(六)オラシオン小隊
ベネトナシュ空域基地に到着したノリトとイオキベは、不審者として取り調べを受ける羽目に陥るが、スズ・オラシオン大尉の取り成しでオラシオン小隊に受け入れられ、小隊の所属機整備に協力することになる。
取り調べ後、イオキベと空軍士官学校の同期であり、生粋のピュラー派でもあるベネトナシュ基地の司令官セーリオ・ガイツハルス少佐に呼び出されたノリトは、ピュラーお手製の弁当を奪われた上、「製品サンプル」としてピュラーから借りた騎兵服まで取り上げられていた。
「……だーはっはっは! なんだお前その格好!」
取調室に戻ったノリトを待っていたのは、イオキベたちの大爆笑だった。
オラシオン大尉の姿は見えない。ノリトとは入れ替わりに、ガイツハルスに呼び出されたようだ。
手狭な取調室の雰囲気はすっかり和やかになっており、いつの間に仲良くなったのか、強面を崩さなかった取調官に書記官まで、イオキベと机を囲んでいる。さながら大人たちの座談会に紛れ込んだようだった。
「ピュラーの騎兵服、ガイツハルス司令に徴収されました……」
憮然とした表情で答えるノリトに、大人たちはさらに笑い声をあげる。
白い肌着と黒いハーフパンツ、おまけに素足。
他にしようもなくて、少年は肌着の裾を握った。
「弁当は予想してたけどまさか騎兵服まで……あいつマジでピュラー派だな」
笑い涙を拭いながらイオキベが言う。
「なんですかその、ピュラー派ってのは?」
取調官の口調がいつの間にか丁寧語になっている。
「いや、工房にピュラーっていう子がいるんだけどさ、8年ぐらい前かな、ガイツハルスが冷やかしに来た時に、一目惚れしやがったんだ。それからずーっと」
「ああ、それでピュラー派!」
すっかり打ち解けた様子で、書記官が笑う。
「いいなあ、そんな可愛い娘がいるんなら、俺もイオキベ工房入りたいですよ」
「いいぜいいぜ、騎兵で食えなくなったら来いよ」
「ほんとっすか!」
まるで昔馴染みの先輩と後輩のようなやりとりだ。
「いやでもあのピュラーは……」
男の子なんです、と言おうとしたノリトを、イオキベの凝視が制した。どうやらピュラー派を増産して遊ぶつもりらしい。少年はため息をついた。
「しかしまあ坊主、お前んとこの工房長も大したもんだよ」
ひとしきりピュラーとガイツハルスの話で盛り上がった後、取調官が言った。
「飛行記録装置も載せずに、よくもまあここまで飛んで来られたもんだ」
「仕方ねぇだろ、緊急の現地搬送だってんだからよ」
「そうは言ってもですよ……」
飛行記録装置は本来なら、航空騎兵に限らず、すべての航空機に基本装備として備えられているもので、それまでの航路や搭乗者たちの会話を記録するものだ。過去の航路から現在空域を推測するための集積記録でもあり、万が一の事態が発生した時に、搭乗者たちに何があったのかを、他者が理解するためのものでもある。
「飛行記録装置があれば取り調べだってもっと楽に済んでたんですから」
「そいつは悪かったよ……でも言うだろ? 女んとこに行くに、航路も規則も関係ねえってさ」
何が面白いのか、大人たちが爆笑する――ふと咳ばらいが聞こえて振り返ると、黒髪の女性が立っていた。
「オラシオン大尉……!」
取調官と書記官が、慌てて直立する。
なぜか、イオキベはそっぽを向いていた。
「ヴァリー、クリフ、基地中に笑い声が響いてるわよ」
「し、失礼しました!」
くすりと笑って、スズ・オラシオンが手狭な取調室に入ってくる――長い髪があおられ、微かに甘い香りがノリトの鼻孔をくすぐる――少年は思わずどきどきした。
「簡易だけど、当基地と五百旗頭工房の契約書、同意署名をお願いします」
スズはそう言うと、イオキベの前に電子書板を差し出した。彼女と目を合わせず、イオキベがそれを受け取る。
「えらい手回しがいいじゃねえか」
「『迅速かつ丁寧に』がオラシオン小隊の標語ですから」
「報酬は……30日間の契約、派遣費用だけでも210万リーベ! 破格だな!」
電子書板上で画面掃作しつつ、イオキベが声を上げた。派遣費用以外にも、成果報酬が約束されていることを確認する。
工房暮らしをする分には、一人当たり一ヶ月に20万リーベもあれば十分だ。工房で待機しているピュラーの分を考慮したとしても、イオキベとノリトの二人を一時雇用するには、十分過ぎる派遣費用だった。追加の成果報酬も加えれば、今後の材料費や各種の維持費含め、一ヶ月間二人が工房を空けたとしても、工房運営には大きなプラスとなる計算だ。
「滞在中は厚遇するようにとの指示も受けています。ガイツハルス司令のご承認もあっという間に下りたし……どんな手を使ったの?」
スズが小首を傾げる。
「ピュラー効果絶大だな」
そう呟きながら、くくく、とイオキベが笑った。
(この人、やっぱり「悪人」だ)
その呟きを耳ざとく聞きつけて、ノリトは改めて思った。
「業務内容は……。
一、現地搬送してきた航空騎兵の修理
二、耐劣化保管された旧型航空騎兵の復元
三、それら該当機体の整備
四、オラシオン小隊の飛行訓練への
全面的な協力?
……なんだこの『飛行訓練への全面的な協力』ってのは!?」
パーセウス・イオキベが、この基地に来てから初めて、彼女の水色の瞳を直視した――スズ・オラシオンは、彼の碧の瞳を捉え、にっこりと微笑む。
「30日間で210万リーベです。これぐらい、当然でしょ?」
鮮やかな微笑みだが、有無を言わせない調子だ。
ノリトもびっくりしていた。
取調官と書記官も同様に驚いているようだ。
一介の工房に、飛行訓練への協力を要請することは、通常考えられない。
「いや待て、うちは工房だぜ! 飛行訓練への協力ってどうすんだよ!」
「あら、あなたがそう仰るの? あなたが?」
「いやそう言ったって、俺ぁもう退役してんだぞ! 腕だって落ちてらぁ!」
「あら、撃槍のみで亜級毒竜2体を撃破されて来たという供述は嘘?」
「いやそれは本当のことだけど、俺にだって心構えってもんが……」
「あら、そんな心構えもないノリト君に超々音速飛行させたのはどなた?」
「うぐぐ……」
パーセウス・イオキベはまさしく、うぐぐ、と唸った。ノリトを始め、残りの三人は呆然とそれを見ていた。
「あの」
先ほどスズに「ヴァリー」と呼ばれていた取調官が、おずおずと切り出す。
「オラシオン大尉とイオキベ氏は、お知り合いなんですか?」
「ガイツハルス少佐と同期、っていうのは知らなかったんだけど……」
スズ・オラシオン大尉が、三人の方に向き直った。黒髪がさらりとなびく。
「改めて紹介するわ。パーセウス・イオキベさん、現五百旗頭工房の工房長にして、元近衛大隊の撃墜王大尉、そして、空軍士官学校時代の私の教官です」
「えっ!」
ノリト、取調官、書記官の声が重なった。
そんな三人の様子を受け流して、スズは再びイオキベに向き直る。
仏頂面で横を向いているイオキベに向かって、今日初めて挨拶するかのように言った。
「お久しぶりです、イオキベ教官」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――翌朝。
ノリトはリノリウムの床に敷いたマットレスの上で目を覚ました。背を起こすと寝ぼけ眼で辺りを見まわし、ここがベネトナシュ空域基地の中であることを思い出す。
二人にあてがわれた部屋は、尉官用の私室だった。狭い部屋ではあるが、一人用寝台にロッカー、書机など最低限のものは揃っており、鎧戸付きの窓もある。
最近まで誰かが使っていたのだろう。壁には美人モデルの写真画が貼られ、書机には筆記具が乱雑に置かれているなど、生活感に溢れていた。ロッカーの扉には、多分予備なのだろう、割と大柄な男性用の赤い騎兵服が掛かっている。差し障りがありそうでロッカーの中は開けずにいた。
窓からは、白み始めた絶床空間が確認できる。
普段の工房での生活は、イオキベの性格もあって、起床時間も就寝時間もまちまちなのだが、それでもいつもこの時間には目を覚ましてしまう。これはノリトの性分というもので、朝食の時間を巡ってよくイオキベとは口論になるが、ピュラーの「どうでもいい」という一言で大抵収まっていた。
そのイオキベは、堂々と一人用寝台を占領し、イビキをかいていた。
青空色の騎兵服を脱ぎ、白い肌着と黒いハーフパンツで大の字になっている。
一見して細く見えるが、必要な筋肉が全身に行き渡っていることが、肌着やハーフパンツ、毛布からはみ出した肌に見て取れた。胸までの金髪は枕の上で広がり、さながら獅子のたてがみのようだ。碧眼は安らかに閉じられ、金色の長い睫毛が目立っている。
(ちゃんと整えれば格好いいのにな)
少年が、そんな残念優男の横顔を眺めている時に、扉をノックする音が聞こえた。
「トゥシェでーす」
返事も待たずに入ってきたのは、昨晩、二人をこの部屋に案内してくれた少尉だった。オラシオン小隊でも一番の下っ端で、スズから雑用を言いつかったらしい。
緩やかに弾むような栗色のおかっぱ髪が、昇ってきた朝日に照らされて、穏やかに輝いている。身長はノリトより5センチほど低いだろうか。しっかりと討竜部隊用の赤い騎兵服を身に着けているが、全体的にいかにも女性らしい肉付きで、ふんわりとした印象を与えていた。
「あ、ノリトくん、起きてたんだ、早いね~」
まだ少女らしさの残るやわらかな口角を上げて微笑むと、垂れ目がちな眼が弧を描く。
「お、おはようございます!」
少年は慌てて乱れた裾を直し、自分の毛布をかき集めた。
「どうだった? よく眠れた?」
前触れもなく、半身を起こしたノリトの傍に、トゥシェはすとんと正座する――突然縮まった距離に、少年は固まった。
「あう、はう、はい、よく眠れました!」
「そうなんだ、寝起きいいんだね~」
微妙に会話が噛み合わない。
「……んだようるせぇなぁ」
ぶつくさ言いながら、イオキベが目を覚ました。
ぼさぼさの頭を掻きながら体を起こし、窓の外を見る。
「まだこんな時間じゃん。だから軍隊は嫌なんだよ……おやすみ」
そう言いながら素早く横たわり、毛布を被る。
「でもでも、イオキベさん、もう朝御飯ですよ?」
「どうせ合成粘状食だろ」
「いえ、魚介と野菜煮込です」
「ブイヤ…………ブイヤなに!?」
イオキベは飛び起きた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「何これ? 何なのこれ? 信じらんない」
扉の向こうの光景に、イオキベの口調はおかしくなっていた。ノリも、唖然として眺めている。
『ブイヤベース』と聞いたイオキベが部屋を飛び出したので、二人とも、まだ肌着とハーフパンツ、そして素足のままだ。
壁や床の素材自体は基地内の他の場所と変わらないが、食堂室は無駄に広かった。10人掛けの丸テーブルが6つ――本来なら基地で丸テーブルを使うようなことは無い。空間の無駄だからだ。それが6つも並んでいる。
天井も高く、電灯はずっと明るい。窓も広く、遮光布まで付いている。さらに音響機器から、ノリトが聞いたことも無い音楽が流れていた。古典音楽というらしい。
何より目を引くのが、右側の壁に沿って並べられた長テーブル、その上にどっさり並べられた料理の数々だった。炒り卵、様々な小麦麺に乾燥穀類食品、燻製肉、餡かけ肉団子、割擂馬鈴薯、盛りだくさんの生野菜、そして、大鍋で湯気を立てている魚介と野菜煮込。
さすがに給仕はいないが、食器盆と食器類も並んでいるところから見て、食べ放題形式で好きに食べろということなのだろう。これだけの食材を揃え、調理して出せるのは、大きな都市島の食堂にでも出向く必要があった。
「何なのこれ?」
「すごいでしょ~」
二人の驚きように、トゥシェが嬉しそうに言う。
「ガイツハルス少佐が着任して、まず最初にやったことが食堂の改装なんです」
「あいつ、馬鹿なんじゃないの?」
そう言い捨てながら、イオキベは食堂室に突入した。
「イオキベさん、ノリト君、待っていました」
二人の顔を見て、スズ・オラシオン大尉が立ち上がる。
窓際の丸テーブルのひとつに、彼女も含めて6人が待ち構えていた。全員、トゥシェと同じく、討竜部隊の赤い騎兵服を身に着けている。オラシオン小隊で間違いないだろう。
スズを除いて、皆一様に固い表情をしている。
「皆に紹介するわ。この人が――」
「イオキベだ、よろしくな」
軽く手を上げただけで、小隊の方には禄に顔も向けず、イオキベは料理に向かった。食器盆を引っつかむと、大皿にもりもりと料理を乗せていく。その様子に、小隊メンバーは呆気にとられた。
「えっと……ノリト・オロスコフです。よろしくお願いします」
立ち位置に困って、少年はひとまず頭を下げた。
オラシオン小隊は呆然としている。
「彼がノリト君……」
大いに苦笑しながら、スズが紹介した。
「イオキベさんはあんな調子の人だから、取り敢えず私たちも食べましょう」
「はあ……」
誰かが気の抜けた返事をしたのを切っ掛けに、小隊一同はのそのそと動き出した。
「ささ、ノリトくん! 私たちも食べよう!」
「は、はい!」
トゥシェに背中を押されて、少年も料理が並ぶテーブルに向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「何これ、うめぇ! アスパラ? こっちはクレソン! 超うめぇ!」
流し込むように、イオキベは野菜を食べていた。既にブイヤベースを2皿、他の料理も食べるだけ食べた上、ひたすらに野菜盛りに取り掛かっている。野菜好きの彼にとって、野菜食べ放題は天国だった。食べる邪魔にならないように、金髪は軽くまとめられ、ひと房の流れを肩から胸元に作っている。
ノリトも唾を呑んで食器盆の上のブイヤベースを見つめていた。昨晩は、ピュラーの弁当をイオキベと分け合っただけなので、かなりお腹が空いている。
(煮込まれた野菜、魚、貝、そして……海老! 大きい海老!)
「食べないの?」
「た、食べます! いただきます!」
右隣の椅子を引いたトゥシェに促されて、ノリトは猛然と食べ始めた。
「……!……美味しいっ!」
「にひひひ」
特に自分が作った訳でもないのに、トゥシェが嬉しそうに笑う。
美味しい物が食べられるこの上ない喜びを、少年は味わっていた。今頃、工房で一人食事を摂っているであろう、ピュラーのことを思い出す。
(ピュラーにも食べさせてやりたいなぁ)
オラシオン小隊の面々も、料理を取って同じテーブルに着席し、皆、黙々と食べ始める。
イオキベの左隣に、体格の良い、黒肌の男性が座った。身長はイオキベと同じぐらいだが、騎兵服を盛り上げているがっちりとした肩が、全身にみなぎる筋肉を象徴している。
「あんた、近衛大隊に居たんだって?」
「んむ?」
不意に彼が、イオキベに話しかけた。
その黒い瞳からは、今にも火を噴きそうだ。
イオキベはもしゃもしゃとレタスを頬張っている。
小隊メンバーに緊張が走るのが、ノリトには分かった。海老の殻を剥く手を止め、恐る恐る視線を上げると、スズが困った顔をして、口を挟むタイミングを計っている。
――近衛大隊と討竜部隊は、昔から犬猿の仲だ。
「『ホーム』を守る」ための近衛大隊と、「人類の居住地域を守る」ための討竜部隊。
どちらも竜と戦うことを使命とする航空騎兵だが、人類の最終防衛線を維持する近衛大隊に比べて、辺境ならびに竜との最前線に配属される討竜部隊では、戦死者の数も比較にならなかった。
しかも、近衛大隊の中には、「エリート騎兵のみが配属される」と広言して憚らない者もおり、討竜部隊メンバーの多くが「引きこもって偉そうなことをほざく」それらの連中に対して、悪感情を抱くのは当然とも言えた。
さらに、イオキベとノリトは、オラシオン小隊にとって突然の闖入者だ。司令官と大尉の顔見知りという背景を利用して、小隊に紛れ込んできた異分子、そう捉えられてもおかしくは無かった。
「大尉の元教官だそうだが、今は民間人だ。ここではここの流儀に従って――」
「魚介と野菜煮込、旨いぜ? 食えよ」
本当に美味しそうな顔で、まるで昔からの友人にでも話しかけるように、イオキベは言葉を返した。
「お、おう」
まったく思惑違いの反応に呑まれ、黒肌の彼は、思わずスプーンを手に取る。
「……彼がアウダース・ゼール中尉、二番機操縦手、頼りになる副官よ」
すかさず、オラシオン大尉が言葉を挟んだ。
絶妙な間の取り方に、ノリトは舌を巻く。
指揮官としての彼女の才覚は、伊達ではないようだ。
「俺はパーセウス、パーセウス・イオキベだ。よろしくな」
イオキベは、嬉しそうな笑みを浮かべ、黒肌の彼に握手を求める。
「……よろしく」
束の間の沈黙の後、アウダースは観念したようにスプーンを置き、その手を握った。少年は、小隊メンバーの緊張が一気にほぐれるのを感じた。
それを契機に、スズによるメンバー紹介が、時計回りで始まった。
「アウダースの左隣、ソブリオ・フェルマー少尉、二番機の攻撃手」
銀髪の青年が、軽く頭を下げる。非対称に切りそろえられた前髪で、右目はほとんど隠れている。
「その隣、レーニス・ウルゼン少尉、三番機の操縦手」
「よろしくお願いします」
薄茶色の髪をした彼が、穏やかな口ぶりでそう言った。さっきまで一番緊張していたのが、彼だ。
「さらに隣、アンテット・クライシ少尉、三番機攻撃手」
「よろしくぅ」
褐色の肌の女性が、肩をすくめながら言う。緩くウェーブした長い金髪、気の強そうな赤橙色の瞳が印象的だ。
「そして、私の左にいるのがラソン・スピーア、四番機の攻撃手よ」
「はじめまして」
短髪を派手な黄色に染め上げた青年が、口角を上げて挨拶する。その髪色とは対照的に、落ち着いた声と、理性的な目をしていた。
「後は、ノリト君の右隣、トゥシェ・ドゥルキス、四番機操縦手」
「もう昨日からお馴染みさんだけどね」
少年の手をにぎにぎして、栗色の瞳の彼女が言う。昨日からならお馴染みさんじゃないだろ――と突っ込むことも出来ず、ノリトはただ、顔を紅くした。
「わあ! 照れちゃってるよ! 可愛いね~」
アンテットと呼ばれた褐色の肌の彼女が、冷やかすように言う。
「空軍士官学校出たばっかりだもん、かわいいいよね~」
「あ、いえ、自分は落ちこぼれで……」
「いいのいいの、人生色々あるからね!」
良く分からない慰めの言葉に加え、自分より背の低いお姉さんに頭を撫で撫でされて、少年の顔は耳まで染まった。男性陣はそんな様子をにこやかに見守ったり、苦笑したりしている。
ノリトは、自分が独りだけ、子供でいることを痛感した。
「しかしまぁ、ホントにここ、航空騎兵の基地かよ? 朝飯から魚介と野菜煮込とは、信じられない話だぜ」
もしゃもしゃと千切り玉菜の和え物を頬張っていたイオキベが、急に話題を変えた。
確かに基地の食事と言えば、味もそっけもない、でも栄養だけはある、合成粘状食が一般的だ。天然素材の、しかも手の込んだ料理が出てくる基地など、ノリトも聞いたことが無かった。
「ガイツハルスの野郎さ。『常に竜との最前線で戦う我が討竜部隊の兵士には天然かつ新鮮な食材を欠かさずに戦力の維持・向上は有り得ない!』とかぶち上げて、しかもそれを本隊が呑んだらしい」
イオキベの左隣で、忌々しそうにアウダースが言った。まるで敵討ちのように、餡かけ肉団子を口に放り込む。
「ふーん、あいつ昔っから、そういう才能はあんだよなぁ」
大口を開けて割擂馬鈴薯を頬張るイオキベ。
「はっ! あたしらを出汁にして、自分の趣味を満たしてるだけだろ? 『天然食物で無ければ私の口には合わん』……とか言ってるし」
フォークで燻製肉を刺しながら、アンテットがガイツハルスの口真似をする。その豊かな胸を張り、口をすぼませて基地司令の真似をする様子に、銀髪のソブリオが思わず吹き出した。
「でもそのお蔭で、隣の都市島の食品生産工房は賑わってるじゃないか。民間に経済的貢献をしてるとも言えるんじゃない?」
ムール貝の身を丁寧に殻から剥がしつつ、レーニスが口を挟む。薄茶色の瞳が、上官に対するみんなの物言いに、困ったようにくるくる回っている。
「食糧に予算を回して、小隊には予備機も無い、なんて本末転倒ですけどね」
苦笑いしてラソンが言った。笑うと、細い目がいっそう細く、糸のようになる。
「まあともかく、十分に美味しい物が食べられるんですもの、いいじゃない」
同じく苦笑しつつ、乾燥穀類食に天然牛乳を注ぎながら、スズが話題に入った。
「それはまあ、尤もですが」
大袈裟に渋面を作りつつ、アウダースが頷く。
「……ガイツハルスが来て、唯一良かったことですからな!」
その言葉に、一同はどっと笑った。
「ご馳走さん! あー! 旨かった!」
グラスの水を飲み干し、イオキベが手を合わせる。
「あー!……契約して良かった!」
再び、一同はどっと笑った。
すっかり和やかになった食堂室の窓から、朝焼けの終わった絶床空間の青が見えた。
次々と食べ終わるメンバーに遅れないように、ノリトは海老の殻を剥く作業に戻った。
(つづく)
んー、何と言いますか、主人公のセリフ少なっ!
あと、お腹空いたっ!
次回「航空騎兵」。
さあ貴方も、絶界でフライ・ルー!(ぶいやべーす!)