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対話をしてみれば

 建付けの悪い扉を開いて家の中に足を踏み入れる。

 やはり夜ということもあるせいか、家の中も暗い。

 でも、それはあくまで俺が見えてる世界らしい。

 エイルやキサラにとっては、明るく見えるかもしれない。

 ただ、俺にとっては暗い闇の中に入った気分だった。

 もし、俺の未練とかと関連してるとしたらどんだけマイナス思考になってるんだよ、俺。


「私の出番は此処まで。あとは先生が導いてくれる」


 キサラの声が遠のいた瞬間、立ち眩みが起きたように周囲が歪んだ。


「ま、待てよ! キサラ、お前は結局何だったんだよ!」


 キサラは人間なのか。

 でも、人間と見るにはどうしても違和感が拭えない。


「私は……―――」


 遠くで聞こえた声に俺の瞳が戦慄いたのが分かる。

 嘘だろ。それじゃあ、何で俺が必要とされるのかますます分からない。

 だって、俺なんかいなくたっていいじゃん。

 キサラが生き証人だ。


 ふざけんな。ふざけんなよ。

 今にも爆発しそうなこの感情をその先生とやらにぶつけたくなる。


「青葉さん……」


「行くぞ」


 最悪な顔色の俺を心配したのか、エイルは不安な様子を見せる。

 でも、今はそんなもんに構ってられるか。

 そもそも、エイルが俺をこんな世界に連れて来なければ……いや、やめよう。

 此処で無意味にエイルを傷つけたところでどうなるってんだよ。


 視界が歪んだ先は、この世界で見慣れた西洋風の造りだが、異様な空気で、歩を進めると広い部屋に出た。

 煌々とした青い炎がいくつも部屋の灯りとなり、中心部には大きな魔法陣が描かれている。

 その奥に人影が見えた。

 そいつは振り向くことなく、まるで俺達が近付くのを待っているようだった。


「青葉さん、気を付けてください。これは――」


「うるせえ、黙ってろ」


 エイルの言葉を遮って、俺はその人物に向かって歩く。

 魔法陣のド真ん中に足を踏み入れた瞬間、陣から大きな風が吹いて、地面に足が固定されたようにその場から俺は動けなかった。


「はっ?」


「青葉さん!」


 エイルが駆け寄るが、魔法陣の周辺には見えない結界が張られたのか近付けないようだ。

 これは一体、どういうことだ。

 もしかしてあらかじめ、術式が張られてたとか?

 だって、この魔法陣通らないと奴に近付けないもん。しょうがなくね?


「その陣は錬金術師だけに反応するトラップ。この程度の魔法を使う魔導師なんて、この世界ではいくらでもいる。そして、今の君の甘さで考えたら……命を落とすのは、遠くない未来だ」


 俺に対して、近いうちに死ぬよって言ってきた奥の人物が近付く。

 俺と同じ黒髪で、その黒髪を腰まで伸ばした熟女。

 待って、この世界で黒髪って珍しいんじゃなかったの?

 いや、それよりも――


「これ、解けよ……!」


 動けないどころじゃない。

 体が妙に重苦しくて膝を落としてしまう。

 ただひたすらに重い。まるで、今の俺の気持ちを体現してるみたいだ。


「自分で解けばよかろう? 因みに主に頼っても無駄だぞ。錬金術師のみに効果を出す魔法は普通の魔法では解けない」


「そんなの俺が出来るわけねぇだろ。俺はただの――」


「俺はただの高校生だ、といつまで言っているつもりだ。すぐに全て受け入れろとは言わん。だが、目の前の希望へ努力する手立てくらいしたらどうだ」


「意味、わかんねっ……!」


「お前は全てを後悔したか。この世界に来て全て後悔したなら、何故、半端に錬金術を始めた。何故、友を作った。何故、迷っている」


 聞きたくない。

 これ以上は、何も聞きたくない。

 最初はエイルを見返してやろうと思って錬金術学んで、その過程でライドや町の人達と仲良くなった。

 エルフの集落で、理不尽にブチ切れてガキ共連れてきたし、ホムンクルスを創るなんてのはただの驕りだって思った。


 ――この世界がどうでもいいなら、全て放棄してもいいことだった。


 この世界が嫌いならゲーム感覚で気楽にやってればいいし、悩む必要なんてない。

 それこそ、エイルの言葉を鵜吞みにだってするわけがなかった。


 俺は、多分救いたいんだ。

 世界をじゃない。この手の届く範囲のものを少しでも。

 お払い箱になるのが嫌なわけじゃない。

 多分、助けたいのかもしれない。

 憂鬱な気持ちや嫌悪感、つらい気持ちを抱くやつを増やしたくないだけ。

 その沈んだ先、誰かを信用するのが臆病になってしまうからその前に。

 その気持ちを知ってるから。

 だからって、この世界にずっといるわけにはいかない。

 この家が俺の元いた世界を見せてるなら……それは、いつか帰りたいという未練。願望。


「俺は、自らいいように扱われたいってことか」


 あんな世界に帰りたいなんて馬鹿げてる。

 人の闇を知ってて、奴隷生活だぞ。

 此処とは頼り方が全然違う。


「その喪失感こそ、錬金術が使えない理由かもしれんな」


「喪失感?」


「お前は、今自分を嘲笑っただろう。言い方を変えれば、それも消えると言うに。分かるか?」


「いや、全く」


 言い方ってどういうことだ。

 言葉の使い方って言っても意味は同じだろ。


「エイル、教えてやれ」


「えっ? 私ですか?」


 蚊帳の外だったエイルだったが、突然話を振られたせいで慌てふためく。

 こいつ、まさか話聞いてなかったとかそういう落ちじゃないだろうな。


「この、馬鹿娘が!!」


「ひっ」


 女の怒号にエイルが委縮して殴られないかと頭を抱える。


「召喚主のお前がそんなんだから、こいつがいつまで経っても甘えん坊なのだろうが! 持ち上げるだけ持ち上げて、追い詰めたのはお前が大きな原因だということを自覚してるのか。この、たわけめ!」


「も、申し訳ありません!」


「だったら、ほら教えてやれ。こいつは、自分がただ利用されているだけということを受け入れようと混乱しているぞ」


 本当に混乱している。

 今、抱えてる問題もそうだが……何よりもエイルへの当たりがきつい。

 エイルの何でも謝るのって、この人が原因なんじゃないのか。

 やばい。結界が重すぎて、肩が潰れる……。


「え、えっと……あの、青葉さん」


 結界の壁に手を触れ、エイルは優しく微笑んだ。

 やめろ、そんな目で見るな。

 俺の心が潰れそうになるからやめてくれ。


「青葉さん、利用されてるなんて……いいように扱われてるなんて思わないで下さい。私達は、確かに青葉さんを必要としています。でも、あなたは一人の人間であることには変わらない。あなたの意思を出来るだけ尊重した上で、お願いしたいんです」


「…………」


「なんて、錬金術師様と崇拝して押しつけがましくしていた私が言えた義理じゃありませんけどね」


 ほんと、それな。

 一番、利用しようとしてたやつが言う台詞かよ。

 そういうこと言うから女は嫌いなんだ。

 そんなこと言われたら、俺はどうしたらいいんだよ。

 それを最初に言われてたら、完全に救う気満々でいたよ。


「俺の意見……尊重してくれんの?」


「もちろんです。あ、もちろん限度がありますけど。私、これでも青葉さんのご主人様ですので」


 何じゃ、そりゃ。

 だったら、こっちもこっちで甘えるぞこの野郎。

 俺がいかに楽にやりやすいようにするのがご主人様の務めだろうが。


「だったら、アトリエ広くしてくれ」


「はい」


「あと、キッチンも置きたい」


「いいですよ」


「本も増えたし、棚とかも」


「手配しますね」


 何だよ、話せばちゃんとやってくれんのかよ。

 そういや、俺達って顔合わせれば喧嘩ばっかだったもんな。

 主に俺がキレてたけど、でもこいつも大事なこと言わなかったり頑固だったり。

 コミュニケーションってやつが苦手だから、分からなかった。

 話し合いって凄く大事で、自分の身にもなるんだってこと。


 突如、魔法陣が激しい光を帯びた。

 あたたかくて、優しい光だ。

 パリンと硝子が砕けた音と共に、体が羽根のように軽くなり自由を取り戻した。

 激しい光は、未だ俺の体に流れ込んでくる。

 何これ。今度は何。新しい力にでも目覚めんの?

 欲しいのは錬金術師として必要なものだけで、余計なもんはいらんぞ。


「吹っ切れたようだな」


 女が声をかける。

 吹っ切れたというか、俺ら馬鹿じゃねぇのって気付かされたというか。


「それでもう錬金術は使える筈だ。いや、今のでますます魔力を得たようだが」


「は? 何、レベルアップしたってことかよ」


「ああ、精神面がまともになってきたからな」


「頭おかしい奴みたいに言うな。そもそも、あんた何者だよ。黙ってりゃ、言いたい放題言いやがって」


 俺は気が短い。

 あれだけ言われたら、流石に腹も立つ。


「黙ってなかったではないか」


「そういうのを揚げ足を取るって俺の世界では言うんだよ」


「ああ、知っている」


「はっ。まあ、知るわけ――え、知ってる?」


 博識だな。

 そういえば、色々知ってる先生なんだっけ。


「何をアホ面かましてるんだ。私は、この世界の人間じゃないぞ」


 今、サラッと流れるように凄いことをカミングアウトされた気がするんだけど。

 え、俺の気のせい? 気のせいじゃない。絶対、嘘。


「は、はあああああああっ!?」


 異世界に馴染みすぎだろ。

 別の世界から来た同胞さんよ、俺はこんな月並みのリアクションしか出来ないほどに最高に戸惑ってるよ。


 森の奥地に住む大賢者は、まさかの異世界人でした。

 これ、笑うとこ?

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