知らない顔
アトリエから爆音が轟く。
此処のところ、この爆音のせいで近所迷惑だと苦情殺到。
普通の家屋からは、こんな音はしない。一般的に考えて。
つまりは、俺が何かをしていることでこの音は発せられる。
俺がやることなんてこの世界でひとつしかない。
――錬金術だ。
だが、初めて召喚された日以降はこんな音を発したことがない。
爆音と共に俺は毎度、外へ吹っ飛ばされるわけだがお察しだろうか。
――失敗の連続である。
わけがわからない。
今まで普通に出来ていたことが出来ないのだ。
同じレシピ、同じ素材、同じ手順、計測も違いなくやっているのにも関わらずだ。
これは、つまりスランプというものなのか。
「はい、終わり。俺、完全に終わり」
錬金術師が錬金術を使えないとか、完璧にお払い箱決定。
はい、絶望。さよなら、世界。
「こら、勝手に終わらすな」
「いてっ」
ライドに箒で殴られる。痛い。
毎度、この音を聞いて駆けつけてくれるのはありがたいことなのだが、本当に終わったとしか考えられない。
「使えないもんは仕方ねぇだろ。諦めて死んでくれ」
「その場合、お前も死ぬけどな」
言うなよ。それが一番、精神的にきついんだから。
でも、不思議なことに錬金釜だけは壊れないのが不思議だ。
強度が凄いというか、何かしらの強い魔法がかけられているのか?
今は見たくないが。
「すっげぇ、色……」
錬金釜の中は紫色の液体が沸騰してゴボゴボと音を立てている。
何これ、魔女のスープ? 悪魔の飲み物?
ホムンクルス以前に収穫祭の出し物すら難しい状態になってきたぞ。
「ねぇねぇ、もしかしてさぁ……青葉の魔力消費問題じゃない?」
アニーが閃いたようにドヤ顔をかますが、それはとっくに考えたことだ。
現に回復薬飲んだりもしていたわけだしな。
つまり、魔力消費問題は関係ない。
「…………」
ライドが怖いくらいに俺を睨んでいる。
何だ、さっき死ねって言ったことまだ根に持ってるのか。
「おい、青葉」
ライドは俺の左腕を引いて袖を乱暴に捲った。
行動が全く読めないぞ。俺の腕に何か呪いの刻印でも彫られてるっていうのか?
「お前、まともに飯食ってねぇだろ! 何だよ、この細い腕は!」
確かに食は減ったが、そんなに痩せた覚えはないぞ。
だって仕方ないだろ。飯を食うには金が必要なんだ。
「お前、栄養失調」
「はあっ?」
「こんだけ細くなってりゃ、精神も乱れるし体力も続かない。まともな魔力供給なんて出来るわけないからな。そうですよね、エイルさん!」
珍しくライドがエイルにまで声を荒げる。
掃除をしていたエイルは、驚いたように目を丸くして俺に駆け寄った。
「た、確かに……青葉さん、痩せましたね」
「お前、本当は俺のことどうでもいいだろ」
「そ、そんなことは決して! でも、どうして急なダイエットなんか」
「してねぇわ!」
金がなくて飯が食えないんだよ。
「じゃあ、何? お前、百万リールあるじゃん。例の前金」
ああ、ホムンクルス依頼してきたエイルのクソ親父の金な。
「手つけてねぇよ。準備も出来てないのに使えるか」
というか、怖いから使いたくない。あの大金見るのも怖い。
「みんなでヤマネコ亭行くか」
だから、金ないんだってば。
「俺が奢る。ダチが弱ってんの見過ごせるか、馬鹿」
何こいつ、聖人?
俺だったら余裕で見捨ててるところなのに、お節介というか面倒見がいいというか。
俺達は、掃除もそこそこに終わらせるとヤマネコ亭へ向かう。
日が落ちかけていて、夕食時には丁度いいなんて思う。
そういえば、こんな大勢で食事って初めてか。
いつも一人で行ってたし。
たまにライドと行ったりはしてたけど、エイルやアニー、チビッ子のアイリとトーマとなんて行く機会なんてなかった。
そう考えると今夜の夕飯は少し楽しみのような気がした。
現実の世界で、いつも俺は家族が食事を終えたころに食ってたから基本一人だし、昼休みも一人。
加えてこの世界でも、ぼっち飯だから感覚がよくわからない。
まあ、食うもん一緒だから同じだとは思うのだが。
***
何故、食うもん一緒なのに楽しいのか意味が分からない。
久しぶりにまともなものが食べれたからか、気晴らしに馬鹿話が出来たからなのかどうかは分からない。
エイル達と別れ、俺はアトリエに向かっていた。
今夜はもしかしたら爆発しないで済みそうか、なんて思いながら。
「ただ、今後の金策をどうするか。焦るなって方が無理だろ」
首を傾げて考えられることをひたすらに考える。
久々に腹が膨れて浮足立ったか、考えすぎていたかは不明だ。
普段なら、気付く筈の背後から伸びる手に気付くことが出来なかった。
「――――っ!?」
後ろから口を塞がれ、路地裏に連れ込まれる。
しまった。錬金術師って珍しいんだっけ。
売られる。闇市で売られて奴隷として買われてしまう。
精いっぱいの抵抗で腰元のバッグに手を伸ばすが、その手も取られてしまう。
「大人しくしなさい。見つかるわよ」
「……っ!」
見つかるって何の話だ。
ていうか、女の声? あ、やばい。悪寒が……。
「あなたの魔力を喰いに来た魔物があなたのアトリエに向かってる。私についてきなさい」
魔物って、最初の頃にアニーに取り憑いてたやばい奴か。
もし、これ真実だったら死ぬよな、俺。
だけど、正体不明のこの女についていっても平気か。罠じゃないのか。
「…………」
二択しかないなら、此処は言うことを聞いておいた方がよさそうだ。
こいつ、あの魔物について何か知ってそうだし。
俺が頷くと、そいつは漸く解放してくれた。
どんなツラか拝んでやろうかと思ったが、黒いフードマントを被っていて見えない。
「お前……」
「早く来なさい。必要以上、触らないであげるから」
俺の女嫌いも知ってるし、魔物に狙われてるのも知ってる。
怪しすぎる。怪しすぎるが、ついていくしかない。
もしもの時は、錬金術で作っていたアイテムのストックがある。
それに頼るしかないだろう。




