サニー湿原にて~後編~
ぬかるみを避けて真っ直ぐに歩いた先にあるのは洞窟だった。
これがゲームの世界とかなら奥地に目的のものとかがあって、なご都合主義に駆られるわけだが。
そうなることを祈りたい。
不思議なことにこの洞窟は湿原とは桁違いに、じっとりとした湿気が漂う。
此処まで肌がべたつく感覚は味わったことがない。酷い梅雨もこんなに湿度は高くない。
「条件は合っているがな」
湿度の高い場所に咲く億年草。
これほど湿気が多い洞窟に咲いてあったとしても何ら不思議ではない。
あとは運次第なのだが。
レアということは、条件が揃ったところで咲いているとは限らない。
蕾のままかもしれないし、誰かに奪われた後かもしれない。
品質が最悪となれば良い薬は作れない。
「どうしましょう? 中、真っ暗ですよ?」
「別に暗さは問題じゃねぇだろ。ほら」
アイリに銀色のブレスレットを渡す。
懐中電灯みたいなもので、広範囲に光を広げられる。
明暗の段階は三段階。勿論、オンオフ機能つき。
俺の知識も活かせるナイスなアイテムだ。
自分でもこんなもんが作れるなんて思わなかったよ。
「ありがとうございます! 青葉さんの鞄って魔法みたいですね」
「俺は魔法使えねぇからこいつも魔法じゃない。単に物突っ込んでるだけだ」
ちゃんと採取のことも考えて最小限に抑えているが中々難しい。
今度、鞄の中の収納について考えてみるか。
光を頼りに俺達は 奥へと進む。
「わぁ……」
暗い湿った中で小さな花々が咲いていて、アイリは感嘆の息を漏らす。
確かにこの小さな花畑は心を安らかにさせる。
レア素材じゃないのかよ。
こんなに咲いているなんてよっぽど運がいいのか、それとも似た品種の紛い物とか。
いや、近くで見ると分かる。図鑑の花と一致している。
少し多めに採取していきたいが、それはやめとこう。
必要ならまた取りに来ればいいだけの話だ。
今必要外に採取しても、劣化するだけだからな。
「さて……」
ジャケットの内ポケットから目薬ほどの小さな容器を取り出し、蓋を開ける。
「それは?」
アイリが首を傾げると、俺は億年草に一滴だけ容器の中の液体を落とす。
花に液体が一粒下りると、白い光が輝いて、光が膜を作り花を包み込む。
「傷知らずの雫ってやつで、品質を保つための薬。採取をしてると戻るまで傷んだりする可能性があるからな」
「なるほど。流石は錬金術師様ですね」
「物作ってナンボの錬金術師だろ。素材集めに必要だと思ってやってるだけだ」
億年草を鞄にしまい、ぶっきらぼうに俺が言い放つと、アイリは苦笑いを浮かべる。
だが、これで終わりじゃない。
「いつまでこそこそしてるつもりだ」
目に見えない誰かに声をかける。
いい加減、俺のイラつきも限界に近い。
気が散って採取も落ち着いて出来ないざわつきに不快感を感じる。
「中々、勘のいいガキじゃねぇか」
物陰から出て来たのは、ゲスな笑みを浮かべた二人組。
褐色の肌に獣の尻尾。耳は尖っていて鋭利な角が生えている。
さっきから感じていた……いや、昨日のヤマネコ亭から感じていた嫌な視線はこいつらだ。
「何の用だ」
俺が二人組を睨むとそいつらは、気持ちの悪い笑みを浮かべて近付いて来る。
俺とアイリはそれに距離を置くため、後退りをした。
「なぁに、俺達についてきてくれればいいだけさ」
つまりは売りに行くってことか。
昨日のリザードマンも俺を売ったら金になるとか言ってたな。
それを聞き逃さずに様子を伺ってたってわけか。
加えてアイリはエルフの女だ。
魔法を主とするこの世界で労働させるにはそこそこの魔法が使えるエルフは良い働き手だ。
そういう意味で安くはないのかもしれない。
「俺達二人でいくらになる?」
俺の言葉に二人組は、見直したとでもいうように息を吐く。
「馬鹿ってわけじゃねぇみてぇだな。だがよ、可愛げのない商品は値が少し下がっちまう」
「お前ら売れば二千万リールは貰える。錬金術師様は顔も良いからな、なるべくは傷付けたくないわけよ」
馬鹿はお前らだ。
何でそんなにペラペラと口が働くんだ。
その情報、俺達に与えて大人しくなると思ってんのか。
「なるほど、馬鹿はそっちみてぇだな」
腰に下げている剣を抜き、懐から出した淡い緑色の液体が入った瓶の中身を一滴、刀身に落とす。
「生憎とこっちは急いでるんだよ」
緑色に発光した剣を構え、二人のいる軌道へと滑るように走り、剣を振るう。
一回。
二回。
三回。
更には、剣を箒のように扱い、回転斬りをする。
スピードに特化した風属性の剣術がこれだ。
身体が振り回される感覚がするものの、やっぱり手に馴染むものがあってゲームやアニメで見るモーションか再現出来るこの動きに僅か高揚感が沸く。
トドメに空気をクロスに斬ると、そこで勝負は決した。
かと言って、奴らの命を断ったわけではない。
断ったのは、奴らの上半身の服。そこからナイフや爆弾、薬の瓶が落ちる。
「随分、物騒なもん持ってるな」
明らかに抵抗したら殺すとでも言いたげな危険物の数々。
こんな奴らが丸腰なわけがない。
隠すとしたら、見えない場所。普通に考えたら服の中だ。
俺も色々仕込んでるし。
くるりと剣を回して、二人組に刀身を向ける。
「ひっ……」
座り込んだ二人組は、頬を引きつらせて後退りをする。
「で、どうすんだ? 俺はそこまで優しい人間じゃねぇぞ」
事実として、俺は気が長くない。
「く、くそ……覚えてろよ!」
腰を引いて慌てて奴らが逃げると、それを追うことはせず、鞘に剣を戻した。
「ったく、無駄な時間だったな。ほれ、行くぞ」
アイリに振り返らず、来た道を戻ろうとした所で服の裾を引っ張られる。
「おい、何やって」
そこで俺の思考は停止した。
胸に飛び込んだ温かい感触。それと同時に俺の背中に悪寒が走る。
「ぎゃあああああ!」
俺の断末魔の悲鳴が洞窟内に響く。
「っく、ひっ……ひくっ」
アイリが俺に抱きつきながら、愚図っていた。
恐らく、先程の二人組に恐怖したのだろう。
身体が小刻みに震えていた。
そして、俺の体もマナーモード。
女に抱き締められる恐怖感に震えていた。
「青葉さん、青葉さん……! 怖かった。怖かったです……」
涙をぼろぼろと流し、アイリは俺に縋りつく。
俺は現在進行形で恐怖を感じてるよ。お前にな!
確かにさっきの出来事はガキには、きつかったかもしれない。
厳ついゲス野郎共から売るとか何とかって言葉が出て、俺がそいつらに刃を向け、更には奴らの懐から物騒なもん出て来るし。怖くて当然か。
てか、何で俺がこんなに馴染んでいるんだよ。
この世界の奴より異世界人が馴染んでるっておかしくね?
「離れろよ! 俺よりも、元気になった友達にでも泣きついてろ」
そこでアイリの涙が止まる。
「俺が治してやるから、それまで泣くな!」
そして早く卵をよこせ。
あれがないとあいつを気にしている自分に腹立って仕方ないんだよ。
何で俺があいつを気にしないといけないんだ。
ああ、そうだ。多少の罪悪感があるからだよ畜生。
この心のわだかまりさえ何とかなれば、あんな女どうでもいい。
「え……?」
そう信じて意気込んだ所で、頭の中がぐらりと揺れ、俺の身体は傾いて地面に伏せる。
「青葉さん!?」
あれ、体が動かない。
そうだ、此処に来てからずっとアイテム使いっぱなしだっけ。
しかも、俺の魔力を使った錬金術だから魔力同士が共鳴して消費するってアニーが前に言ってたな。
そうか、あいつが回復アイテム持っていけってそういうことかよ。
普通の奴より魔力消費が激しいから持っていけって最初からそう言えよ。
「俺の、慢心か……」
小さく呟いた後、俺の身体から力が抜け、意識は暗い闇に閉ざされていった。




