錬金術禁止令
「青葉さんの様子はどうですか?」
アイリはシデン堂のカウンターでライドに尋ねる。
あの後、気を失った青葉を運ぶべく町までライドを呼んだ。
ライド達が戻ってきた頃にアニーは憤慨していたが、気を失っている青葉に言葉は届かずにアトリエでゆっくり休ませることにしたのだ。
あれから一晩経ち、アイリは再び店にやってきた。
「一応、魔力回復薬は使った。今朝方、顔色も良くなったみたいだよ」
「……良かった」
少しだけ笑顔になるものの、すぐに思い詰めた表情でアイリは胸元で拳を作る。
「私のせいです。私が青葉さんに頼りっきりで」
「それは違うな。あいつはあいつの意志で慢心してアイテムを使いまくった。人の忠告も無視したんだ、自業自得ってやつだよ」
アイリを見ず、雑誌に目を向けていたライドの言葉は、少し突き放すような言い方だった。
「あそこにいたのがチンピラで良かったけど、魔物なんかいたら死んでいたよ。アイテムさえあれば大丈夫だと慢心して、気付いたら手遅れ。それが今回の結果だ」
「そんな……」
「学ぶことが多かったかもな。これで暫くは錬金術の使いどころも―――」
ライドが言いかけたところで、チリンチリンと入り口扉の鈴の音が鳴る。
店の中に入った人物は、白い液体と薄い桃色の花びらが入った小瓶をアイリに渡した。
「青葉さん、これ……」
小瓶を受け取り、目を大きく見開いたアイリに対し、来客である青葉が口元に笑みを浮かべる。
「品質に自信はあるが、どこまで効くかわかんねぇぞ」
「じゃあ、これって……!」
「早く友達のとこ行ってやれよ。俺の仕事はここまでだ」
「ありがとうございます、青葉さん。このお礼は絶対にします」
ぎゅっと小瓶を抱きしめ、頭を下げるとアイリは店を飛び出して走り去った。
足音が遠のくと、青葉はライドに目を向ける。
「悪い。世話になったな」
「お前、懲りてないな。昨日、自分の身に何あったか覚えてないのか」
「仕方ねぇだろ、一刻を争うみたいだしよ」
「ったく、お前なあ……」
呆れたようにライドは溜息ひとつ吐き、頭を搔いた。
雑誌をカウンターの下にしまい、扉の先を見る。
「一緒に行かなくていいのか」
「何が悲しくて女と行動しなきゃいけねぇんだよ。依頼は終了。もう少ししたら報酬取りに行くよ」
あくまで冷静を装うが、どうも青葉の様子がおかしい。
そわそわしていて、待ちきれないという様子で目を泳がせていた。
「青葉、少し落ち着け」
「えっ? お、俺は落ち着いてるぞ。報酬は、まぁ……早く欲しいけど」
「そんで、エイルさんに早く会いたい、と」
「違う。そうじゃない! いや、会いたいことは会いたいんだけどさ、あいつの目の前で錬金術をだな……最初のオムライスを作ってやろうって思ってんだよ。その後のことは知らないけど、目標が近くなってんだよ。だから──」
「青葉、魔力は無限じゃない。それだけは言っておくぞ」
ライドは真面目な表情で釘を刺すように青葉の目を見て話すと、当の青葉も顔が強張り頷いた。
「二度とあんなヘマはしねぇよ。だから、魔力回復薬買いに来たんだけど……アニーは?」
「多分、中央広場にいると思うぜ。イベントも近いし」
「イベント?」
訝しげに眉を寄せて青葉は疑問を投げかける。
「お前、広場の掲示板チェックしとけよな。町を上げて収穫祭やるんだ。アニーはその手伝い。近いうち、お前にも声かかると思うぜ」
「祭りか。苦手なんだよな、そういうの」
憂鬱そうに青葉は溜息を吐いてカウンターに頬杖をつく。
集団行動やら団結力やらそういった群れるのが嫌いな青葉にとって、祭りというものは面白いものではなかった。
何しろ、祭りとやらは青葉曰く女の密度が高い。
故に避けたい部分でもある。
「それ、強制参加なのか」
「強制ってか出て欲しいって感じだな。お前はどっちかっていうと店出す方だと思うし」
「女の客来たらどうすんだよ」
「ま、その時は免疫つけたらいいじゃん。普通の健全な男子は女の子が来てくれると喜ぶもんだぞ」
「健全じゃなくて悪かったな。ああ、それはそうと」
青葉は鞄から金や銀のインゴットを取り出し、カウンターの上に置く。
「頼まれてた素材、渡すの忘れてた。今の俺じゃどうしても普通の奴しか作れねぇみたいだ。金属類の素材はやっぱり難しいよ」
苦笑いを浮かべ、青葉は肩を落とす。
しかし、ライドはインゴットを手にして驚いたように目を丸くする。
何度も何度も触り心地を確かめ、あらゆる角度から光を当てた。
「……完璧だ」
ぽつりと呟いた言葉に青葉は、疑問を抱いたようにライドを見据える。
そして、ライドはカウンター越しに青葉の両肩を掴む。
「流石は錬金術師! この触り心地に重さ、品質も形も文句なしだ。並の加工じゃこうはいかないぜ」
上機嫌に笑うライドにやや引き気味に青葉は頬を引き攣らせる。
流石は装備品マニアといったところか、金属に頬擦りをしているその光景は異様だ。
「あ、でもあんまり魔力使うなよ。回復薬無いとまた倒れるぞ」
「その話だけどさ、さっきの話には続きがあるんだよ。買い物に来た理由」
「ふむ」
「魔力回復薬作ろうと思うんだけど、作るにも見本無いとレシピ描くに描けないんだ。現物買いに来たんだけど、店員がいねぇんだもんな」
「ああ、じゃあ俺が売るよ。俺の店でもあるしな」
そう言うや否やライドは店の奥へ向かった。
一人っきりになった青葉は、ライドが向かった奥の部屋をそっと覗き込む。
棚には薬品やハーブなどの売り物と図鑑が所狭しと並んでいた。
「えーと」
部屋中見渡し、中々目標物に辿り着けないライドは首を傾げる。
この様子だと、アニーが帰宅する方が早い。
「ライド、また後で来るよ」
「すまん、その方いいかもな」
苦笑いを浮かべて頭を掻くライドを見た青葉は深い溜息を吐いた。
本当にこの男は装備品以外は駄目らしい。
「ただ、回復薬を手に入れるまで錬金術禁止だ。いいな?」
「わ、分かってるよ」
つい口篭もる青葉だが、ライドは疑うようにそれをじっと見た。
アトリエに戻したら間違いなく青葉は錬金術の勉強に入るだろう。
直接の依頼としてアトリエを訪ねる者も少なくない。
もしかしたら、このまま一人でエルフの集落にも行きかねない。
本人は気付いてないが、あまりにも無謀な性格だ。
友人として放ってはおけないライドは溜息を吐いた。
「一時閉店だな」
ライドが呟くと、外にある看板を中に入れ、扉のプレートをひっくり返し、店仕舞いをする。
「俺も行くぞ、エルフの集落にな」
腰に剣を携えたライドが真顔で青葉に詰め寄る。
「安心しろ。気休め程度の回復薬は手元にある。外に出たらまた調子に乗ってアイテムを使いまくりの作りまくりそうだからな。俺がお前にアイテム使わせないくらいの努力はするさ。それに俺、剣の方も中々やるんだぜ? 素材集めに遭遇した三つの頭があるモンスターとだって──」
饒舌になるライドを見たまま、青葉は硬直していた。
何でも自分で出来ると自惚れた結果、装備品マニアを護衛につけるのだから、並の冒険者を雇うより少し不安になった。
そして彼も彼で調子に乗っているのか、自分の戦闘能力の自慢を延々としている。
「大丈夫か、これ」
一抹の不安を抱えながら、青葉はライドの言葉に従うことにした。




