(三十三)窒素封印機体・2
「ああ、これだこれだ」
にんまりと笑って、イオキベは言った。
機体復元専用に隔離された一角に、その声が響く。
「なんか、すっごいですね……」
耐劣化保管状態の旧型航空騎兵を眼前にして、ノリトは思わず声を漏らした。
専用の整備台座に据えられたそれは、灰色の塊のように見える。全体にうねる輪郭から、辛うじて航空騎兵機であることが理解できる程度だ。その機体は、討竜部隊用の通常機に比べて、二回り以上は大きく見える。
「さて、お仕事するかね。しっかしこれ、動きづれぇなぁ……」
いかにも動きづらそうに右腕を回しながらイオキベが愚痴る。
灰色の保護層の内部は、さらに経年劣化を防ぐため、大量の窒素が高圧で充満している――万が一にもそれが漏れ出せば、この復元室を死が包むことだろう。
黒髪の少年と金髪の青年は、それぞれに騎兵服を着用した上、さらに耐圧防護服に身を包むという念の入れようだった。
「これ、全然内部が見えないんですけど……」
興味津々で非破壊解析機を走らせていたノリトは、がっかりした顔をイオキベに向ける。碧眼をたわめてイオキベは笑った。
「完全無代謝封印状態だからなぁ……虚像把握でもつかめないぜ、それ。」
「ほんとですか!?」
驚愕して、少年は目を見張った――どんな素材を使えば、虚像把握すら受け付けない状態にできるのか、想像もつかない。
「という訳で、とりあえず防護層を除去しなくちゃならない訳よ……間違っても中の機体を傷つけないよう、丁寧に、丁寧に」
嬉しそうに研削機材を取り上げるイオキベの笑顔を見て、ノリトは溜め息をついた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――とは言っても、防護層の除去には、それなりにコツがあるようだった。
まず、機体の全容がおおまかに理解できるまで、全体の防護層を削り取っていく。
次に、十数箇所に、人差し指ほどの太さの機能高分子繊維性の針を打ち込み、それらの針を整備台座の整備状態管制に接続する。
さらにその針から、防護層下の機体の詳細を把握するために探査繊維を潜らせていく――。
「まあ、浮島内部の状態を調査する時と同じだよ。こっちの方が、かったるいけどな」
探査繊維が封印機体の全容を調査する、じりじりするような時間を堪えながら、イオキベが言った。
ノリトは探査の状態を示す制御盤を見つめていた。まるで植物の根が張り出していくように、少しずつ、探査繊維が封印機の全身を捉えていく。
「そういやノリト、浮島のフラクタル核から直接原動力を得る方法って知ってるか?」
どうにも時間を持て余したイオキベが続ける。
「探査繊維をじっくりと、浮島のフラクタル核まで潜らせんのよ――そんでもってすんげえ細分化された伝導繊維で接触すんの――しくじると爆発すっからな」
制御盤から視線を外し、嫌そうな目でノリトはイオキベを見た。封印機体だって爆発しかねないんじゃないでしょうね――そんな眼差しだ。
「無事に行ったら、伝導繊維を伝導束に集めて、さらに伝導網状にして、フラクタル核を包み込んで、伝導管につないで、原動力が取り出せるようになるわけ」
「……はぁ」
気の無い返事をして、少年は制御盤に視線を戻す。
「航空騎兵とはだいぶ違うんですね」
航空騎兵で使用されるフラクタル動力は、電磁石壁で形作られた動力中央に有機電解液を満たし、そこに据えられたフラクタル鉱石に磁力やアルゴンを作用させることで動力を得られる。今、イオキベから伝えられた方法は、だいぶ原始的なものに思えた。
「浮島のフラクタル核は活きてるからなぁ……んでまぁ、それが、ベネトナシュ基地の動力でもある」
「えっ」
意外な言葉に、ノリトは再びイオキベを見た。
「それって、この浮島を浮上させてるフラクタル核から、直接原動力を取り出してるってことですか?」
「そうだよ」
皮肉な笑顔で、金髪の青年は言った。
それって、自分が乗ってる枝を切り落とそうとしているようなもんじゃないのか?――そう想像して、少年はその、黒い瞳を揺らした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うーし! 排気設備、再確認!」
「万全です!」
ついにその時を迎え、少年の声は弾んでいた。
制御盤には、探査繊維が捉えた封印機の全身が映し出されている。
大きい――防護層を差し引いても、通常機より二回り近くその機体は大きかった。
「石切り、開始!」
イオキベが制御盤の記号画像を同時軽叩すると、その結果はすぐに訪れた。
整備状態管制から送られた指示と動力に従い、封印機全身の十数箇所、防護層に打ち込まれた機能高分子繊維性の針が反応、くまなく張り巡らされた探査繊維が破砕繊維として変化、膨張する。
堅固な繭のように封印機を包み込んでいた防護層にひびが走り、千々に砕けるのは、わずか一瞬の出来事だった――。
「うわっ!」
窒素ガスの噴出に、ノリトは顔をかばった
高圧で低温充填されていた窒素が、復元室を白く染め上げる――防護兜をしていなければ、瞬時に窒息していたことだろう。
「すげえ、すげえ!」
なぜか嬉しそうなイオキベの声。
音を立てて排気設備が稼働し、復元室の窒素が、急速に吸い出されていく。
数分後、少年の眼前には、眠りから目覚めた黒灰色の航空騎兵があった。
もう飛ぶのを止めて眠っていた機体は、黒灰色がいかにも眠たげで、くすぶっているようで、まるで自分のようだ――そう、ノリトは思った。
(つづく)
数名の方からコメント頂きました!(ひぃぃぃ!!)
有難うございます!(ひぃぃぃ!!)
前話投稿は、前々回の予告からなんと丸二年!(ひぃぃぃ!!)
遅筆というレベルじゃない!(ひぃぃぃ!!)
この馬鹿! 間抜け! 無能!(ひぃぃぃ!!)
それでも生きていきたいの!(ひぃぃぃ!!)
えー……。
次回は、2015年10月15日(木)18:00、掲載予定です!
されば次回まで、ごきげんよう!
フライ・ルー!(ひぃぃぃ!!)




