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噛み合わない少年達

 ――――監視されている。


 近くのベンチでクッキーを貪ってるガキ共に俺は監視されているのだ。

 隠す気でいるのなら、もっと利口な手を使う。

 直接に用があるのなら、俺の元に来るだろう。

 だけど、それがないのなら監視はするが話はしないということだ。

 疲労で気だるい俺にとって、わざわざその真意を確かめに行くなんてことは出来ない。

 裏があるようで隠す気がないという行動が理解不能だが、所詮はガキのやることだ。いちいち気にしたところで仕方がない。

 もっとも、監視しているのはトーマだけ。アイリは、トーマとのデート気分を楽しんでいるようだ。

 ガキのくせにデートかよ。俺には関係ないから構わんが見せつけるな。一部の反感を買うぞ。


 完売もしたところで片付けも早く済む。手伝いがいないのが少々面倒くさいところだが、用意を始めた頃よりは物が少ないし楽なものだ。

 あとは、俺の活躍を人形師とやらが聞きつけて好感度を上げてくれればいいところだが。

 いや、好感度って言っても仕事的な感じで。ビジネスとしての淡白な関係で好感度を上げて欲しい。個人的な感情はいらん。

 その人形師のショーとやらも終わったらしいし撤収したか。

 顔を出してもいいとは実際思ったが、何で俺が……と相変わらずも捻くれた感情が邪魔をして行けなかった。

 人が多いし、見世物には興味がない。それは事実として本当だ。

 でも、変なプライドが邪魔をしてへそを曲げたのも間違いじゃない。


「気分悪い……」


 自分で自分が嫌になる。

 俺は自分のために依頼を遂行しないといけないのに横柄な態度を他人に取ってしまう。

 いつからそうなってしまったのか。俺に素直だった時期なんてあったのだろうか。


「ほんと、素直じゃないね。大盛況だったよ?」


 考え事から現実に戻された時、目の前には犬のハンドパペット。


「うわっ!!」


 驚いて座っていたパイプ椅子から転げ落ちてしまう。


「いってて……。は、何……ぬいぐるみ?」


「僕、悪いワンコじゃないよー。なんてね」


 ハンドパペットを操っていた人物には見覚えがある。

 開店前に商品を買った若い男だ。


「お嬢さん、浮かない顔してもいいことないよ。笑顔笑顔」


「うるせーな、何の用だよ。こちとら店じまいだ」


 へらへら笑いやがって。腹立つな。


「まあ、俺も用はあるはあるんだけど……それはそっちもじゃないの?」


「は? 俺は、お前に用なんて……」


 いや、少し落ち着こう。

 怪しい若い男。やたらと絡んでくる。その手にはハンドパペットに大盛況だったという言葉。


「ま、まさか……お前が人形師?」


「正解」


 探す手間が省けた。向こうから来てくれたのがラッキーな上に性別も男で更に幸運。

 胡散臭くて好きになれなさそうなのは否めないが、個人の感情は捨ておこう。そうしないと色んなものが台無しになる。

 交渉術とかその辺も学ばなくてはいけないんだ。そうしないと俺はエイルの親父に殺される。


「それだったら話が早い。あの女から聞いてんだろ。一応、協力というかなんというか……」


「自己紹介」


「は?」


「自己紹介もなしでいきなり仕事の話に入るのはマナーとしてどう?」


 確かに一理ある。相手の素性も知らずに話をするのは早計だった。


「お前は知ってるだろ、俺のこと。情報調べてたみたいだし。何処で馬鹿な錬金術師って聞いたのかは知らないが」


「あはは、根に持ってるね。お嬢さん」


「お嬢さんじゃねぇよ! 橋崎青葉!! れっきとした男だから」


「ほう。青葉って聞いたことあるなぁと思ったけど、やっぱあの橋崎青葉?」


 何を言っているんだ、こいつは。

 錬金術師の名前ってそこまで浸透してるのか。俺は、この町でしか活動してないぞ。

 世界を救う手立ても大層なアイテムも作っていない。


「ほら、中学の時に絵画コンテストで最優秀賞取ってたじゃん。結構、マイナーなコンテストだから知名度は低いけど」


「なっ……!」


 何で知ってんだ、こいつ。

 親も友達も誰も知らないようなコンテストに気まぐれで応募したから人は少なかった。

 誰も俺に注目なんてしない。そんな程度のもので、貰った賞状やトロフィーなんか帰りに捨てた。

 いや、そもそも異世界でどうして向こうにいた俺のことを……。

 思い当たる節はひとつしかない。


「七陸睦月。特技は彫刻と裁縫の人形師。君のこと知ってる異世界人の大学生」


 しかも、相手は年上だった。


「アンフェアだ……」


「へっ?」


「何でお前が俺のことを知ってて、俺には情報が全くないんだ! 理不尽だろ」


「え、怒るとこってそこ?」


「そこだろ! なんで、あんなくそったれにマイナーな年寄りの道楽に似たようなコンテストにいた俺を知ってるんだよ。新聞どころか、学校や町の掲示板にすら広告がないもんだぞ!」


 だから、応募したんだ。馬鹿にされるから。周りに注目されるのが嫌だから。


「そんなこと言われてもなぁ。マイナーでも好きな人は好きだし」


「バラしたら殺す……!」


 睦月の胸倉を掴んで俺が凄んでも、そいつは苦笑いを浮かべていた。


「参ったな……橋崎青葉ってこういう子か。思ったより拗れてるな」


「拗れてて悪かったな! いいか、絶対に言うなよ。面倒ごとはもう沢山だ」


「あ、フラグ」


「やめろ!!」


 腹立つな、くそ。この世界だけじゃなくて、向こうの俺を知られてるって結構なこと面倒だぞ。


「自己紹介は終わっただろ。さっさと仕事の話を――」


「ああ、仕事の話って人形?」


 それ以外の何があるんだよ。


「うーん、困ったな」


「は? 困ってんのは俺なんだよ」


 人形作りなんてやったこともないから、本職に頼まないといけない。

 こいつもあっち側の人間なんだとしたら、俺みたいに特別な力を持っていて良いものを作れるんだ。

 キサラが良い例だしな。半端な職人に頼るよりはいいかもしれない。

 話だけでもしないと始まらないだろ。


「なあ、青葉の持ってるソレって飾りじゃないよね?」


 睦月が俺の帯刀した剣を指差す。


「ああ、ほぼ護身用だけど。この話に関係ねぇだろ」


「繊細なタッチで筆を走らせる橋崎青葉が武器かぁ。へぇ、ほぉ、ふーん」


 一体、何が言いたいんだ。こいつは。


「あのな、言いたいことがあるなら――」


「勝負」


「あ?」


 睦月は、荷物からマネキンとも言えるサイズの鎧の人形を一体取り出した。


「ほんの腕試しだよ。俺と組むには根性が必要。だから、この鎧人形に勝てたら話を聞いてあげる」


 絶対に頭おかしいこいつ。

 何故、話をするのにチャンバラに興じなければいけないのか。

 お前、人形師だろ。自分の人形が粉砕されてもいいわけ?


 ていうか、俺……疲れてるんですけど。

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