深刻な歪み
俺は何てことをしたんだ。
アイリに続いてエイルまで誘拐してしまった俺の心の痛みは限界に達していた。
しかも事もあろうか、女。
女だぞ。何でこの俺がリスクを背負ってまで女を誘拐しなきゃならないんだ。
みんなから持て囃される錬金術師が下手したら指名手配犯になりかねない。
アイリは爺さんから人質みたいに誘拐したし、エイルに至っては屋敷に乗り込んで堂々と引っ張ってきたし。
あの親父に何言われても仕方ないな。
だけど、あのまま放っておくのはよくないし。
無性にムカついたんだよな。
というか、エイルは関係ねぇだろうが。
文句あるなら俺にして来いっての。
いやいや何言ってんの?
何で庇ってんだよ。あいつ等の親子関係に俺が首突っ込んでいいの?
エイルの事を考えると妙に必死になってる自分がいて、錬金術を見せつけるためとか知らないことを知りたいが故に会うなんて口実つけて、本心は別の所にあるんじゃないかと思ってしまう。
──本心?
何だ、それ。
俺、あいつに何か特別な感情でも抱いているわけ?
いやいや、ありえん。きっと召喚補正だ。
飼い慣らされた犬みたいに主人に好意を──
「ないない」
引きつった笑いで自分に言い聞かせる。
アトリエに辿り着き、エイルを椅子に座らせると俺は真っ先に準備に入った。
「青葉さん?」
「まだ見せてねぇだろ。俺の錬金術」
「え?」
エイルがきょとんと目を丸くするといきなり心配になった。
え、こいつが一番楽しみにしてんじゃないの?
俺の錬金術を見たいんじゃないの?
「私に見せてくれるんですか?」
「見せる気がなかったら、こんなこと言わねぇよ」
分かりきってること言うなよな。
「はい、楽しみです」
優しくも満面の笑顔でエイルは嬉しそうに頷いた。
「──っ」
似ている。俺はこの笑顔を知っている。
まずい。まずいぞ、これは。
胸の高鳴りが止まらなくて熱い。
召喚補正だというのは分かる。
だけど、この気持ちはまずいんだ。
「…………」
何がまずいの?
間違っても、俺がエイルに好意を持つなんてありえないだろ。
だって、こいつは俺を巻き込んだ全ての元凶で理想を人に押しつけるような迷惑な奴なんだぞ。
確かに顔は綺麗だが、綺麗だからって惚れるわけでもないし理由にならない。
謎だ。謎すぎる。また知らないことが増えてしまった。
このことは考えないようにしよう。
俺には他にやるべき事が沢山ある。
「ま、お前は座って待ってろよ。絶対に成功させてやる」
そう言って俺はレシピを取り、予め用意していた材料を分量と時間を見て錬金釜に入れ、蓋をする。
数分後、錬金釜に手をかけると目を伏せる。
俺の体から伝わる魔力が錬金釜へ流れ込み、光を帯びて、カタカタと体を揺さぶるように暴れていたそれは徐々に大人しくなり、まるでやかんのお湯が沸いたように湯気と共に音が鳴る。
そこで完成した。
蓋を開けると、香り豊かなチキンライスが出来上がっていた。
それと同じ要領で薄焼き卵とケチャップに似たソースも作り、出来上がる頃にはアトリエにその香りが漂う。
更に皿の上に綺麗な盛りつけをして、お子様ランチのような小さな旗をそれに刺した。
これが、こいつに作ってやりたかった最初の錬金術。
一番最初に適当に描いたけど作るまで此処までかかってしまったオムライスだ。
「ほら、食えよ」
エイルの目の前にオムライスが乗った皿とスプーンを置く。
お嬢様の口に合うかは別として、最高の出来だと自負している。
「これが、錬金術?」
驚いたような表情でスプーンを取り、エイルはオムライスを一口、口に入れた。
「美味しい。青葉さん、美味しいです!」
「そりゃ、どうも」
錬金釜を使っただけの料理だけどな。
釜で料理しなくてもいいように、今度キッチンとか作ってまともに料理するかな。
アトリエが狭くなるな。
錬金術に必要な道具や寝床、本棚その他でかなり狭いし。
アトリエを改装して少し広めにしたいな。
多分、エイルの親父から受けた依頼さえ完成すれば、広くしたり、部屋を増やしたり出来るかも。
流石に工事までは出来ないけど、建築の職人は町にいくらかいるし、依頼を出せば―――
「──さん。青葉さん!」
大きな声で名前を呼ばれ、我に返って顔を上げる。
考え事でエイルのことを忘れていた。
「これ、貰ってもいいですか?」
エイルの手にあるのは、オムライスの中央に刺した小さい旗。
爪楊枝ほどの大きさの竹串に紙を貼り付けたものだ。
「そんなもん欲しいのか?」
正直、飾りつけだから役目終わったらゴミにしかならねぇぞ。
「はい。とても可愛らしいので」
「まぁ、好きにしろよ」
物珍しいんだろうな。
確かにこの世界来てから、俺の作るものが物珍しく見られることが多くなった。
普段、食べていた煮物とかカレーとかは大人気で、食べ物の依頼がかなり多かった時期がある。
一時はヤマネコ亭のライバルとすら言われてミルヒに睨まれたこともあった。
あれ、料理って錬金術で作るもんだっけ。
やっぱりキッチン必要だな。
まぁ、それは後回しとして──
「本題に入るぞ」
ホムンクルスって何だ。
特殊な薬品か? それとも食べ物か?
だけど、命あるんだよな?
引っこ抜いたら悲鳴上げて死ぬアイテムとかじゃないよな。
「ホムンクルス……ですね」
エイルの表情が強張り、テーブルの上で拳を握った。
「この世界がおかしくなったのは二十年前になります。空が虚無に破壊され、その原因は未だ掴めませんが、その時から生物の理は歪んできました」
「歪み?」
生物の理って、動物が魔物化するような現象か?
それって人体も影響してるとか?
おいおい、それだと魔物大国になるぞ、この世界。
「動物達は凶暴と化し、多種族使えた魔力も減少。更に人間は環境悪化により魔力が枯れて死に至るものも多くなりました」
思ったよりも深刻な事態に陥ってるんだな、この世界。
人間が絶滅危惧種な理由は、魔力が枯れて体が弱って死ぬからか。
いや、待てよ。
それじゃあ、どうしてエイルやライド達は平気なんだ?
たまたま、生きてられるとかそんなんか。
「恐らく、時間の問題で私達も死んでしまうでしょう。特に女性の体は蝕まれています。この歪みにより女性は子孫を残す器官を失ってしまいました」
「え、それってつまり……」
女性器が働かないってことだよな。
つまり、子供が出来ない。
死ばかりが連鎖しているのに命を生み出せない。そういうことか。
「それ、やばくねぇか。だって全ての女が子供作れねぇってさ」
「はい。今、この世界に生存している者が消えれば、後に続く者はいません。空の全てが虚無に侵される前にもしかしたら、生物が絶滅する可能性があります」
「何でそんな大事なこと黙ってたんだよ!」
俺がそんな世界を救うなんてありえねぇだろ。どう救えって言うんだよ。
「そもそも、その話とホムンクルスの何が関係してんだよ」
ホムンクルスってのは、この世界を清浄するための何かか?
だけど、命作るって言ってたよな。それって何?
いずれにしてもそんなもん作れるわけがない。
予想出来ないからレシピも作れない。
「ホムンクルスとは、人と似て非なるもの。全ての見た目が人間と一緒ですが、老衰や多少の環境悪化くらいで死ぬということはありません」
「は? それって、人間の紛い物ってことか」
冗談じゃない。人間なんか作れるか。
いや、でもアイリが言ってた人間を作るって意味を考えれば辻褄が合うのか?
「ホムンクルスは人間ほどの無駄が無く、仕事も私達より的確にこなします。場合によっては、子供を産むことも――」
「やめろよっ!」
こいつ、頭おかしいんじゃないのか。
それってつまり、生まれる命をただ世界を維持するための道具にするってことだろ。
使われるために生まれる命なんて生み出しちゃ駄目だ。
何より、俺が後悔で押しつぶされる。
それがホムンクルスだっていうなら、そんなもの作れない。
禁忌に触れてしまう。そんな気がする。
「お気持ちはお察しします。ですが、作らなければあなたの身が」
そうだった。
この依頼に応えられなかったら、俺が殺されるんだ。
「でも……でも、俺はそんなこと」
目を泳がせる俺にエイルは息を吐いた。
流石に呆れたか。
そりゃ異世界からそれっぽい奴を連れてきても、そいつが本来の仕事をしないと意味がない。
「作れなかったら、俺は用済みになるんだな……」
「青葉さん?」
「無理だ。俺なんかが世界を救う? ほんと、笑えない冗談。世界もこんな俺に救われたくないだろ」
「あ、青葉さん? 一体、何を仰っているんですか?」
「触るんじゃねぇよ!」
エイルが伸ばした手を思いきり叩きつけて、やるせない思いのまま我に返る。
一気に血の気が引いた。
胸の中にどす黒い何かが渦巻いて、気がついたらエイルに当たっていた。
俺は怖いんだ。
一介の高校生である俺の本当の役割が命を作る行為なんて、そんなことをしたら後悔で押し潰される。
もし、失敗したらどうなるんだ。その命は。
「青葉さん……もしかして、環境悪化の干渉か何かを特別に感じてるのでは」
「何言ってんだよ。ちょっと取り乱しただけだろ。悪かったよ」
恐ろしいことをさらりと言うな。
これ以上、俺の精神に負担かけんなよ。いい加減、疲れる。
「色々ありすぎて疲れてんだ。今日は休ませてくれ」
「はい。あの、青葉さん」
「何だよ」
「明日も来ていいですか?」
少し不安げにエイルは俺を上目遣いで見る。
その作戦やめてくれ。本当に女ってのは凶悪な生き物だな。
来るなと言ってもこいつは来るんだろうな。
考えて答えを出すのも馬鹿らしい。
「勝手にしろよ」
本当に勝手にしろ。
俺の心中はお前に構ってやれるほど穏やかではないんでな。




