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壊れた空と異世界人

 ふわふわと柔らかくて暖かい感覚。

 意識を取り戻した時に感じた触感はそれだった。

 抜け出したくない冬場の布団よりも気持ちがいい。

 このままゆっくり休んでいたいくらいだ。


「――って、何処だよ此処は!」


 我に返って飛び起きた。


 現実的に考えるんだ。俺は屋上にいた筈。

 それが変な女と超常現象に巻き込まれて気絶し、気がついたら見知らぬベッドの上。


 わけが分からない。

 何がどうなっているんだ。


 周囲を見渡すが、見覚えのない部屋だ。

 教室ほどの広さの部屋にダブルベッド並みの大きな高級感漂うベッド。

 窓の位置も違うし、壁の色も俺の知ってるそれじゃない。

 明らかに俺の部屋じゃない。


「どうなってんだよ。まさか、誘拐? いや、俺を誘拐して何のメリットが……。大体、誘拐してこの待遇もおかしい」


 現状を整理しようと頭を働かせかけると、軽いノックが二回ほどして扉が開かれる。


「あっ!」


 そこには疫病神……もとい、あの女がいた。


「良かった。目が覚めた」


 嬉しそうに微笑み、そいつは俺に近寄る。

 しかし、俺が鋭い睨みをきかせると怯えたような表情を浮かべ、足を止めた。


 こいつのせいだ、恐らくは。

 あの時、こいつが俺の手を取った瞬間、おかしくなった。

 何かしたとしたらこいつ以外有り得ない。


「俺に何をした?」


「え?」


「あんな超常現象起こした挙げ句、こんな知らない場所に連れてきて何のつもりだ。誘拐でもしたってことか? 何のために? 俺をどうするつもりだ、お前は!」


 捲くし立てるように俺は怒鳴った。

 内心焦っているのかもしれない。

 予測出来ない出来事に頭が混乱している。


 ただ、最悪なことにこの女のせいにすれば気が晴れるような気分に陥りそうだった。

 完全なる被害者を気取るために見知らぬ少女に全て押し付ける最低な男が今の俺だ。


「誘拐、といえばそうなるのかもしれない」


「は? 何だよ、その曖昧な言葉は」


 そうかもしれないとはどういうことだ。

 こいつが何かやったのは間違いないってことだよな。


「あの場所で私はあなたと共鳴し、結果的にこの世界に召喚しました」


 何を言っているんだ、こいつは。


 共鳴? 召喚? この世界?

 まるでファンタジーものの漫画やラノベだ。

 現実と非現実が混同しているのか、こいつは。

 哀れだ。哀れにも程がある。


「あなたは強い魔力を持ってる。私達と違う系統の魔力を。恐らくあなたは――」


「ちょっと待て!」


 混乱に輪をかけるように混乱させるな。

 話のキャッチボールどころか、一方的なドッヂボールにしかなっていない。

 此処は現状理解からいこう。


「分かるように最初から説明してくれ。じゃないと分かるものも分かんねぇよ」


「そう……ですね」


 少し憂いを込めたように顔に影を落として、窓を開けた。


 外の風が吹いて自然の匂いがする。

 そう思った。だけど、そこには何もなかった。

 風の匂いも太陽の眩しさも。空を見上げても何も感じなかった。


「何だよ、これ……」


 青い空は存在していたし、白い雲も浮かんでいる。

 だけど、所々に皹が入って割れているように見えて無造作な穴が開いていた。


「空が……壊れてる?」


 まるでテロにあったのではないかと疑うほどの破壊を表す表現として間違いではないだろう。

 空が滅茶苦茶に壊されてる。

 そんな非現実的なことがありえるというのか。

 しかも、穴が空いたその先に見えるのは何もない真っ暗な闇。虚無。


 認めたくない現実がそこにあった。


「この世界の現状です」


「世界?」


 そんな馬鹿なことがあるものか。

 俺の知ってる世界はこんなふざけたフィクション染みた世界じゃない。

 信じられない。信じられるわけないだろ。

 せめて、もっと判断材料があれば……。

 怪しいこの女だけじゃ話にならない。


「人の集まる場所はどこだ」


「え?」


「お前だけの話じゃ納得いかねぇつってんだよ。他の奴らの話を聞いてから考え直す。正直、混乱してんだよ。わけわからなすぎて」


 一方的な話だけじゃ納得出来ない。

 他の人間の話を聞いてやっと理解出来るのかもしれない。


「では一度部屋を出ましょう。あなたのアトリエにも行かないといけないので」


「は? アトリエ?」


 何の話だ。俺のってどういうことなんだ。

 ますますわけが分からなくなる。


「あ、そうだ」


 何かを忘れていたかのように彼女はとぼけた顔の後、小さく微笑む。


「私はエイルと申します。お名前教えていただけませんか」


 ああ、そうか。

 確かに短い付き合いになるとは言え、お互い名前も知らないとやりにくいよな。そのくらいならいいか。


「青葉。橋崎青葉」


「青葉さんですね。では青葉さん行きましょう」


「うわっ、触るな!」


 エイルは無理矢理、俺の手を取って先導した。

 何て強引なんだ。くそ、これだから女というのは苦手なんだ。


 エイルに手を引かれたまま、俺はだだっ広い家を出て町に出た。


***


「何じゃこりゃ」


 誰か俺を正気に戻してくれ。


 レンガと木造の家が立ち並びモルタルの足場が妙に馴染むその町は、いかにも西洋の町というイメージが濃くて、どこかファンタジー世界を彷彿させる。

 周囲を見渡すと、人間の大半が年寄りで若者はごく僅か。高齢社会が発達しすぎているにもほどがあるが、一応は頭の中で理解出来るからいいとしよう。


 だが、しかし! これを認めろというのはおかしな話だ。


 人間以外にも歩いている奴らがいた。それが犬猫なら常識の範疇内だ。

 俺の目に映ってるものはそんな可愛いものじゃない。

 毛むくじゃらの雪男に蜥蜴の二足歩行、更には人の姿をしてるものの耳が尖って羽根が生えてる妖精みたいな奴もいるし、種類は多種多様でファンタジー世界の集合体というものなのか、まさにその姿は異様だ。


「まさか、本当に俺の知らない世界? ありえねぇ」


 血の気が一気に引く。

 異世界という言葉が脳裏によぎる。

 異世界? 異世界だって?

 漫画じゃあるまいし、そんなことがあるわけ……あるわけないだろ。


「信じられないのは分かります。でも……」


「どうやったら帰れるんだ。元の世界に」


 もう認める認めないの話じゃない。

 他の人間に会わなくてももう分かっているんだ。

 此処は俺の知る世界ではないと。


「人を増やすことです。そうすれば、この世界に足りない魔力を蓄積し、召喚儀式も出来るはず」


 頭の中が真っ白になった。

 何を言っているんだ?


 人を増やす? 魔力を蓄積? 召喚儀式?

 何ひとつ意味が分からない。特に人を増やすってところが。

 魔力だの召喚だのは、ゲーム知識で所有している。


 しかし、人を増やすって何だ?


「言っている意味が全く理解不能なのだが」


「あなたは……青葉さんの持つ魔力は魔法のための魔力じゃない。もっと特殊な錬金術を行うための魔力です」


 脳内を掻き回される感覚。

 もはや自分が何者かさえ疑うレベルのことをエイルは目を輝かせながら話す。


「しょ、証拠を提示しろ!」


 そうだ、証拠を見せろ。納得する物的証拠を。


「それならアトリエに行きましょうか」


「アトリエ? さっきも言ってたな。それって――」


「青葉さんの家ですよ。実際に錬金術を使えば分かる筈です。あなたのスケッチブックもそこに置いています」


 スケッチブック?

 いや、別にそんなもんどうでもいいんだが。

 そういえばあの時、スケッチブックを見て魔力が何とかって言ってたよな。

 何か魔術儀式みたいなの描いていたか?

 いや、俺は風景しか描かないし、そういうのは苦手だ。

 そうなると、どうして。

 単に忘れ物置いときますみたいな感じなのか。


「うーん……」


 悩みの種は尽きない。


 此処は異世界で、俺にはエイルとかと違う錬金術の魔法が使えて、そのために召喚された。

 口に出したら頭狂ってんじゃねぇかと思ってしまう程に有り得ない。

 だけど、俺に魔法が使えるって証拠……錬金術なんて使えるわけねぇよな。


 だって、普通の高校生だもん。


「…………」


 でも目に映ってるものはやっぱり常識を逸脱していた。


 きっとこの非常識な光景が此処での常識で、異端なのは俺なのかもしれない。

 俺の常識が通用しないことを知ると、尚更不安になる。


「はぁ……」


 今、俺が頼れるのはエイルだけだ。

 異世界でも女に敷かれるのか、俺は。


 もう一度空を見上げた。崩壊されかけた青と黒の空を。

 もし、この世界の現状がこれなら確実に平和とは言えないだろう。


 壊される前のこの空は一体、どんな色をしていたのだろうか。

 昼は清々しいほど青く、夕方になれば茜色に染まるのだろうか。

 夜は瞬く星空のアートを描くのだろうか。

 その様を描きたい。

 いつか、この空が戻る時、俺は何処にいるのだろうか。


 そんなことを考えたら、胸が締め付けられるような感覚がして何処か苦しかった。


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