表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/39

(二十二)都市島・5

「あらかじめ言ってくだされば、色々と歓待(レセプション)のご用意もできましたのに。市長もたまたま休暇中でして、お出迎えもできずに申し訳ありません」


 把手(ハンドル)を操りながら、その秘書官(セクレタリ)は後ろの座席(シート)に声を掛けた。


「いやいや、構わんよ(ノー・プロブレム)! 少佐(メイジャー)にして司令官(コマンダー)である(ミー)だが? あくまで私的な休暇目的プライベート・ホリディだからな? 今回は(ディスタイム)?」

「は、はぁ、そうでしたか」


 客室付格納庫キャビン・アペンデッドから降りた途端に威勢の良くなったガイツハルス少佐が、鷹揚に言葉を返す。それに対して、秘書官(セクレタリ)は曖昧な笑顔で応じた。彼が声を掛けたのは、どちらかというと少佐ではなく、さらにその後ろの座席に仏頂面(グラム・ムード)で座っている、アンテットの方だったからだ。


どうだね(ハウ・アバウト)? アルカイド市(シティ)状況(シチュエーション)は?」

「は、はい、お蔭さまで、生産、加工、流通、滞りなく」

結構(ウェルダン)! 結構(ウェルダン)! 我がベネトナシュ基地マイ・ベネトナシュ・ベースとしても鼻が高いぞ(ベリー・プラウデッド)?」


 そんな秘書官(セクレタリ)の様子を全く意に介した様子も無く、ガイツハルスは何やかんやと、彼に話しかけ続ける。少佐のいつもの調子に、左隣に座るスズは内心で大いに苦笑していた。


 ――オラシオン小隊の一同チーム・オラシオン・メンバーは二台の電気自動車(エレキ・カート)に分乗し、軍用滑走路ミリタリー・ランウェイからアルカイドの市街地(アーバン・エリア)へ向かっていた。


 開放屋根(コンバーチブル)座席(シート)からは、離れ行く討竜部隊機(レッド・ハウンド)、近づき来る灰色の市街地(アーバン)、その向こう、カルデラ湖を湛えた緑成す山、そして、絶床世界の蒼穹が見渡せる。ベネトナシュ基地(ベース)に比べ、対界平線高度(アルティチュード)が2千メートルほど低いこのアルカイドでは、空の青さが一層、濃く見える。心なしか、大気も甘く感じた。


市街地(アーバン)に送って下さるだけでも助かります。折角の休暇、時間が惜しいですし」

「そう言って頂けて嬉しいです」


 オラシオン大尉の柔らかな謝意に、運転席(ドライバー)の彼が横顔を赤らめる。アンテットの左隣でその様子を観察していたノリトは、何故だか苛立った。


「アンテットが居ると、電気自動車(エレキ・カート)送迎(ピックアップ)付きで助かっちゃうよね~?」

「もう、やめてよそういうの、ほんとに……。何かってーとあの連中、お父上(クライシ様)によろしく、お父上(クライシ様)によろしくって、こんな小娘にさ、バカみたい」


 右隣に座るトゥシェの悪戯っぽい言葉に、褐色の肌の彼女は、本当に嫌そうな顔で返した。どうやら、アルカイド市長の秘書官がわざわざ出迎えに来たのは、クライシ家のご威光が背後にあるらしい。


「どんな人なんですか? アンテットさんのお父さんて」

「えー? うーん、おっさん(ポップス)だよ、ただの、禿散らかしたおっさんスクラップ・ヘアード・ポップス


 『禿散らかしたおっさんスクラップ・ヘアード・ポップス』という表現に、ノリトとトゥシェは思わず吹き出した。

娘からしてみれば、地球連合(アーシアン)重鎮(コロサス)という地位(ステータス)なぞ関係なく、父親は単なる父親なのだろう。――それが、ノリトには羨ましかった。


「だって見てみ? ほんとに禿散らかしてん(スクラップ・ヘアード)だぜ?」

「え! どりどり! 見して見して! あ~……」

「や、優しそうな人ですねぇ」


 騎兵服(スーツ)小型腰部鞄(ウエストバッグ)から小型電子書板(タブレット)を取り出すアンテット。


 彼女が素早く軽叩(タップ)した画面に表示されたのは、一組の年配の夫婦(オールド・カップル)の画像だった。


 書院造(ショイン・ビルド)というらしい古典的な木造家屋の玄関先に立つ二人は、おそらくレンズの向こうにいるのであろう娘に向かって、柔らかく微笑んでいる。二人とも小柄で、どこかの小市民(プチ・ブルジョワ)のようだ。小太りの男性の頭髪は……確かに少し、いや、かなり薄くなっていた。


「なんか、地球連合(アーシアン)重鎮(コロサス)には、とても思えないね~」

「だろ? その癖さ、怒ると超怖ぇの。あたしゃ何度、ゲンコツを喰らったか……」

「えー! 子供に暴力とか、有り得ない!」

「だよね! だよね! ちょっと庭の木を折った位で、すっげぇ怒るの!」

(それは怒られても仕方ないんじゃ……)


 どんだけお転婆(スーブレット)だったんですか、という突っ込みを、ノリトは辛うじて堪えた。


「それにしても……」

「似てないね~、アンテット」


 黒髪の少年が控えた言葉を、栗色の髪の彼女が率直に言った。


 画像に映し出された一組の夫婦は、どちらも瓜実顔で、黒髪、黒目、肌の色も褐色というより、黄色に近い。金髪、赤橙色の瞳、褐色の肌、顔形から体形まで派手に見えるアンテットとは、似ても似つかない。


隔世遺伝(リバージョン)らしいよ、あたし。何世代にもわたって混血が進むと、たまにあるんだって」

「へぇ~、そうなんだぁ。私は孤児だから、そういうの分かんない」


 あっさりとそう言ったトゥシェの顔を、ノリトは驚いて見つめた。


 電子書板(タブレット)越しに二人の視線が重なり、訳も無く少年の鼓動が高まる。


「ん? どしたの?」

「あ、いえ、僕も早くに両親を失くしたもので」


「そうなんだ……。ノリトも大変な思いをしてんだな」

「いえ、すぐに空軍士官学校(アカデミー)に入りましたから、そんなには」

「――ご両親は、どんな方だったの?」


 不意に、三人の会話にスズが入って来た。長い黒髪をお団子(シニヨン)にまとめた頭を巡らせ、白いうなじが引かれた弦のような曲線を描く。その後れ毛に目を奪われつつ、ノリトはどぎまぎと返答した。


「その、討竜部隊(レッド・ハウンド)だったそうです。十年前、三歳の時、第二次ベネトナシュ空域戦で亡くなったと聞いてます。肖像(ポートレート)も残ってないので、僕にはほとんど、親の記憶がありませ――ぅわっぷ!」


 突然、豊かな胸に顔を抱き寄せられて、少年の息が止まった。


「ノリト! あんた、オラシオン小隊(チーム・オラシオン)においでよ! 何だったらピレルゴス曹長んとこの整備班(メカニック)でもいい! あんな変なおじさん(イオキベさん)の工房にいるより、ベネトナシュ基地(うち)の方がずっといいさ!」


 どんな母性本能が爆発したのか、ノリトの黒髪に、アンテットが頬を寄せる。


「……まあ、うちにも鬼大尉(ハードハーテッド)はいるけど」

「……何か?」

「し、失礼しました! 撤回いたします!」


 その鬼大尉(ハード・ハーテッド)から氷のような微笑みを向けられ、金髪の彼女は即座に敬礼、全面降伏した。男の子としては嬉しい苦痛から解き放たれて、少年がむせる。


な、何事だ(ワ、ワッツァッ)!? (ミー)面前(フロント)破廉恥な事(インフェイマス)いかんぞ(ネヴァー)! 許さんぞ(ネヴァー)!」


 騒ぎに振り返ったガイツハルス少佐が、後部座席での出来事に目を剥いて叫んだ。何をそんなに慌てる必要があるのか、風に赤髪が乱れ、頬が赤くなっている。その様子を見たトゥシェが、くすくすと笑う。


「それぞれの出自(オリジン)について話をしていたんです、少佐」

「なに、出自(オリジン)? ああ、ガイツハルス家ガイツハルス・ファミリーついて聞きたいのかねニード・トゥ・イントロデュース?」

「いえ、そういう訳ではないのですが……」


よかろう(ベリー・ウェル)、そもそもガイツハルス家ガイツハルス・ファミリー代々(ジェネレーションズ)騎士(ランサー)としての名誉(オナー)何より重んじリスペクト・アボブ・オール大破壊前ビフォア・カタストロフからの勇猛な一族ブレイブリィ・ファミリーとして引き続く家柄サブシークエント・リネージュで、(ミー)早く(アーリー)空軍士官学校(アカデミー)入学(エンター)将来を任される人材タレント・フォー・フューチャーとして、我が家(マイ・ファミリー)5千年ハーフ・ミリオン・イヤーズ血筋(リネージュ)次代(ネクスト)繋げていくこと(キャリー・オーバー)心に(イン・マイ・ハート)……」


 仕方なく聞き役(リスナー)に回ったスズの様子を窺い、ほっとしたアンテットが敬礼を下げた時、後続の電気自動車(エレキ・カート)から、どっ、と爆笑が起きた。あちらはイオキベ、アウダース、ソブリオ、ラソンにレーニスと、男だらけ(メンズ・オンリー)だ。


 話題の中心はレーニスのようで、何が面白いのか、真っ赤になって俯く彼の肩を、イオキベが嬉しそうに、ばんばんと叩いている。――その様子を見て、アンテットが呟いた。


「なんか最近さ、レーニス、あたしを避けてるみたいなんだよね。何なんだろ」

「そ、そうですか? そんな事ないと思いますよ?」

「そうかなぁ、考えすぎかなぁ」


 思い当る節は大いにあったが、はしばみ色(ヘーゼル・カラー)の髪の青年に配慮して、とりあえずノリトは、とぼけておくことにした。


「――あっ! 月だよ! 月!!」


 ノリトたちを乗せた電気自動車(エレキ・カート)が大きく迂回路(カーブ)を描いた時、カルデラ湖を湛えた山の山際から顔を覗かせたのは、真円を描く望月(フルムーン)だった。硬貨(コイン)ほどの大きさのそれは、絶床世界の青に押され、今はうっすらと白く、控えめにその存在を表現しながら、天頂(ゼニス)へ向かっている。


「ほんとだ! 七年振りだっけ? 望月季節(ムーン・ブランド)は」

「あれが……月! 僕、初めて見ます」

「そうなんだ? 私は二回目、かなぁ」


大破壊(カタストロフ)前は満ち欠けする物だったそうだよね」

「あれが満ち欠けって、どんな風になるんだろうねぇ」

「じゃあさ、お昼(ランチ)は月見で一杯、てのはどう?」


「アンテット、割とおやじだよね。私は泳ぎたい! もう夏期間(サマー)が終わっちゃう~」

「泳ぐったって、海水浴料、高くない?」


(だいじょうぶ! 少佐がいるから……)

(ああ! あいつに持たせちゃうか!)


 悪巧みに入った二人の雑談(チャット)を聞き流しながら、ノリトはぼんやりと月を見ていた。

 うっすらと白い朝の満月(モーニング・ムーン)は、絶床空間の青に隠された、虫食いの跡(モス・イートゥン)のようにも見えた。




(つづく)




▼ご連絡

 「(二十一)閑話・ピュラー、その頃」の回、最後のピュラーの台詞を次のように修正いたしました!

  修正前)(これが仕上がれば、彼は、飛べる)

  修正後)(これが仕上がれば、この子は、飛べる)

 意味深ですね!(←お前が言うな)


 月も出てきましたし、み、みず、水着も出したい!(←変態)

 ノリトにも夏を楽しんで欲しいと思いつつなかなか進まない話に勝手にゲシュタルト崩壊!

 それにしても、格好良いですよね! 「ゲシュタルト」!

 「悶えろ! 俺のゲシュタルト!」……みたいな!!(←もういい、もう休め)


 されば次回まで、ごきげんよう!

 フライ・ルー!(げしゅたるとー!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ