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最悪の依頼人

「あー、やる気おきねー」


 あれから数日が経った。

 俺は、ヤマネコ亭のカウンターで出されたアイスティーのストローを噛みながら、頬杖をついていた。


「なーに腐ってんのよ。そんなにショックでかかったの?」


 ミルヒが背後で俺の髪を弄りながら笑う。


「そりゃそうだろ。俺、神様でも何でもねぇのに、命作るなんてさ」


 あの後、俺はアイリから衝撃の事実を知らされた。

 俺が人を錬金術で作る。

 物凄く馬鹿らしい話だし、何より傲慢すぎる。


「そもそも人間作るってどういうことなんだよ。どうすりゃいいんだよ」


「エイルちゃんに聞いたらいいんじゃない?」


 何でそこでエイルの名前が出るんだよ。


「青葉を召喚したのってエイルちゃんなわけだし、全部知ってそうだよね。会いに行ってみたら?」


「何で俺が頭下げてあいつに頼まなきゃならねぇんだよ」


「いや、誰も頭下げろなんて言ってないから。この捻くれ者」


 捻くれ者で結構。

 何度でも言う。俺がエイルに会うのは錬金術を見せつける為だ。

 そもそもアイリやエイルの話なんか信用出来るか。

 女の口から出るんだ、俺をからかってるに決まってる。

 そう頑なに信じたくても俺の心に引っ掛かりが出る。

 人間を作ることで環境を再構築していく。

 死にかけの世界にとっては大切なことだ。

 人間は絶滅危惧種って話だしな。

 かと言って、ぶっ壊れた空を修復する解決策になるとは思えないんだが。


 町の外に出ると、基本的には野生動物がいるが、中には魔物化しているものもある。

 これは環境の悪化が関係しているらしく、人間達よりもずっと敏感な野生動物は空が虚無に侵されるたびに体内の異変を察知し、理性を失うのだという。

 もちろん、全てではない。

 そんな中で力強く生きている動物や町で暮らす異種族は、ちゃんと理性を保てているのだ。

 その見分けは残念なことに分からない。

 勘とかその辺の曖昧なものが頼りになる。


「おい、青葉!」


 奥にいたダンが怒り混じりに俺の名を呼んで声を荒げる。


「な、何だよ。そんな大声で」


 お前、図体でかいから尚更迫力あるんだよ。


「依頼期限が過ぎてる。一昨日だろ」


「え……? げっ!」


 そうだ、忘れてた。

 というか、アイリの件以来、受けるだけ受けてあんまり気にしてなかった。


「それから、昨日納品したものだ。品質が悪すぎてとてもじゃないが受け取れねぇってよ。もちろん、報酬もなしだ」


 嘘だろ。

 いや、待てよ。俺がそんな適当な仕事したのか。

 何かの間違いじゃないのか。


「何があったにせよ、このままじゃうちの信用もなくなっちまう。青葉」


 やばい。これはやばいぞ。


「悪いが、少しの間はお前に依頼を渡すことは出来ない」


 俺の金策が途絶えた。

 自業自得と言えばそうかもしれない。

 あの話が気になって他のことに手が着かなかったのは事実だ。


「悪い、ダン。そうだよな。少し、頭冷やすよ」


 こんな状態で仕事なんか出来るわけがなかったんだよな。


「青葉、収穫祭では楽しみにしてるからな」


 ああ、なんかそんなのもあったっけ。

 俺は出るつもりは毛頭ないけどな。


「青葉、いるっ?」


 そう言って息を切らし、ヤマネコ亭に入ってきたのはアニーだった。


「何だよ、うっせぇな」


 女の甲高い声は頭蓋骨にまで響くんだよ。


「何だよじゃないって! 魔導師協会の会長……エイルのお父さんがあんたを出せってうちに来てんのよ!」


「は? エイルの父親?」


 何故、あいつの親父が俺を訪ねて来るんだ?

 しかも魔導師協会の会長? 権力者?

 やっぱあいつってお嬢様だったのか。物腰から見れば分かるけどさ。


「かなり怒ってて、ライドとトーマが必死で抑えてんの! 商売出来ないでしょ!」


「いや、んなこと言われても俺が困る」


「べたべたに触ってやろうか?」


「よし、俺が行かないと始まらないな。さっさと行くぞ!」


 カウンターに飲食代を置き、俺は我先にとヤマネコ亭を出た。

 危なく死ぬところだった。

 べたべた触られることを予想したら鳥肌が立ち、恐怖が沸いた。

 くそ、何でこんなに女とのエンカウント率が高いんだ。

 男だらけってのもむさ苦しいが、女がこっちに絡むのは怖い。

 どうしてこう、俺はトラブルに巻き込まれやすいんだ。


 いや、この世界に召喚された時点で巻き込まれまくっているのだが。


***


 アニーに連れられてシデン堂に辿り着くと、金髪の厳つい男が入り口に立っていた。

 俺の頭一個分以上、でかい図体に圧倒される。

 何より目が怖い。

 めちゃくちゃ、怒っているのが分かる。


「貴様が錬金術師か。ふん、エイルもこんな貧弱な奴を召喚しおって」


「え、えーと……俺に何か?」


 この怒り加減から暴言吐かれるのは予想してたけど、やっぱりこの迫力は怖い。

 でかい図体に仁王立ち、更に鋭い眼光で睨まれて威圧されたら、そりゃビビりもするわ。


「見せてみろ」


「は?」


「貴様の錬金術でホムンクルスを一体作れ。依頼だ」


 ……ホムンクルスって何ですか。


「そのための錬金術師だろう。出来ないとは言わせないぞ」


「え、えーと?」


 だから、ホムンクルスって何?

 何か特殊な魔法アイテム?



「ホムンクルスって何すか?」



 ピンとした張り詰めた空気がその場を支配する。

 図体のでかいエイルの父親は足元が不安定といった様子で、壁に手をつく。


「そんなことも知らないとは、無能すぎる。あいつも何でこんなの召喚したんだ」


 無能だとか、こんなのだとか、ボコボコに罵られてる俺の頭の中が刺激され、怒りが沸いた。


「さっきから下手に出てりゃ、このくそ親父!」


「おい、青葉! やめろ!」


 ライドが俺の体を止めるように羽交い締めにする。


「協会長だか何だか知らねぇが、人のこと何だと思ってんだ! ああ、いいよ。作ってやるよ! ホムンクルスって奴をよ!」


 吠え面かかせてやるよ。

 声も出ないくらい高品質な商品として納品してくれるわ。


「ふっ」


 鼻で笑われた。これは煽ってんのか。

 ムカつく。すっげぇムカつくぞ、この親父。


「期限は三ヶ月だ」


 随分長いな。ナメてんのか。俺に対する挑戦か?


「収穫祭の準備もあるから余裕を持たせてやろう。だが、三ヶ月以内に作れない場合……生贄にする」


「生贄?」


 何の生贄だよ。

 脅しにしてはガキくさいというか、なんというか。


「異世界のイレギュラーだからな、様々な魔法実験に使えるだろう。もちろん、その場合は人間扱いなどしない。素材として扱い、最後は殺す」


「こっ……!」


 殺すってマジか。

 更に言うと、その前は非情な実験をされると?

 命懸けの依頼じゃねぇか、くそ。


「どうした、怖じ気づいたか? 成功する自信はないか?」


「くっ、くくく」


 あまりにもおかしすぎて笑いが込み上げる。

 堪えろって方が無理な相談だよな。

 俺、こういうこと真顔で言われると我慢ならねぇんだわ。


「自信がない? 馬鹿かよ、てめぇは」


 俺はこの世界の人間じゃなく、別の世界のただの高校生なんだよ。


「出来てみたら自信がつくだけで、作る前なんかちっとも自信ねぇよ!」


 威張ることではないが、全く自信がない。

 今回の依頼なんか拍車かけて不安だらけだっての。


「成る程、馬鹿だが天狗ってわけでもないか。では、楽しみにしてるぞ。精々、貴様自身が素材にならぬようにな」


 このおっさん、本当に俺の神経逆撫でするの上手いな。

 だが、ビジネスの話ならやっておかないといけない。

 ただでこんな仕事受けるわけがないだろ。


「報酬は? まさか金もないくせにでかいツラしてるわけじゃないだろ。こっちは命張ってんだ。それ相応の──」


「五百万リール出そう。前金は別として百万リール。合計で六百万リールだ」


 それってどんくらいのお金?

 何それ、多すぎてよく分からない。

 というか、前金までよこすのかよ。

 気前よすぎ。もしくは馬鹿にしてんのか。

 成功したときにトンズラするんじゃないだろうな。


「そんな大金口に出されて信用出来るか。そんくらい払えるって証拠を出せ」


「では、先に百万リール出そう」


 そう言っておっさんは、指を鳴らす。

 そこで瞬時に白髪白髭の執事姿の爺さんが現れ、手に持ったアタッシュケースを開く。


「百万リールでございます」


 そこには眩しい程の黄金が広がっていた。

 こんな量の金の山なんて初めて見た。

 成功したら更に五倍? 冗談だろ。


「まだ疑うか? 全く異世界の住民というのはこれだから好きになれん」


「え?」


 今の口振り……おかしくないか。

 異世界人が好きじゃないなんて、まるで俺以外も知ってるみたいじゃないか。


「おっさん、あんた……俺以外にも異世界から来たやつ知ってんのか?」


「……では、三ヶ月後。楽しみにしてるぞ、貧弱錬金術師」


 そう言って、おっさんは執事と一緒にその場から姿を消した。


「あ、こら! 人の質問に答えてから……って、誰が貧弱錬金術師だ!」


 凄く気になること言い残して去っていくな。

 しかも超重要ワード。俺以外にも異世界から来た奴がいる?

 そいつは錬金術師じゃないのか。というか、どこにいるんだよ。

 知ってたら、教えて欲しい。

 教えて貰ったから何ってわけでもないけど、帰るための有力な情報になるかもしれない。

 それなのに勝手に言いたい放題言って帰るとか何様だよ。

 ああ、権力様でしたっけ。腹立つな。


「青葉、お前な……あの人に口答えとか何考えてんだよ」


 盛大な溜息を吐いて、ライドは俺を拘束していた手を離した。


「まさか、魔導師協会のトップに喧嘩売るなんてさ。筋金入りの馬鹿なの? あの人がどれだけ偉いか、集落の外に出たことない僕でも知ってるよ」


 寧ろ喧嘩を売られたのは俺なんだが。


「しかも、お前があの人に逆らってとばっちり受けるのエイルさんなんだが?」


「え、何でエイルがそこで出るんだよ」


 そこでライドもトーマもアニーも呆れたように同時に溜息を吐く。


「駄目だ、こいつ」


「あんたの宿主は誰だっけ? 考えなさいよ」


「ポンコツ」


 どうしてこいつらにまで責められなきゃいけないんだ。

 一体、俺の何が悪いって言うんだよ。


「話、色々聞くにはエイルさんに会った方がいいだろ。ホムンクルスのこととかもさ」


「いや、でも卵が」


 俺の覚悟を踏みにじるようなことを言わないでくれ。

 俺は、あいつに最初出来なかった錬金術を見せるって心の中で決めたんだよ。

 それまでは会わないって誓ってんだ。


「ああ、そういやそうだったね。届けるつもりで忘れてたよ」


 トーマが店の奥へ行く。

 しかし、すぐに戻ってきて俺に木箱を渡した。そう、横幅が広い木箱を。

 開けて見ると、そこには茶色がかった白い卵が十個。


「どうせアイリじゃ出来ないだろうし。知り合いに頼んで持ってきてもらった」


「知り合いって、お前さっき集落出たことないって」


「うるさいな、どうでもいいだろ。いらないの?」


「あ、いるいる! 全力でいる!」


 これでやっと作れる。

 エイルに会う口実に使ってるわけじゃないぞ。

 仲直りするためでもない。そもそも喧嘩してないし。

 もののついでだ。

 錬金術を見せつけてやって、ついでにホムンクルスとか親父のこととか異世界の奴とか知ってること全部吐かせてやる。


 会いたいとか、そういう気持ちは一切ない。

 それだけは断言しておこう。

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