(十三)人類居住外空域・中編
少年時代のパーセウス・イオキベ、14歳の彼は、調査部隊所属、計36機の航空騎兵からなるウチーチリ飛行隊の一員として、人類居住外空域に挑んでいた。
人類の居住空域拡張を阻む黒藻宙底層、暴食の宙底層とも呼ばれる、厚さ40キロメートルにもおよぶ危険な宙底層を無事に通過した彼らを、人類居住外空域の輝ける夜、下空の星空が迎えた。
ウチーチリ飛行隊は音速の半分ほどにその速度を落とし、鉛直方向に星々を輝かせる、人類居住外空域の夜空を飛んでいた。
対界平線高度はマイナスを6万メートル近くも下回っている。
夜陰に乗じているとはいえ、いつ竜種に遭遇してもおかしくない空域で、パーセウスの虚像把握に入った浮島のひとつひとつを確認しながら、常に総員で警戒と調査を続けるのは相当に神経を使い、疲労も普段の比ではない。
「どうだ?」
ウチーチリ少佐が努めて冷静な声で、音声通話越しに尋ねた。
『こいつも駄目ですぜ、少佐。脆過ぎます』
「そうか」
γ隊1番機からの調査結果報告に、皆の溜息が、音声通話から一斉に漏れてくる。
人類居住外空域に入ってから、はや3時間が経とうとしていた。
これまでに複数の浮島を発見していたが、小さ過ぎる、異常に結晶化している、生物学的懸念がある、そして脆過ぎる等、およそ人類が利用することができない状態のものばかりであった。
「止むを得ん。これをもって本飛行隊は調査飛行を断念、ポラリス基地に帰投する」
『そんな……!』
『今回、当たり無しですぜ! 少佐!』
隊員たちから次々に抗議の声が上がるが、前回の休憩から7時間近く経過しようとしている。潜航回数もこれで5回目を数え、飛行日数は2週間を越えた。飛行隊を率いる司令官として、ウチーチリ少佐はこれ以上の無理を彼らに強いることはできなかった。
『近衛大隊の奴らにぐちぐち言われんのは、俺は嫌ですぜ!』
『もうちょっと、もうちょっとだけ!』
『そうですよ! 賭けってのは張らなきゃ当たりません!』
『なんでしたら俺のピー!を賭けてもいいですぜ!』
「うるせぇこのウスラバカどもが!」
α隊1番機の後部座席で、ウチーチリ少佐が怒声を張り上げた。
「張っても当たらねぇ賭けだってあんだよ! 男はな、引き際が肝心なんだ!」
『あら、あたしは女ですけど』
『差別発言! 差別発言だ!』
『このまま帰投したら本隊に言いつけますぜ!』
「まったくうちのバカどもはホントに……!」
隊員たちが調子に乗って張り上げる声に、ウチーチリは顔を真っ赤にして頭を抱えた。彼自身、成果の無い調査飛行が、悔しくないはずは無いのだ。
――その時。
「3時方向に感! 浮島です、かなりでかい!」
大型浮島の姿を虚像把握したパーセウス・イオキベが叫んだ。
金髪の少年の声に、飛行隊隊員たちが歓声を上げる。
『ほうら少佐! 堪え性が無いと損をしますぜ!』
『あれ、イケるんじゃなくって? 女の勘がしますわ!』
『あれだけ、あれだけでも行ってみましょうよ!』
口々に囃し立てる隊員たち――ウチーチリ少佐は、ぐぬぬ、と奥歯を噛み締めた。
「……しょうのねぇバカどもだな! これっきりだ、こいつで最後だぞ!」
音声通話から再度、70名の歓声が湧いた。
パーセウスも、思わず諸手を上げていた。
渋面を作るウチーチリと、喜び勇んだその飛行隊が再び動き出す。
結果は――当たりだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『こいつは大したもんだな……』
誰かが感嘆する声が音声通話から漏れてきて、14歳のパーセウス・イオキベは、思わず得意になった。
彼が発見した浮島は、直径約5キロメートル、周囲約15キロメートルにもおよぶ、巨大なものだった。
厚さは、一番厚みのあるところでも3キロメートルほどと、その表面の広さに対しては薄めだが、補修すればどうにかなるだろう。何より、表面積が20平方キロメートル近いのは、それだけでも十分に利用価値があった。
『地質学的素養、生物学的素養、共に問題なさそうですぜ』
人型形態で浮島の側面に取りつき、手足の鉄爪から探査繊維を浮島内部に潜らせていたγ1からの報告に、隊員たちは一気に浮足立つ。
「浮かれんなよ! まだほんの一部分だ。どこに何が潜んでるか分かりゃしねぇ」
すかさず、ウチーチリ少佐が釘を刺した。
『分かってますって、少佐!』
『γ隊、このまま全体調査に入りやすぜ!』
『δ隊、同じく』
『κ隊、設営準備に入りますわ!』
『少佐! 暗視装置の使用許可を!』
「……許可する。α、βは円周哨戒! ε、ζ、η、θはκを護衛!」
『了解!』
嬉々として隊員たちが作業に入る様を、ウチーチリ少佐は嘆息しながら眺めた。
「……なんで溜息なんてつくんすか?」
「分かってねえな、小僧」
前部座席に座る少年の気楽そうな声に、ウチーチリはもう一度嘆息した。
「浮島の熱赤外線を捉えるには航空騎兵に仕込んだ暗視装置の赤外線受光素子を極低温まで冷やさなけりゃならんだろ。その排気を竜どもに悟られたらどうすんだよ」
「大丈夫っすよ、ここまで遭遇無しなんですから」
「それが油断につながるんだ」
仏頂面で腕組みしながら、ウチーチリが言う。
「それにな、何か気にくわねぇ。こんな風に上手く行く時は、悪いことも起きるもんだ」
「そんいうもんすかねぇ」
呑気に返答をしながら、パーセウスは作業に入り始めた4機の「どん亀」を眺めた。
「……α1も暗視装置、点けていいすか?」
「駄目だ! 見るんなら虚像把握だけにしろ」
即座に却下され、少年は肩をすくめる。
自分の虚像把握能力に、パーセウスは絶大な自信を持っていた。平均で虚像把握範囲8千を叩き出せるのは、空軍士官学校の同期に一人もいなかった。
その彼の虚像把握に、さきほど見つけたばかりの大型浮島の全景と、隊員たちの様子が浮かぶ。浮島の周囲に沿って飛行しつつ、パーセウスとウチーチリを含むα隊、4機の航空騎兵は、亜音速まで速度を上げ、円周哨戒を開始した。円周のちょうど反対側になるように、β隊も同じ動きを開始している。
α隊の4機はそれぞれに光神経線維でつながり、α1はさらに、ε隊1番機とつながっている。ε1はさらに、「どん亀」と呼ばれる外部大型格納庫を取り付けたκ隊1番機とつながり、5百メートルほどの間を開けて、その周囲を旋回していた。
浮島表層中央で作業に入ったκ隊を時計の中心に見立てれば、細い光神経線維を引き継ぎながら、文字盤に向けて2つの秒針が伸びるような按配で、α隊からθ隊までの計32機が時計回りで巡る。
浮島の電離流域内なので短波無線を使うことも可能だが、十分に安全確保ができるまで確実な手法を取る――ウチーチリ少佐の標語だった。光神経線維でつながっていれば、他の操縦手の虚像把握に頼れるのも利点だった。
「これだけの大きさなら、基地用浮島にも使えますよね?」
一周約1分の円周哨戒を続けながら、うきうきしてパーセウスが言った。
「そうだな。ベネトナシュ空域に基地を作る計画があるから、そこに行くかも知れん」
「やった!」
「上手くいけばの話だ! 集中しろ!」
「特別報酬出ます? 昇進は?」
「だから集中しろ! 間抜けが!」
「えー、俺、頑張ったのに……」
急にしおらしくなったパーセウスに、ウチーチリは慌てて言葉をつなぐ。
「ま、まあ、お前を飛行隊に迎えた甲斐はあったな。これだけ出来りゃ、大したもんだ」
「やった! じゃあ特別報酬出ます!?」
「この野郎……」
音声通話越しに二人の会話を聞いていた隊員たちから、笑いが漏れる。
『パース、少佐が自腹で出してくれるってよ』
『独り占めは良くねぇからな。少佐、俺らにも頼みますよ!』
『あたし、新しい服が欲しかったのよねぇ……天然製のやつ!』
『腹減ったなぁ……』
「うるせぇ! てめえら仕事しろ! 仕事!」
ウチーチリ少佐の怒声に、一斉に笑い声が上がった。
この飛行隊に所属していることが、少年には、何より誇らしく感じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
パーセウスが発見した大型の浮島は、その表面のほとんどが高さ1メートルほどの低木で覆われていた。今まで目にしたことのない品種ではあるが、生物学的懸念は無い、との調査結果が出ている。
「しかしあれですよね」
「……なんだ」
パーセウスの問い掛けに、相変わらず渋い声のウチーチリが答える。
「闇に乗じて浮島を掠め取ろうなんて、俺ら盗人みたいですよね」
「……しょうがねぇだろ、それが使命だ」
少年の言葉に、ウチーチリは大きく苦笑して言った。人類の役に立てるとはいえ、そんな言い方をされては身も蓋もない。
「それにしてもなんですよね」
「……うるせぇなぁ」
円周哨戒を続けながら、パーセウスは虚像把握を駆使して、浮島の様子を眺めていた。
「赤外線受光素子を極低温まで冷やさなくちゃならないなんて、かなり前時代的じゃないんですか?」
「……どういう意味だ」
「そのまんまっすよ。……なんかの資料で読みましたけど、受動形式かつ冷却を必要としない二次元受光素子だって、昔は存在してたんでしょ? 大破壊で星がぶっ壊れた時に設計図が失われたとしたって、工匠が思象追跡型工作機で再現できても良さそうなもんじゃないですか。ましてや、『ホーム』には高位技術者がいるんでしょ? 8百年も掛けて、何してんすかね」
そう問われたウチーチリは、そのまま暫く沈黙してしまった。
竜の脅威を気にせずに暗視装置が使えれば良いのに……ただ単純にそう考えていた少年は、沈黙した後部座席に、かえって驚く。
「……おまえ、その資料をどこで読んだんだ?」
「俺、工匠技能研修も受けてますから。ちょっと気になったんで、伝手を使って……」
ようやく返ってきたウチーチリの言葉に、えへへ、と笑いつつ、パーセウスは素直に答える。
「調査部隊ごときが、あんまり嘴を突っ込むもんじゃない。俺たちは黙って、『ホーム』の命令に従ってりゃいいんだ」
らしくないウチーチリの物言いに驚いて、少年は後部座席を振り返った。
黒色を基調とした調査部隊用防護兜の中で、白い頬髯を蓄えたウチーチリが、銀色の瞳でパーセウスの碧眼を受け止める。
その視線が促した先には、飛行記録装置が有った。
調査部隊は勿論のこと、任務についたあらゆる航空騎兵の飛行記録は本隊に送られ、そこで解析を受ける決まりになっている。
普段なら二人の会話に茶々を入れてくる他の隊員たちも沈黙しているところからして、自分は何かやばいことを口走ったらしい――そう悟った少年は、それきり口を噤むことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大型浮島発見からおよそ5時間、前回の休憩から12時間を越えようとする頃になっても、疲れ知らずのウチーチリ飛行隊は着々と準備を進めていた。
『引き揚げ基部、設置完了、これより底引き網を展開しますわ!』
どん亀を率いるκ隊1番機から、音声通話越しの元気な声。少年は、相当に意気込んでいるであろう黒髪の女丈夫、クライシ大尉の強気な瞳を思い出した。
「許可する。針鼠どもはどん亀と相方指定飛行、個別に護衛」
『了解!』
ウチーチリ少佐はため息交じりで返答。
各隊からこれまた元気な応答が返ってくる。
12時間を越える飛行時間は完全に飛行規程違反なのだが、気が高ぶっている隊員たちに対して、少佐も強く出られずにいた。
「まったく、年寄りには辛いぜ……」
『まあまあ、帰投したら肩でも揉んで差し上げますから!』
『なんでしたらあれですよ、デネブにあるっつー、温泉行きましょ! 温泉!』
『そのまま退役したらどうです? 少佐!』
『そうそう! 飛行隊は俺が継ぎますって!』
防護兜の防護面を引き上げ、液状食を啜りながら少佐が呟くと、各機から一斉に宥めるような言葉や野次が飛んでくる。既に3百回以上も大型浮島の縁に沿って円周哨戒を続けており、40歳を越える彼には、流石にきつくなってきたのだろう。
「少佐、寝ててもいいっすよ?」
隊員たちの野次に応じる気も無くなった後部座席に向かって、にやにやしながらパーセウスが言うと、前部座席に問答無用で蹴りが飛んできた。
「いってぇ!」
後頭部に受けた衝撃に抗議しつつ、少年は笑っていた。後部座席では、年寄り扱いされたウチーチリがぶつぶつと文句を言っている。その様子がまた、微笑ましかった。
パーセウスの虚像把握範囲内では、大型浮島の表層のほぼ中央に、引き揚げ基部が設置されていることが確認できる。各機を結ぶ光神経線維は引き揚げ基部に集約され、今はそこが音声通話の中心となっていた。
引き揚げ基部を設置し終えた4機のどん亀が、浮島の表層から一斉に動き始める。
それぞれ、一個小隊の針鼠を護衛に、十二時、三時、六時、九時方向に散っていく。
大型浮島表層中央の基部からどん亀の機体後部に向かって伸びるのは、機能高分子繊維で出来た、幅5センチメートルほどの特殊な拘束繊維束だ。
浮島をきっかり四分割するように飛行した4機のどん亀は、浮島の底部中央で再集結し、そこにそれぞれの拘束繊維を打ち込み、さらに機能高分子繊維で塗り固めるようにして固定させる。
『この浮島はデカいからね、機会は一回切りだと思いな』
『うぃーっす!』
『IFレンジ、あたしに合わせな。抜かるんじゃぁないよ!』
『うぃーっす!』
κ隊1番機からの威勢の良い声に、どん亀各機が声を張る。
数瞬を置いて4機のどん亀は、大した掛け声もなしに、大型浮島の崖面に沿って、十二時、三時、六時、九時の方向に思い切りよく上昇し、一斉に底引き網を展開し始めた。その眼下には、星夜季節の星々が輝いている。
すげえ!――虚像把握でそれを見ていたパーセウスは、思わず声を上げた。
底部中央から急速に広がり出したのは、厚さ約3キロメートル、直径約5キロメートルの大型浮島の底部をすっぽりと覆う、巨大な重合炭化水素化合組網だった。設定された融点に基づいてどん亀から射出され、網目状に広がって浮島の底部から崖面にかけて付着、空気冷却と共に定着するその巨大な重合炭化水素化合組網を正しく展開するためには、相当の共同作業能力を必要とする。
――僅か数分のうちに、大型浮島が巨大な底引き網に包まれていく様子は、確かな虚像把握能力を持つ少年の目を奪うに十分だった。
4機のどん亀は浮島表層中央の引き揚げ基部で再集結すると、各機がそれぞれ引いてきた重合炭化水素化合組網の端を、基部に固定する。
『引き揚げ作業準備開始!』
κ隊1番機からの号令に合わせ、四方向から底引き網を接続された引き揚げ基部が、淡く青い光を放ちながら、浮島の表層から上空、約1キロメートルほどのところまで打ち上げられ、中空で静止する。引き揚げ基部は直径10メートルほどの円筒形で、今、その上半分は開かれ、剥き出しのフラクタル鉱石が緩く回転しながら、青い光を淡く輝かせていた。
その様子はちょうど、淡く光る星を持ち手に、半分に割った甜瓜をぶらさげた網袋のようだ。
「上出来だ」
思わず、ウチーチリ少佐が声を上げた。
機能高分子繊維の熱可塑性を利用したこれらの作業、特に今回のような大物の場合、大量の機能高分子原液を消費する。
さらに、繊維を射出する際の加熱に必要な熱量は航空騎兵を稼働させているフラクタル鉱石から得ているため、射出する量が莫大であるだけ、その消耗も激しくなった。外部大型格納庫によって通常より多くの資材を抱えられるどん亀とはいえ、何度も繰り返せるものではない。
一発で底引き網を仕上げたのは、褒められて然るべきだった。
『お褒めに預かりまして』
κ隊1番機から、得意そうな、艶やかな声が返ってくる。
『つーことはあれですか! 特別報酬ですか!』
『ですよね? 少佐!』
『そりゃそうだろう、こんだけの大物を揚げたとなりゃあ……』
『俺、特別報酬であの娘に宝飾品買ってやろう!』
『やったな! ついに求婚できるな!」
『腹減ったなぁ……』
「……分かった、わーかったよ!」
既に特別報酬が出るものと決めつけている飛行隊隊員たちに対し、ウチーチリ少佐が観念して言った。
「帰投したら、お前らに金一封が出るよう、本隊に働きかける……無事に帰れたらだぞ! 帰るまでが調査飛行だからな!」
有線通話から一斉に湧いた歓声に、ウチーチリは慌てて釘を刺す。
――全体調査を続けていたγ隊1番機から報告が入ったのは、そんな時だった。
『少佐、ちょいと想定範囲外です。こっち、来てもらっていいすか』
「なんだ」
『だから、ちょいと想定範囲外ですってば』
「……分かった、今、行く」
不機嫌に返答したウチーチリ少佐だったが、繰り返すγ隊1番機からの通信に異変を察し、頭を切り替えたようだ。
「どん亀、針鼠は現状で待機、δ隊はα隊と入れ替わりで円周哨戒に移れ」
『了解』
同じく異変を察した各機から、訝しげな応答が返ってくる。
「小僧、見えてるか?」
「全然オッケーっす」
後部座席からの問い掛けに、虚像把握で確実にγ隊を捉えていたパーセウスは余裕の声で返し、γ隊が調査している地点に機首を向けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人型形態に移行した黒い航空騎兵が、低木生い茂る大型浮島の一端、γ隊1番機の指定地点に、ゆっくりと垂直着陸した。
(ごめんな……)
重力制御、プラズマ推進と機体質量の影響で薙ぎ払われる低木たちに向かって、パーセウスは内心で謝った――もっとも、この浮島が航空基地に利用されるなら、低木たちにはもっと過酷な運命が待ち構えているのだが。
「少佐、こっちですぜ!」
航空騎兵の操縦席から縄梯子を伝って地面に降り立った二人に向けて、先に人型形態で着陸していたγ隊1番機の操縦手が、懐中電灯を振りながら声を張り上げる。
「何事だ! つまんねぇ事だったらぶっ飛ばすぞ!」
ウチーチリが叫び返した。
引き揚げ基部を打ち上げている現状、そこから漏れているフラクタル鉱石の光は、いかに淡いとはいえ、人類居住外空域の夜空には、星のように輝いて見える。いつ、竜種に気づかれないとも限らない。早く引き揚げ作業を終えたい――少佐のそんな気持ちを、少年は十分に理解できた。
懐中電灯を灯し、低木の枝を掻き分けながら、慎重にそちらへ向かう。
α隊、γ隊の残りの航空騎兵は、飛行形態で中空に待機していた。
「これは……」
思わず、パーセウスは呟いた。
50メートルほど進んだ先に有ったのは、まるでその身を控えるようにして低木が繁茂を避ける空き地と、その中央に佇む、高さ3メートルほどの大岩だった。岩の側面にはびっしりと、図形のようなものや、文字と思しきものが彫り込まれている。
「古代遺物……」
ウチーチリが呻いた。
大破壊前の古代地球から残っている物、それは古代遺物と呼ばれている。
様々な素材、形状をしており、「古代遺物」という表現は総称に過ぎないが、一様に言えることは、どの古代遺物も、人類、そして竜種の双方に大きく関わる、ないし大きく影響し得るという事だった。
「ちょいと想定範囲外」どころの騒ぎでは無い。少佐級であるウチーチリですら、簡単に評価したり、判断できるような代物ではないのだ。
――ただ、γ1の操縦手がわざわざウチーチリを呼び寄せた訳が、パーセウスには分からなかった。光神経線維を通し、音声通話で報告、虚像把握で共有すれば良いだけの話だ。
(このまま引き揚げるのは……)
(確かに本隊に引き渡す訳には……)
(司令の指示を仰ぐには……)
(しかし長く留まるのも危険……)
難しい顔で相談を始めた大人たちの会話が、小さく漏れ聞こえてくる。
だが、パーセウスの視線は、目前の大岩に釘付けになっていた。
――大人たちは、少年の好奇心に釘を刺すことを、忘れていた。
古代遺物たる大岩のほぼ全面にある浮彫には、大きな竜とも思われる物もあった。
手元の懐中電灯の明かりに頼らず、パーセウスは自身の虚像把握を凝らして、浮彫を精査してみる。全く見たことの無い文字のようなものが様々な図形を形作ったり、縁取ったりしている。
読めるような気がする――何となく、パーセウスはそう感じた。
(ギ・マルペアメサス・ペルソノ・キゥ・ハヴァス・デ・ドラコ・トゥシェ・シ・ティウン・モヌメントン――竜の因子を持つ者がこの碑に触れる事を禁ずる……?)
一歩ずつ、少年は大岩に近づいて行った。
彼の中の何かが危険を叫ぶが、別の何かが背中を押す。
大岩までもう触れる事が出来る距離まで、パーセウス・イオキベは歩みを進めていた。
彼の虚像把握が大岩の固い表面をすり抜け、その内部に囚われている何かを掴んだ。
(こ、これ、竜が封印されている!!)
「待て、パース、触れるな!」
――ウチーチリが叫び声を発した時、既に少年の手は、古代遺物に触れていた。
(つづく)
いやもう臆面もなく予告時間超過で面目ない限りですとほほほ……。
これで黒星4個目!
動け! CHIBITA!(超脳内微小無限法螺吹示度評議会、の略)
次回「人類居住外空域・後編」。
さあ貴方も、絶界でフライ・ルー!(CHIBITAーーー!)




