女同士の相談
「エイル、具合はどう?」
部屋の扉から顔を出し、アニーがトレイに乗せた軽食を持ってくる。
ベッドから起き上がったエイルは、まだ少し青白い顔で口元を緩ませて微笑んだ。
「はい、アニーさんのお陰で楽になりました」
「顔が大丈夫って言ってないのよね。寝不足? それともあまり食べてない? 顔色よくないよ。青葉にトドメ刺された感じはあるけど」
膨れた様子のアニーにエイルは苦笑いを浮かべて頬を掻く。
「ライドも昨日の夕方からどっか行っちゃうしさ、朝に戻ってきたからいいけど。あんたも青葉も朝から調子悪そうだったのは何か関係してんの?」
「それは……」
話すべきなのか。昨日のライドの状態、何があったのかを。
少なくとも話せばアニーはショックを受ける。友人の表情が少しでも曇ることを知っていて話すことは躊躇われた。
「あ、話したくないならいいよ。何事もないならそれに越したことはないし。それより食べなよ。調子悪い時は、食べて寝るのが一番!」
「はい、ありがとうございます」
アニーに渡されたパンを一口齧るエイルは、ふと気付いた。
「あの、これって」
「あはは、チビ達と作ったの。トーマとか筋良すぎて、何でも出来るの生意気だよね。アイリは年相応に不器用なのが可愛いけど」
「美味しいです、凄く」
はにかむエイルにアニーは、驚いた様子で目を大きく開く。
「あんたのとこのシェフは何百倍も美味いもの作ってるでしょうに」
「確かに彼らの作る料理は見事なものです。でも、私はこういったものの……皆さんで作る温かな料理が一番好きかもしれません」
「贅沢娘よね、エイルって。金持ちのお嬢様の癖にそれに甘えないし、こっちの生活を好むし」
「こう見えて私、欲深いんですよ?」
「知ってる」
二人は吹き出して小さく笑う。
その姿は、仲の良い何の変哲もない町娘と変わらない。
「欲がなかったら世界救おうなんて思わないもんね。誰よりもエイルが世界を救いたがってる」
「そんな、私なんて……」
「あらー、小さい頃から錬金術師様に憧れて猛勉強した挙げ句に、あたし達に釜を作らせたのは何処のお嬢様でしたっけ?」
白々しく笑うアニーにエイルは、ぐうの音も出ない。全て事実で自分の理想に友人達を巻き込んだのも確かなのだ。
「で、連れてきたのがアレなわけだけど。あんたも苦労してるね」
「いえ、私なんかより青葉さんの方がずっと……。それに嫌われても仕方ないことばかりしていますし」
「んー、でも最近はそうでもないんじゃない? 何だかんだで少しずつ進歩してるじゃん。あんた達は。ちょっと羨ましい」
アニーの羨ましいという言葉を理解出来ず、エイルは首を傾げた。
「あ、ほら。あたしとライドって魔力枯渇問題で両親が死んだからさ、支え合うのが当たり前だったわけよ。だから、目に見えて少しずつ仲良くなって変化するなんてこと知らないんだよね。実際、あたしら仲がいいのかどうか分からないし」
「え、お二人ほど仲の良い兄妹はそうそういないと思うのですが」
「んー、本音が……ちょっとね」
アニーは頬を掻いて目を逸らした。
「ライドって本当に良いやつなのよ。困った人を放っておけない、自分よりも人のことが大事。デリカシーなくて馬鹿な所もあるけど、あたし達って意外と会話しないのよねぇ」
「え?」
「基本は仕事の話ばっかり。まあ、互いに店やってるからそうなるんだけど。最近はチビ達と暮らしてるし、四人で会話はあっても二人でってのがないの。だから、ただの良いやつってしか思えなくて……ライドって、そういうやつだったっけ? って、本当のあいつを思い出せない」
「アニーさん、あの……」
「おおっと、体調悪い子に話すことじゃないよね。愚痴とかこぼしてごめん、エイル。あたし──」
言い放った刹那、エイルがアニーの手を強く握った。
「アニーさん!」
「へっ!?」
「私が言うのも何ですが、言葉にしないと相手に伝わらないことは多いです。話したら楽になって理解できるかもしれません。もしかしたら、出来ないかもしれない。でも、やらない限りは……機会を作らない限り、今のまま曖昧なものです。ライドさんと話すべきです!」
「え、エイル?」
「やらない後悔ほど虚しいものはありません!」
エイルの剣幕にアニーの口角が引きつる。
「一度、ライドさんとはっきりと話し合った方がいいです。本音が知りたいなら知りたいと、ご本人に一番言えるのは家族であるアニーさんだけですよ」
「ええー……何で説教されてんの、あたし。しかも、エイルにだけは言われたくないこの感じ……強引だし」
「アニーさん、私は真面目に言っているんですよ」
「う、うん。分かるよ。エイルが真面目なのは、凄く分かった。はは、今度話してみる」
頷いた後にアニーは目を逸らした。
(参ったなぁ。愚痴るつもりはなかったんだけど、エイルに話したのが最大の誤算だったかも)
などと考えながら、ライドに今更そんなことを簡単に聞けたら苦労もしないとも思った。
ライドは、決してアニーに怒らない。怒ったことがない。アニーは常にぶつかっても兄はぶつかっては来ないのだ。
(不便はないんだけど不満があるってこういうことなんだよね、多分)
相談するならライドの友人である青葉だったかもしれないが……。
(突き放されて終わるわ。勝手にお前らで話せって言われそう。あれ、でも──)
そこでふと気付いた。
青葉が言いそうな言葉とエイルがアニーに言った言葉は、結果的に一緒なのだということを。
結局は、二人で話し合えという意見をお互いに提示するのだろう。
「タイプが違うだけで似てる? いや、まさかね……」
意見だけで言えば、同じ発言をする者はいるだろう。
もしかしたら、トーマやアイリも同じことを言うかもしれない。
それを考えると一概に青葉とエイルが似ていることには結びつかない。
「でも、そうね。機会を作って切り出してみる。ありがと、エイル」
満面の笑みをアニーは浮かべながらエイルの絹糸のような金髪を撫でる。
「え、あの……お礼を言われることは何も」
「いいのいいの。今ちょっとだけ前に進めそうだし、エイルは謙虚になりすぎ。欲が深いなら少しは態度も欲張らなきゃ」
「う、うーん……」
「あ、そうだ。青葉に怒られない秘訣ってやつを教えてあげようか」
「…………性転換ですか」
至って真面目な表情で息を飲むエイルにアニーは吹き出した。
「あっははは! その発想もあったか。違う違う。やることはひとつだけ。最初は色々と難しいけど、あんた達には大事なこと。エイルも色んな悩みの中で一番のネックでしょ?」
「と、言いますと」
ふふん、と得意気にアニーは鼻を鳴らした。
「あいつの繊細ぶってる壁をぶっ壊すことよ」




