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収穫祭、早朝にて。

 重い瞼を開けば、窓から陽射しが差し込む……わけでもないのが、この世界だ。

 空が役目を果たすことで日照時間が分かるなんて俺にとっては当たり前なのに、それが通用しないのはやりにくいことこの上ない。

 日照時間は、まだ無事な空だけが頼りだ。

 壊れている部分の空……虚無については、目を逸らしてしまいたいほどだ。

 寧ろ、朝を迎える度に深刻な異世界なんだと痛感させられる。その毎日は今も変わらない。

 この世界に複数の錬金術師がいたところで、俺もその一人だ。そのために今日は頑張らないといけない。

 まあ、そんなことより友人の身が元に戻ったことを少しは喜んでいいのかもしれないが。


「本当に悪い! 俺が変なヘマしたせいで、大事な時期に迷惑かけたな」


 心底申し訳なさそうに謝罪する目の前の男、ライドが俺とエイルに鬱陶しいくらいに謝り倒す。


「別にいいっての。困ったときはお互い様で、俺もお前に少なからずは世話になってんだから」


 何とまあ義理堅い男で、回復してからは安静にするように言ったのだが聞いちゃいねぇ。

 俺を手伝うと言ってきかないし、頑なに拒否をするのも面倒だ。

 俺は医者じゃない。本人が大丈夫なら、話は終わりだ。


「それに充分すぎるくらい手伝ってもらってるし、それでチャラだろ。らしいって言えば、らしいけどよ……あんま謝られるとうぜぇわ」


「青葉……」


「ライドさん、青葉さんは素直に気持ちを受け取ってくれればそれでいいんですよ」


 代弁するな、恥ずかしいから。

 あんなに熱くなることなんて、あんまりなかったし仕方ないだろ。

 遊びに来てた友達が自分のせいで死にかけたなんて罪悪感に押し潰されるだろうが。

 これは正当な罪滅ぼしで、当然ながら処置するのは俺の役目だ。

 収穫祭当日には間に合った。問題はない。


「ほれ、お前のとこも出し物あるんだろ。あんま遅いとアニーに殺されるぞ」


「ほんと、お前って馬鹿だよな。良い奴すぎて」


「あ? 俺のどこが良い奴なんだよ。聖人レベルに良い奴に言われたくねぇよ」


 頭おかしいのか。俺は、あくまで義務を果たしただけだ。

 そういえば、ライドに謝らないといけないことがあったな。


「ライド、悪い。お前があんなことになったの、多分……いや、多分じゃなくて確実に俺のせいだ」


「………………」


「俺を狙ってる魔物がさ、たまたま居合わせたお前を」


「お前は悪くないよ、青葉」


 乱暴にぐしゃぐしゃと俺の髪を撫でくり回すライドは、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「悪いのは、襲ってきた奴だろ。お前も俺も悪くない。被害者以外の何者でもないだろ」


「いやいや、待てよ。狙われてんのが俺な以上、お前──」


「そんなことで、俺とお前の友情に傷がつくわけがない。お前がそいつと関わるなってなら、やめる。でも、友達が危険なのに見過ごせるほど薄情じゃないからな。何かあったら言え。出来る範囲のことをしてやる」


 全く持って、お人好し。こいつ、俺の世界だったら生きていけるか危ないぞ。

 人間なんて、平気で人を裏切って自分を有利に立たせたがるんだ。

 とにかくカーストって奴を好む。

 俺は、その中にあるスクールカーストでは下位にいたけどな。三軍ってやつ。

 顔はいけるけど、性格がアウト。男にも女にも受けが悪いから一人ぼっち。

 家でも言わずもがな、ランクは一番下だ。敷地外の飯を食いに来るだけの図々しい女よりずっと下なんだ。


 この世界は、危機に陥ってるくせに俺には優しい世界だよ全く。


 ………………。


 いや、ホムンクルス作らなかったら死ぬよ。優しくも何ともねぇよ。

 体を解剖されて実験されて死ぬんだもんな。どうせなら死んだあとにしてくれよ。死にたくないんだけどさ。


「それで、気がついたらお前ら寄り添って寝てたの何で?」


 ライドの質問に俺とエイルは息を詰まらせる。

 確かに俺は疲れてエイルの肩で寝落ちしたが、まさかこいつも?

 横目で見ると、エイルは視線を逸らして顔を赤らめていた。


「変な妄想すんなよ。こちとら、お前の看病で力尽きただけだ。それとも、エイル! お前、俺に変なこと──」


「するとしたら男の方なんだから、レディを痴女扱いすんな。お前が今動けてるのは、エイルさんが回復してくれたからだろうが」


「はあ!?」


 エイルが回復? 何でそんなことをするんだよ。

 いくらビジネスパートナーで、今日は大事な日だからって自分も疲れてるだろ。

 それなのに、負担かけて俺を回復する意味が? 寝たら治るって言ったよな、俺。


「青葉、お前さ……いい加減、エイルさんを信用してやれよ。ちゃんと二人で協力して物作りしてんだろ」


 実質、作ってるのは俺だけだ。

 余計なことされると困るからエイルには買い物くらいしか頼んでいない。


「あ、あのライドさん。大丈夫です、私は青葉さんのお役に少しでも立てれば……それに寝てしまったのは事実ですし、その……」


 エイルが俺の顔色を伺うように目配りをして、その目を泳がせる。


「言いたいことがあるなら、言え!」


「ご、ごめんなさいっ!」


 イライラするな、くそ。

 俺が怒鳴るのが悪いのか。エイルに対して当たりが強いとか?

 いやいや、普通だろ。


「青葉さんの寝顔見てたら、あまりにも優しそうな表情で……癒されたというか、そうしたら気が抜けてつい……」


 俺のせいとでもいうつもりか、この女。


「てめぇ、エイル! 何、人のせいに──って!」


 スナップの効いた平手打ちが後頭部に響く。


「意味もなくキレんな。そんで、女の子に対する口の聞き方とか人格疑うから少しは直せ。頼りの男が落ちて無防備なったら、気が緩むだろ普通は」


「知るか。女の気持ちなんて理解したくもないね」


「そんだけお疲れってことだよ、二人ともな。お前の召喚主がエイルさんな以上、あんまり酷いこと言ってやんなよ。言葉や態度って、武器よりずっと切れ味いいんだからさ。青葉、お前なら分かるよな」


「それは……」


 痛いほどに分かっている。

 殴られた方がマシだと思えるほどの心の痛みとか。

 俺の場合は、物理も加わるんだが。


「召喚主にそんだけ逆らって何が起きてもおかしくないぞ。俺は、友達のどっちもおかしくなるのは嫌なんだ」


「は?」


 おかしくなるとは何のことだ?


「んじゃ、また祭りで会おうぜ!」


「え、おい! ライド、今のどういう意味だよ!!」


 俺の問いに答えず、ライドは俺達のテントから離れ、アニーの元へと駆け寄った。

 このまま追いかけてもいいのだが、すぐ近くに知っていそうな奴がいる。

 実際、本人に聞いてみた方がいいだろう。


「今のどういう意味だよ。おかしくなるって」


 エイルには答える義務がある。

 そして、俺には聞く権利がある筈だ。


「青葉さん、無理矢理に枷をつけられて暴れた動物を見たことがありますか」


「は? あー、ないけど想像はつく。俺の世界でも動物虐待なんてあることはあるしな」


 胸糞悪くなるが、法律上でいくら動物を虐めてはいけません大事にしましょうと言ったところで、やるやつはやるんだよな。


「この世界でも召喚主を拒み続ける召喚獣はいます。それと一緒にはしたくないのですが、青葉さんにも枷はついているんです」


「繋がり……ってやつか」


 エイルは頷く。

 恐らく、俺達の間には主従の見えない鎖がついているのだろう。

 でも、約束はした。エイルは俺を縛りつけるようなことはしないって。


「召喚副作用というものがありまして、召喚主と喚ばれた者の絆が完全に断ち切られたとき、その副作用と負担が全部……」


 エイルが目を逸らした。

 いや、うん。色々と待ってくれや。理不尽しか感じないし、副作用とかもよく分からん。

 そして、今はなるべく余計なことは頭に入れたくない。


「ちょっと待て! それは今言うことじゃないよな!? 俺の精神衛生と今後の体力を考えてくれるなら、その先の話は後にしよう!!」


 考えるだけで怖くなってきた。


「俺もなるべくは当たり強くしないように気を付ける。だけど、悪く思うなよ。いや、反省すべきとこはして欲しいが。事実だけを受け止めて余計な先入観は捨てるんだ、いいな!?」


「え、あ……は、はい。では、この話は後ほど……」


 出来れば知りたくないのだが、何かあってからでは遅い。

 でも、問題を沢山抱えたまま過ごしてパンクしないほど器用な人間でもない。


「へえ、逆に新鮮。バランス栄養食?」


 軽い男の声。振り返れば、大きな荷物を持った茶髪の男……俺と同世代ほどの人間が商品を手に取っていた。


「錬金術ってお菓子作りも出来るのか。あ、薬作るにも申請とかで祭りには出しにくいのか? うーん」


 自問自答している。何だ、こいつ。早めに来た客か?


「おい、まだ始まってねぇんだから商品触るんじゃねぇよ」


「お? はは、ごめんごめん。でも触っちゃったから売ってよ。んー、錬金術師さん? えっと……馬鹿っぽいって情報からすると、そこのお嬢さんだ」


 男は俺に笑いかける。

 こいつ、馬鹿の上乗せで女扱いしやがった。

 女扱いなのは、顔面初めましてで仕方ないにしても馬鹿って何だ。何処からの情報だ。


「喧嘩売ってんのか! 俺は──」


「あ、ごめん。声のトーンと骨格からして男か。顔可愛いね。よく言われない?」


「ああ、よく言われるよ! 十リール置いて消えろ!」


「お、安い。でも、消えるのは無理かな。だって約束してるしさ」


「ああ!?」


 正しい言葉を話せ。全く意志疎通が出来ないぞ。


「ははっ、俺も準備しなきゃ。またね、錬金術師さんと可愛いレディさん」


 そいつは、金を置いて俺達のテントを去る。

 全く意味が分からない。外部の人間? 錬金術師の情報を調べていた? それで、約束って何?


「俺がおかしいのか!? 話についていけてない俺がおかしいの? おい、誰だよあいつ!」


 懸命に俺はエイルの肩を掴んで揺さぶっていた。


「あ、あの……青葉さん……目が、目が回りま……」


 俺が我に返る頃、エイルは目をぐるぐると回して青い顔をしていた。


「青葉ぁ! あんた、何やってんの!!」


 気がついた近くのテントのアニーが、俺をぶん殴りエイルを休ませに行ったことで俺は売り子を手放してしまったのだ。


「マジかよ……」


 女の客が来たらエイルに頼もうと思ってた矢先に……いや、そうじゃない。今のは俺が悪い。

 外で商売なんてやったことがない俺が、内外入り乱れる祭りで一人で出来るのか?


「や、やるしかねぇだろ。此処まで来たら!」


 女の手なんかいらねぇ。

 俺は俺の手で、成功させてみせる。

 俺の錬金術師としての力だけじゃない、橋崎青葉としての商売ってやつをやってやろうじゃないか。


「……………………」


 願わくば、全員が男性客であることを祈る。

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