表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/39

(十五)人類居住外空域・後々編

 調査中に発見された古代遺物(レガリア)は、かつて古代地球(オールド・アース)大破壊(カタストロフ)に関わったとされる暗黒色の竜、超弩級魔竜(サタン)を封じる物だった。右腕に焼けるような何らかの力(エナジー)を覚えつつ、それに対抗しようとするパーセウスと隊員たち(メンバー)

 彼らを押しとどめたのは、飛行隊(スコードロン)を率いるウチーチリ少佐だった。調査部隊(ブラック・ホース)の本分として、敢えて騎兵憲章(マグナカルタ)を破っても、超弩級魔竜(サタン)との知性的接触(インテレクチャル)を試みることを提言するウチーチリに対し、戸惑いながらも同意する各小隊長(リーダー)。だがその試みは、ウチーチリ飛行隊(スコードロン)に潜入していた監査部隊(グレイ・ゴースト)の一員、エスピオンによって遮られる。不意に始まった同士討ちフレンドリィ・ファイアにより、飛行隊は混乱に陥る。

 全員の目が、大型浮島(ビッグ・ランド)の表層に激突したδ隊1番機(デルタ・ワン)に釘付けになった。


 クライシ大尉を乗せた脱出球(セーフ・ボール)を無理に追ったため、無視界飛行(ブラインド・クルーズ)も不完全なままで黒藻宙底層ブラック・アルジィ・ストレイタムに突入したのだろう。


 風防(キャノピー)黒藻たち(ブラック・アルジィ)によって食い破られ、その操縦席(コクピット)は無残にも崩壊している。空気取入口(エア・インテーク)から侵入した貪欲な黒藻たち(ブラック・グラトニィ)は、その機体を内部から食い荒らし、航空騎兵(エアランサー)は半壊している。


 人型形態(ジュブナイル)への移行途中のまま、「く」の字にその身を折り曲げたδ隊1番機(デルタ・ワン)からは、まるで救いを求めるかのように、両腕が伸びていた。その両手には、今や見る影もなくなった脱出球の残骸が、死んでしまった雛のように横たわっている。


 ――δ隊(かれら)は間に合わなかったのだ。


 女性大尉のすべては黒藻に消えた。彼女を救いに駆け昇った4機の航空騎兵(エアランサー)、8人の搭乗者(パイロット)たちは、その身すら、暴食の宙底層グラトニィ・ストレイタムに差し出してしまったのだ。


 パーセウスの耳に、もはや聞くことの出来なくなった彼らの笑い声や、少年をからかう声が甦ってきた。その脳裏に、クライシ大尉の美しい金髪、艶やかな褐色の肌が想い描かれた。


 それらは皆、食い潰されてしまったのだ。

 突然の裏切りによって。


「――ぉおおおおおおおお!!」


 少年は吠えた。


 ウチーチリが制動(ブレーキ)する間もなく、搭乗するα隊1番機(アルファ・ワン)を中空のエスピオン機に向ける。


 ――右翼撃槍(ライト・パイル)展開と同時に射出ディプロイ・アンド・シュート! 超音速の撃槍がエスピオン機に向かって放たれる。


狙いが定まっていないため、やすやすと盾翼で弾かれる……だが、これは囮だ。


 ――人型形態(ジュブナイル)へ移行、制御弁全開放(フル・スロットル)で肉迫、左翼撃槍(レフト・パイル)展開と同時に突撃ディプロイ・アンド・アサルト! 僅かに稼いだ時間で、一気に肉迫、人型形態を取っているエスピオン機の腹部を狙う。


 操縦席を狙うことに、何のためらいも感じなかった。


『……バカか、お前は』


 容赦なく、エスピオンは引金(トリガー)を引いた――右腕の撃槍(パイル)が射出され、狙い定められていたどん亀(タートル)操縦席(コクピット)を貫き、炸裂(ブラスト)した。


「やめろ! やめてくれ!」


 ウチーチリが絶叫を上げた頃には、κ隊2番機(カッパ・ツー)の前部は塵となっていた。


『お前みたいな考え無しが、一番ムカつくんだ』


 エスピオン機は、肉迫するα隊1番機(アルファ・ワン)撃槍(パイル)右翼盾(ライト・ウィング)で払う。


 その慣性を活かして盾翼(レフト・ウィング)を横に薙ぎ払う。

 薙ぎ払われて、α1の頭部が砕け散った。

 人型形態(ジュブナイル)時の頭部、つまり制御系統(マスタリ・システム)を破壊され、α隊1番機(アルファ・ワン)の機能が全停止(マスター・ストップ)した。


 ――通常の航空騎兵(エアランサー)としては学ぶ事の無い、「人間と戦うこと」を想定した航空戦術(マニューバ)だ。


 安全装置(セーフティ)が働き、脱出球(セーフ・ボール)状態で撃ち出されようとするα1の操縦席(コクピット)を、エスピオン機が風防(キャノピー)ごと、右手で押さえ、そのまま鉛直方向に突進、大型浮島(ビッグ・ランド)の表面に叩きつける。


「くそっ! くそっ!」


 激しい衝撃が、パーセウスとウチーチリの全身を襲った。自分の骨が折れる音を聞きながらも、少年は叫んでいた。


「じゃあてめぇの考えは何なんだよ! 仲間を殺すことがてめぇの役割なのかよ!」

『そうだよ』


 α隊1番機を地面に叩きつけ、さらにそれに圧し掛かりながら、エスピオンはさらりと答える。まるで、明日の天気でも聞かれたかのような声だった。


『いや……そうじゃないな。敵性分子(ハスタイル)粛清(パージ)、それが俺の役割だ』


 エスピオン機は、左翼撃槍(レフト・パイル)を展開しつつ、右手の鉄爪(アイゼン)を伸ばし、α隊1番機(アルファ・ワン)風防(キャノピー)をこじ開ける。前部座席(フロント・シート)後部座席(リア・シート)、それぞれを安全に射出するための脱出球(セーフ・ボール)も、破れて弾けた。


 ――パーセウスの有視界(リアル・サイト)に、人類居住外空域(アウタースペース)の薄明の空が見えた。


 12キロメートルほど上空には、黒々とわだかまる黒藻宙底層ブラック・アルジィ・ストレイタム


 それを除けば、夜の闇は昼の青さにすり替わろうとしている。


 三時方向からは、太陽の温もりを感じられた。


 ――だが、少年の眼前には、力無く横たわったα隊1番機(アルファ・ワン)に圧し掛かる、エスピオン機の黒色の頭部と、撃槍(パイル)の先があった。


『生身を貫くところは見たことがないんだが、どんな感じなのかな』


 舌なめずりでもするような声でエスピオンが言う。


 動かない体、怒りを押し潰すような恐怖に、パーセウスの唇が震えた。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


『……きやがったぞ! 畜生!』


 γ隊1番機(ガンマ・ワン)からの声に、少年は自分の虚像把握(イマジナリ)を広げた。なぜ、航空騎兵(エアランサー)完全停止(マスター・ストップ)した状態で自分が虚像把握できるのか、疑問に思う余裕は無かった。


 直接交戦範囲ダイレクト・アタック・レンジまで、亜級翼竜(ワイバーン)は既に迫っていた。


 中空に停止せざるを得なかった鷹の目(ホーク・アイ)たちに、音速で、次々に襲い掛かる。


 音速の衝撃波(ソニック・ブーム)が響く都度、航空騎兵(エアランサー)が1機、また1機と薄明の空に散っていく。


『小僧が手間をかけさせた所為で……くそが』


 エスピオンが口汚く呟く。


 このまま此処に残っていれば、次々と他の竜種も集まってくるだろう。


『まあ、後処理は彼ら(ドラゴン)に任せますか。私は本隊(ホーム)への報告優先とします』


 急に丁寧口調に戻ったエスピオンが、α隊1番機(アルファ・ワン)に圧し掛かっていた自機を起こす。


 亜級翼竜(ワイバーン)たちとの交戦に手一杯な鷹の目(ホーク・アイ)たちを尻目に、重力制御(グラヴィ・コン)を活動させると、大型浮島(ビッグ・ランド)の表層から100メートルほど上空に浮かび上がった。


『……それでは、さようなら』


 蒼く輝く黒い球体(グラヴィトン)が、エスピオン機の胸部(ブレスト)から斜め上空に向け、超々音速で射出された。


 音速の衝撃波(ソニック・ブーム)と重力異常で、α隊1番機(アルファ・ワン)や周囲の低木が、ぐらぐらと揺れる。――超々音速飛行(UCR)でこの場から逃れるつもりだ。


「何が、さようならだ」


 パーセウスの中を、凶悪な感情が渦巻いた。


「アンテットさんを、みんなを、あんな目に会わせておいて……!」


 全身の痛みも忘れてパーセウスが叫んだ刹那、少年の中の何かの力(エナジー)が爆発した。


「落とし前ぐらい、つけて行きやがれ!」


 頭部(マスタリ)を失ったα隊1番機(アルファ・ワン)が立ち上がり、その全身を炎が包む。


 即座に掲げられた右腕から光神経線維(ニューロファイバー)が射出され、エスピオン機の脚部(グリーヴ)に絡みつく。


 先端空間(ソリッドスペース)を開き、超々音速飛行(UCR)に入ろうとしていたその機体に向けて、火線が走る。


属性顕現アライメント・バースト……!』


 次の瞬間、エスピオン機は、およそ5千8百ケルビンで燃え上った。


 猛烈な熱量が周囲を焦がし、辺り一面の低木が一瞬にして灰になる。


 エスピオンは、絶叫を上げる間もなく、その機体ごと消え去っていた。


 右手を掲げたままの姿勢で、パーセウスは呆然としていた。


 周囲を飛び交う航空騎兵(エアランサー)たちも、亜級翼竜(ワイバーン)たちも、極めて短時間とは言え、太陽の表面温度に等しい高熱を浴びて瞬時に燃え上って塵となるか、その余波を受けて著しく損傷し、墜落していく。


 炎が納まる頃、浮島表層中央センター・サーフェイスは一面、岩石蒸気によって燃え上り、溶岩化し、それが冷え固まりつつ蒸気を上げるという、火炎地獄のような様相を呈していた。


 内蔵するすべてのフラクタル鉱石(マイン)を使い果たし、α隊1番機(アルファ・ワン)もまた、崩れ落ちる。


 少年もまた、前部座席に背中から倒れ込む。


 くらくらする視界で、パーセウスは上空を見ていた――なぜ、α1が、そして自分が無事なのかは分からない。


(ああ、まずい、あれはやばい……)


 その主体を失った重力球(グラヴィトン)が、そのさらに上空に浮かんでいる、フラクタル鉱石(マイン)を剥き出しにした引き揚げ基部(サルベージ・ベース)に、引き寄せられるかのように向かっている。双方が結びつけば、フラクタル爆発(フレア)が発生、少なくともこの浮島は吹き飛ぶだろう。


(皆、死んでしまった。俺が、殺してしまった……)


 嫌にはっきりとした虚像把握(IF)で、パーセウスは大型浮島(ビッグ・ランド)全体を眺めた。


 もはや動くものの無くなった大型浮島(ビッグ・ランド)表層には、ただ炎だけが揺らめいている。


 ――いや、1つだけ、動くものがあった。


 高熱に揺れる大型浮島(ビッグ・ランド)上空の大気、朝焼けが差し込んできたその空を、巨大な黒い影が舞った。


 ついに解き放たれた超弩級魔竜(サタン)が、ゆらゆらと進む重力球(グラヴィトン)を咥え、噛み砕く。蒼黒い光が周囲に放たれ、大気を揺らすが、巨大な竜は意に介した様子もない。


あれ(・・)を動かせば良いのか)


 パーセウスの虚像把握(イマジナリ)に、魔竜の虚像把握(イマジナリ)が絡むと、そう声が聞こえた。


あれ(・・)を動かせば良いのか)


 丹念に虚像把握(イマジナリ)を絡めながら、もう一度、魔竜は尋ねる。


(あれ、引き揚げ基部(サルベージ・ベース)、そうだ、動かしてくれ)


 驚く余裕も無い少年が、虚像把握(イマジナリ)でそう答える。


 ――ウチーチリ少佐が提言していた知性的接触(インテレクチャル)は、呆気なく成功していた。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 超弩級魔竜(サタン)の額から青い光が飛び出す。


 その直撃を受けた引き揚げ基部(サルベージ・ベース)が、ゆっくりと稼働し始めた。


 1キロメートル上空に浮かんでいた引き揚げ基部(サルベージ・ベース)や、直径約5キロメートルの大型浮島(ビッグ・ランド)を包む底引き網(ドラグネット)は、幸いなことにその機能を損ねずに済んでいたらしい。


 引き揚げ基部(サルベージ・ベース)がその動きを強めるにつれ、そこに仕込まれたフラクタル鉱石(マイン)はその回転を増し、巨大な、円錐形の先端空間(ソリッド・スペース)が開かれていく。


 先端空間(ソリッド・スペース)が表層をすっぽりと覆う頃、大型浮島(ビッグ・ランド)はゆっくりと浮上し始めていた。


(ほんとなら、これで皆で帰れたはずなんだけどな)


 古代遺物(レガリア)を発見したのは、ほんの15分ほど前だ。低木に覆われていた大型浮島(ビッグ・ランド)表層は、今や溶岩に襲われた後のようになっている。


()というのは、あれら(・・・)か)


 ウチーチリ飛行隊(スコードロン)は失われ、多くの亜級翼竜(ワイバーン)たちと共に、燃え尽きるか、あるいは地に伏していた。一方のパーセウスは痛みに身動きも取れず、独り航空騎兵(エアランサー)に座して、さらに超弩級魔竜(サタン)まで伴っている。


(そうだ、かれら(・・・)だ。71名の仲間たちだ。皆、失われてしまった)


 暗黒色の竜の巨大な頭部は、パーセウスの間近にあった。赤黒い炎を上げる6つの目も、3つの口も、そう恐ろしく感じない。


 あまりの喪失感に自分は麻痺してしまっている少年は、そう感じていた。


(お前以外に、もう一人、生きている)


 跳ね起きようとして、パーセウスは全身に襲い掛かる苦痛に呻いた。


(どこだ! どこにいる!)

(後ろ。お前の後ろ)


 ――ウチーチリ少佐!!


 必死に上半身を起こすと、這いずる様にして、少年は後部座席へ向け、半身を捩った。


「少佐! ウチーチリ少佐! おやっさん! このクソ親父!」


 声を振り絞って、パーセウスは叫ぶ。

 後部座席にぐったりと身を委ねていた少佐の目が、僅かに開いた。


「……おう、やりやがったな、小僧」

「少佐……」


 ほとんど音にならない掠れ声。

 それでも、少年の耳には確かに聞こえていた。


「俺、おやっさん、俺、あいつを、みんなを……」


 それ以上は言葉にならなかった。

 気づくと、パーセウスの頬を滂沱の涙が伝っていた。


「甘かった、俺が、甘かった。選り抜きの精鋭を、揃えたつもりだったが、監査部隊(グレイ・ゴースト)を紛れ込ませちまうたぁ、俺も、焼きが回ったもんだぜ」


 白い頬髯を血で染めながらも、ウチーチリは銀色の瞳をたわめ、微笑む。


 おそらく、内臓のどこかを損傷しているのだろう。黒を基調色とする調査部隊(ブラック・ホース)用騎兵服の腹部が、異様に歪んでいる。


 引き揚げ基部(サルベージ・ベース)に引かれた大型浮島(ビッグ・ランド)が、時速約40キロメートルの速度で確かに上昇を続け、ほどなくして黒藻宙底層ブラック・アルジィ・ストレイタムに入ると、周囲は再び、闇に包まれた。辺りで光を放つのは、間近で大人しくとぐろを巻いている、超弩級魔竜(サタン)の6つの瞳、3つの口だけだ。


(……面倒なやつが、来た)


 虚像把握(イマジナリ)を通してそう言うと、暗黒色の魔竜(サタン)は四枚の巨大な翼を広げ、二足で立ち上がった。その身動きだけで、もはや完全に機能停止したα隊1番機(アルファ・ワン)が揺れる。


 六時方向に発生した眩い光に、パーセウスは思わず目を覆った。


 直径5キロメートルの大型浮島(ビッグ・ランド)(エッジ)先端空間(ソリッド・スペース)の守りを抜け、暴食の宙底層グラトニィ・ストレイタムの闇を裂いて躍り出たのは、巨大な黄金の竜だ。全身を雷で包み、六枚の翼で電磁場(フィールド)を発生させ、黒藻(グラトニィ)からその身を守っている。電磁浮上(マグレブ)によって滑るように接近してきたそれ(・・)は、およそ100メートルの距離で、その5本の爪を浮島に突き立てた。


大破壊(カタストロフ)から半世紀も経ずに、よくもまぁ再臨(アドベント)したものだ)


 二つの巨大な瞳をしげしげと凝らし、暗黒色の魔竜(サタン)を観察するようにして、それ(・・)は言った。その言葉が、魔竜の虚像把握(イマジナリ)を通して、パーセウスにも伝わってくる。


超弩級雷竜(カムナカムイ)……」


 後部座席(リア・シート)でウチーチリが声を漏らした。


 黄金色の竜鱗からは、常に雷光が放たれ、その表皮を走っている。


 超弩級魔竜(サタン)と並び、かつて古代地球(オールド・アース)大破壊(カタストロフ)に関わったとされる竜がまた一体、二人の眼前に有った。


小竜ども(ワイバーン)が騒ぐから何事かと思えば……正しく、小賢しい人間ども(カニング・ヒューマン)には眩暈がする)


 魔竜は返答しない。


 ただ、パーセウスとウチーチリの二人を、金竜から守るような気配は感じられた。


(自ら黒藻(グラトニィ)を撒き散らしておきながら、今更、何をするつもりだ)


 魔竜は何も答えない。


 その逞しい体躯に電流をみなぎらせた黄金色の竜(カムナカムイ)から、苛立ち、怒り、戸惑い、そして憐憫といった、複雑な感情が伝わってくる。航空騎兵(エアランサー)操縦席(コクピット)で「小賢しい人間ども(カニング・ヒューマン)」と呼ばれた二人は、ただ息を呑んでいた。


竜たち(あいつら)は何を……」

「金竜が、黒竜に話しかけてます」

「分かるのか、パース」

虚像把握(IF)を通して……何となく伝わる感じです」


 苦しい息の下で、ウチーチリが少年と会話する。


 大型浮島(ビッグ・ランド)は、引き揚げ基部(サルベージ・ベース)に異常なく、浮上を続けている。暴食の宙底層グラトニィ・ストレイタムの闇を抜けるには、あと1時間近くは掛かるだろう。


(竜種だけでは絶界は救われない)


 初めて、暗黒色の竜(サタン)が口を開いた。


(我々には再び、「輝ける闇(ルー)」が必要だ)


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「――古代遺物(レガリア)の有った場所、ちょうどそれが、此処だよ」


 当時生い茂っていた低木が、見る影もなく焼き払われ、今は機能高分子繊維(スパイバー)製の対熱甲板が覆うベネトナシュ空域基地(ベース)の地面を指差しながら、32歳のイオキベが言った。


 スズ・オラシオン大尉は混乱していた。


 ウチーチリ飛行隊(スコードロン)壊滅(デストラクション)超弩級魔竜(サタン)超弩級雷竜(カムナカムイ)監査部隊(グレイ・ゴースト)密偵(スパイ)上位種(エルダー)との知性的接触インテレクチャル・コンタクト、多くの事をイオキベは語ったが、辻褄の合わないことも数多くあった。


「……そんな、そんなばかな。だってこの基地は」


 懐中電灯(ポケット・トーチ)の光の輪の中で、彼女の頬が一層、青白く浮かぶ。


「ベネトナシュ基地は300年の歴史を持つって……」

「それは嘘だ」


 呆気なくそう言うと、イオキベは横顔を向けた。煙草を取り出すと火をつけ、深々と吸い込み、吐き出す。


「俺たちがこの大型浮島(ビッグ・ランド)を引き揚げたのは、18年前のことだ」

「どうして、司令はそんな嘘を」

「あいつもそう、信じ込まされてるんだ」

「どうして、佐官級まで、そんな嘘に」


 イオキベは沈黙した――その沈黙が、スズ・オラシオンに結論をもたらした。


 星明りもない闇夜季節(ダーク・ブランド)は、徐々にその色合いを変化させようとしている。


「どうして、そんな話を、私にするんですか」


 こわばった横顔を向け、スズは薄明の始まった空を睨んだ。


「私の、気持ちを、利用しようというんですか」

「そうじゃない……!」


 32歳の男は、慌てて彼女の横顔を見つめた。

 その横顔の固さに、視線が泳ぐ。


「いや、やっぱりそうなのかも知れねぇ……つーか、いや、なんつーか」


 しどろもどろになり始めたイオキベの様子に、スズは思わず、くすりと笑った。その微笑みが、イオキベの言葉を引き出した。


「知ってて欲しいんだ、多分。俺はこれから、やらかすからさ」

「その時、お前さんになら、後ろから撃たれてもいい、そう、思うんだ」

「その時、多分説明なんか出来ないから、今、この時に、知ってて欲しいんだ」


(変なところで不器用なんだから……)


 内心では苦笑いしながら、スズ・オラシオンは、パーセウス・イオキベを見た。まっすぐな水色の瞳を受け、碧眼が一瞬、たじろぐ。


「教官、私が告白した時、自分がなんて返事したか覚えてますか?」

「あー、うーん、えーと、何だっけ」

「お前さんはまだ愛の質量を知らない……ですって」

「あー、ばかだねぇ」


 自分の事であるにも関わらず、イオキベは大きく笑った。釣られてスズも、笑う。


「……その答え、今も変わりませんか?」


 スズが、イオキベを見つめなおす。

 軽く結い上げた黒髪が、不安そうに揺れる。


「……すまん、変わらない」

「そう、ですか……」


 長い睫毛をそっと伏せ、それから穏やかに、彼女は微笑んだ。


 うーん、と背伸びをすると、清々しい表情でイオキベを見上げる。


「じゃあ、聞かせてください。教官が知ってること、やろうとしてること、全部!」

「お、おぅ!」


 今度はイオキベが釣られて、なぜか元気良く、煙草を携帯灰皿でもみ消した。


「まずは、そうですねぇ……航空騎兵(エアランサー)からの降機時、制御系統(マスタリ・システム)神経接続(ニューロ・コネクト)してなくても、教官は虚像把握(IF)が出来るんですか? 今、現在も?」


 薄紅色の唇に指を当て、考えながらスズ・オラシオンが尋ねる。金髪をわしゃわしゃと掻きつつ、イオキベが答える。


「今も、できる。歳食って範囲(レンジ)は2千弱ぐらいまで狭まったけどな……お前さんがこっちに来るのも、見えてた」

「本当に?」

「ここで証明すんのは難しいんだけどなぁ。例えば……ガイツハルスの奴は、なんか私室で書類整理してる、この時間までご苦労さんだね。アウダースは、爆睡だな。おろろ、ラソンは電算室にいるね、割と勉強熱心じゃん」


 いかにもそれらしい描写に、スズは小首を傾げた。半信半疑、という感じだ。


虚像把握(イマジナリ)でも使わなけりゃ、一介の民間人(オーディナリ)が警備の目を抜けて、騎兵基地の兵舎から抜け出して、煙草なんぞ吸いには出られないだろ?」

「それは、確かに……」


 実際、今スズ・オラシオンは、彼女の大尉(キャプテン)権限を以って外出許可を得ている。きちんとした証明が無ければ、歩哨に見咎められただけで外出差止(アウト)だ。


「やろうと思えば、女湯(レディース)覗くのだって楽勝だって……いや、やらないよ? 紳士だから! やらないよ?」


 水色に澄んだ瞳でじっとりと見つめられて、イオキベは慌てて否定した。


古代遺物(レガリア)の影響……なんですよね」


 覗き見(ピーピング)の追及はさて置くことにして、スズは真面目な顔で考え込んだ。イオキベも同じく、真顔になる。


古代遺物(レガリア)はきっかけ、だったのかも知れない。非搭乗時虚像把握能力アンボーディング・イマジナリを培うためには、それなりに訓練が必要だったよ」

「……どこでそんな訓練を?」


 懐中電灯(トーチ)の光の輪の中で、二人の視線が重なる。

 六時方向から、太陽の温もりが広がってくる。

 初めて、イオキベは組織(・・)の名前を口にした。




(つづく)




 ま゛ーーーーーーっ!

 の゛ーーーーーーっ!

 ぅおーーーーーーっ!(皇龍砲)

 ううう。

 色々とううう。

 それでも行ってみます!


 次回「試験飛行」。

 さあ貴方も、絶界でフライ・ルー!(まーのーうぉー!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ