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(七)航空騎兵・前編

 イオキベが、かつてスズ・オラシオン大尉の教官(メンター)であり、近衛大隊(ブルー・ナイト)所属の大尉であったことに驚くノリト。

 翌朝、近衛大隊に悪感情を持つ討竜部隊(レッド・ハウンド)のオラシオン小隊は、固い態度でイオキベとノリトを待ち受けるが、朝食は和やかに終わる。あっという間に集団(コミュニティ)に溶け込めるイオキベの独特のノリと、オラシオン大尉の気遣いに内心で舌を巻く少年。

 オラシオン小隊に受け入れられたノリトとイオキベは、昨晩締結した契約(コントラクト)に従い、二人が搬送してきた航空騎兵(エアランサー)整備(チューン)封印(モスボール)された旧型航空騎兵(オールドタイプ)復元(リストア)と、小隊の航空訓練(トレイニング)への協力を開始する。

『……くそっ! 振り切れんっ!』

『へっへっへー』


 有線通信(いとでんわ)越しに、アウダース・ゼール中尉の荒い声と、パーセウス・イオキベの余裕の笑い声が交錯する。


「大した腕ですよ、イオキベさん(あのひと)……」

「うるさい! 退役騎兵(ロートル)に、いいようにやられてたまるか!」


 2番機の前部座席(フロントシート)で懸命に制御基盤(コンソール)を操作するアウダースが怒鳴る。後部座席リアシートのソブリオ・フェルマー少尉は、その怒声に肩をすくめた。


 天頂(ゼニス)に向かう太陽の角度はおよそ40度、朝方の青に染まった絶床空間を切り裂くように、2つの機影が「追い掛けっこ(プレイング・タグ)」をしていた。前を逃げる2番機の操縦手(ライダー)はアウダース、後ろから追う3番機操縦手(ライダー)はイオキベだ。


 2つの機体は今、長さ300メートルの細い光神経線維(ニューロファイバー)で結ばれていた。15分の制限時間内に、後続機を振り切って光神経線維(ニューロファイバー)を切ることが出来れば先行機の勝ち、先行機を追い続けて光神経線維(ニューロファイバー)の接続を保つことが出来れば後続機の勝ちだ。


 禁止事項(プロヒビット)は2つだけ――人型機動形式(ジュブナイル・モード)にはならないこと、機体間距離(ディスタンス)以外の方法で光神経線維(ニューロファイバー)を切らないこと――新人騎兵(リクルート)に対して良く行われるこの訓練は、その体裁の通り、追従飛行訓練(おいかけっこ)と呼ばれていた。


『へっへっへー、追いついちゃうよーん?』

『この野郎!……』


 本来なら先行機に教官、後続機に新兵が乗り、教官の航空技術(マニューバ)を新兵に学ばせるための追従飛行訓練だが、イオキベの後続機がぴったりとアウダースの先行機を追っている現状、立場はまるで逆のように感じられた。イオキベの航空技術を試すつもりだったアウダースにとっては、その意図を逆手に取られたように思えた。


 急旋回(ブレイク)斜め上方宙返り(シャンデル)斜め下方宙返り(スライスバック)急上昇急旋回急降下(ハイ・ヨーヨー)宙返り(ループ)と思わせてからの宙頂点姿勢回転(インメルマンターン)……アウダースの駆使するあらゆる空中機動(マニューバ)に、イオキベは付いてくる。そのたびに有線通信(いとでんわ)から聞こえる余裕の笑い声にいらつく。


『へっへっへー』

『うわ、ひぃぃぃ……!』


 3番機の後部座席(リアシート)に座らせられているレーニス・ウルゼン少尉が、いちいち悲鳴を上げるのも気に障る。


『レーニス! 貴様、これ以上、喚いたらぶっ飛ばすぞ!』

『そうは言っても中尉、この機動は、ひぃぃぃ!』

『こ、この野郎!』

『まあまあ、そういうことは、俺を振り切ってから言えよ~』

『まだ、まだこれからだぞ! イオキベ!』

『うひょひょ……』


 激しい追跡劇(チェイス)と絡み合うように、有線通話(いとでんわ)を通じて会話が行き交う。この会話が続けられるうちは、アウダースの勝ちは無い。


「ほんとムカつく野郎だな!……」

「あと5分です」


 残り時間を告げて、ソブリオが肩をすくめる。


「たった300メートルだぞ! 通常の3分の1の距離で、何で振り切れん!」


 普段、新兵相手(リクルート)なら、追従飛行訓練(おいかけっこ)は1千メートルの距離を取って行われる。後続機が操作を誤った場合、衝突の危険があるからだ。


 それ(・・)を300メートルにしようと言い出したのは、アウダースの方だった。


 イオキベに対して重圧(プレッシャー)を掛けるつもりだったが、相手がそれに乗ったことも、こうして10分以上も追われ続けていることも、まったくの想定外だった。


「さすが大尉(キャプテン)の元教官(メンター)、というところですか」

「あの野郎、絶対に腕立て伏せ(プッシュアップ)させてやる!」


 ソブリオの冷静な解説に、2番機の操縦席(コクピット)をアウダースの怒声が満たした。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「うわ~、すっごいですねぇ」


 ベネトナシュ空域基地(ベース)の広い滑走路(ランウェイ)の片隅に体育座りをして、遥か前方の上空を眺めながら、トゥシェ・ドゥルキス少尉は言葉を漏らした。


 ここからはほとんど点のようにしか見えないが、2機の航空騎兵は、時折その機体を赤く煌めかせながら、絶床世界の青を激しく切り裂いている。


「負けた方は腕立て伏せ(プッシュアップ)500回だってさ……どっちが勝つかな」


 彼女の隣で、同じく体育座りをしたラソン・スピーア少尉が言う。彼もまた、その目を糸のように細め、2番機と3番機の追従飛行訓練(おいかけっこ)を眺めていた。黄色く染めた髪が陽光に眩しい。


「アウダース中尉でしょ、さすがに」


 栗色の瞳を好奇心に淡く輝かせながら、トゥシェが答える。


「はいはい、トゥシェ、腹筋運動(シットアップ)、まだ残り2セットよ」

「はーい……」


 スズ・オラシオン大尉に促され、トゥシェは渋々、体力訓練(フィジカル)に戻る。


 三人とも騎兵服(スーツ)ではなく、陸上訓練用薄着(トレーニングウェア)に着替えていた。騎兵服のままだと、さすがに全身を使った運動はしづらい。もっとも、陸上訓練用とはいえ、基調色(デフォルト)は赤、騎兵服に比べて防護性能が劣るぐらいで、機能高分子繊維(スパイバー)で出来たそれ(・・)は吸汗性や代謝性に優れ、同じく全身にぴったりと適合(フィット)する。


「隊長はどちらが勝つと思いますか?」


 先に訓練工程(メニュー)を終えているラソンが、同じく体力訓練(フィジカル)を済ませた、黒髪の彼女に尋ねた。その問い掛けに、長い髪をお団子(シニヨン)にまとめたスズは、白い肌に浮いた玉のような汗を高吸収性手拭(スポーツタオル)で拭いつつ、飛行訓練中の2機に目を向ける。


「そうね……よほど運が悪くなければ」

「運が悪くなければ?」


 済んだ水色の瞳が、絶床世界を駆ける2つの機影を、眩しそうに見つめる。


「イオキベさんが勝つでしょうね」


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……あの野郎には負けん!」


 アウダースは全神経を集中させると、重力制御(グラヴィ・コン)プラズマ推進(スラスター)を同調させ、両翼を急制御、思い切り機首を上げた。


 ほぼ直角に天頂を向いた機体が、いきなり急上昇して失速、絶床空間の真ん中で、立ち止まったようになる。


全速急上昇全停止(ハンマーヘッド)……!?」


 2番機後部座席(リアシート)のソブリオが声を上げた。


 突然の荒業(ダイナミック)に、加圧感知器(グラヴィセンス)でも制御しきれない慣性力(モーメント)操縦席(コクピット)を揺らし、彼の銀色の前髪が防護兜(ヘルメット)の中で踊る。


 普通なら、訓練中に行う空戦技術(マニューバ)では無い。まして、わずか300メートル後を3番機が追っている状況では、驚いたイオキベが操縦(コントロール)を誤れば、即座に追突されてもおかしくなかった。


「どうだ……!」


 アウダースは自身の虚像把握(IF)を確認した。


 亜音速で飛行中の3番機は、一瞬で2番機の足元を行き過ぎる――はずだった。


(なん……だと!?)


 アウダースは驚愕した。


 イオキベの操る3番機は、アウダースの2番機と等速かつ等間隔コンスタント・アンド・イコールを保ちながら、同じく全速急上昇全停止(ハンマーヘッド)を行い、2番機の下方300メートルのところで静止していた。


「信じられない……」


 ソブリオがそう呟いた時、アウダースは自分の誤操作(ミス)に気づいた。


 2番機は重力制御(グラヴィ・コン)プラズマ推進(スラスター)の同調を乱し、機体制御不能(アンコントロール)に陥ろうとしていた。急制動(ブレーキ)に回した両翼は空気抵抗(エア・ドラッグ)を失い、揚力(リフト)に頼ることもできない。


 ――全速急上昇全停止(ハンマーヘッド)の直後に逃してはならない、失速(ストール)から機体を立て直す瞬間(タイミング)を、彼は逃してしまっていた――このまま飛行形態(フライト・モード)を維持しては、完全失速しての墜落(ディープ・ストール)は免れない。


「くっ……!」


 歯噛みをして、アウダースは即座に形態変更(オルタナティブ)を選択した。


 2番機は瞬時に人型機動形態(ジュブナイル・モード)に移行、その変形によって機体に慣性を発生させることで失速(ストール)から僅かに回復。同時に、両足(グリーヴ)に変化した推進機(スラスター)を吹かしつつ、両腕の盾(シールド)を広げて空気抵抗(エア・ドラッグ)を捕え、滑空(サーフィン)する。


 重力制御グラヴィ・コンで機体を水平方向に安定(スタビライズ)させられる数瞬を稼いだ頃には、光神経線維(ニューロファイバー)が切断されるノイズが、脳裏を走り去っていた――人型形態(ジュブナイル・モード)になった時点で、アウダースの負けだった。


 アウダースの首筋を、冷や汗が流れていた。


「危なかった……」


 ソブリオが思わず、ため息と共に漏らした一言が、彼の自尊心(プライド)をいっそう傷つけた。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……いやぁ、助かった助かった。体力訓練(フィジカル)とか冗談じゃないよ」


 涼しい第一格納庫(ハンガー)の中で、整備中の航空騎兵(エアランサー)を前に意味もなく仁王立ち(フル・ハイト)しつつ、アンテット・クライシ少尉は満面の笑みを浮かべている。緩やかに腰まで波打つ金髪を、今は後頭部で総髪(ポニーテール)にしていた。金色の流れを留める真っ赤な布製髪飾り(シュシュ)が、赤茶色の瞳と褐色の肌に良く似合っている。


「あの、クライシ少尉も手伝ってください」


 そんな彼女に、整備中の機体背部にしゃがみ込んで作業中のノリト・オシロスコフが、上からおずおずと声を掛けた。さすがに肌着のままでは居られないので、濃緑色の整備服(オーバーオール)を借りて身に着けてはいるが、彼にはちょっと大きい。


名前を呼び捨て(アンテット)でいいよ、あんたは民間人(オーディナリ)なんだしさ」


 よいしょ、という掛け声と共に、アンテットが梯子(タラップ)を伝って機体背部に上がってくる。彼女は朝食時と同じ、討竜部隊(レッド・ハウンド)の赤い騎兵服(スーツ)のままだ。豊かな胸が揺れるのが目に付いて、少年は慌てて視線を逸らした。


「だってさ、航空訓練(フライト)ならまだしも、体力訓練(フィジカル)だよ? ここ数日は夏期間(サマー)って予報が出てんのに、外で腕立て伏せ(プッシュアップ)とかやってらんない」

「はぁ……」


 あまりに正直な物言いに、ノリトは回答に困る。


「そんで、ここからはどうすんだっけ?」

「あ、はい、内部骨格(スケルトン)は正常確認できたので、次は動力系(エンジン)神経系(ナーヴ)を見ます」

了解(ラジャー)。とりあえず、接源測定器(オシロスコープ)をつなげりゃいいのね」


 褐色の彼女は、勢いよくしゃがみ込むと、後部背面から突き出た制御系統(マスタリ・システム)に、手際よく接源測定器(オシロスコープ)の配線を始めた。少年はまたも、目のやり場に困る。


「手馴れてるんですね」


 手元の接源測定器の設定(セッティング)に集中し、できるだけ視線を上げないようにしながら、ノリトは尋ねた。


「あはは、オラシオン大尉の躾の賜物(ディシプリン)ってやつ? 機体チェックぐらいは手前でやれるように仕込まれたよ。まあ、あん人の方があたしより年下だけどさ」


 あっけらかんと笑って、アンテットが答える。


 ほいっ、と渡された配線を受け取って、制御系統(マスタリ・システム)から機体背面前部の動力系(エンジン)まで繋げるべく、少年は赤茶けた航空騎兵(エアランサー)の背部で腰を上げた。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ノリトは今、イオキベ工房から当基地(ここ)まで搬送してきたその機体を、念のため分解整備(オーバーホール)しつつ、各部位を稼動確認(テスト)しているところだった。


 今回、ベネトナシュ基地に不案内なノリトを補助する役目をスズから言いつかったのが、褐色の肌のアンテットだ。整備士たちとも仲が良いらしい彼女の仲介もあって、彼らとの顔合わせから始まり、各種機材の配置を覚えて分解整備を開始するまで、そう時間は要しなかった。


 少年と共に亜級毒竜(ニードヘッグ)の爪から逃れて来た赤茶色の航空騎兵(エアランサー)は、飛行形態(フライト・モード)で大きく9つの部位に分けられ、航空騎兵(エアランサー)専用の整備台座(メンテ・ベース)に据えられていた。その様子はまるで、部位ごとにピンに刺された虫の標本(スペセメン)のようだ。


 分解整備(オーバーホール)とは言っても、動力伝導脈(アルトレー)光神経線維束(ニューロバンドル)は剥き出しのまま、それぞれの部位の間に繋がっている。これらを切断してしまうと修復(リペア)に時間を要するし、整備(チューン)しながら稼動確認(テスト)をすることが出来ないからだ。


 機首と背面前部は、整備台座(メンテ・ベース)の中央前部に固定されている。人型形態(ジュブナイル・モード)時、主に胸部機構(ブレスト)にあたる部分だ。操縦席(コクピット)を守る風防(キャノピー)は外され、封印装置(シール)とフラクタル動力(エンジン)は剥き出しになっている。円形の電磁石壁(ソレノイド・ウォール)で形作られた動力中央(エンジン・コア)有機電解液(オルガノエレクトロ)で満たされ、青く輝く正十面体(・・・・)のフラクタル鉱石(マイン)が、今はひどくゆっくりと回転し、整備中の航空騎兵(エアランサー)の全身に、待機動力(スタンバイ・パワー)を送り続けていた。


 ノリトとアンテットが作業しているのが、背面前部から2メートルほどの間を隔て、整備台座(メンテ・ベース)の中央後部に据えられた、機体背面後部の上だった。


 背面前部との空間に背面後部から突き出しているのが、制御系統(マスタリ・システム)。この系統それ自体には、有機電脳(バイオニック)に関わる高度な知識が必要で、ノリトも、イオキベですらも手を加えることができない。それらの高度知識(ハイアー・ナレッジ)を持っているのは、現在では「ホーム」に在籍している僅かな高位技術者(エクスペクタント)だけだ。


 そんな貴重な系統(システム)人型形態形式(ジュブナイル・モード)頭部(フルヘルム)にあたるのは、飛行形態(フライト・モード)に比べて飛躍的な情報処理能力(コンピューティング)を要求する人型機動(ジュブナイル)のために、有機電脳(バイオニック)に発生する熱量(カロリー)空気冷却(エアリアル)によって発散させるためだった。


 背面前部と後部に対して、その左右上方には翼盾(ウィング)、左右中央には撃槍(パイル)を格納した多機能腕部(ガントレット)、左右下方には脚部(グリーヴ)にもなるプラズマ推進装置(スラスター)が、それぞれ整備台座(メンテ・ベース)のしかるべき場所に据えられている。


 背面前部(ブレスト)頭部(ヘルム)背面後部(バックパック)、2つの翼盾(ウィング)、2つの多機能腕部(ガントレット)、2つの脚部(グリーヴ)推進装置(スラスター)、計8つの部位に加えてもう1つ――機体腹部から生々しく、動力伝導脈(アルトレー)光神経網(ニューロネット)、そして衝撃吸収繊維(アブソベント)に包まれて、あたかも生物の体内から引き出されたかのような部位が、整備台座の中央下部にあった――航空騎兵エアランサー質量的中心軸(セントラル・マス)重力偏向型内部骨格グラヴィアブル・スケルトンだ。


 単に「内部骨格(スケルトン)」とも呼ばれるこの重要な部位は、制御系統と同じく「ホーム」の高位技術者(エクスペクタント)だけが製造することが出来る。「工」の字のような単純な形をしているが、その()にあたる部分は30個からの節を持ち、人間の背骨(バックボーン)のように比較的柔軟に動いた。


 何より驚異的なのは――ノリトたちにとっては当たり前のこと(コモンセンス)ではあるが――その内部を重力子(グラヴィクル)が満たし、必要に応じて仮想質量(イマジナリ・マス)を発生させ、局所的な重力偏向(バイアス)を生むということだった。


 操縦手(ライダー)の操作に従って、神経系統制御(ナーヴ・コン)から操作情報を得た制御系統(マスタリ・システム)が、空気中から取り出したアルゴンをフラクタル動力(エンジン)に導き、フラクタル鉱石(マイン)と衝突させることでアルゴン反応(リアクト)によるフラクタル溶解(メルト)を呼び起こす。その動力(エナジー)内部骨格スケルトン()を満たした重力子(グラヴィクル)を運動させ、重力子(グラヴィクル)の運動により仮想質量(イマジナリ・マス)とそれに伴う重力偏向(バイアス)が発生、操縦手(ライダー)が期待する運動量(モーメント)を搭乗機が得る。


 プラズマ推進(クラフト)とは異なる手法による、航空騎兵(エアランサー)強力な推進力(パワード・スラスト)や、加圧感知器グラヴィセンスを経由しての反射的な機体保護リフレクティブ・プロテクションは、このような重力制御(グラヴィ・コン)の元に成り立っていた。


航空騎兵(エアランサー)地域生産(ローカル・プロダクト)できないのは、制御系統(マスタリ・システム)重力偏向型内部骨格グラヴィアブル・スケルトンに関する高度知識(ハイアー・ナレッジ)を『ホーム』が独占秘匿(コンシール)しているからだ」


 以前、イオキベがそう漏らしていたのを、ノリトは覚えている。


 自然な不満を感じる一方で、竜種(ドラゴン)に対抗可能な、航空騎兵(エアランサー)という絶大な戦力を統括する「ホーム」として、それは正しい態度のようにも、少年は思えた。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 アンテットから受け取った接源測定器(オシロスコープ)への配線を手にしながら、ノリトは慎重に整備台座(メンテ・ベース)手すり(ハンドレール)を伝わり、機体背面の前部に移動した。台座の高さも含めると格納庫の床(ハンガー・フロア)からはおよそ10メートル、転がり落ちてはたまらない。


 ベネトナシュ基地(ベース)格納庫(ハンガー)は広く、第一(ここ)だけでも1個中隊(カンパニー)、計12機の航空騎兵(エアランサー)が、十分に格納できる空間(スペース)があった。第二、第三、第四格納庫(ハンガー)まであり、3個中隊、計約36機からなるガイツハルス飛行隊(スコードロン)が駐留するには十分だ。


 第一格納庫(ハンガー)の中を見回せば、接源測定器(オシロスコープ)非破壊解析機(インスペクター)動力供給機(フィーダー)電磁安定機(マグネタイザー)機能繊維塗布機(スパイバー・アプリ)といった繊細な機器から、整備台座(メンテ・ベース)搬送車(キャリア)大型台車(ビッグカート)起重機(クレーン)などの大型機材まで、全長約20メートル、空虚重量(エンプティ・ウェイト)約12トンの航空騎兵を分解、整備するのに必要なものは、必要な数だけ、きちんと揃っているのが分かる。


 他にも数人の整備士(メカニック)が忙しそうに立ち働き、オラシオン小隊とは別の小隊の機体が4機、整備完了を待っているのが見えた。さらにもう1機、大破(ディフィート)した機体が、何故か操縦席(コクピット)目隠し布(シート)で覆われ、一番奥に寄せられているのが目に付く。


「どうだい、なかなか立派なもんだろう」

「ピレルゴス曹長」


 下から声を掛けてきたのは、数時間前に「第一格納庫の主(このハンガーのボス)」としてアンテットから紹介された、整備主任だった。でっぷりとした体を緑色の作業服に包み、白髪混じりのもじゃもじゃ頭と、もじゃもじゃの髭が印象的だ。愛嬌のある大きめの鼻の横で、青い眼が微笑んでいる。


 オラシオン大尉が見込まれているからなのか、アンテットの受けが良いからなのか。ノリトが航空騎兵を分解整備する様子を、最初に少し観察しただけで、彼は少年の腕と人柄を信じ、その後の整備を手放しで見てくれていた。――多分その両方なんだろうな――ノリトはそう感じていた。


「はい、これだけ設備が整っているのを見たのは、初めてです」


 少年の素直な感想に、ピレルゴスは嬉しそうに笑った。


関節部再接合(リジョイント)の時には人手がいる。その時には声を掛けてくれよ」

「はい!」


 温かな眼差しをもらって、ノリトは常に無く、素直に返事する。


「なんだよ、今から手伝ってくれてもいいじゃないか」


 配線の手を止めて、アンテットがピレルゴス曹長に声を投げた。


「だめだめ。整備技術(メカニック)ってのは毎日の積み重ねだ。下手に手を貸したら、俺がオラシオン大尉に叱られちまうよ」

けち(スクルージ)!」


 アンテットが舌を出す。


「ノリト少年、そのお転婆娘(スーブレット)には気をつけろ。すぐ尻に敷かれちまうぞ!」

「えー、ノリトなら尻なんかには敷かないよ! 優しくぎゅ~(ハグ)するもん、な?」

「……ほわっ!?」


 アンテットに色っぽく同意を求められ、少年は激しくうろたえた。


 その様子を見て、ピレルゴス曹長はもじゃもじゃ髭を震わせ、大笑いする。


「さあさあ、早いとこ進めないと、昼飯の時間になっちまうぞ」


 笑いながら大きく手を振ると、彼は赤茶けた航空騎兵に背を向けた。


 アンテットがその背中に「べー」ともう一度舌を出す。


 外見からして気の強そうな彼女の、そんな仕草はとても可愛らしく、ノリトの動悸はしばらく治まらなかった。




(つづく)




 以前(「超々音速」の回)の轍を踏まぬよう、今回は速やかに、前後編に分けました!

 戦略的撤退というやつです、ふふふふ……計画性薄っ!

 あと、トンデモ用語多すぎっ!

 考えるのはとても楽しいんですがががががががが

 最後まで持ってくれ、僕の神経線維(ニューロファイバー)

 あと、ご指摘を受けてこっそり誤字脱字を修正……(ありがたやありがたや)

 色んな矛盾が出できそうなこれからにご注目ください!(←ダメ人間)


 次回「航空騎兵・後編」。

 さあ貴方も、絶界でフライ・ルー!(ふぁいばー!)

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