(二十)都市島・4
討竜部隊機に比べると遥かにのんびりとした速度で、緑色の外装をした支援部隊機は、電磁射出機から解き放たれた。
飛行形態のその腹部には、小さな客室も備えられた大型の外部格納庫が、重たげに取り付けられている。
客室付格納庫とも呼ばれるこの外部格納庫に設えられた客室は、全長25メートル、全幅15メートル、全高10メートルの外部大型格納庫の左下部に、5列3席、全15席が申し訳程度に備えられている。本体から離れたところに所在することもあって、重力制御が十分に届かず、この速度でもかなり揺れた。
「下手くそめ……。ガイツハルス飛行隊なら馘首だぞ?」
安全のため、と防護兜を深々と被ったガイツハルス少佐が愚痴った。彼らを運んでいるのは支援部隊なので、その直接指揮の及ぶところでは無い。
そんな右隣の様子に気づかない振りをして、ノリトは窓の外を眺め続けた。
狭い座席に身を納めた少年の黒い瞳に、ベネトナシュ空域基地、六角形の基地建物を支える基地浮島が、ゆっくりと遠ざかって行くのが映っている。
(誰かの操縦に任せて空を飛ぶのが、こんなに楽な事だったなんて)
ノリトはつくづくそう感じていた。僅か数分の飛行時間だが、それでも楽しみたかった。
この3日間、ノリトはひたすら、スズ・オラシオン大尉と共に、試験飛行を重ねていた。
累計飛行時間は実に24時間。オラシオン大尉曰く「約3千万リーベを掛けるに相応しい訓練内容だった」とのことだったが、いつの間に「試験飛行」が「飛行訓練」にすり替わっていたのかと、少年は小一時間問い詰めたかった――もっとも、黒髪の彼女の微笑みを前に、そんな風に抗うことができる訳もなかったが。
「見て見て、ノリトくん! ほらほら! あれがアルカイドだよ~!」
「十日振りだっけ? なんか、すっごい久し振りな気がするよね」
前の座席から、トゥシェが嬉しそうにこちらを振り返る。その右隣では、窓に向けて首を伸ばしつつ、アンテットがしみじみと呟いた。
彼らオラシオン小隊隊員たちにとっても、前回の緊急発進からの強行偵察、弩級雷竜との遭遇と交戦、オンラードの戦死とその葬儀を経験したこの十日間あまりは、実に長く感じるものだったのだろう。
――オラシオン小隊は久し振りの終日休暇を楽しむべく、隣の都市島「アルカイド」に向かっていた。
『電離流域に入りました。少佐、間もなくアルカイドです』
彼らを乗せた支援部隊機の操縦手から、機内放送が入る。
そんな事は言われなくとも分かっとる!――そう答えようとしたガイツハルスを制止したのは、その右隣に腰掛けたスズ・オラシオンの涼やかな声だった。
「都市島を周回してくださいませんか? イオキベ工房のお二人に、お見せしたいの」
『了解です、オラシオン大尉』
ノリトとイオキベ、二人の民間人が搭乗していることは、支援部隊の彼らも理解していた。ひょっとしたら、ベネトナシュ基地の誰かから、二人の噂話でも聞いていたのかも知れない。オラシオン小隊を運ぶ操縦手は何だか愉快そうな声で、スズの求めに応じた。
そのやりとりを聞いて、ノリトはますます、小さな窓に張り付いた。その様子を盗み見て、黒髪の彼女は思わず、頬を緩める。
彼らを乗せた支援部隊機は、それまで道標としていた、基地島と都市島を結ぶ、長さ約20キロメートル、太さ約20メートルの桂管路から離れると、少し高度を上げ、都市を乗せた超大型浮島の周回を反時計回りに巡る周回軌道に入った。
――基地浮島より2千メートルほど対界平線高度を下げた位置に、その超大型浮島は存在していた。大概の人類居住浮島は、基本的に基地浮島より低い位置に係留される。これは、それら居住浮島に何かがあった場合、基地から位置エネルギーを利用して加速、駆けつけることを想定している為だった。
――眼下のアルカイドは、食糧供給を主目的に開発された都市島だ。現在地から見て、十二時から六時方向に25キロメートル、三時から九時方向には18キロメートルの広さを誇り、周囲約67キロメートルにも及ぶ、正しく「超大型」と呼ぶのに相応しい浮島だった。
「ほら、あれ! あれがアルカイド湖だよ!」
前席のトゥシェが指差す方向、超大型浮島のほぼ中央が、山、というよりは、小高い丘のように盛り上がっている。そのまた中央に、青々とした水を湛えるカルデラ湖があった。表面積は約4平方キロメートル、3億トンの貯水量を誇ると言う。何でも、高低差5百メートルを活かし、今では珍しい、水力発電まで行えるというから驚きだ。
「どうやってあんな水量を……?」
「んとね、降雨装置を使うんだって。降雨煤塵を散布して、年間総雨量3千ミリを維持できるように、空気中から水分を分捕っちゃうの。結構無茶苦茶だよね~」
にこにこと告げるトゥシェの口ぶりに、思わず、うわぁ、とノリトは悲鳴を漏らした。そんな風にしていて、この世界は大丈夫なんだろうか?――分不相応な疑問が浮かぶ。
アルカイド湖からは、複数の水路を経由して、あちこちに配水がなされていた。寸分の無駄も無いように設計されているのだろう。計算されつくした感のある水路の並びは、幾何学的な美しさを少年に感じさせた。
「今、通過してるとこが市民居住地だよ! 浮島の縁に近い方が下町、山に近づくほど、高級住宅地になるよ~。あ! 今見えてきたのが農地! 水田もあるよ! でっかいよね~。ほら、山の方には牧場も見えるよ! 牛さん、美味しそうだね~」
農地や水田は複層式になっていて、観覧車のように、必要とされる光量や水量に合わせ、ゆっくりと上下の位置を入れ替えている。牧場は巨大な階段状になっており、様々な種類の家畜たちが、特定の階層で、自動的に与えられる餌を、のうのうと食べる様子が観察できた。
こうして生産された食材は、其処此処に見られる大型の食品生産工房に運ばれ、半自動で加工され、出荷されていくのだ。
ひょっとしたらこれらは、人間が居なくなっても延々と動き続けるのかも知れない。そんな殺伐とした考えが過って、一瞬、少年は寒気を感じた。
「あ、ここからが凄いよ! ほら! 海! 海!」
「海……!?」
海、といって良いのか分からないが、確かにそれは有った。
アルカイド湖を湛える山を迂回したその先、超大型浮島の十二時方向、全体の約4分の1を占めるその場所は、白く波頭を輝かせる、人工の海に成っていた。
「古代地球の海を再現したんだって! アルカイドの特産がここから獲れるんだよ! 最深部は水深500メートル! 海老だって獲れるんだよ! 美味しいよね~」
「ど、どんな無茶苦茶をしたらこれが造れるんですか!?」
思わずノリトは声を上げてしまった。
魚介と野菜煮込みに入っていた大きな海老も、握り飯と共に出てきた海苔も、みんな此処に由来していたのだ。
「金と、権力さ」
憮然としてそう吐き出したのは、アンテットだった。先刻まではトゥシェと共に身を乗り出していたのだが、今はその豊かな金髪の大元、その後頭部しか後部座席からは見えない。
「アンテットのベネトナシュ着任に合わせて、お父さんが作ってくれたんだよね~?」
「……ほんと、あのバカ親父」
「アンテットさん、て、いつ着任されたんですか?」
「……3年前」
「3年前!?」
ノリトは絶句した――つまりそれまで、この「海」はアルカイドに無かったのだ。
(地球連合、兵站戦略の重鎮とはいえ、どんだけの金と権力だよ!)
ごん!……という音が響いて、オラシオン小隊一同はその音の方に注目した。
どういうズッコケかたをしたのか、トゥシェよりひとつ前の席に座るレーニスが、強かに、窓に額を打ちつけている。
「大丈夫? レーニス? どうしたの?」
「す、すいません! 大丈夫です、お騒がせしました!」
心配そうに声を掛けるスズに対し、はしばみ色の髪の彼は慌てて振り返り、返答した。その額が、腫れて真っ赤になっている。
「だ、大丈夫? どうしたのさ?」
「いや、3年前にあの海が出来たって知って、びっくりしてさ……」
「なんだい、それ。ドジだねぇ、ほんと」
「そう言わないでよ……」
いつも通りの二人の会話に、隊員たちはくすくすと笑ったが、ノリトはそれを複雑な思いで聞いていた。何が面白いのか、レーニスよりさらに前の座席にアウダースと並んで座っているイオキベが、けけけ、と笑い声を上げたのが、少年にはやたらと腹立たしかった。
「あ! ほら! アルカイド湖から放水が始まったよ! すごいね~」
人工海に面して造られた高さ500メートルの絶壁、その中腹から、人工海に向けて大量の水が吐き出され始めた。
トゥシェ曰く、海水量と塩分濃度の調整のためらしい。毎秒約10トンというその大量の水は、その高さを活かし、水面に届くころには霧状になっている。人工海の海底を損ねないための配慮、とトゥシェが付け加える。
「あれ? あれは何ですか?」
人工海の浜辺に造られた、幾つかの半球がノリトの目に止まった。
「ああ、あれはねぇ、民間人用避難施設だよ! 都市島のあちこちにあるよ! 外に出てるのはほんの入口で、中はもっすごい広いの! いざとなったら、航空騎兵の脱出球みたいに射出できるんだよ! 最大で千人ぐらい入れるんだって! ぎゅうぎゅうみたいだけどね~」
そういえば、これまで見てきた農地や牧場、食品生産工房の近くにも、似たようなものがあったのを、少年は思い出した。
「トゥシェさん、良く知ってますね」
「え、えへへ、うーん、そうだねぇ」
感心するノリトに向け、トゥシェは不意に顔を寄せると、小声で言った。
(もっと色々知ってるけど、知りたい?)
(い、いいです! いいです! そういうのはいいです!)
何か突っ込まれやしないかと、少年は慌てて右を見る。スズはレーニスを気にかけている様子だし、ガイツハルスは目を瞑ったまま、ずっと、もごもごと愚痴っている。
安心してノリトは、再び窓の外に目を向けた。
およそ7分の遊覧飛行が終わる頃、オラシオン小隊を乗せた客室付格納庫はようやく、アルカイドの軍用滑走路にその腰を据えた。
(つづく)
あー、やっとアルカイドに着きましたね!
情景描写は楽しいですね!
でも創造力が不足しているので書くのが苦しいですね!
アルカイドだけに有るか?井戸!(もうだめだ)
されば次回まで、ごきげんよう!
フライ・ルー!(もうだめだ)




