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(二十四)都市島・7

「イオキベさん! アウダースさん!」


 何だかほっとしてしまったノリトは、思わず二人に声を掛けた。


 金髪碧眼の彼と、黒肌黒眼の彼が、二人して少年に視線を向ける。比較的身長の高い特徴的な彼らが、騎兵服を汗で濡らして人混みに立つ様は、ひどく目立った。


「おう、ノリトか! 聞いてくれよ、こいつ凄ぇ方向音痴でやんの!」

「や、やかましい! 誰の為に道案内してやってると思ってんだ!」


「道案内が不案内でどうすんだよ! どんだけ歩かせたと思ってんだ!」

「お、お前だって途中で買い物してたじゃねぇか! 工房に送るとか言って!」

「あんなの10分も掛けてねぇよ!……ああ、此処だよ此処! まったくもう、一服するのにとんだ時間喰っちゃったもんだぜ……」


 まだぶつくさ言っているアウダースを連れて、さっさと『太郎の立ち飲み屋ジャックズ・スタンディング・バー』の日除け暖簾(ショップカーテン)を避け、店内に足を踏み入れるイオキベ。ノリトは一瞬、後ろを振り返り、ガイツハルスが店員と遣り合っているのを確認すると、抜き足でその後に続いた。


「おう! もぎり一つくれよ! あと、煙草吸わしてくれ!」

「もぎり一つ、こっちもだ!……ああ、咽喉乾いた」

「誰のせいだ、誰の……」


 一杯酒(カップ)の量り売りを『もぎり』というらしい。イオキベが対面式高机(カウンター)の向こうにいる店主(マスター)に威勢良く声を掛け、アウダースもそれに続く。


 汗だくの二人を見て思わず微笑んだ店主(マスター)が、灰皿を出しながら愛想良く応じた。


「あいよ、(サキ)でいいかい?」

「そう、(サキ)! (サキ)をくれ! (ライス)がとれんだろ? この都市(まち)は」

澄んだの(リファインド)濁ったの(アンリファインド)があるけど、どっちにするかい?」

澄んだの(リファインド)があるの!? それ! それ!」

「なんだよ、澄んだの(リファインド)まで出来たのか……」


 アウダースが感嘆した。どうやらアルカイド市では、水田で稲作をするだけでなく、それから濁酒(アンリファインド)を作り、さらに清酒(リファインド)に濾すまでの技術と余裕があるらしい。店主マスターは得意そうに鼻を鳴らした。


「流通が良くなったからな。聞いて驚け……なんと、純米吟醸酒ジュンマイ・ギンジョウ・サキ

「ぅぉおー!!」


 大人二人が、大袈裟に歓声を上げる。10人も入れば一杯になってしまうような店内に、それは響き渡った。その味を良くする為に、ぎりぎりまで研磨した米だけを使い、低温で長期発酵させた、考えられないほど贅沢な酒だ。呑む方も感動ものだが、出す方もよほど誇らしいのだろう。対面式高机(カウンター)の向こうで、店主(マスター)が嬉しそうに笑っている。


「ま、その分、値段も張るけどね……大丈夫かい?」

「お、おお、値段、値段ね……」


 そう言われて、碧眼の青年は、その鬣のような金髪を巡らせ、本来ならノリトと一緒にいる筈の、赤髪の少佐を探した。――向かい角の装飾店にその姿を見つけ、イオキベはにんまりとする。


「いたいた! あいつ、あいつ! あいつに付けといてくれ」


 アウダースが自分の身分証明(ID)を取り出し、ベネトナシュ空域基地(ベース)の所属であることを店主(マスター)に示す。アウダースの身分証明(ID)を確認し、イオキベの視線の先を辿った店主(マスター)が、満足そうに笑った。


「基地司令のお財布付きかい。そりゃあ豪勢だね」


 この客なら取り逃す事はなさそうだ、そんな笑みだ。


(ちょ、ちょっとちょっと、そんな勝手なことして大丈夫なんですか!?)

(だーいじょうぶだって! つーか、純米吟醸酒ジュンマイ・ギンジョウを前にして引き下がれるかよ!)


(いや、だって、遊興費(エクスペンス)軽食代(スナック)の範囲って話じゃ……)

(いいさ、ノリト。取り敢えずあいつに付けときゃ、何とでもなんだろ)


(アウダースさんまで、そんな!)

少佐殿(メイジャー)と? 旧友(オールド・フレンド)である(ミー)、ことイオキベが? 何とか出来る(アイ・キャン・ドゥ)言っておるの(セイイング)だぞ?)


 少佐の口真似をするイオキベの脇で、アウダースが、くっくっくっと笑った――堅物の中尉ハード・ボイルド・ルテナント悪い人(イオキベ)に染まって来てますよ、大尉(スズさーん)!……大人たちの悪い顔を見ながら、少年は慄然とした。


「そっちのお連れさんはどうする? もっとも、新兵(リクルート)のうちは、酒類(アルコール)は駄目だぜ」

「じゃ、じゃあ僕は、この平身檸檬の果汁シークヮーサー・ジュースってのをください」

いい子だ(グッボーイ)


 着用する新兵用騎兵服(リクルート・スーツ)から察したのか、大人しく非酒類(ノンアルコール)を頼むようノリトに促した店主(マスター)は、少年の素直な返答に破顔する。


 ふと、携帯火口(ライター)の点る音がして、紫煙が香ってきた。


 ようやく暑さから逃れ、いかにもほっとした様子のイオキベが、長く尾を引く大量の紫煙を、天井に向かって吐き出した。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「――ぎゃっ!」


 蒼穹に向けて長い溜息をついたレーニスの脛を、衝撃が走った。


 手持無沙汰のところをいきなり襲ってきた痛みに、思わず脛を庇ってしゃがみ込む。


 薄茶色の瞳を上げると、金髪を日除け暖簾(ショップ・カーテン)のように広げたアンテットが、仁王立ち(フル・ハイト)からレーニスの顔を覗き込んでいる。


「何してんのよ、あんた」

「何って……もう、いきなり脛蹴り(ローキック)とか勘弁してよ……」

「あんた最近、あたしのこと避けてるでしょ!」

「そ、そういう訳じゃ……」


 渋々と立ち上がったレーニスの顔に向け、アンテットはずびしっ、と指を差す。


 立って並ぶと、レーニスの方が頭一つ、アンテットより背が高い。疑念に燃える赤橙色(オレンジレッド)の瞳を受けて、レーニスのはしばみ色(ヘーゼル・カラー)の前髪が揺れる。


「びっくりした! もう、アンテット、何事かと思うじゃない!」

「大尉……」

「走り出したと思ったら、いきなり蹴り付けるんだもの! 余所(よそ)の人だったら、どうしようかと思った!」


 駆け寄ってきたスズ・オラシオンの心配そうな表情を見て、レーニスは一層、顔を曇らせた。やれやれ、何か難しい状況にありそうね――そんな吐息を内心で漏らしながら、スズは敢えて笑顔を作る。


「私たちは昼食(ランチ)を終えたところ。そっちはどう? 探してた実本(リアル・ブック)は見つかった?」

「いや、それが……」


「ほらね、大尉! あたしが言った通りでしょ! こいつ、古書堂(ビブリオ)の場所だって禄に覚えてやしないんだから!」

「――だから、ちゃ~んと、アンテットが買っておいたんだもんね?」


 いまだに仁王立ち(フル・ハイト)を崩さない褐色の肌の彼女、その脇から顔をのぞかせたのは、栗色の髪のトゥシェだ。その胸元には、8冊の本を抱えている。さらにその後ろには、銀色の髪のソブリオが、苦笑しながら立っていた。


「はい、レーニス、アンテットがちゃ~んと買ってたよ。水滸伝(ウォーター・マージン)、全8巻!」

「えっ……」

「お前の動き、相棒(バディ)に全部読まれてるぞ?」

「こんなこったろうと思ったから、買っといた」


 ようやく仁王立ち(フル・ハイト)を解いたアンテットが、その豊かな胸の下で腕を組みながら、不満そうに言う。だがその横顔は、心なしか赤くなっていた。


「あっ……。ありがとう、アンテット」

「じゃあ、これであんたの用はお終いね?」

「えっ……」

「探してた本も手に入ったんだから、あんたの用はお終いでしょ?」

「あっ、うん」


「――じゃあ、泳ぎに行くのよ! あんたも!!」

「――うっ、うん……ぅわっ! ちょっと待って! 独りで歩けるよ!」


 トゥシェから手渡された本をうっかり取り落としそうになりつつ、アンテットに強引に腕を引かれ、レーニスは歩き出した。ようやくその腕を振りほどいたレーニスに、今度はソブリオが寄り掛かってくる。


(お前さ、操縦手(ライダー)だろ? たまには攻撃手(アタッカー)の動きぐらい、読んでやれよ)

(い、何時だってそうしてるよ)

(そう言う訳じゃないんだけどな……まぁ、いいか)


 むっとして言い返すレーニスに対し、珍しく先輩風を吹かせてしまったソブリオは、自嘲するように銀髪をさばいた。前髪の奥で、灰色の瞳が、困ったように笑っている。


(あの二人、どういう事なのかしらね)

(分かりませ~ん! 今日も空、青いですねぇ!)


 人混みをずんずんと歩く豊かな金髪の彼女。

 その後ろを追うレーニスの背中。

 ふと煙草の匂いを思い出し、スズは空を見た。

 太陽は天頂に差し掛かろうというところで、今日はまだまだ、気温が上がりそうだ。


「――ノリト君! これだ(ディスワン)! これにするぞ(ディス・ワン)!」


 聞き慣れた声が飛び込んで来たのは、彼らが細い四つ辻(クロスウェイ)に差し掛かった時だった。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ぉ、ぉおおおおお……!」


 対面式高机(カウンター)に出されたそれ(・・)を見て、二人は声を漏らした。


 二人の前にはそれぞれ、木の升(ウッディ・キューブ)になみなみと注がれた純米吟醸酒ジュンマイ・ギンジョウ・サキが、ほのかに柔らかく香り立ちながら、まるで親しみを込めて誘うかのように、その水面(サーフェイス)を揺らしている。


「んじゃ、まあ、そういう訳で」

「おう、そういう訳で」


 何がどういう訳なのかノリトには分からなかったが、イオキベとアウダースは、それぞれに差し出された升を慎重に手に取ると、横顔で乾杯し、世界一大事な物を取り扱うように、そっと口に運ぶ。


 ――まず、寄せた鼻先に一層、(サキ)の香りが押し寄せる。


 それから、保存の為もあるのだろう、適度な清酒(リファインド)の冷たさが、暑さに萎れた唇に触れる。ゆっくりと唇を開くと、その冷たさと、果実を思わせる爽やかで趣深い香りが、渾然一体となって口内に流れ込んで来た。


 いっとき、その流れを塞き止める。酒精(アルコール)の激しさを僅かばかりに残した、ほんのりと甘い液体が舌の上で温められ、米の豊かさを紹介するかのように、口腔の細胞一つ一つに語りかけてくる。そうして温められた液体から再び立ち昇った香りが、咽喉を伝って鼻先へ抜けていく。


 もういっそ溜まらなくなった二人は、必死になって木の升(ウッディ・キューブ)を仰いだ。


「……っつぁーっ!!」

「……ふっ、ふふっ、ふはははははは!!」


 イオキベとアウダースは、ほぼ同時に、空になった升の底で対面式高机(カウンター)を叩くと、顔を見合わせて愉快そうに笑った。ノリトは唯、呆気に取られてそれを見ていた。


「いい呑みっぷりだねぇ……。あんたもほら、温くなっちまうぜ」

「あ、は、はいっ」


 彼らの呑みっぷりに感心しつつ、店主(マスター)は少年に促す。ノリトは慌てて、目の前の硝子杯(グラス)を手に取った。


 乾いた少年の咽喉に、良く冷やされた甘酸っぱい液体が流れ込んできた。果汁の酸っぱさと蜂蜜の甘さが体中に広がり、疲れを癒していくのを感じる。最初は恐る恐るだったノリトも、最後の方は一気に呑み干していた。


「お、美味しいです!」

太郎ちゃん(ジャック)、こっち! (サキ)のお代わり!」

太郎ちゃん(ジャック)、こっちもだ!」


 三人の客が口々に言うのを聞いて、店主(マスター)は愉快そうに笑った。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ノリト君、これだ(ディスワン)……!」


 セーリオ・ガイツハルス少佐は、手にした黒蛋白石(ブラック・オパール)首飾り(ネックレス)を両手で掲げながら、後ろにいるはずの少年に声を掛けた。


 (チェイン)は簡素な銀製(シルバー)である一方、その中央には、涙滴型(ティアドロップ)に磨き上げられた大ぶりの黒蛋白石(ブラック・オパール)が吊り下げられている。黒い地色の蛋白石(オパール)に差し込んで来た光は、内部の結晶構造により乱反射して、その黒蛋白石(ブラック・オパール)の表面を不可思議な虹色(イリス)に輝かせていた。


 ガイツハルス自身、それが土埃色(カーキ)作業服(ワークウェア)に似合うとは考えなかったが、黒地を虹色に輝かせた艶やかなその石は、楚々として可愛らしくありつつも、謎めいた(ミステリアスな)ピュラーの胸元に、いかにも相応しいように思われた。


「ノリト君、どうかね(ハウアバウト)!?……おや(オー)? ノリト君? ノリトくーん?」


 心の友(フレンド)の反応が待ち切れずに振り返ると、いつの間にかその姿は無い。いち早く少年の共感を得たい余りに、ガイツハルスはその首飾り(ネックレス)を掲げたまま、店員(ショッパー)の制止も聞かず、通りに飛び出した。


「――ノリト君! これだ(ディスワン)! これにするぞ(ディス・ワン)! ノリトくーん!!」

「――うわぁ! びっくりした!!」


 装飾店から細い四つ辻(クロスウェイ)に飛び出した赤髪の少佐は、すんでのところで、金髪も豊かな、褐色の肌の彼女にぶつかるところだった。さらにその後ろを歩く、見慣れた銀髪の彼、薄茶色の瞳の少尉、栗色の瞳の彼女、そして黒髪の大尉も、ぎょっとして固まる。


「――すいません、ちょっと水分補給してました!」

「――なんだなんだ?」


 向かい角の立ち飲み屋(スタンディング・バー)から、探していた黒髪黒眼の少年と、見覚えのある、そして忌々しい金髪碧眼が顔を出す。さらにその向こうでは、対面式高机(カウンター)に腕を預けた黒い肌の中尉(ルテナント)が、ぎょろりとこちらに視線を向けるのが分かった。


 四つ辻(クロスウェイ)に、オラシオン小隊(チーム・オラシオン)がほぼ、勢揃いしていた。


 黒蛋白石(ブラック・オパール)首飾り(ネックレス)を高々と掲げ、喜色満面の笑みを浮かべたまま、ガイツハルス少佐は固まった。彼の体を冷や汗が流れ始める。


「しょ、少佐? なんすか? それ(・・)?」

「ほほぅ、セーリオくぅーん? どなたへの贈り物(プレゼント)だね? それ(・・)は?」


 口々に声を掛けてきた赤橙色(オレンジレッド)の瞳と碧色(ブルーグリーン)の瞳を交互に見て、少佐は「わーっ!」と叫び、今更のように首飾り(ネックレス)を後ろ手に隠した。


 イオキベは店から歩き出ると、ガイツハルスの顔をつくづくと眺める。ノリトも慌てて、その傍に寄った。


「は、ははははは、母上への贈り物(ギフト)だ!」

「ほほぅ……」

だよね(イニット)!? ノリト君、そうだよね(イニット)!?」

「は、はいっ! そうです! そうです!」


 必死の形相で目くばせ(ウインク)するガイツハルスに応え、思わず少年も声を張り上げた。


「お、お客様、困ります!」

「お、おお(オー)! すまなかった(ベリー・ソーリー)! あまりの良い品(グッド・クオリティ)に、思わずなアンインテンショナリィ? これを(ディスワン)、ベネトナシュ空域基地(ベース)のガイツハルス宛に発送(センド・オフ)してくれたまえ(プリーズ)? 梱包(パッケージング)入念にな(セデュラウスリィ)?」


 慌てて商品を追って来た店員(ショッパー)首飾り(ネックレス)を返しながら、ガイツハルスは努めて冷静にそう言った。だが、その顔はかつてないほどに赤面している。


「えーっへん! おっほん!……ところで(バイ・ザ・ウェイ)! ゆ、(ユー)達はどうしていたのかね?」


「あたしらは昼食を摂り終えてこれから泳ぎに……」

けっこう(グッド)! けっこう(グッド)!」


「すいません少佐……ちょっと喉が乾いてしまって」

気にしない(ノー・プロブレム)! 気にしない(ノー・プロブレム)! いや、ノリト君のお蔭(アシスタンス)良い品(グッド・クオリティ)巡り合えたしなハップンド・トゥ・ミート?」


「ひょっとしてセーリオくん、その品はぴゅ……」

「お前には聞いとらんぞ馬鹿(イオキベ)!」


 真っ赤になって制止するガイツハルス少佐を、イオキベは底意地の悪い笑顔で眺めた。


「ほう、そういう事を、言うのかね? セーリオくん?」

「何? つまり、少佐もお年頃(マリッジブル)ってこと?」

「え、そういうこと!?」

「あー……」

「なるほどね……」

(ちょっと! 皆、やめてあげなさい!)


「みょ、妙な妄想ビザール・ファンシィズ巡ら(シンク)すな馬鹿ども(フールズ)!!……あ、嗚呼(アー)(ミー)喉が渇いたな(サースティ)? やや(オー・マイ)! こんな所に(オー・ヒア)丁度よく(ジャスト・ライク)立ち飲み屋(スタンディング・バー)があるではないか!? ちょっと立ち寄って(ドロップ・インして)いこうかな? ノリト君! 恐縮フィール・オブリッジドだが、道案内(ガイダンス)はここまでにしておこう! お、なんだ(ホワッ)? 中尉(ルテナント)(インサイド)にいるみたいじゃないか? どうだね中尉(ルテナント)! 休暇(ホリデイ)楽しんで(エンジョイして)いるかね?……」


 オラシオン小隊一同(チーム・オラシオン)の視線から逃れるように、ガイツハルスは『太郎の立ち飲み屋ジャックズ・スタンディング・バー』に滑り込んだ。立ち飲み屋の中にいたアウダースが露骨に顔をしかめるが、それを気にする余裕は、少佐には無いようだ。


 そそくさと店主(マスター)に飲み物を注文しようとして、純米吟醸酒ジュンマイ・ギンジョウ・サキの存在を知ると、今度は本気で大騒ぎをし始める。天然物(ネイチャーメイド)が大好きな彼には、堪らない逸品のようだった。


「えっと……えへへ」


 何となく白けた雰囲気(ムード)の中、不意に置いてけぼりにされたノリトは、アンテットたちに向け、これまた何となく照れたように笑った。今更ガイツハルス少佐と立ち飲み屋で過ごす気分ではないし、かといって少年に当ては無い。


「じゃあ、ノリトくんも行こうかぁ? 泳ぎに!」

「ご、ご一緒していいですか?」

「もちろ~ん!」


 栗色の瞳の彼女に腕を取られ、ノリトは大いに照れた。その様子を見て、大人たちはくすくすと笑う。


「イオキベさん、どうします?」

「あー、俺はいいや。呑み足りねぇし」


 銀髪のソブリオに促されたイオキベは、彼の誘いをやんわりと断った。黒髪の彼女が拗ねたように眉根を寄せるのは、見て見ぬふりをする。


「ではでは、ご一同様(オール・ハンズ)、あの人たちはほっといて、行きましょう」

「はーい!」


 イオキベとは視線も交わさずに、スズは頭を巡らせた。後頭部を飾るお団子頭(シニヨン)が、陽光に縁取られる。


「ノリト君、昼食(ランチ)摂ったかい?」

「あ、そういえば何も食べてないです」

「レーニスもまだじゃね?」

「う、うん……」

「あ! 海浜(シーサイド)行きの列車乗り場(トラム・スタンド)の側に、溶き蕎麦粉の薄焼き(クレープ)屋さんがあるよ!」

「よく知ってるね、あんた」

「ふっふっふ、ずーっと前から、チェックしてたもんね!」

「じゃあ、お腹が空いてる人は、そこで何か買っていきましょうか」

「はーい!」


 幼稚園(キンダガーデン)遠足(ピクニック)みてぇだな。――お団子頭(シニヨン)の大尉を先頭に歩き去る小隊一同(プラトーン)の背中を、イオキベはひらひらと手を振りつつ、微笑ましく見送った。


「さて……」


 ――彼らの背中が人波に消えた後、金髪の彼は短く溜息をつく。


 そして、不意に頭を巡らすと、その細い四つ辻(クロスウェイ)から少し離れた場所にある、服飾店(ブティック)飾り窓(ショウ・ウィンドウ)を覗き込む人影に、おもむろに声を掛けた。


「ラソン? ラソンじゃねぇか!? 何してんだ!?」


 呼び掛けられたラソン・スピーア少尉は、吃驚した顔で振り返る。普段から冷静な彼だが、突然のことに、反応に困っている様子だった。


「あー、やっぱりラソンだ。何だよ、その格好?」

「イオキベさん……。あー、これはその、騎兵服じゃあどうも、気が抜けなくって」


 悪戯を見咎められた子供のように、細い眼をたわめて、ラソンは照れ笑いした。


 そんな彼の身を包むのは、七分袖(スリー・クォーター)濃紺縞柄裁断縫製衣服マリンボーダー・カットソー渋茶色の長袴(タン・スラックス)濃紺基調(ネイビー・ブルー)低履口運動靴ローカット・スニーカーで、頭には薄墨色(グレイ)鳥打帽子(ハンチング・キャップ)を深めに被っている。


 普段から着用を義務付けられている討竜部隊(レッド・ハウンド)紅い騎兵服(クリムゾン・スーツ)、いつもならツンツンと天に向いている黄色く染めた頭髪イエロー・カラード・ヘアからすると、まるで見慣れない姿だ――アルカイド市裏路地の人波に紛れれば、同僚でも、彼と気づく事は稀だろう。


「何だよ、まるで民間人(オーディナリ)じゃねぇか。ちょっと気づかなかったよ。なになに? オラシオン大尉にも内緒なの? 何してんの? 何か悪いことしてない? おじさんも混ぜてよ?」

「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないで下さいよ……休暇の時は、ひっそりこうやって息抜きしてるんです」


 軽口を苦笑で受け流されて、イオキベは笑った。

 背中越しに『太郎の立ち飲み屋ジャックズ・スタンディング・バー』を親指で差すと、にこやかに言う。


「俺たち今、ここで呑んでんだ。お前も来いよ」

「うーん、明日に差し障りますから、酒類(アルコール)はちょっと……」

「いいじゃねぇか、たまの休暇なんだからさぁ。お互い、お仕事は忘れて、さ」

「ん~……」


 困ったようなラソンの視線と、あくまで上機嫌な素振りのイオキベの視線が、交錯する。黄色く染めた髪を鳥打帽で隠したラソンは、ついに根負けして溜息をついた。


「分かりました。ご一緒させてください」

「さっすが! そうこなくっちゃ! ……いやぁ、あの野郎(ガイツハルス)も来やがって、何だかメンドクサイ呑みになりそうでさ、誰か巻込みたかったんだよねぇ」

「えー、マジ勘弁してくださいよ……」

「はっはっは!……」


 馴れ馴れしくラソンの肩を抱いて、イオキベは『太郎の立ち飲み屋ジャックズ・スタンディング・バー』に再び足を向けた。


 日除け暖簾(ショップカーテン)の向こうからは、ガイツハルスが(サキ)について滔々と薀蓄を傾ける声と、アウダースの気の無い返事が漏れ聞こえていた。




(つづく)




 に゛ゃー!

 に゛ゃー!

 に゛ゃー!(うるさい)

 現実世界(リアル・サイト)では秋風も吹いてきてますが、ノリトたちの夏はもう少し引っ張ります!

 なぜ其処まで夏に拘るのか!?

 それは、僕の夏がまだ終わってないから!(意味不明に゛ゃー!)


 されば次回まで、ごきげんよう!

 フライ・ルー!(に゛ゃー!)

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