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(六)オラシオン小隊

 ベネトナシュ空域基地(ベース)に到着したノリトとイオキベは、不審者(サスピシャス)として取り調べを受ける羽目に陥るが、スズ・オラシオン大尉の取り成しでオラシオン小隊に受け入れられ、小隊の所属機整備に協力することになる。

 取り調べ後、イオキベと空軍士官学校(アカデミー)の同期であり、生粋のピュラー派(ピュリスト)でもあるベネトナシュ基地の司令官(コマンダー)セーリオ・ガイツハルス少佐に呼び出されたノリトは、ピュラーお手製の弁当を奪われた上、「製品サンプル」としてピュラーから借りた騎兵服(スーツ)まで取り上げられていた。

「……だーはっはっは! なんだお前その格好!」


 取調室(インテレ)に戻ったノリトを待っていたのは、イオキベたちの大爆笑だった。


 オラシオン大尉の姿は見えない。ノリトとは入れ替わりに、ガイツハルスに呼び出されたようだ。


 手狭な取調室の雰囲気はすっかり和やかになっており、いつの間に仲良くなったのか、強面を崩さなかった取調官に書記官まで、イオキベと机を囲んでいる。さながら大人たちの座談会に紛れ込んだようだった。


「ピュラーの騎兵服(スーツ)、ガイツハルス司令に徴収されました……」


 憮然とした表情で答えるノリトに、大人たちはさらに笑い声をあげる。


 白い肌着と黒いハーフパンツ、おまけに素足。

 他にしようもなくて、少年は肌着の裾を握った。


「弁当は予想してたけどまさか騎兵服(スーツ)まで……あいつマジでピュラー派(ピュリスト)だな」


 笑い涙を拭いながらイオキベが言う。


「なんですかその、ピュラー派(ピュリスト)ってのは?」


 取調官の口調がいつの間にか丁寧語になっている。


「いや、工房(うち)にピュラーっていう子がいるんだけどさ、8年ぐらい前かな、ガイツハルスが冷やかしに来た時に、一目惚れしやがったんだ。それからずーっと」

「ああ、それでピュラー派(ピュリスト)!」


 すっかり打ち解けた様子で、書記官が笑う。


「いいなあ、そんな可愛い()がいるんなら、俺もイオキベ工房入りたいですよ」

「いいぜいいぜ、騎兵(ランサー)で食えなくなったら来いよ」

「ほんとっすか!」


 まるで昔馴染みの先輩と後輩のようなやりとりだ。


「いやでもあのピュラーは……」


 男の子なんです、と言おうとしたノリトを、イオキベの凝視(グレア)が制した。どうやらピュラー派(ピュリスト)を増産して遊ぶつもりらしい。少年はため息をついた。


「しかしまあ坊主、お前んとこの工房長(たいしょう)も大したもんだよ」


 ひとしきりピュラーとガイツハルスの話で盛り上がった後、取調官が言った。


飛行記録装置(フライト・レコーダー)も載せずに、よくもまあここまで飛んで来られたもんだ」

「仕方ねぇだろ、緊急の現地搬送(トランスポート)だってんだからよ」

「そうは言ってもですよ……」


 飛行記録装置(フライト・レコーダー)は本来なら、航空騎兵(エアランサー)に限らず、すべての航空機に基本装備(デフォルト)として備えられているもので、それまでの航路(ルート)搭乗者(パイロット)たちの会話を記録するものだ。過去の航路から現在空域を推測するための集積記録(データベース)でもあり、万が一の事態が発生した時に、搭乗者たちに何があったのかを、他者が理解するためのものでもある。


飛行記録装置(フライト・レコーダー)があれば取り調べだってもっと楽に済んでたんですから」

「そいつは悪かったよ……でも言うだろ? 女んとこに行くに、航路(ルート)規則(ルール)も関係ねえってさ」


 何が面白いのか、大人たちが爆笑する――ふと咳ばらいが聞こえて振り返ると、黒髪の女性が立っていた。


「オラシオン大尉……!」


 取調官と書記官が、慌てて直立する。

 なぜか、イオキベはそっぽを向いていた。


「ヴァリー、クリフ、基地中に笑い声が響いてるわよ」

「し、失礼しました!」


 くすりと笑って、スズ・オラシオンが手狭な取調室に入ってくる――長い髪があおられ、微かに甘い香りがノリトの鼻孔をくすぐる――少年は思わずどきどきした。


「簡易だけど、当基地と五百旗頭工房(イオキベ・ワークス)契約書(コントラクト)同意署名(サイン)をお願いします」


 スズはそう言うと、イオキベの前に電子書板(タブレット)を差し出した。彼女と目を合わせず、イオキベがそれを受け取る。


「えらい手回しがいいじゃねえか」

「『迅速かつ丁寧にファスト・アンド・ポライト』がオラシオン小隊の標語(モットー)ですから」


「報酬は……30日間の契約、派遣費用だけでも210万リーベ! 破格だな!」


 電子書板(タブレット)上で画面掃作(スワイプ)しつつ、イオキベが声を上げた。派遣費用以外にも、成果報酬(リワード)が約束されていることを確認する。


 工房暮らしをする分には、一人当たり一ヶ月に20万リーベもあれば十分だ。工房で待機しているピュラーの分を考慮したとしても、イオキベとノリトの二人を一時雇用するには、十分過ぎる派遣費用だった。追加の成果報酬も加えれば、今後の材料費や各種の維持費含め、一ヶ月間二人が工房を空けたとしても、工房運営には大きなプラスとなる計算だ。


「滞在中は厚遇するようにとの指示も受けています。ガイツハルス司令のご承認(アプルーバル)もあっという間に下りたし……どんな手を使ったの?」


 スズが小首を傾げる。


「ピュラー効果絶大だな」


 そう呟きながら、くくく、とイオキベが笑った。


(この人、やっぱり「悪人」だ)


 その呟きを耳ざとく聞きつけて、ノリトは改めて思った。


「業務内容は……。

  一、現地搬送(トランスポート)してきた航空騎兵(エアランサー)修理(リペア)

  二、耐劣化保管(モスボール)された旧型航空騎兵(オールドタイプ)復元(リストア)

  三、それら該当機体(コレスポンディング)整備(チューン)

  四、オラシオン小隊(プラトーン)飛行訓練(トレイニング)への

    全面的な協力フル・コーポレーション

 ……なんだこの『飛行訓練への全面的な協力』ってのは!?」


 パーセウス・イオキベが、この基地に来てから初めて、彼女の水色の瞳を直視した――スズ・オラシオンは、彼の碧の瞳を捉え、にっこりと微笑む。


「30日間で210万リーベです。これぐらい、当然でしょ?」


 鮮やかな微笑みだが、有無を言わせない調子だ。


 ノリトもびっくりしていた。

 取調官と書記官も同様に驚いているようだ。

 一介の工房に、飛行訓練への協力を要請することは、通常考えられない。


「いや待て、うちは工房だぜ! 飛行訓練への協力ってどうすんだよ!」

「あら、あなたがそう仰るの? あなたが?」


「いやそう言ったって、俺ぁもう退役(リタイヤ)してんだぞ! 腕だって落ちてらぁ!」

「あら、撃槍(パイル)のみで亜級毒竜(ニードヘッグ)2体を撃破(ディフィート)されて来たという供述(ディポーズ)は嘘?」


「いやそれは本当のことだけど、俺にだって心構え(プリペア)ってもんが……」

「あら、そんな心構え(プリペア)もないノリト君に超々音速飛行(UCR)させたのはどなた?」

「うぐぐ……」


 パーセウス・イオキベはまさしく、うぐぐ、と唸った。ノリトを始め、残りの三人は呆然とそれを見ていた。


「あの」


 先ほどスズに「ヴァリー」と呼ばれていた取調官が、おずおずと切り出す。


「オラシオン大尉とイオキベ氏は、お知り合いなんですか?」

「ガイツハルス少佐と同期、っていうのは知らなかったんだけど……」


 スズ・オラシオン大尉が、三人の方に向き直った。黒髪がさらりとなびく。


「改めて紹介するわ。パーセウス・イオキベさん、現五百旗頭工房(イオキベ・ワークス)工房長(オーナー)にして、元近衛大隊(ブルー・ナイト)撃墜王(エース)大尉(キャプテン)、そして、空軍士官学校(アカデミー)時代の私の教官(メンター)です」


「えっ!」


 ノリト、取調官、書記官の声が重なった。


 そんな三人の様子を受け流して、スズは再びイオキベに向き直る。


 仏頂面で横を向いているイオキベに向かって、今日初めて挨拶するかのように言った。


「お久しぶりです、イオキベ教官」


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――翌朝。


 ノリトはリノリウムの床に敷いたマットレスの上で目を覚ました。背を起こすと寝ぼけ眼で辺りを見まわし、ここがベネトナシュ空域基地(ベース)の中であることを思い出す。


 二人にあてがわれた部屋は、尉官用の私室だった。狭い部屋ではあるが、一人用寝台(シングルベッド)にロッカー、書机(デスク)など最低限のものは揃っており、鎧戸(シャッター)付きの窓もある。


 最近まで誰かが使っていたのだろう。壁には美人モデルの写真画(ポスター)が貼られ、書机(デスク)には筆記具が乱雑に置かれているなど、生活感に溢れていた。ロッカーの扉には、多分予備なのだろう、割と大柄な男性用の赤い騎兵服(スーツ)が掛かっている。差し障りがありそうでロッカーの中は開けずにいた。


 窓からは、白み始めた絶床空間が確認できる。


 普段の工房での生活は、イオキベの性格もあって、起床時間も就寝時間もまちまちなのだが、それでもいつもこの時間には目を覚ましてしまう。これはノリトの性分というもので、朝食の時間を巡ってよくイオキベとは口論になるが、ピュラーの「どうでもいい」という一言で大抵収まっていた。


 そのイオキベは、堂々と一人用寝台(シングルベッド)を占領し、イビキをかいていた。


 青空色の騎兵服(スーツ)を脱ぎ、白い肌着と黒いハーフパンツで大の字になっている。


 一見して細く見えるが、必要な筋肉が全身に行き渡っていることが、肌着やハーフパンツ、毛布(ブランケット)からはみ出した肌に見て取れた。胸までの金髪は枕の上で広がり、さながら獅子(ライオン)のたてがみのようだ。碧眼は安らかに閉じられ、金色の長い睫毛が目立っている。


(ちゃんと整えれば格好いいのにな)


 少年が、そんな残念優男(ハンサム)の横顔を眺めている時に、扉をノックする音が聞こえた。


「トゥシェでーす」


 返事も待たずに入ってきたのは、昨晩、二人をこの部屋に案内してくれた少尉だった。オラシオン小隊でも一番の下っ端で、スズから雑用を言いつかったらしい。


 緩やかに弾むような栗色のおかっぱ髪(ボブヘア)が、昇ってきた朝日に照らされて、穏やかに輝いている。身長はノリトより5センチほど低いだろうか。しっかりと討竜部隊(レッド・ハウンド)用の赤い騎兵服(スーツ)を身に着けているが、全体的にいかにも女性らしい肉付きで、ふんわりとした印象を与えていた。


「あ、ノリトくん、起きてたんだ、早いね~」


 まだ少女らしさの残るやわらかな口角を上げて微笑むと、垂れ目がちな眼が弧を描く。


「お、おはようございます!」


 少年は慌てて乱れた裾を直し、自分の毛布(ブランケット)をかき集めた。


「どうだった? よく眠れた?」


 前触れもなく、半身を起こしたノリトの傍に、トゥシェはすとんと正座する――突然縮まった距離に、少年は固まった。


「あう、はう、はい、よく眠れました!」

「そうなんだ、寝起きいいんだね~」


 微妙に会話が噛み合わない。


「……んだようるせぇなぁ」


 ぶつくさ言いながら、イオキベが目を覚ました。

 ぼさぼさの頭を掻きながら体を起こし、窓の外を見る。


「まだこんな時間じゃん。だから軍隊は嫌なんだよ……おやすみ」


 そう言いながら素早く横たわり、毛布(ブランケット)を被る。


「でもでも、イオキベさん、もう朝御飯(ブレックファスト)ですよ?」

「どうせ合成粘状食(ペースト)だろ」


「いえ、魚介と野菜煮込(ブイヤベース)です」

「ブイヤ…………ブイヤなに!?」


 イオキベは飛び起きた。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「何これ? 何なのこれ? 信じらんない」


 扉の向こうの光景に、イオキベの口調はおかしくなっていた。ノリも、唖然として眺めている。


 『ブイヤベース』と聞いたイオキベが部屋を飛び出したので、二人とも、まだ肌着とハーフパンツ、そして素足のままだ。


 壁や床の素材自体は基地内の他の場所と変わらないが、食堂室(ダイニング)は無駄に広かった。10人掛けの丸テーブルが6つ――本来なら基地で丸テーブルを使うようなことは無い。空間(スペース)の無駄だからだ。それが6つも並んでいる。


 天井も高く、電灯(ライト)はずっと明るい。窓も広く、遮光布(カーテン)まで付いている。さらに音響機器(スピーカー)から、ノリトが聞いたことも無い音楽が流れていた。古典音楽(クラシック)というらしい。


 何より目を引くのが、右側の壁に沿って並べられた長テーブル、その上にどっさり並べられた料理の数々だった。炒り卵(スクランブルエッグ)、様々な小麦麺(パスタ)乾燥穀類(シリアル)食品、燻製肉(ベーコン)餡かけ肉団子(ソース・ミートボール)割擂馬鈴薯(マッシュポテト)盛りだくさんの生野菜(サラダ・バー)、そして、大鍋で湯気を立てている魚介と野菜煮込(ブイヤベース)


 さすがに給仕(ウェイター)はいないが、食器盆(トレー)と食器類も並んでいるところから見て、食べ放題形式(バッフェ・スタイル)で好きに食べろということなのだろう。これだけの食材を揃え、調理して出せるのは、大きな都市島(まち)食堂(レストラン)にでも出向く必要があった。


「何なのこれ?」

「すごいでしょ~」


 二人の驚きように、トゥシェが嬉しそうに言う。


「ガイツハルス少佐が着任して、まず最初にやったことが食堂の改装なんです」

「あいつ、馬鹿なんじゃないの?」


 そう言い捨てながら、イオキベは食堂室(ダイニング)に突入した。


「イオキベさん、ノリト君、待っていました」


 二人の顔を見て、スズ・オラシオン大尉が立ち上がる。


 窓際の丸テーブルのひとつに、彼女も含めて6人が待ち構えていた。全員、トゥシェと同じく、討竜部隊の赤い騎兵服を身に着けている。オラシオン小隊で間違いないだろう。


 スズを除いて、皆一様に固い表情をしている。


「皆に紹介するわ。この人が――」

「イオキベだ、よろしくな」


 軽く手を上げただけで、小隊の方には禄に顔も向けず、イオキベは料理に向かった。食器盆(トレー)を引っつかむと、大皿にもりもりと料理を乗せていく。その様子に、小隊メンバーは呆気にとられた。


「えっと……ノリト・オロスコフです。よろしくお願いします」


 立ち位置に困って、少年はひとまず頭を下げた。

 オラシオン小隊は呆然としている。


「彼がノリト君……」


 大いに苦笑しながら、スズが紹介した。


「イオキベさんはあんな調子の人だから、取り敢えず私たちも食べましょう」

「はあ……」


 誰かが気の抜けた返事をしたのを切っ掛けに、小隊一同はのそのそと動き出した。


「ささ、ノリトくん! 私たちも食べよう!」

「は、はい!」


 トゥシェに背中を押されて、少年も料理が並ぶテーブルに向かった。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「何これ、うめぇ! アスパラ? こっちはクレソン! 超うめぇ!」


 流し込むように、イオキベは野菜を食べていた。既にブイヤベースを2皿、他の料理も食べるだけ食べた上、ひたすらに野菜盛り(サラダ)に取り掛かっている。野菜好きの彼にとって、野菜食べ放題(サラダ・バー)は天国だった。食べる邪魔にならないように、金髪は軽くまとめられ、ひと房の流れを肩から胸元に作っている。


 ノリトも唾を呑んで食器盆(トレー)の上のブイヤベースを見つめていた。昨晩は、ピュラーの弁当をイオキベと分け合っただけなので、かなりお腹が空いている。


(煮込まれた野菜、魚、貝、そして……海老! 大きい海老!)


「食べないの?」

「た、食べます! いただきます!」


 右隣の椅子を引いたトゥシェに促されて、ノリトは猛然と食べ始めた。


「……!……美味しいっ!」

「にひひひ」


 特に自分が作った訳でもないのに、トゥシェが嬉しそうに笑う。


 美味しい物が食べられるこの上ない喜びを、少年は味わっていた。今頃、工房で一人食事を摂っているであろう、ピュラーのことを思い出す。


(ピュラーにも食べさせてやりたいなぁ)


 オラシオン小隊の面々も、料理を取って同じテーブルに着席し、皆、黙々と食べ始める。


 イオキベの左隣に、体格の良い、黒肌の男性が座った。身長はイオキベと同じぐらいだが、騎兵服を盛り上げているがっちりとした肩が、全身にみなぎる筋肉を象徴している。


「あんた、近衛大隊(ブルー・ナイト)に居たんだって?」

「んむ?」


 不意に彼が、イオキベに話しかけた。

 その黒い瞳からは、今にも火を噴きそうだ。

 イオキベはもしゃもしゃとレタスを頬張っている。


 小隊メンバーに緊張が走るのが、ノリトには分かった。海老の殻を剥く手を止め、恐る恐る視線を上げると、スズが困った顔をして、口を挟むタイミングを計っている。


 ――近衛大隊(ブルー・ナイト)討竜部隊(レッド・ハウンド)は、昔から犬猿の仲だ。


 「『ホーム』を守る」ための近衛大隊と、「人類の居住地域を守る」ための討竜部隊。


 どちらも竜と戦うことを使命とする航空騎兵だが、人類の最終防衛線(ファイナル・ライン)を維持する近衛大隊に比べて、辺境ならびに竜との最前線(フロント・ライン)に配属される討竜部隊では、戦死者(ウォーデッド)の数も比較にならなかった。


 しかも、近衛大隊の中には、「エリート騎兵のみが配属される」と広言して憚らない者もおり、討竜部隊メンバーの多くが「引きこもって偉そうなことをほざく」それらの連中に対して、悪感情を抱くのは当然とも言えた。


 さらに、イオキベとノリトは、オラシオン小隊にとって突然の闖入者だ。司令官と大尉の顔見知りという背景を利用して、小隊に紛れ込んできた異分子、そう捉えられてもおかしくは無かった。


「大尉の元教官(メンター)だそうだが、今は民間人(オーディナリ)だ。ここではここの流儀に従って――」

魚介と野菜煮込(ブイヤベース)、旨いぜ? 食えよ」


 本当に美味しそうな顔で、まるで昔からの友人にでも話しかけるように、イオキベは言葉を返した。


「お、おう」


 まったく思惑違いの反応に呑まれ、黒肌の彼は、思わずスプーンを手に取る。


「……彼がアウダース・ゼール中尉、二番機操縦手(ライダー)、頼りになる副官よ」


 すかさず、オラシオン大尉が言葉を挟んだ。

 絶妙な間の取り方に、ノリトは舌を巻く。

 指揮官としての彼女の才覚は、伊達ではないようだ。


「俺はパーセウス、パーセウス・イオキベだ。よろしくな」


 イオキベは、嬉しそうな笑みを浮かべ、黒肌の彼に握手を求める。


「……よろしく」


 束の間の沈黙の後、アウダースは観念したようにスプーンを置き、その手を握った。少年は、小隊メンバーの緊張が一気にほぐれるのを感じた。


 それを契機に、スズによるメンバー紹介が、時計回り(クロックワイズ)で始まった。


「アウダースの左隣、ソブリオ・フェルマー少尉、二番機の攻撃手(アタッカー)


 銀髪の青年が、軽く頭を下げる。非対称に切りそろえられた前髪で、右目はほとんど隠れている。


「その隣、レーニス・ウルゼン少尉、三番機の操縦手(ライダー)

「よろしくお願いします」


 薄茶色の髪をした彼が、穏やかな口ぶりでそう言った。さっきまで一番緊張していたのが、彼だ。


「さらに隣、アンテット・クライシ少尉、三番機攻撃手(アタッカー)

「よろしくぅ」


 褐色の肌の女性が、肩をすくめながら言う。緩くウェーブした長い金髪、気の強そうな赤橙色(オレンジレッド)の瞳が印象的だ。


「そして、私の左にいるのがラソン・スピーア、四番機の攻撃手(アタッカー)よ」

「はじめまして」


 短髪を派手な黄色に染め上げた青年が、口角を上げて挨拶する。その髪色とは対照的に、落ち着いた声と、理性的な目をしていた。


「後は、ノリト君の右隣、トゥシェ・ドゥルキス、四番機操縦手(ライダー)

「もう昨日からお馴染みさんだけどね」


 少年の手をにぎにぎして、栗色の瞳の彼女が言う。昨日からならお馴染みさんじゃないだろ――と突っ込むことも出来ず、ノリトはただ、顔を紅くした。


「わあ! 照れちゃってるよ! 可愛いね~」


 アンテットと呼ばれた褐色の肌の彼女が、冷やかすように言う。


空軍士官学校(アカデミー)出たばっかりだもん、かわいいいよね~」

「あ、いえ、自分は落ちこぼれ(ドロップス)で……」

「いいのいいの、人生色々あるからね(ケ・セラ・セラ)!」


 良く分からない慰めの言葉に加え、自分より背の低いお姉さんに頭を撫で撫でされて、少年の顔は耳まで染まった。男性陣はそんな様子をにこやかに見守ったり、苦笑したりしている。


 ノリトは、自分が独りだけ、子供でいることを痛感した。


「しかしまぁ、ホントにここ、航空騎兵の基地かよ? 朝飯から魚介と野菜煮込(ブイヤベース)とは、信じられない話だぜ」


 もしゃもしゃと千切り玉菜の和え物(コールスロー)を頬張っていたイオキベが、急に話題を変えた。


 確かに基地の食事と言えば、味もそっけもない、でも栄養だけはある、合成粘状食(ペースト)が一般的だ。天然素材(ネイチャー)の、しかも手の込んだ料理が出てくる基地など、ノリトも聞いたことが無かった。


「ガイツハルスの野郎さ。『常に竜との最前線(フロント・ライン)で戦う我が討竜部隊(レッド・ハウンド)兵士(ソルジャー)には天然かつ新鮮な食材ネイチャー・アンド・フレッシュ・フードを欠かさずに戦力の維持・向上(ウォー・ポテンシャル)有り得ない(ナッシング)!』とかぶち上げて、しかもそれを本隊(ホーム)が呑んだらしい」


 イオキベの左隣で、忌々しそうにアウダースが言った。まるで敵討ちのように、餡かけ肉団子(ソース・ミートボール)を口に放り込む。


「ふーん、あいつ昔っから、そういう才能はあんだよなぁ」


 大口を開けて割擂馬鈴薯(マッシュポテト)を頬張るイオキベ。


「はっ! あたしらを出汁(だし)にして、自分の趣味を満たしてるだけだろ? 『天然食物(ネイチャー)で無ければ(ミー)の口には合わん(アンスータブル)』……とか言ってるし」


 フォークで燻製肉(ベーコン)を刺しながら、アンテットがガイツハルスの口真似をする。その豊かな胸を張り、口をすぼませて基地司令の真似をする様子に、銀髪のソブリオが思わず吹き出した。


「でもそのお蔭で、隣の都市島(アルカイド)食品生産工房(フード・サプライ)は賑わってるじゃないか。民間に経済的貢献をしてるとも言えるんじゃない?」


 ムール貝の身を丁寧に殻から剥がしつつ、レーニスが口を挟む。薄茶色の瞳が、上官に対するみんなの物言いに、困ったようにくるくる回っている。


「食糧に予算を回して、小隊(うち)には予備機(サブ)も無い、なんて本末転倒ですけどね」


 苦笑いしてラソンが言った。笑うと、細い目がいっそう細く、糸のようになる。


「まあともかく、十分に美味しい物が食べられるんですもの、いいじゃない」


 同じく苦笑しつつ、乾燥穀類食(シリアル)天然牛乳(ピュア・ミルク)を注ぎながら、スズが話題に入った。


「それはまあ、尤もですが」


 大袈裟に渋面を作りつつ、アウダースが頷く。


「……ガイツハルス(あいつ)が来て、唯一良かったことですからな!」


 その言葉に、一同はどっと笑った。


「ご馳走さん! あー! 旨かった!」


 グラスの水を飲み干し、イオキベが手を合わせる。


「あー!……契約して良かった!」


 再び、一同はどっと笑った。


 すっかり和やかになった食堂室(ダイニング)の窓から、朝焼けの終わった絶床空間の青が見えた。


 次々と食べ終わるメンバーに遅れないように、ノリトは海老の殻を剥く作業に戻った。




(つづく)




 んー、何と言いますか、主人公(ノリト)のセリフ少なっ!

 あと、お腹空いたっ!


 次回「航空騎兵」。

 さあ貴方も、絶界でフライ・ルー!(ぶいやべーす!)

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