答えへの紹介状
「薄々は気付いていたんじゃないか。私とお前には僅かばかりの共通点があるということを」
僅かな共通点? んなもん、分かるか。
この世界では珍しい黒い髪の色くらいか。
いや、俺には確信的な情報を入手していた。
キサラが言っていたんだ。
俺が、お前は何者だと問うた時に自身の正体を自ら明かしたんだ。
――キサラは、ホムンクルスだ。
キサラに感じていた違和感もそれで拭えた。
それにキサラは、この屋敷の主……つまり、この人に仕えていた。
キサラを作ったのは恐らくこの人だと仮定するのは容易だ。
つまり、この人は――
「ふざけんなよ……! 何で、俺以外にも錬金術師がいるんだよ!」
「えっ!?」
エイルは気付いてないようだった。
お前、知らなかったの?
何度もこの人に会ってたなら、錬金術師の話くらい聞いてるだろ。
お前が憧れる錬金術師様なのに、本人目の前に気付かないってどれだけ節穴だよ。
情報収集は基本だろうに、それでよく俺のこと召喚したな。
召喚というよりも、あれは誘拐にかなり近いが。
「そう急くな。落ち着け。私も私の代で錬金術師を終わらせたかったんだが、事情があってな。その事情を差し引いても、お前が世界を救わないといけないのは変わりないが」
「はあっ? 事情って、下らねぇことだったら年上でもただじゃおかねぇぞ。俺の心中穏やかじゃないのは見て分かるだろ。こんなとこでホムンクルス一体作って自分の役目が終わったとか言うんじゃないだろうな!?」
そもそも、ホムンクルスを作るのは人の驕りって分かるよな。常識で考えて。
森の奥深くの屋敷に結界を張って、ホムンクルスを使役する。
理由がある筈だ。なかったら、俺は許せない。
「耗弱病にかかっていてな、私は外に出れない」
「あ? もう、じゃく、びょう?」
初めて聞いたな、そんな病気。
「外に出ると魔力が急激に枯れる。そんな病だよ。故に私は、この家から外に出れないのさ。召喚されて早々に病にかかった為、使い物にならない錬金術師になったわけだがな。出来ることとすれば、この家で僅かばかりの錬金術を使って生計を立てるくらいだ」
「え、嘘だろ。病気って、そんなもの聞いたことが――」
「此処では私達の常識は通じないことは知ってるだろう」
「そ、それはそうだけど。じゃあ、本当に?」
女は頷く。
冗談を言っているようには見えない、至極真面目な瞳が少し怖い。
全て本気だと口に出さずとも言われたのは確かだった。
魔力が急激に枯れる病気。
そんな恐ろしい病気がこの世にあるのかよ。
外に出ることを許されないこの人にとって、この家は監獄。
でも、どうやって生計を立てる? 外に出られないのに……。
ああ、そうか。そのためか。
「キサラを作って町と行き来させてたのか」
「そうだ。戸惑ったがな。生きるためには仕方ないことだし、一人でいるより楽しいよ。私の主は近くにいてくれない薄情者だからね」
召喚しといてそのままかよ、召喚師……!
俺達は人間だぞ。道具やロボットなんかじゃないのに、病気の人間置いて何処か行くなんておかしいだろ。
「勘違いするなよ。旅に出ているだけだ。私の病を治すための薬、もしくは魔法を探してくるとな。生きていたら今も探しているだろうな。諦めの悪い奴だから……。私はもう諦めてるというのに」
そういうことか。
使い物にならないって見捨てずに何とか助けようって旅に出た主を想ってるからこそ、待ち続けてる。
口で言ってても、この人は諦めていない。自分の主を信じている。
「ホムンクルスは生きていくためのパートナーだ。良き友であり、家族であり、隣人だ。恐れるな、悩み命を作ることは冒涜的な行為ではないということを」
ホムンクルスは、パートナー。
それを作るのは、冒涜的な行為ではないと本当のことなのか。
この人は、キサラがいなかったら今生きて、主を待つことが出来ない。
理由があるんだ。
でも、俺には理由がない。
世界を救うために、ただ淡々と作る以外の目的がないのだ。
「俺には、あんたみたいな理由はないんだ。誰の利に適うのか、それすら分からない。子供を作って次世代を繋ぐ方法がそれしかないとしても、他に理由がないんだよ」
「その親心が理由だよ。道具として雑に扱う者ではなく、大切な命として悩むその気持ちが既に理由なんだ。私なんかより立派だよ」
「は? いやいやいや、ありえないって! だって、あんたは――」
女は、俺の頭を雑に撫でた。
その手は白くて細く、痩せている。
「何だよ!」
「こいつを頼ってみるがいい」
女は一枚の紙きれを渡す。
突拍子もない行動に戸惑う俺だったが、四つ折りの紙を開いて書いてある文字を読む。
「人形師、ムツキ?」
「ああ、何よりも本物を追求する人形師。キサラの器もこいつが作った」
器って体だよな。
あれだけ人間そっくりに作れるやつなんているのかよ。
肌とか髪とか、眼球だって人間そのものだったぞ。人形なんて思えないほどに。
「お前とあまり年の変わらん若い奴だ。ルーイエの収穫祭で出し物をするそうだから簡単に会えるだろう。向こうには、キサラが話を通そう」
「いやいや、ちょい待ち! 俺は会うなんて一言も――」
一言も言ってはいないのだが、会ってみては損はないのは分かっている。
分かってはいるけど、怖い。
あそこまで精巧に人間に近いものを作れる奴が。
どんな気持ちで作ってるか考えると、少し恐ろしかった。
人形とはいえ、人間の細部まで知っていないとあんな完璧な器は作れない。
「でも、そいつに会えば……どんな気持ちで作ってるか分かる?」
「さあ、それはお前次第だな」
確かに。
こればかりは、俺の気持ち次第だ。
舞台は用意されつつあるんだ。
エイルのクソ親父からの依頼、ホムンクルスの器を作れる人形師。
それが出来たら、あとは俺が最終段階に入る。
足りないものは、俺の覚悟だ。
欲しいものは、求める答えだ。
こればかりは、自分で何とかするしかなくて誰に聞いたところで答えが来るわけじゃないのに甘えたくなる。
甘えが許されない踏ん張りどころ。
これを乗り越えたら、俺は変われるかな。




