(三十六)窒素封印機体・5
「ほんとに二人だけでやるんですか?」
柄にもなく作業に精を出しているイオキベの背中に向け、ノリトは三度目の問い掛けをした。
総身伝達確認は、その知識はあるものの、ノリトには初めての作業で、かなり気を使うものだった。熟達した整備士の助けがあるなら、それに越したことはない。その先にはさらに、分解整備が待っているのだ。
黒髪の少年のもっともな疑問に対し、金髪の青年はいかにも心外そうな表情を返す。
「しつけぇなぁ……二人でやんだよ」
「人手があれば工期だって……」
「これはうちが受けた仕事だから、うちできっちりやんの! 部外者にこんなわくわく仕事、任せてたまるか。……いいからそこ、しっかりやれよ」
「はぁ……」
仕方なくノリトは、右腕末端神経回路付近、人間でいえば手首にあたる部分の伝導繊維束に、接源測定器を据え付けた。鈍い金属音がして、測定器の感知端子が内部に潜り込んでいく手応えを感じる。
先ほど耐劣化保管状態から目覚めたばかりの黒灰色の旧型航空騎兵は、いまや四肢、人型形態時には手足にあたる部分の外装が外され、伝導繊維があらわになっていた。
異常が出ない事を接源測定器で確認しながら、大型開創器を使い、伝導繊維を慎重にほぐし開いていく。
――伝動繊維といっても、航空騎兵の手指に該当する、一抱えもあるほどの強靭な機能高分子繊維の塊だ。竜種との組打ちすら想定されて製造される伝導繊維をほぐし開くのは、並大抵の労力ではなかった。
「……しくじんなよ!」
「わかってますよ!」
(だから手伝ってもらった方がいいのに……)
ノリトは内心で愚痴りながら、それでも手元に集中した。
――黒灰色のこの機体は、まだ整備台座に接続できておらず、従って何の動力も通っていない。まだ基底入出力機構も立ち上がっていないため、一切の入出力が不可能だ。
通常なら期待できる自己修復機能が僅かも働いていない状態で、無暗に機体を損ねることは出来る限り避ける必要があった。――大体、無事に動くようになるかどうかも分からないのだ。
「……集中しろよ!」
「ちゃんとやってますよ!」
(いちいち声掛けなくていいのに……)
さっきまで右脚部に取り掛かっていた碧眼の青年は、すでに左腕部の作業に移っていた。――流石に早い。
本人の作業にあわせてひらひらと踊る、ひと房にまとめられた金髪を見ると、その小気味よさにいらいらしてくる。――黒髪の少年は苛立ちを追いやると、その黒い瞳を目前の作業に集中させた。
外側から内側に向け、徐々に徐々に、伝導繊維をほぐしながら開き、開放状態で固定し、その次の層を目指す。
ほぐして、開いて、固定する――。
ほぐして、開いて、固定する――。
少年は、自分がひとつのリズムになっていることを感じた。
ほぐして、開いて、固定する――。
ほぐして、開いて、固定する――。
繰り返し、繰り返し、丹念に施していくうち――。
ついに、大型開創器の先端が、こつんと何かに当たった。
(――来た!)
ノリトは思わず小躍りしたくなった。
幾重にも重なる伝導繊維、その中に守られた感応内部小骨に、ようやく到達したのだ。
(――綺麗だなぁ)
少年は我知らず、感嘆していた。ついに開かれた伝導繊維の中には、真っ白い内部小骨が顔を出している。
「小骨」といっても、それは航空騎兵のサイズにおいての話で、実際にはノリトの腕ほどの太さがある。また、「骨」というほどには全体が固い訳ではなく、部分的に軟骨のようになっていて、細かな節目を作っていた。
――外装に覆われた航空騎兵は、外装そのもので何かを感知することは、基本的にできない。
何らかの接触などによる各種の振動は、外装、伝導繊維を通じ、感応内部小骨が受信する。その中にはさらに光神経線維束が存在し、受信した情報が制御系統にフィードバックされる仕組みだった。
その光神経線維束、総身伝達確認に必要な末端神経回路まで行きつくことが、今回の一大事なのだ。
(よし――)
ノリトは額の汗を拭うと、得物を小型の掘削機に持ち替えた。先んじてイオキベから教授された通り、露出した感応内部小骨の最も固い部分を選ぶと、1センチメートル四方の四角形を描くように、四隅に穴を開けていく。
ふと手が滑り、中まで突き通しそうになって、少年は冷や汗をかいた。――末端とはいえ、神経系を傷つけては大変だ。
残りの穴は、より一層、注意して開けていく。
(次は――)
厚手の手袋を嵌めると、糸状鋸を必要な長さにカットし、これまた慎重に、穴から穴へくぐらせる。持ち手を取り付け、中身を傷つけないようゆっくりとそれを引けば、数分掛けてようやく、一辺が切断される。――残りの三辺を切断し終えるころには、ノリトの両腕はすっかり、くたくたになっていた。
厚さは1センチメートルほど――結果的に、ほぼ正方形で取り出したそれをつまみ上げながら、少年はつくづくとそれを眺めた。
(不思議だ――)
断面を見ると、航空騎兵の感応内部小骨は、いくつもの極小の管を集めたような形になっていた。――詳しく学んだことはないので当て推量に過ぎないが、ノリトにはそれが、人間、あるいは動物の骨と、とても似ているように思えた。
(いやいや、こうしてる場合じゃないや)
少年は黒髪を振ると、放り出すには忍びなくて、その小片をウェストポーチに入れる。そして、作業の仕上げに取り掛かった。
伝導繊維束に潜り込ませていた測定器の感知端子を引き上げると、細心の注意を払いながら、今しがた開けたばかり空間にそれをすべり込ませていく。――結果はほどなく訪れた。
小さな地響きのような音がして、微かに光が走る。――接源測定器の感知器が、目当ての末端神経回路に接続したのだ。
漏電がないことを抜かりなく確認すると、ノリトは接源測定器から動力容量器へ、そして動力容器から整備台座本体のフラクタル動力へ、防護信号線を手早く這わせる。
「整備台座への接合、よし。動力容量器への接合、よし。対象への接合、よし」
ひとつひとつ、指差し確認する。――最後に少年は、その黒い瞳を走らせながら、感応内部小骨の開口部とその周辺各所を指先で丹念になぞると、満足の溜め息をついた。
「開口部の他、損傷なし、よし!」
両手を広げ、大きく伸びをする。――ずっと屈んだ姿勢で作業をしていたので、解放された筋肉が、喜びの悲鳴を上げる。
「……イオキベさん! できました!」
――機体復元専用に隔離された一角に、ノリトの声が響く。
「イオキベさん! できました!」
「…………イオキベさん?」
「…………えっ! なに? うそっ!」
不意に時計に目をやると、数字表示式のその文字盤には、昼食時を大幅に過ぎた時刻が表示されていた。――どうやらイオキベは、作業に没頭する少年を置いて、昼食に行ったらしい。
「…………うそーーーーーーーん!」
黒灰色の旧型航空騎兵が沈黙するその一角に、ノリトの声がむなしく響いた。
(つづく)
なんか、なかなか飛ばないですね、旧型機……。
なんか、地味な整備シーンばかりで、どうなんでしょうね……。
竜は!?
美少女は!?
派手な空中戦は!?
えー…………また次回!(逃避)
ごきげんよう!
フライ・ルー!(逃避)




