人形師の少年
真夜中というのにも関わらず、ヤマネコ亭は賑やかだ。
特に祭の前日ということもあり、外からの客の出入りもある。
それに構うことのない常連の男達だったが、ある人物から目を離さないでいた。
大荷物を抱えた茶髪の少年。
彼の持つ荷物の大きさから祭の出品者であることは伺えるが、問題はそこではない。
彼の座っているテーブルに積み重ねられる使用済みの食器。
彼は今も尚、ナイフとフォークを離さず、チキンソテーを口に運ぶ。
その大食いの様に周囲は釘付けなのだ。
「うまっ、マジで美味い。あ、お姉さん注文いい?」
ぺろりと新しい皿の料理も平らげ、少年はミルヒに声をかける。
うんざりした様子のミルヒは深い溜息を吐いた。
「注文はありがたいけどさ、いい加減お腹壊すからやめなよ。明日、祭で出品するんでしょ」
「んー、まぁね。でも一週間も水で生活してたから腹減ってさ」
「それには同情するけど……普段、どんな生活してんのよ」
「ははっ、集中力が高いもので」
「もしかして、なんかの職人さん? あんたみたいな若いのが?」
どう見ても少年は、十代後半の人間そのもの。修羅場を潜った職人にはとても見えなかった。
「若い職人は珍しくはないんじゃない? ほら、この町にいるらしいじゃん。若くて凄いの」
「若くて凄いの……?」
暫しミルヒは考え込み尻尾を揺らすと、思い出したかどうなのか、猫耳を真っ直ぐに立てた。
「もしかして青葉のこと? まあ、錬金術師だし凄い存在ではあるんだけどね。あいつの場合、職人って言っていいのかしら」
うーん、と唸りながらミルヒは腕を組む。
少年は興味深そうに口元に笑みを浮かべた。
「どういう人なのか教えて欲しいな」
「そうねぇ……一言で言えば、馬鹿かな」
ミルヒの言葉にヤマネコ亭は客の笑い声で、どっと湧いた。
「確かに馬鹿だよなあ! 浮き沈み激しくて暴走癖あるし」
「女嫌いって言う割に顔が可愛いから、色々説得力ないんだよな。何だかんだで男女問わずに面倒見いいし」
「その割に生き方が不器用だよな。自分より周りのことっていうか、それ考えてパンクしてスランプ起きたりとかよ」
「俺なんか風邪薬依頼したら、睡眠薬貰ったしな」
ヤマネコ亭の客達による和気藹々とした様子に少年が小さく吹き出した。
「みんなに人気なんだね」
「まぁね。何だかんだでこっちもこっちで放っておけないのよ。あいつも明日、出品するみたいだよ」
「うん、それは知ってる。そもそもアポは取ってるからね」
「アポ? ああ、約束ってことは知ってるんじゃん。ややこしいわね」
ミルヒが呆れたとでも言うように尻尾をだらんと力なく揺らすと、少年は首を横に振る。
「知人の紹介でさ、お互いに面識はまだないんだ」
少年は優しく笑った後に席を立ち、飲食代をミルヒに渡す。
「あれ、オーダーは?」
「お姉さんの言う通り、程々にするのも一理あるかと。ご馳走さま」
「それもそうね、毎度。あ、そういやあんたって何者? 見ても全く職が分からないわ。観察眼のあるミルヒちゃんにとってもね」
「あはは、そうだね。自己紹介がまだだった。こんな美人のお姉さんに対して失礼だったかな」
おどけた様子で少年は、バッグから取り出した猫と犬のハンドパペットを手に嵌めると二匹が本物の動物であるかのように動き出す。
「七陸睦月。人形師として各地方で仕事やらせてもらってます。いや、ファンタジーだから、ムツキ・ナナオカ? ま、どっちでもいいけど」
「人形師? それって、所謂……その、大道芸的な?」
「あー、分かりやすく言うと芸をやる人に売っちゃう人形を作るのさ。案外、芸人やサーカスじゃなくてもクオリティ高い人形を必要としてる人って多いよ。ま、儲かるときと儲からない時の波はあるけどね」
「へ、へぇ……」
「本当は魂込めて作ったパートナー達を売るなんて心苦しいんだけどね。何ていうか、使命というか、その別れは新たな出会いに必要なものなんだなって思うんだ。結構、大変な仕事なんだよ。うん、本当に」
ハンドパペットを巧みに動かしながら笑う睦月に、ミルヒは何処か怪しさを感じ頬を引きつらせる。
若いと言えど、人形を操りながら胡散臭く笑う彼は異様に感じたからだ。
正確にいうと、理解に苦しんだ。今までそんな職を手にする者など見たことがなかったからだ。
青葉の場合は、伝説にあった錬金術師と聞いて疑心暗鬼を最初に感じていたものの、実績を残しているのだから本物と認めた。
だが、睦月は違う。
人形を作る少年。更にそこからは底知れぬ愛情を感じる。少し危険にも感じた。
彼の腕というよりも人形に込める愛情に恐怖したのだ。
「ま、それを生きるも殺すも彼次第……ってところかな」
「は? 言ってる意味が分からないんだけど、頭大丈夫?」
ミルヒが怪訝に睦月を変質者でも見るような目で見ると、当の睦月は楽しそうに笑みを浮かべた。
「分かるよ。近いうちに必ずね」
そう意味深な言葉を残し、睦月は謎を残したままヤマネコ亭を去った。
「全く、随分と変な奴が来たわね。変なトラブルにならなきゃいいけど」
ミルヒの言葉がこの先を予見することなのか、それとも杞憂で終わるか。この時は誰もが予想出来なかった。
***
「で、出来た!」
レシピも配合も完璧。俺は見事に聖水と超高品質の魔力回復薬の錬成に成功した。
さっきまで釜が光っていたのは謎だったが、冷静にエイルから話を聞くと、俺の魔力が増幅したことで釜が限界まで力を出してくれたらしい。
つまり、今後は釜もバージョンアップとやらをさせないといけないわけだ。
その作り方としては、俺が研究しないといけないようだが。
でも、ライドを救う材料は揃った。あとは、これを……。
「気絶してる奴にどうやって飲ませるんだよ!」
飲めないよな。意識ないんだから。
此処までやって無理とか、それはいくらなんでも……いや、冷静になれ。俺の一般知識を駆使するんだ。
「あ、そうだ。確か」
かなり前に薬を依頼された時に報酬のおまけとしてもらったんだっけ。
「青葉さん、それは一体……」
「見て分かるだろうが。注射器だよ。胃に入れられねぇなら穴開けて入れるしかないだろ」
「あ、穴って……ええっ!?」
何だよ、仕方ないだろ。他に方法が思い付かないんだよ。
「あ、あの……因みに、使用したことは」
「お前、馬鹿なのかよ。俺が医療従事者に見えるか?」
威張ることじゃないが、注射なんてされたことはあってもしたことはない。
事が事だ。仕方ないだろ。仕組みは分かってる。
「エイル、アルコールとガーゼ用意してくれ。四の五の言ってる場合じゃないんだよ。時間がねぇ」
「えっと、あの……」
「早くしろ!」
「は、はい!」
何でこの町には医者がいねぇんだよ。そこそこ栄えてる町だろうが。
薬草育てたり回復魔法が使える奴らはいるけどさ、そういう問題でもねぇだろ。
「お、お願いします」
アルコールとガーゼを持って来たエイルに溜息を吐く。
俺がやるしかないか。
ライド、恨むなよ。液漏れで皮膚に痕残ったりしたらごめん。
アルコールを染み付かせたガーゼでライドの左腕を擦り、血管を探す。
「此処、かな」
緊張してきた。医者の真似事なんかしたことないもん。
向こうの世界だったら、間違いなく逮捕される。
でも、この世界なら大丈夫。そこら辺の法律ふわっとしてるから。少し考えろよ政治家的な奴。
「うっ……」
ライドの左腕に注射針を刺し、カテーテルが中の薬を流し込む。飲むより、薬が回るのが早い筈だ。
頼む。頼むから、起きてくれよ。
そう願って俺は、注射針を抜いて後にガーゼで傷口を強く抑えて処理をした。
待ってる時間の一秒一秒が遅い。
それと同時に、一気に体が重くなって床に座り込んだ。
「青葉さん!?」
慌ててエイルが俺に駆け寄る。
慌てすぎ……って、こいつはフル活動した俺の事を見たことないんだっけか。
「少し休めば大丈夫だ。走ったら疲れるだろ。そんなもんだから……眠い、な。くそ」
まだライドが起きたこと確認してないのに寝れるかよ。
でも、瞼が重すぎて……。
「青葉さん、大丈夫。ライドさんの顔色は少しずつ戻ってきています。だから、休んでもいいんですよ」
「ん、そうする……」
ぼんやりとした意識の中、俺は壁に寄りかかって目を伏せた。
ふわりとした優しい香りがして、それが更に睡魔を煽り、俺は完全に眠りの淵に落ちていった。




