疎まれた子
ライドは集落を歩いていた。
アイリの勧めで別の家の風呂を借りることになったのだが、その人物は彼女の親友でトーマという少年らしい。
アイリの説明によると、今回の件で高熱をこじらせていた人物らしい。
集落から少し外れ。
他の家々より孤立した木造仕立ての小さな家の前に辿り着く。
「此処か」
コンコンと軽く家の扉をノックする。
少しした後、扉が開く音がした。
目に映ったのは、アイリと同い年くらいだろう。背の低い茶髪の少年だった。
しかし、目は何処か空虚で無表情。
これが、あのアイリの友人なのか。全く正反対じゃないかとライドは苦笑いした。
「何へらへら笑ってんの?」
成長期故、まだ声変わりしていない幼い声なのだがその声は暗く重いものだ。
「君が、トーマ君?」
根暗だなと思いながら苦笑いを崩せずにライドは尋ねた。
「そうだけど、あんたが錬金術師?」
「いや、俺はあいつの同行者だよ。ライドだ。ルーイエの武器屋で――」
「風呂だろ。さっさと入りなよ、臭いし。あと、入ったらすぐ出て行って」
全く歓迎しない……というよりも、煙たがっているように見える。
第一印象としては、根暗で可愛くない生意気な子供だった。
少し気には触れるが、あまりこの子を刺激してはいけないとライドは思った。
それは彼の生活臭から伺える。
日差しを避けるかのように閉められたカーテン、ベッドは布団がごちゃごちゃとしていて、テーブルの上も物で散乱している。
「なに?」
「あ、いや別に。んじゃ、風呂借りるな」
どうも気まずい空気に耐えられなくなったライドは、いそいそと浴室に向かおうとした。
「あんたの考えてること当ててやろうか?」
トーマの言葉にライドの足がぴたりと止まった。
「根暗で取っつきにくい子供。そもそも、この散らかりよう……親はどうしているんだ。って、ところかな」
言い当てられた。
全部お見通しと言わんばかりにトーマは淡々とそれを告げる。
「人間は同じ顔をするね。今まで来た奴らもそんな顔してたよ。どうしてそんなこと分かるんだと驚いて目を丸くする。つまらない」
「つまらないって、人をそう言うもんじゃないぞ。何が気に入らないか分からないけど──」
「人間って存在が気に入らない。それだけだよ」
ライドを睨み、吐き捨てるトーマは拳をぐっと握る。
青葉の女嫌いよりも酷い。
というより、人間を憎いと感じているようだ。
「説教するつもりはないけどさ、後で青葉に礼言っておけよ。お前だろ、熱出して倒れた奴って」
「お礼? 何で人間のわけのわからない奴にお礼しなきゃいけないわけ?」
捻くれた物言いのトーマにライドは眉根を寄せた。
「人間に何かされたのか」
トーマの背丈に合わせて屈むとライドの顔が強張る。
彼の容姿で少し気になる部分があった。
エルフ達は皆、種族の象徴である尖った耳をしているのに、トーマは人間と同じ丸い耳。
何故、人間がエルフの集落に?
そもそも、何故此処まで人間を嫌うのだろうか。
トーマは苦虫を噛み締めた様子で歯を食いしばった。
「あ、いや……話したくないならそれでいいよ。悪いな」
軽くトーマの頭を撫で、薄く笑うライドの腕が掴まれる。
「ハーフエルフって、いると思う?」
「ハーフエルフって、人間とエルフの混血ってことか? もしかして──」
「こんなの気味悪いだろ。だから、さっさと出ていけよ」
手を下ろし、背中を向けて俯くトーマを見てライドは溜息を吐いた。
彼が人間を嫌う理由。
いや、恐らくはエルフをも嫌っているだろう。
差別や迫害。だからこそ、集落の輪に入れずにいる。
家庭環境も何となくは想像出来る。
しかし──
「俺にとっては、知らない世界から来てわけのわからない力を使う奴の方が変だと思うぜ」
ライドのその言葉にぴくりとトーマの指先が動き、振り返る。
振り返った先には誰もいない。
既にライドは浴室へと行ってしまったらしい。
トーマは自らの耳に触れ、手を離すとベッドに寝転び、眉間に皺を寄せて訝しげな表情を浮かべた。
「──偽善者」
憎しみの篭もった声で呟き、枕に顔を埋めた。
このまま眠ってしまおう、そう思って目を伏せた時のことだった。
キィ、と木が擦れるような扉の音がしてトーマは顔を上げた。
「ノックもしないで人の家に――」
そこでトーマの表情が歪んだものに変わる。
包み込むようにトーマに影を落とした者は、複数。
刃渡り五センチ程のナイフの刀身に鏡のようにトーマの姿が映る。
恐怖で身体をカタカタと震わせるトーマの目に映ったのは、人間。
「ハーフエルフのガキか。成るほど、村の連中が言ったとおり生意気そうな根暗なガキだ。この様子だと親とかいねぇみたいだな」
「こいつを闇市で売れば相当な値がつくぜ。人間よりも絶滅危惧種ってか?」
ナイフを舐めて目を細め、下衆な笑みを浮かべる人間達は、怯えて後退りをするトーマの腕を取った。
「ひっ」
恐怖で小さな悲鳴が漏れる。
カチカチと歯を上下に噛み合わせて震わせ、目尻に涙が浮かぶ。これから何をされるのか想像がつく。
「た、助けて! 誰か、誰か――っがは!」
必死に助けを求め、声を上げるトーマに舌打ちをした男の一人は、その小さな体の腹部に膝蹴りをする。
「声がでけえんだよ、ガキが」
「ま、どんなに大声上げたところでエルフの野郎共は助けようなんて気は起きないだろうがな」
「そうそう。かえって厄介払い出来ると思うぜ。混血なんて気味悪いしな」
楽しそうにゲラゲラと男達は笑い、トーマの髪を乱暴に掴む。
「いっ!」
掴まれた痛みに顔を歪めたトーマは必死に離れようと抵抗する。
「あはははは! それで抵抗のつもりかよ。所詮は、ガキだな」
笑いながらトーマの髪を掴む男は逆の手で拳を振り上げる。
「なるほど。これは嫌いにもなるわな」
涼しそうな声と共に男とトーマを引き剥がすのは風呂場へいた筈のライドだった。
先程のトーマの悲鳴を聞いて急いで駆けつけたのだろう。その赤い髪やシャツは濡れている。
そして、その手にはマチェットが握られていた。
「今なら見逃してやる。失せろ」
語気を荒くして男達を睨むライドにトーマは目を丸くして呆けていた。
「何だ、テメェは」
ライドに負けず劣らずと男達は近付くと、ナイフの矛先を勢いよく向けてきた。
「見逃すって、言ってんだろうがよ!」
ナイフをマチェットで受け止めたライドはそのまま男を蹴り倒すと、男は扉ごと外に吹っ飛んだ。
「二度とツラ見せんじゃねぇ」
ライドのその言葉に肝が冷えたのか、男達は慌てて逃げるように走り去った。
やれやれと溜息を吐き、ライドは振り返る。
そこには、見事に破壊された木製の扉があった。
「あちゃー、これは酷いことしたな。悪い、すぐに直すから。立てるか?」
頭を掻いて苦笑いをするライドが座り込んだトーマに手を差し伸べると、トーマの肩がびくっと震えた。
「こういうこと、初めてじゃないのか?」
ライドの問いにトーマは小さく頷く。
「何度も来た。風転石を手に入れた人間達が此処へ来て、殺されそうになったこともある」
「村のエルフ達は?」
「お構いなしだよ。混血の僕を嫌ってる。僕がいなくなったら喜ぶんだ。悲しむのはきっとアイリだけ」
膝を抱えて俯き、トーマは嗚咽を上げる。
こんな小さい子供を物として扱う醜悪な人間達に見て見ぬ振りをする村のエルフ達。
仲間ではないのか。
どんな事情があるとしても、こんな子供を放っておく村の者達に怒りが沸いた。
放っておけない。また、奴らが来る可能性はゼロではない。
いずれ、トーマは売られてしまうか殺される。
そんなことは絶対に許されない。
「トーマ、俺達と行こう」
「え……?」
「ルーイエで暮らそう。俺の家の部屋の空きはあるし、町の奴らなら危害を加えない」
「無理だよ。僕が混血だって知ったら……っていうか、気持ち悪くないの? 僕は人間でもエルフでもないんだよ」
「何で気持ち悪いんだよ。そんな小さいこと気にする奴なんかいないって」
「小さくなんか……」
「何かあっても俺が責任持つって」
トーマの頭を撫でてライドは、歯を見せて笑う。
「うん……」
このまま此処にいて殺されるくらいなら、いっそ彼についていった方がいいのかもしれない。
信用するのは怖い。
もし、彼が自分を裏切るようなことがあれば、その時は―――
「準備するからちょっと待ってて。その間にちゃんと流してきなよ」
「おう」
笑顔を向けたままライドが浴室へ向かい、扉が閉められると、トーマは引き出しを開けて小振りのナイフを取り出した。
「裏切ったら、絶対に許さない」
ナイフを懐に忍ばせ、浴室を見た。
簡単に信用出来ない。
人間なんか信用出来るわけがない。
その疑念を胸中に収めながら壁にかかったマントを身に纏った。
トーマが簡単に心を開くわけがない。
そう感じていたライドは、シャワーを全身に浴びて俯いていた。
「思い知らせる必要があるかもな……」
小さく呟いたその言葉は、勢いを増す水音に掻き消された。




