表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/39

(三十五)窒素封印機体・4

『……いいだろう(ウェルダン)


 頭部送受信機(ヘッドセット)から響く低音に、レーニスはほっと肩をなでおろした。教官表示画面(モニター)に映っているアウダースのいかつい顔が、心なしかほころんでいるのが、何より嬉しい。


『だが相変わらず近経路操作(ショートカット)がうまくないな。設定、見直して来い。やり直し(アゲイン)


 間髪入れずに指摘されて、はしばみ色(ヘーゼル・カラー)の髪の彼は、なでおろした肩をさらに落とした。画面の中のアウダースの目が、いかつく光っている。


 模擬飛行訓練装置フライト・シミュレータのキャノピーが大きく前方に開くと、傍らには腕組みをしたアンテットが笑っていた。


「あんたさぁ、そんだけショートカットを入れてんのに、何で使わないわけ?」

「そんなこと言われたってさぁ……」


 金髪も鮮やかな彼女に笑われて、青年はいっそうしょげ返った。――これが思う通りに行くなら、今頃は中尉にだって上がってるさ――その言葉を飲みこむ。


 本来なら複雑で繊細な技術を要する戦術航空騎兵(エアランサー)の操作は、制御系統(マスタリ)の継続的な近代化改修(バージョンアップ)により発達した近経路操作(ショートカット)により、飛躍的に改善された。


 特に操作系が複雑になる人型形態(ジュブナイル・モード)時は、任官して日の浅い少尉級操縦手(オフィサー・ライダー)では戦闘すらままならない場合が多い。


 これを改善し、新兵級(リクルート)でも即座に戦場に出ることが可能になるよう開発されたのが近経路操作(ショートカット)であり、蓄積され、洗練され、誰でも駆使できるように整備されたのが航空技術元型マニューバ・テンプレートであった。


 近経路操作(ショートカット)はその名の通り、結果として期待される推力や機動に至るまでの煩雑な操作を、状況に合わせた調整まで含め、有機電脳に任せるものだ。


 例えば、斜め下方宙返り(スライスバック)で一定の推力を稼いだ後、人型形態(ジュブナイル)に移行して背後に追いすがる敵に向き直り、電磁砲(レールガン)乱射によって体勢を乱させた後、一撃必殺の撃槍(パイルバンカー)を発射する――こういった複雑な空中機動を亜音速、あるいは超音速で竜種(ドラゴン)と繰り広げるには、操作系が単純でなければ、人間の脳の認識と操作の限界を越えてしまう。


「お前、航空技術元型(テンプレート)の組み方は上手いのになぁ……なんで実践できないんだ」


 アンテットより向こう側、大型の浮上式画面(フロート・モニタ―)の前では、筋骨たくましい両腕を組みながら、黒肌の中尉は小首を傾げていた。――さらにその向こう側にはもう一台の浮上式画面が稼働しており、そこではトゥシェが必死な様子で画面を操作しているのが見える。


 アウダースが見つめる浮上式画面には、レーニスが彼専用に特化(カスタマイズ)した航空技術元型マニューバ・テンプレートが、抽象化された記号画像(アイコン)として、いかにも整然と展開している。


「だって中尉、レーニス(こいつ)すんごい優柔不断(ゆうじゅう)じゃないですか? 近経路操作(ショートカット)だって形態(モード)ごとに16個もフルでつかってんのに、判断遅れちゃうから有機電脳(バイオニック)の負荷も高いのなんのって……」

「お前は他人のことを言えた義理か?」


 雷鳴に似た黒い瞳を向けられて、褐色の肌の彼女は舌を出した。


 アウダースの画面掃作(スワイプ)によって画面に表示されたアンテットの航空技術元型(テンプレート)の展開は、一言でいってぐちゃぐちゃだ。


「得意な機動(マニューバ)ばっかりやってるからこうなるんだ。いいか? 積み上げた技術元型(テンプレート)の数が多ければ多いほど、お前には選択肢が増えるんだ。近経路操作(ショートカット)の登録数は当然限られているが、近経路操作切替操作ショートカット・スワップによって表現可能な機動リプロダクション・レンジは累乗的に増加する。空域とその気象、戦術と関連人員、つまり状況に合わせて必要な短絡経路操作(ショートカット)を準備し、いかなる戦局も乗り越えられるようにすることが大事なんだ。多目的機(マルチロール)であるFFR-135スレイプニルが活用できるのはその搭乗者が多目的(マルチロール)だからこそで……」


(あーやべぇ、やべぇわぁ、完全にお説教体勢(プリーチング・モード)じゃん。……そういえば、お昼のメニューはなんだったっけ、ゴモク・チャーハンとかいうのだったような。「ゴモク」ってどういう意味? そういう名前の動物? 「チャーハン」って、人の名前だっけ?)


 神妙な顔をつくりつつ、アンテットは昼ご飯のことを考えることにした。


「あーん! 中尉! また失速(ストール)しちゃいましたぁ!」


 甘ったれた声がして、アウダースの額に稲妻の筋が浮き上がった。――浮上式画面の前で、トゥシェ・ドゥルキスが両手を組みながら眉根を寄せ、栗色のおかっぱ髪(ボブヘア)を揺らしている。


 思わず上がりそうになる怒声を飲みこんで、アウダースは彼女の方に向き直り、大きく溜め息をついた。――大尉(キャプテン)を目指す彼にとって、性差別(ハラスメント)などで指弾される訳にはいかないのだ。


(ナイス、トゥシェ!)


 厳格な中尉のお説教から解放されたアンテットが、アウダースの背後でガッツポーズを取る。


「お前、(IF)はいいんだがなぁ……」


 トゥシェは未だに、ひとつの航空技術元型マニューバ・テンプレート専用特化(カスタマイズ)するのに四苦八苦していた。


 推力と機動に関わるひとつひとつの操作を組み直し、自分が扱いやすい「元型(テンプレート)」にしていくのだが、現実的な範囲を超えると、「失速(ストール)」が発生してしまうのだ。


「だってぇ、推力もちゃんと増加してるのに、高度取ると勝手に失速しちゃうですもん……」


 トゥシェが組み直している航空技術元型経路図マニューバ・ダイアグラムを眺めながら、アウダースは改めて溜め息をついた。


「いや、だからそれは、機首上げが早過ぎだと、何度も言ってるだろうが……重力制御は大きな瞬発力をもたらすが、気流を無視できるほど万能じゃない。お前の搭乗機には実体があるんだ。下手に高度を取ろうとすれば気圧に『打倒(ノックダウン)』される。特に超音速飛行においては…………ちょっとまて、この機動、どの速度下で行うつもりなんだ」


「マッハ5です」

「馬鹿かお前!」


「わーん! 馬鹿って言われた! 中尉に馬鹿って言われたぁ!」

「あー! 中尉がトゥシェを泣かしたー! なーかしたーなーかしたー! おねえさん兎(シスター・ラビット)に言ってやろー!」


「…………気をつけ(アテンション)!」


 ついにアウダースの怒声が飛び、三人は直立不動(気をつけ)の構えを取った。――レーニスには理不尽な気もしたが、この際仕方ない。


「くちばしの黄色いひよっこが、俺に文句か?」

いいえ、ちがいます(ノー・サー)!」

「卵の殻も取れない奴が、俺に意見か?」

いいえ、ちがいます(ノー・サー)!」

「自分の飛び方も心得ない奴が、訓練を拒むのか?」

いいえ、ちがいます(ノー・サー)!」


 今にも稲妻をまき散らしそうな眼差しで、アウダースは三人を見渡した。


「……よし(グッド)! それでは、訓練を続ける!」

了解であります(イエス・サー)!」


「トゥシェ、貴様は航空技術元型マニューバ・テンプレートの組み上げを続けろ。ただし、音速比(マッハ)1以下でだ! それと、泣き真似(シャム・ティアーズ)はもう少しうまくやれ!」

了解であります(イエス・サー)!」


「アンテット、貴様はレーニスに替わって模擬飛行訓練フライト・シミュレートに入れ。ただし、近経路操作(ショートカット)は8つ以上使え! それと、上官の背後でガッツポーズをするな!」

了解であります(イエス・サー)!」


「レーニス、貴様は近経路操作(ショートカット)設定を減らせ! むしろ近経路操作切替操作ショートカット・スワップを駆使することを考えろ! それと、あー……何でもいいから頑張れ!」

「い、了解であります(イエス・サー)!」


「いいか! 技術元型(テンプレート)を組み上げ、近経路操作(ショートカット)にうまく設定しろ! 近経路操作(ショートカット)こそ、航空騎兵の命綱だ! それを忘れるな!」


了解であります(イエス・サー)!」


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 電算室にまで響き渡ってきた中尉の声に、苦笑しつつも、スズは安堵した。


 イオキベが来てからの彼は、より強く上昇志向を持つようになった反面、少し賢明(クレバー)にやろうとする傾向が見えている。


 これを指摘したら、彼をひどく傷つけることになるだろうが、それはアウダースの柄じゃないと、スズ・オラシオンは感じていた。


近経路操作(ショートカット)こそ命綱……か。僕もそうやって叩き込まれましたよ」


 その銀髪の奥から、透明な機能高分子繊維(スパイバー)製ガラスで隔てられた模擬飛行訓練室シミュレーション・ルームを眺めつつ、やけに懐かしげにソブリオが言った。


 向こうと比べて手狭な電算室は、模擬飛行訓練室とは反対側の壁に大型の浮上式画面フローティング・モニターがある以外は、大型汎用電算機(メインフレーム)とその端末に覆われていて、三人もいればそれで一杯だ。


近経路操作(ショートカット)こそ命綱……か」


 いかにも複雑な顔をして、黄色い髪のラソンがつぶやいた。――そのつぶやきを聞き、スズ・オラシオンは改めて、浮上式画面に目をやる。


 スズ、ソブリオ、ラソンの三名は、数日間の対弩級竜種(vsドレッドノート)想定訓練で蓄積された、パーセウス・イオキベの飛行記録(フライト・レコーダー)を観察していた。


近経路操作(ショートカット)、使ってないですね、彼……」

「これ、中尉が知ったら何ていうか……」


 二人の言葉に、黒髪の大尉は、肩をすくめる。


「型破りな人ってことが改めて確認された、そういうことでしょう。……アンテット達には内緒にしときましょう。真似すると行けないから」


 三人は少し、笑った。


「あー、もうちょっと参考にできると思ったんだけどなぁ……これじゃあ、真似のしようもないですよ。見てくださいよ、ここ。翼盾の振り(ウィング・ロール)の慣性モーメントで頭を上げて、人型形態(ジュブナイル)に移行して電磁砲(レールガン)照準まで2秒です。近経路操作(ショートカット)無しで」


「慣性モーメントだけで頭を上げたんじゃなさそうよ? ここ、プラズマ推進装置(スラスター)を一瞬、吹かしてる。内部骨格(スケルトン)仮想質量(イマジナリ・マス)も6時方向にずいぶん寄せて、ほら、ここでまた戻してる」

「どんな操作したらそうできるです? 手動(マニュアル)で」


 ラソンの問い掛けに、スズの声が止まった。


「……後で、やってもらいましょう、彼に。依頼主(クライアント)からの希望(オーダー)として」


 三人はまた、少し笑った。


「あーあ、こっちはあっという間に終わっちゃったなぁ……戻りますか、模擬飛行訓練室(むこう)に」


 背伸びをして、ソブリオが言った。

 うなずいて、踵を返すスズ。


 その瞳を、ラソンの細い目が捉えた。


「……どうしたの?」

「なぜあれだけの人が退役してるんですか? 工匠(アルチザン)とはいえ、退役が許可されるレベルじゃないですよ」


 スズは大きく苦笑した。


「本人に聞いてみれば? 元々、軍人ていう柄じゃなかったんでしょう。大方、命令違反で懲罰房行き(コンファインメント)、それでも素行は治らなくて、軍法会議(コート・マーシャル)の末に軍籍剥奪、放逐(イクスペル)ってとこじゃない?」


 ラソンもまた、大きく苦笑した。


「行きついた先が零細工房……なるほど、分かる気がしますよ。それにしてもまあ、二人だけで分解整備(オーバーホール)なんてよくやりますね」

「ほんとにね……そういう主義なんですって」


 スズが苦笑を重ねる。


「ピレルゴス曹長だって支援してくれるでしょうにね。……それとも、窒素封印(あの)機体に、何か秘密でもあるんですかね?」


 三人の動きが止まった。


「どうしたんだよラソン、らしくないな。あれが試験用に送られてきたのは、随分前だろ? みんな面倒がって触ってなかっただけじゃん、あれ」


 ソブリオの声に、ラソンが苦笑を重ねる。


「あー、ごめん、詮索好きなんて俺の柄じゃないな……。いろいろ型破りな人で、つい気になるんだ。……大尉、大変失礼しました」


 頭を下げたラソンに、スズは笑顔を返した。


「気にしなくていいのよ。だって、ここに来たときからして不審者じゃない、あの人。経歴だって不審だし、言う事は適当だし……それに私、ひとつだけ彼の秘密を知ってるの」


 虚を突かれた顔をして、ラソンの動きが止まった。

 肩をすくめながら、スズが言った。


超々音速飛行(UCR)の時、『ママ!』って言ったそうよ、ノリト君の話だと」


 初めて聞くスズの下手な冗談に、二人の動きが止まった。


「……これも私の柄じゃないわね」


 舌を出したスズに、思わず二人は笑った。




(つづく)




じみぃーに続きます。

じみぃーに。

じみぃー……へんどりっくす!(意味なし)


されば次回まで、ごきげんよう!

フライ・ルー!(へんどりっくす!!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ