人気層を間違えた
────俺は、懸命に戦っている。
なるべく目を合わせないように、なるべく言葉を交わさぬように、なるべく金の受け取り時に手を触れぬように。
「わあ、この包み可愛いですね!」
「健康食品? お菓子で少しでも栄養摂れるなら気休めでもいいかも!」
「お茶のサービスも嬉しい! なんかほっとする味だし、茶葉はどんなものを?」
何故か俺の店は、女性客ばかり。
やめて。本当にやめて。死ぬよ。こいつらの圧と声と質問攻めと香りで死ぬ。
「ひっ、秘密だよ。金置いて好きなの持ってけ。飲んだ茶の紙コップは、そこのごみ袋な」
不機嫌もいいところの俺に気付いた一部の女が他の奴に耳打ちして、去っていく。
「くっそ、疲れる……! 祭りなんか嫌いだ」
ヤマネコ亭で依頼貰ってダンに手渡しするのとは大違いだ。
直で接客とか無理。将来の就職候補ひとつ減ったな。接客業なんて死んでもやらないぞ。
「おいおい、青葉。何て顔してんだ」
テーブルに伏せてる俺の頭上から野太い声が聞こえる。
顔を上げると、そこにはダンとミルヒが楽しそうに笑っていた。
「商売人がテーブルに突っ伏してるとか、売る気あんのか?」
「うるせーな。おかげさまで殆ど完売御礼だよ」
まだ始まって二時間と経たないのに、うちの商品はほぼ売り切れ。サービスに出してるハーブティーも底をつく頃だ。
「青葉の女嫌いさえ直れば、人気になれるのにね。腕はいいんだし、量産してもっと売るとかどう?」
ミルヒが恐ろしいことを言い出す。
てめぇの猫耳、引きちぎってもいいなら考えてやるよ。
「ふざけんな。こっちはもういっぱいいっぱいなんだよ!」
「おお、怖い怖い。ま、いいや。お菓子売ってよ。お茶って無料配布してるんだって? 馬鹿ねぇ、それも商品にしちゃえばいいのに」
「サービスって言葉知ってるか。客を取るためには、少しは媚びねぇとやってられねぇの。お前らみたいな接客のプロと違って、こっちは素人なんだから欠片程度の小細工でもしないといけないわけ」
テーブルに頬杖をついて商品を渡すと、ダンとミルヒは顔を見合わせて「ほう」と感嘆らしき息を漏らす。
「青葉、商人の才能あるわね」
「やべえな、青葉の錬金術の店が繁盛するとうちの経営が……」
ダンとミルヒがぶつぶつと呟き頷くと、俺を獲物でも見るような目でニヤリと笑った。
「「潰しておくか」」
二人の声が一致する。
「は!? つ、潰すって何……お前ら、俺に勝てるとでも思ってんのか!」
俺に武器握らせたらチートだからな。
いくらガタイがよくてパワーのあるダンや身軽なミルヒでも武器を握らせた俺には絶対勝てない。
「馬鹿言え。化け物みたいなお前の力を知って倒そうだなんて思うか。俺達は平和主義者ってぇやつだ」
「潰すって言ったやつの台詞とは到底思えねぇな!」
「冗談くらい流しなさいよ。あ、お茶美味しい。こりゃ女の子達も好きなの分かるわ。お年寄りにもウケよさそう」
紙コップのハーブティーを啜るミルヒの顔が緩む。猫舌じゃないのか、お前。猫の擬人化みてぇなやつなのに。
「実際、俺の世界じゃ老若男女に愛されてるぞ。まあ、素材は違うが」
「へえ、青葉の世界では何て言うのこれ」
「緑茶。収穫した茶葉を蒸した後に揉み潰して、茶葉の形を整えて乾燥するんだよ」
「緑色だから緑茶……? ハーブと何か違うの?」
「根本的に違うんじゃねぇか。俺は素人で、こっちじゃイメージを描いて出てきたレシピ通りに作ればそれが形になるの。最初に言ったろ」
お茶の専門知識なんか持ち合わせてねぇよ。菓子作りに関しても右に同じ。
「てか、お前ら俺の出した商品パクったら斬るからな。これ苦労したんだから、ヤマネコ亭のメニューに加えてみろよ。結果は火を見るより明らかになるだろ」
図星を突かれたのか、ダンとミルヒは空笑いを浮かべて掠れた口笛を吹こうとしているが、音になっていないから吹けていない。
「だーかーらー! 欲しいもの出たら、俺に回せって言ってるだろ。なあ、頼むよ。謹慎そろそろ解いてもよくね? 俺、マジでおかしなこともうしないからさ!」
この通りとダンの目の前で両手を合わせて拝む。
暫くの間が続く。やっぱりこの程度じゃ駄目なのか。もっと頑張らないと信用ってやつは掴めないのか。
「野郎共が風邪薬頼んだら睡眠薬が来たって笑ってたぞ」
「笑い事じゃないよな、分かってる」
「最近、青葉が顔出さねえから死んだかと話の肴にもなってる」
何それ。俺が死んだら、つまみにでもなんの?
「こんだけネタだらけの面白い、しかもやる気のある時はしっかり完璧な仕事をするガキを最初から見放してねぇよ。いつでも来い。行き倒れは面倒だろ」
行き倒れて誰も助けてくれなかったら、死ぬけどな。
「それに、荒くれものの暴動に青葉がいてくれるの楽なのよ。次元が違いすぎて手出し出来ないから沈静化するし。ボディーガードになってくれていいのよ?」
「そういうのは、専門家に頼め。俺のせいでそいつらが失業したら罪悪感で目が潰れる」
俺のこの世界での役目は、ものづくりだ。
更に言うと世界救うこと。いや、だから錬金術で世界救う意味が未だによくわからないんだが。
「雇うと維持費ってもんがかかるの。その点、青葉の場合はその場に居合わせてダンが許可すれば退治してくれるんだから楽でしょ」
「楽なのは、お前らがだろ。怖いやつを目の前にした俺の心情察しろや」
「余裕綽々のくせによく言うよね」
「手加減が少しコツいるんだよ。使う薬品の量を誤ると洒落にならんしな」
はあ、と溜息ひとつ吐く。
「例えば、火属性の薬品を大量に武器に使って振るったらヤマネコ亭なんか炭になるぞ。まあ、最近は魔力の使い方にも慣れたから武器の使い方を変えたが……」
それでも武器内蔵カートリッジの薬品に余裕がある時に間違って使うと危ないけどな。
「お前、怖いな」
「ライバル出たと思って排除しようとしたお前らの思考よりはマシだ。冗談でも言うなよ、ビビるから」
「それより、お前の力の方が怖いから安心しろ」
「安心出来るか!!」
何をどう安心しろと?
俺だって、未だに自分のわけのわからない力が怖いんだよ。最近はますますパワーアップしてるし。
「あ、そうだ。人形劇ってやつ、そろそろ始まる頃だよ」
人形劇? それって、あれだろ。ワイヤーで人形操って見えない場所で声当てて劇するの。もしくは、ハンドパペットを使った腹話術。
「あたし達それ見に来たんだけど、青葉も行こうよ」
わざわざ店を抜けて見るようなものか?
「行かない」
興味が全くない。寧ろ危険性がある。
可愛らしい人形劇なんて家族や女達の好物だろう。
元々うるさい場所や人混みは苦手だし、そこで女の密集率が高いとなると地獄だ。
そこまでの価値があるかは知らないが、少なくとも俺の精神ダメージがでかくなるのは確か。
「ライド達も行ったけど?」
「行かない。俺に気遣ってねぇで早く行けよ。俺は早く店を畳みたいんだ」
「まあ、いいけど。ダン、行こ。見たら夜の仕込みしなきゃ」
「お、おう。んじゃ、青葉。いつでも店に来いよ」
ミルヒに腕を引かれたダンは、やれやれと言ったように広場中央へと歩く。その姿は、さながら親子のようだ。
「物好きな奴等だな」
俺に気を遣わなくたって楽しめるだろうに。
楽しむやつだけ楽しめばいいじゃん。
「あっ、珍しい! お菓子だって!」
「本当だ! 包装可愛い!! しかも、お茶サービスだって」
「ラッキー、喉渇いてたの!」
この黄色い声を聞くのもあと少しだ。
耐えろ……耐えるんだ、俺!




