(三十七)窒素封印機体・6
「うそだろ……」
ソブリオが思わず漏らした言葉を、否定する者はいなかった。イオキベは、むっとした表情を返すと、改めてやってみせる。
「いや、だからさぁ、いい? ここで、パ、ドン、ツーツーのぴろぴろ!…………っつーわけ!」
「何が『ツーツーのぴろぴろ』だ……」
呆れ顔のアウダースが苦虫を噛み潰したような顔で肩をすくめる。
「近経路操作こそ命綱」と隊員たちに言い聞かせた直後に、それ無しに抜群の空中機動を仮想再現されたのだから、台無しだ。
パーセウス・イオキベの座る模擬飛行訓練装置の風防様式扉は大きく開かれていて、その周囲にオラシオン小隊の面々が集まっている。
『翼盾の振りの慣性モーメントで頭を上げて人型形態に移行して電磁砲照準まで2秒』を近経路操作抜きで再現してもらうためだ。
「だからさぁ、いい?」
金髪の青年は、今度はもっとゆっくりやってみせることにしたらしい。
「パ!」――左右の操縦桿から手を放す。自然位置に戻されたそれらが、画面の中の航空騎兵に、翼盾を振らせた。
「ドン!」――左右の踏板を同時に踏み込むと、画面の中の航空騎兵は思い切りよく推進装置を吹かせ、頭を上げてた。いつの間にか左手は左操縦桿に掛かり、仮想質量を6時方向に寄せている。
「ツーツーの……」――左操縦桿が要領よく仮想質量を制御する中、右手が至上命令走査盤に素描した形態移行命令に応じ、航空騎兵は瞬時に人型起動形式への移行を開始した。
「ぴろ」――右操縦桿で形態変更中の航空騎兵の上半身を手際よく制御しつつ、視線を走らせる。
「ぴろ」――。
その視線が目標に一致した時には、人型形態への移行を完了させた航空騎兵の電磁砲は、視線追尾照準系統に基づき、同じく目標に照準を一致させていた。
「…………な?」
「な? じゃねぇよ!」
ついにアウダースは声を荒げた。
「だいたいなんだその『パ!』って! 直接導線油圧駆動みたいな使い方すんな! 紀元前か!」
「やれんだから何でもいいだろうがよ!」
「操縦桿握り損ねたらどうすんだ!」
「いやだからおススメはしねぇよ……」
「『ドン!』の時にプラズマ推進と同時に重力偏向掛けてますけど、重力子起動運動制御の踏板操作はどうやってるんですか?」
「プラズマ推進制御踏板と同時に踏むの、えー、つま先でこう……」
「そんな無茶な……踏み外したらどうするんです?」
「いやだからおススメはしねぇよ?」
「あんさぁ、『ツーツー』の時の形態移行命令、失敗ったらどうなんの?」
「そりゃ失速しちゃうけど……」
「中尉、こん人あたしより馬鹿だと思います」
「いやだからおススメはしねぇよ!」
「『ぴろぴろ』とか馬鹿みたい」
「いやだからおススメはしねぇって言ってんだろうがよ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……無茶苦茶なんですよ、あの人」
限りなく詰問に近くなっていくオラシオン小隊各員からの質問に答えるイオキベの答弁が限りなく抗弁に近くなっていく様を眺めながら、ノリトは五目炒飯を頬張っていた。
昼食に置いて行かれた恨みの分だけ、眼差しは黒さを増している。
食堂室には誰もおらず、方々探し回った末の模擬飛行訓練室で、ようやくご飯にありつけたのだ。
「そうね」
その傍ら、同じく壁際に腰掛けた、スズ・オラシオンが苦笑した。手持ち無沙汰なのか、よく冷えたお茶を注いでくれる。――烏龍茶と言うらしい。
「お腹すいてたんでしょ? ゆっくり食べて」
「は、はい……」
黒髪の大尉に宥められて、少年の溜飲はいくらか下がった。そもそも、彼女が取り置いてくれていなかったら、完全に食べ損ねるところだったのだ。
注いでもらった烏龍茶をすすると、さわやかな渋みと苦みが、さっと口の中の油分を洗い流し、ほんのりとした甘みを残すと、鼻に抜け、消えていく。
「……ありがとうございます」
スズは、ただ微笑みでノリトに応えた。そのまま、いまだ喧々囂々たる隊員たちの方へ視線を戻す。
いわゆる「体育座り」という姿勢のその背中には、長い総髪の尾が、ゆるやかにうねっていた。
こんな風に、ただ何気ないときに見せる彼女の居住まいは、時にあどけなさを感じさせて、少年を困惑させる。
「……あれ、いいんですか? 放っておいて」
仕様が無くてノリトは、言葉をつないだ。
向こう側は、とても賑やかだ。
「……いま、対応策を検討中」
今度は、彼女は、少し困った笑みを見せた。
少年も仕方がなく、笑う。
昼食後の「パ、ドン、ツーツーのぴろぴろ」のお披露目は当初、アンテット達を抜きにしてやる予定だったらしい。――それが、どういう成り行きか、こういう事になっている。
(こんな風にしてても、取りまとめるタイミングをうかがってるのか……)
スズ・オラシオン大尉の気苦労を知った気がして、ノリトは言葉を失くした。
仕方がなくて、改めて五目炒飯を頬張る。気分が和らいだせいか、素直に、その味が飛び込んできた――うまい。
冷えた合成粘状食の味気なさには、もはや何の感慨も持たないほど馴れているが、同じ冷えた食事でも、目の前の一皿は次元が違う。
程よく油と絡んだ白米は、一粒一粒が際立って、口の中で踊るようだ。ふんわりとした炒り卵、人参、椎茸、ピーマン、肉、ネギ、大蒜、そして空豆が、その舞台で次々に自己主張しながら、噛み進めるうち、油の中に渾然一体となっていく。
(簡単そうだけど、今時、贅沢な料理だよなぁ)
いつの間にかノリトは、夢中になって一皿を平らげていた。最後に、冷えた烏龍茶を流し込む。――遅い昼餉の終幕だ。
「ああ…………」
心から満足の吐息をついた時、黒髪の大尉の微笑みが、こちらを捉えていることに気付いた。
「ご、ご馳走様でした!」
「……二人の食べ方って、似てる。同じ工房だから?」
不意のフランクな一言に、少年は混乱した。
水色の瞳が、悪戯っぽく笑っている。
「さあ……夢中な時は皆、こんな感じじゃないですかね?」
「ふふ、そうなのかも知れないわね」
首筋に手をまわしながら、オラシオン大尉は壁に背を持たせかけた。――やわらかい所作にどきまぎして、ノリトは前を向く。
「あの……大尉もあんな感じで、イオキベさんから教わったんですか? 『パドンツーツーのぴろぴろ』的な……」
「空軍士官学校で? ううん、『近経路操作こそ航空騎兵の命綱』って学んだわよ、それこそ、教科書通りに。ただ……一度だけ」
「一度だけ?」
「特別教習だって、全手動操縦を教わったことはある……すごかったなぁ、あれ」
突然スズは、ひどく遠い目をした。
ノリトは、言葉をつなぐ事を忘れた。
「……さぁて、そろそろいいかな? 向こうを片付けに行きましょう」
大尉は伸びをすると、立ち上がる。
少年も立ち上がりつつ、慌てて言葉をつないだ。
「ど、どんな感じだったんですか……?」
「全般ね、擬態語なの。グイグイのドーン!……ぽひょぽひょツイツイからフリフリのガーン!……みたいな」
そう言って、スズが笑う。
墨のような総髪が、戯けたように踊った。
ノリトも、釣られて笑う。
向こう側は、いまだに賑やかだった。
(つづく)
そういえばコクピットの中どうしようとか全然決めてなくて困った挙句のこのお話!
決めとけよ! 最初から!
サイドスティック(左右に操縦桿)であることは決めてたんですがクリティカル・パッド(至上命令入力盤)はどこに置こうとか重力偏向はどう操作すんのとかその他どこをどう操作したら何が出来んのとかこれからも何となく決まっていくはずです!(えー)
でも今回だいぶ固まりました!(えー)
そして相変わらず飛ばない!(えー)
まだしばらく飛ばないです!(えー)
飛べ!イサミ!(えー)
されば次回まで、ごきげんよう!
フライ・ルー!(えー)




