葉、後悔するなよ」


 あいつが回復するまで、俺も多少は成長してやるさ。

 この奇妙な同族と一緒にな。

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