未練の屋敷
混乱する俺が説明を求めると、銀髪の女……名をキサラと言うらしい。
そいつは「関係ない」を通すばかりではあったが、エイルまで来るとなるとそうもいかないだろうということを押すことで何とか話し合いにこじつけることが出来た。
「つまり、夕飯で別れた後にエイルは俺のアトリエに行こうとした。しかし、その途中で俺とキサラが町の外に出たことから、キサラが俺を何かしらのトラブルに巻き込んだのではないかと追いかけてきたわけか」
何の用で俺のアトリエ来るんだよ。
こいつのことだから、悩んでる俺を心配してとかその程度だとは思うけど。
まさか、こいつまで魔物の気配を察知したとかじゃないだろうな。
そうだとしたら……いや、凄い女だとは思うけど危ないとか思わないの?
魔物とエンカウントしたら、お前が危ないだろうが。
その辺考えてるのか、こいつは。
それから、俺が町の外に出たからって追いかける神経もどうかしてる。
頭おかしいの? お前、お嬢様だろうがよ。
何かあって、俺の責任問題に関わったらどうすんの?
他にも言いたいことはある。凄く言いたい。むずむずする。
ただ、言ったらまた喧嘩になるような気がするし、我慢我慢。
「申し訳ありません。顔が伺えなかったので、迂闊に飛び出すわけにもと思い……。でも、安心しました。キサラさんならば、青葉さんを守って下さいますし」
はい、全く話が見えません。
キサラだから安心出来るとか守ってくれるとか、どういうことだよ。
俺の知らないところで何が起きてるのか、あとついでにお前らの関係教えて欲しいんだけど。
「青葉さん、キサラさんの師に私は助けられたことがあるんです。魔法面でも、悩みごとでも……。私にとっても良い先生です。青葉さんは、一度会う必要があるかもしれませんね」
さながら、先生とやらはお悩み相談室の賢者様ってところか。
それで、キサラはその弟子というわけか。
おい、賢者様よ。だったら、その弟子の躾なんとかしろ。
お世辞にも教育がなってるとは思えねぇぞ。
「俺が会う必要って?」
「それは、もちろんこの世界の――」
「…………」
気まずい空気が流れる。
ああ、この世界を救う手立ての相談ね。
つまりは、ホムンクルス量産の話ね。
分かってる。落ち着け。
此処で落ち着かないと、またエイルに当たり散らしてしまう。
さっきの狼共が出る可能性だってあるし、エイルに八つ当たりした自分に後悔する。
「あの建物よ」
暫く誰も話さないで歩いていると、森を抜けた先の建物をキサラが指を差す。
古びた……しかし、中々に大きな家だ。
この世界で見てきた西洋風に彩られたような屋敷とは違い、日本に近い普通の一般住宅。
何処か懐かしさすら感じた。
「青葉さん!?」
驚いたようにエイルは、俺に顔を近付ける。
「うわっ! 何だよ、近寄るな!」
「いえ、でも……やはりまだ何処か痛むのではないかと」
「は? お前、何言って――」
言いかけた刹那、頬に冷たいものが伝う。
「――え?」
それに触れてみると、透明な液体。
紛れもなく、俺の目から流れた涙だった。
「え、何で……何で、俺泣いてんの」
全く意味が分からなかった。
ただ何となく、この家を見たら懐かしくて胸が締め付けられる思いがした。
それは、まるで――
俺が生きていた世界の……何ということはない、日常に紛れる家だったからだ。
「あんたには、泣くほど未練があるものが見えるわけね」
キサラが意味深に呟く。
未練? 見える?
違うのか。俺が見ているこの家は、何なんだ。
「あんたのその目に映ってるこの屋敷は、願望よ」
「う、嘘だ。だって、木造仕立ての古い家だぞ。築五十年近くって言ったところか。ほら、窓だって――」
「そこに窓はないわ」
キサラの言葉が信じられなくて何度も目を擦る。
やはり、ないと言われた場所に窓はある。
一体、どうなってるんだ。
「ま、そういう結界よ。見たいもの、未練のあるものが見える屋敷なの。エイル様はどう見える?」
「あの……私には、普通のレンガ造りの屋敷としか」
「そう。私には、巨大な研究施設に見える。実際、どういう形なのかは分からない。教えてもらってないからね。つまりそういうこと」
人によって見えるものが違う。
賢者様よ、性格悪すぎだろ。
俺の今見える家なんて元いた世界のものだぞ。
つまり、俺はよっぽど元の世界に帰りたいってことになる。
息をしているだけで死んでいるような、あの世界に。
ただ、いいように使われるだけの世界に。
いいように使われるって意味じゃこっちでも一緒だけどな。
錬金術師として役目を果たさないといけないらしいし、世界救わないといけないみたいだし。
「さっさと行くなら行くぞ」
さっきのは、おっかなびっくりで泣いてしまっただけにすぎない。
考えすぎては駄目だ。
今の俺は、錬金術が使えない。
この世界では、今のところ価値がないも同然の俺に出来ることは前に進むことだけなんだ。
此処にいる賢者様とやらに会えば、少しはヒントが掴めるかも。
そうやって、自分を甘やかして前向きの振りをするほかならないのだ。




