森の中で
黒いフードマントの女についていく先は、ルーイエを越えた森だった。
いくらあの魔物が町にいるからって、こんなに離れなくてもいいんじゃねぇの?
やっぱり、罠だったんじゃないか。警戒心高まったぞ。
だって夜の森って野生動物出そうだし。
しかも、魔物化してる動物だっているんだろ? 普通に怖いわ。
ただでさえ、防御用の薬とか使ってないのに。
一応、何があってもおかしくないようにアトリエの外に出る時は帯刀してるけどさ。
「おい、一体どこまで行くんだよ」
「いいから黙ってついてくればいいのよ。あくまで私は使いなんだから」
一体、どういうことだ。
使いって……例の魔物から助けてくれただけじゃないの?
他に何か俺に用があるっていうのか。
「言っておくけど、依頼は受けられないからな」
現状、錬金術が使えない状態で依頼は受けられない。
完璧に取り戻さないと良いものは作れないのは明白だ。
絵を描くときだって、調子の悪い時はとことん駄目だからな。
そこはちゃんと分かってる。
「安心して。今のあんたに出来ることなんて何もないのは知ってるから」
「なっ、んだと……!」
今のは傷ついたと同時に腹が立った。
確かに錬金術は使えないし、ろくに金も稼げない周りに迷惑かけっぱなしの奴だけど、初対面の女に言われる筋合いはない。
「お前、何知ってるんだよ。そこまで言われる筋合いねぇぞ!」
「私は何も知らない。情報だけ。先生が知ってることを教えてるだけ」
「先生?」
先生って誰だよ。
その先生とやらが俺のことを事細かに知ってるってことか。
本当に誰?
また厄介な奴が出てくるんじゃないだろうな。
いい加減にしろ。これ以上、悩みの種を増やすな。
「これ、身に纏ってて」
女が俺に渡したのは、黒いフードがついたローブ。
「野生動物だけじゃなくて、賊も出るから。あんたの身体的特徴からして錬金術師っていうのは、この辺では有名よ。だから、その身隠して。あと、あまり大きな声出さない」
つまりは、厄介な奴もいるから錬金術師だとバレないようにしろということか。
襲われた時に面倒見切れないと言われた感じがして癪だったが、知らない土地を歩く以上、従った方が良さそうだ。
下手に戦闘に入って、横から攻撃されたら目も当てられない。
実際、今の俺って戦えるかすら不明だし。
錬金術で物作りが出来ない以上、魔力を消費するアイテムを扱えるかも分からない。
扱えなかったら、剣を振るうことは出来ない。
あれって、薬で剣を強化して俺の魔力を使うことで為せる力だ。
いや、待て。
待て待て待て。
もしかして、これってピンチでは?
ある程度のアイテムがあるとは言え、この女が敵だった場合、俺もしかして逃げられないんじゃ……。
「何、百面相してるのよ。早く着て」
「わ、分かった。急かすなよ」
ローブを身に纏ってフードを被る俺を確認すると、女は先へと進む。
森の奥地まで行きそうだな、これ。
もしかしたらそれ以上? やめろ、体力が持たない。
「で、お前は何者だよ」
「何だっていいでしょ。あんたには関係ない」
「そっちはこっちの素性知ってて、そっちは隠すってのが不公平なんだよ。警戒すればいいのか、信頼すればいいのか全くわかんねぇ」
「好きにすればいいんじゃないの。私には、あんたの心中なんて関係ないし」
俺には関係あるんだって言ってんだろうがよ……!
「だったら、せめて顔くらい見せろ! 種族すら分かんないとか何もわからないにも程があるだろっ!」
「馬鹿……っ、大きな声出すなって」
俺が声を荒げた途端、興奮したような吐息と沈んだような低い動物の鳴き声が聞こえる。
周囲を見渡すと、ガサガサと草を搔き分けてライオン程の大きさの赤い瞳の狼が俺達を囲んでいた。
「あ、やべ……」
やばいじゃ済まないのでは、これは。
数で言うと七体。
奥からも草を掻き分ける音が聞こえてくる。
このままじゃ、数が増える。
狼の群れを相手にするなんて、やってられねぇぞ。
「だから言ったのに……!」
「い、今はそんなこと言ってられないだろ」
抜剣し、薄緑色の液体を剣の刀身に垂らす。
普段は、これで風属性の剣になって魔力供給することで扱える。
いけるか。頼む、使えてくれ。
「――っ!」
最悪だ。
予想の大半を占めていた通り、属性はつかないし剣が重い。
俺の不調は、栄養失調でもないらしい。
だったら何なんだよ。
原因すら分かれば、糸口掴めるのにこれじゃ……このままじゃ……。
「馬鹿、下がってなさいよ」
懐からいくつものナイフを取り出し、女は狼達の眉間を狙う。
その動きは風のように早く、まるで忍者のようだった。
激しく動き回る女だったが、狼達が俺に向かわないように的確に倒していく。
月明かりを背にする女はさながら舞台上の主役のようで、俺はただの観客みたいな錯覚をする。
無駄のない動きは、戦闘に慣れたそれだった。
女のフードが外れたことで漸く、ひとつの情報を得られた。
そいつの顔だ。
輝くような長い銀髪と健康的な肌、その瞳は強く芯を纏ったような琥珀色だった。
見た目は人間だ。
人間だが、違和感を感じるのは何故だ。
「くそっ」
情けない。
違和感以前に俺は男だぞ。
男の癖に嫌いな女に守られるだけなんて。
出来る筈だ。俺にだって、何か。
腰のバッグから何かないかと探すが、回復薬以外は魔力を消費するもので役に立たない。
煙幕ひとつでもあれば、逃げられるのに何で持ってきてないんだよ。こんな時に。
鞄に気を取られていた俺は、ふと顔を上げる。
悔しがっている場合ではなかった。
「――危ねぇ!」
前方を相手にしてた女の背後から狼が襲い掛かる。
咄嗟に俺は、身を挺してその攻撃を受けた。
爪が左肩を擦ったが、大事には至っていない。
ただ、痛いのは確か。
「ぐっ……」
熱くて痛い。毒とかないだろうな。
しかし、噛まれていたら腕を持っていかれたかもしれない。
そう考えると、ぞっとした。
何で俺が女を守らなきゃいけないって?
馬鹿野郎。こんな時、女に任せっきりにする男がいるか。
俺は女が嫌いで怖いが、守ってほしいなんて微塵も思わない。
「何で……!」
「うるせぇ! キリねぇよ、こんなん」
俺が剣を使えたら。
俺が安定した魔力を扱えたら。
そんな言い訳をしたって、出来ないものは出来ない。
今は、どんな手を使っても逃げるしかない。
ただ、どうやって逃げる?
簡易錬成でもして、無理矢理爆発させるか?
どうせ失敗するなら、それを活用すれば軽い爆弾扱いに出来るだろう。
ああ、でもそれをやったら簡易錬成セットが壊れる。
――俺に出来ることはないのかよ!
「シルフィール!」
声と共に数多の間抜け面した妖精が口から破壊光線を吐き出し、狼達を一掃する。
塵ひとつ残っておらず、地面が抉れているのがえげつない。
そのえげつない妖精を召喚した声は、俺でも銀髪の女でもない。
この世界に来てから忘れたこともない声だ。
「青葉さん!」
「エイル?」
何でエイルが此処に?
ていうか、今の魔法ってエイルがやったのか?
強すぎだろ。
だって掛け声ひとつだよ。
普通、魔法って詠唱とかしないの?
ライドやアニーも詠唱とかはしてないけど、あれはまた別物だろ。
あいつらの魔法に詠唱が必要とは思えないし。
普通こういう強力な攻撃魔法って長い詠唱必要なんじゃないの?
「青葉さん、怪我を……」
「何でお前がいるんだよ。助かったけど」
多分、銀髪の女だけじゃ無理だったろうな。
あのままじゃ長丁場になって、俺達が倒れる方が早かった。
「エイル様」
「あなたは、あの方の……」
二人の女の間に何か通じているものがあるらしい。
助かったのは良いとして、頼みたいことがある。
「お前ら知り合いなの?」
何も分からない俺を仲間外れにしないでくれ。




