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(十三)人類居住外空域・中編

 少年時代のパーセウス・イオキベ、14歳の彼は、調査部隊(ブラック・ホース)所属、計36機の航空騎兵(エアランサー)からなるウチーチリ飛行隊(スコードロン)の一員として、人類居住外空域(アウタースペース)に挑んでいた。

 人類の居住空域(ハビタブル・スペース)拡張を阻む黒藻宙底層ブラック・アルジィ・ストレイタム暴食の宙底層グラトニィ・ストレイタムとも呼ばれる、厚さ40キロメートルにもおよぶ危険な宙底層(ストレイタム)を無事に通過した彼らを、人類居住外空域(アウタースペース)の輝ける夜、下空の星空(スターズ)が迎えた。

 ウチーチリ飛行隊(スコードロン)音速の半分(マッハ0.5)ほどにその速度を落とし、鉛直方向(バーティカル)に星々を輝かせる、人類居住外空域(アウタースペース)の夜空を飛んでいた。


 対界平線高度(アルティチュード)はマイナスを6万メートル近くも下回っている。


 夜陰に乗じているとはいえ、いつ竜種(ドラゴン)遭遇(エンゲージ)してもおかしくない空域で、パーセウスの虚像把握(IF)に入った浮島のひとつひとつを確認しながら、常に総員で警戒と調査ウォッチ・アンド・エクスプロールを続けるのは相当に神経を使い、疲労も普段の比ではない。


「どうだ?」


 ウチーチリ少佐が努めて冷静な声で、音声通話(いとでんわ)越しに尋ねた。


『こいつも駄目ですぜ、少佐。脆過ぎます(トゥ・フラジャイル)

「そうか」


 γ隊1番機(ガンマ・ワン)からの調査結果報告(リザルト・レポート)に、皆の溜息が、音声通話(いとでんわ)から一斉に漏れてくる。


 人類居住外空域(アウタースペース)に入ってから、はや3時間が経とうとしていた。


 これまでに複数の浮島を発見していたが、小さ過ぎる(トゥ・スモール)異常に結晶化している(トゥ・クリスタライズ)生物学的懸念があるバイオ・ハザード・コンサーン、そして脆過ぎる(トゥ・フラジャイル)等、およそ人類が利用することができない状態のものばかりであった。


「止むを得ん。これをもって本飛行隊(スコードロン)調査飛行(サーベイ・フライト)を断念、ポラリス基地(ベース)に帰投する」

『そんな……!』

『今回、当たり無しですぜ! 少佐!』


 隊員たち(メンバー)から次々に抗議の声(エクセプション)が上がるが、前回の休憩(リセス)から7時間近く経過しようとしている。潜航(ダイブ)回数もこれで5回目を数え、飛行日数は2週間を越えた。飛行隊(スコードロン)を率いる司令官(コマンダー)として、ウチーチリ少佐はこれ以上の無理を彼ら(メンバー)に強いることはできなかった。


近衛大隊(ブルー・ナイト)の奴らにぐちぐち言われんのは、俺は嫌ですぜ!』

『もうちょっと、もうちょっとだけ!』

『そうですよ! 賭け(ギャンブル)ってのは張らなきゃ当たりません!』

『なんでしたら俺のピー!を賭けてもいいですぜ!』

「うるせぇこのウスラバカどもが(フールズ)!」


 α隊1番機(アルファ・ワン)後部座席リア・シートで、ウチーチリ少佐が怒声を張り上げた。


「張っても当たらねぇ賭け(ギャンブル)だってあんだよ! 男はな、引き際が肝心なんだ!」

『あら、あたしは女ですけど』

差別発言(ヘイト・スピーチ)! 差別発言(ヘイト・スピーチ)だ!』

『このまま帰投したら本隊に言いつけますぜ!』

「まったくうちのバカども(フールズ)はホントに……!」


 隊員たちが調子に乗って張り上げる声に、ウチーチリは顔を真っ赤にして頭を抱えた。彼自身、成果の無い調査飛行が、悔しくないはずは無いのだ。


 ――その時。


「3時方向に感! 浮島です、かなりでかい!」


 大型浮島(ビッグ・ランド)の姿を虚像把握(IF)したパーセウス・イオキベが叫んだ。


 金髪の少年の声に、飛行隊隊員たちスコードロン・メンバーが歓声を上げる。


『ほうら少佐! 堪え性が無いと損をしますぜ!』

『あれ、イケるんじゃなくって? 女の勘がしますわ!』

『あれだけ、あれだけでも行ってみましょうよ!』


 口々に囃し立てる隊員たち――ウチーチリ少佐は、ぐぬぬ、と奥歯を噛み締めた。


「……しょうのねぇバカどもだな! これっきりだ、こいつで最後だぞ!」


 音声通話(いとでんわ)から再度、70名の歓声が湧いた。

 パーセウスも、思わず諸手を上げていた。

 渋面を作るウチーチリと、喜び勇んだその飛行隊(スコードロン)が再び動き出す。


 結果は――当たりだった。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


『こいつは大したもんだな……』


 誰かが感嘆する声が音声通話(いとでんわ)から漏れてきて、14歳のパーセウス・イオキベは、思わず得意になった。


 彼が発見した浮島は、直径約5キロメートル、周囲約15キロメートルにもおよぶ、巨大なものだった。


 厚さは、一番厚みのあるところでも3キロメートルほどと、その表面の広さに対しては薄めだが、補修すればどうにかなるだろう。何より、表面積が20平方キロメートル近いのは、それだけでも十分に利用価値があった。


地質学的素養(ジオロジック)生物学的素養(バイオロジック)、共に問題なさそうですぜ』


 人型形態(ジュブナイル)で浮島の側面に取りつき、手足の鉄爪(アイゼン)から探査繊維(ゾンデ)を浮島内部に潜らせていたγ1からの報告に、隊員たち(メンバー)は一気に浮足立つ。


「浮かれんなよ! まだほんの一部分だ。どこに何が潜んでるか分かりゃしねぇ」


 すかさず、ウチーチリ少佐が釘を刺した。


『分かってますって、少佐!』

γ隊(チーム・ガンマ)、このまま全体調査フル・インスペクションに入りやすぜ!』

δ隊(チーム・デルタ)、同じく』

κ隊(チーム・カッパ)、設営準備に入りますわ!』

『少佐! 暗視装置(ノクトビジョン)使用許可(アプルーバル)を!』


「……許可する(アプルーブ)α(アルファ)β(ベータ)円周哨戒(ラウンド・パトロール)! ε(イプシロン)ζ(ゼータ)η(イータ)θ(シータ)κ(カッパ)護衛(エスコート)!」

了解(ラジャー)!』


 嬉々として隊員たち(メンバー)が作業に入る様を、ウチーチリ少佐は嘆息しながら眺めた。


「……なんで溜息なんてつくんすか?」

「分かってねえな、小僧」


 前部座席(フロント・シート)に座る少年の気楽そうな声に、ウチーチリはもう一度嘆息した。


「浮島の熱赤外線サーマル・インフラレッドを捉えるには航空騎兵(エアランサー)に仕込んだ暗視装置(ノクトビジョン)赤外線受光素子インフラレッド・レシービング・エレメント極低温(クライジェニック)まで冷やさなけりゃならんだろ。その排気を竜ども(ドラゴン)に悟られたらどうすんだよ」

「大丈夫っすよ、ここまで遭遇無し(ノー・エンカウント)なんですから」

「それが油断につながるんだ」


 仏頂面で腕組みしながら、ウチーチリが言う。


「それにな、何か気にくわねぇ。こんな風に上手く行く時は、悪いことも起きるもんだ」

「そんいうもんすかねぇ」


 呑気に返答をしながら、パーセウスは作業に入り始めた4機の「どん亀(タートル)」を眺めた。


「……α1(おれら)暗視装置(ノクトビジョン)、点けていいすか?」

「駄目だ! 見るんなら虚像把握(IF)だけにしろ」


 即座に却下され、少年は肩をすくめる。


 自分の虚像把握能力イマジナリ・フレーミングに、パーセウスは絶大な自信を持っていた。平均(アベレージ)虚像把握範囲(IFレンジ)8千を叩き出せるのは、空軍士官学校(アカデミー)の同期に一人もいなかった。


 その彼の虚像把握(IF)に、さきほど見つけたばかりの大型浮島(ビッグ・ランド)の全景と、隊員たち(メンバー)の様子が浮かぶ。浮島の周囲に沿って飛行しつつ、パーセウスとウチーチリを含むα隊(チーム・アルファ)、4機の航空騎兵(エアランサー)は、亜音速(サブソニック)まで速度を上げ、円周哨戒(ラウンド・パトロール)を開始した。円周のちょうど反対側になるように、β隊(チーム・ベータ)も同じ動きを開始している。


 α隊(チーム・アルファ)の4機はそれぞれに光神経線維(ニューロファイバー)でつながり、α1はさらに、ε隊1番機(イプシロン・ワン)とつながっている。ε1はさらに、「どん亀(タートル)」と呼ばれる外部大型格納庫エクスターナル・コンテナを取り付けたκ隊1番機(カッパ・ワン)とつながり、5百メートルほどの間を開けて、その周囲を旋回していた。


 浮島表層中央センター・サーフェイスで作業に入ったκ隊(チーム・カッパ)を時計の中心に見立てれば、細い光神経線維(ニューロファイバー)を引き継ぎながら、文字盤に向けて2つの秒針が伸びるような按配で、α隊(チーム・アルファ)からθ隊(チーム・シータ)までの計32機が時計回り(クロックワイズ)で巡る。


 浮島の電離流域内なので短波無線(SWレディオ)を使うことも可能だが、十分に安全確保ができるまで確実な手法を取る――ウチーチリ少佐の標語(モットー)だった。光神経線維(ニューロファイバー)でつながっていれば、他の操縦手(ライダー)虚像把握(IF)に頼れるのも利点だった。


「これだけの大きさなら、基地用浮島(ベース・ランド)にも使えますよね?」


 一周約1分の円周哨戒を続けながら、うきうきしてパーセウスが言った。


「そうだな。ベネトナシュ空域に基地を作る計画があるから、そこに行くかも知れん」

「やった!」

「上手くいけばの話だ! 集中しろ!」


特別報酬(ボーナス)出ます? 昇進(プロモーション)は?」

「だから集中しろ! 間抜けが(モロン)!」

「えー、俺、頑張ったのに……」


 急にしおらしくなったパーセウスに、ウチーチリは慌てて言葉をつなぐ。


「ま、まあ、お前を飛行隊(スコードロン)に迎えた甲斐はあったな。これだけ出来りゃ、大したもんだ」

「やった! じゃあ特別報酬(ボーナス)出ます!?」

「この野郎……」


 音声通話(いとでんわ)越しに二人の会話を聞いていた隊員たち(メンバー)から、笑いが漏れる。


『パース、少佐が自腹で出してくれるってよ』

『独り占めは良くねぇからな。少佐、俺らにも頼みますよ!』

『あたし、新しい服が欲しかったのよねぇ……天然製のやつ!』

『腹減ったなぁ……』

「うるせぇ! てめえら仕事しろ! 仕事!」


 ウチーチリ少佐の怒声に、一斉に笑い声が上がった。


 この飛行隊(スコードロン)に所属していることが、少年には、何より誇らしく感じた。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 パーセウスが発見した大型の浮島(ビッグ・ランド)は、その表面のほとんどが高さ1メートルほどの低木で覆われていた。今まで目にしたことのない品種ではあるが、生物学的懸念バイオロジカル・コンサーンは無い、との調査結果(リザルト)が出ている。


「しかしあれですよね」

「……なんだ」


 パーセウスの問い掛けに、相変わらず渋い声のウチーチリが答える。


「闇に乗じて浮島を掠め取ろうなんて、俺ら盗人(シーフ)みたいですよね」

「……しょうがねぇだろ、それが使命だ」


 少年の言葉に、ウチーチリは大きく苦笑して言った。人類の役に立てるとはいえ、そんな言い方をされては身も蓋もない。


「それにしてもなんですよね」

「……うるせぇなぁ」


 円周哨戒(ラウンド)を続けながら、パーセウスは虚像把握(IF)を駆使して、浮島の様子を眺めていた。


赤外線受光素子インフラレッド・レシービング・エレメント極低温(クライジェニック)まで冷やさなくちゃならないなんて、かなり前時代的(アウトモーデッド)じゃないんですか?」

「……どういう意味だ」


「そのまんまっすよ。……なんかの資料で読みましたけど、受動形式(パッシブ)かつ冷却を必要としない二次元受光素子ソリッド・ステート・エレメントだって、昔は存在してたんでしょ? 大破壊(カタストロフ)で星がぶっ壊れた時に設計図(ブループリント)が失われたとしたって、工匠(アルチザン)思象追跡型工作機(ヴィジョントレーサー)で再現できても良さそうなもんじゃないですか。ましてや、『ホーム』には高位技術者(エクスペクタント)がいるんでしょ? 8百年も掛けて、何してんすかね」


 そう問われたウチーチリは、そのまま暫く沈黙してしまった。


 竜の脅威を気にせずに暗視装置(ノクトビジョン)が使えれば良いのに……ただ単純にそう考えていた少年は、沈黙した後部座席(リア・シート)に、かえって驚く。


「……おまえ、その資料をどこで読んだんだ?」

「俺、工匠技能研修アルチザン・トレーニングも受けてますから。ちょっと気になったんで、伝手(つて)を使って……」


 ようやく返ってきたウチーチリの言葉に、えへへ、と笑いつつ、パーセウスは素直に答える。


調査部隊(ブラック・ホース)ごときが、あんまり嘴を突っ込むもんじゃない。俺たちは黙って、『ホーム』の命令に従ってりゃいいんだ」


 らしくないウチーチリの物言いに驚いて、少年は後部座席(リア・シート)を振り返った。


 黒色を基調とした調査部隊(ブラックホース)防護兜(ヘルメット)の中で、白い頬髯を蓄えたウチーチリが、銀色の瞳でパーセウスの碧眼を受け止める。


 その視線が促した先には、飛行記録装置(フライト・レコーダー)が有った。


 調査部隊(ブラック・ホース)は勿論のこと、任務についたあらゆる航空騎兵(エアランサー)飛行記録(フライト・レコード)本隊(ホーム)に送られ、そこで解析(アナライズ)を受ける決まりになっている。


 普段なら二人の会話に茶々を入れてくる他の隊員たち(メンバー)も沈黙しているところからして、自分は何かやばいことを口走ったらしい――そう悟った少年は、それきり口を噤むことにした。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 大型浮島(ビッグ・ランド)発見からおよそ5時間、前回の休憩(リセス)から12時間を越えようとする頃になっても、疲れ知らずのウチーチリ飛行隊(スコードロン)は着々と準備を進めていた。


引き揚げ基部(サルベージ・ベース)設置完了(セット・アップ)、これより底引き網(ドラグネット)展開(スプレッド)しますわ!』


 どん亀(タートル)を率いるκ隊1番機(カッパ・ワン)から、音声通話(いとでんわ)越しの元気な声。少年は、相当に意気込んでいるであろう黒髪の女丈夫、クライシ大尉の強気な瞳を思い出した。


許可する(アプルーブ)針鼠ども(ヘッジホッグ)どん亀(タートル)相方指定飛行(バディ・フライト)個別に護衛(ワン・バイ・ワン)

了解(ラジャー)!』


 ウチーチリ少佐はため息交じりで返答。

 各隊からこれまた元気な応答が返ってくる。

 12時間を越える飛行時間は完全に飛行規程(マニュアル)違反なのだが、気が高ぶっている隊員たち(メンバー)に対して、少佐も強く出られずにいた。


「まったく、年寄りには辛いぜ……」

『まあまあ、帰投したら肩でも揉んで差し上げますから!』

『なんでしたらあれですよ、デネブにあるっつー、温泉行きましょ! 温泉!』

『そのまま退役したらどうです? 少佐!』

『そうそう! 飛行隊は俺が継ぎますって!』


 防護兜(ヘルメット)防護面(シールド)を引き上げ、液状食(リキッド)を啜りながら少佐が呟くと、各機から一斉に宥めるような言葉や野次が飛んでくる。既に3百回以上も大型浮島(ビッグ・ランド)の縁に沿って円周哨戒(ラウンド・パトロール)を続けており、40歳を越える彼には、流石にきつくなってきたのだろう。


「少佐、寝ててもいいっすよ?」


 隊員たち(メンバー)の野次に応じる気も無くなった後部座席(リア・シート)に向かって、にやにやしながらパーセウスが言うと、前部座席(フロント・シート)に問答無用で蹴りが飛んできた。


「いってぇ!」


 後頭部に受けた衝撃に抗議しつつ、少年は笑っていた。後部座席(リア・シート)では、年寄り扱いされたウチーチリがぶつぶつと文句を言っている。その様子がまた、微笑ましかった。


 パーセウスの虚像把握範囲(IFレンジ)内では、大型浮島(ビッグ・ランド)の表層のほぼ中央に、引き揚げ基部(サルベージ・ベース)が設置されていることが確認できる。各機を結ぶ光神経線維(ニューロファイバー)引き揚げ基部(サルベージ・ベース)に集約され、今はそこが音声通話(いとでんわ)の中心となっていた。


 引き揚げ基部(サルベージ・ベース)を設置し終えた4機のどん亀(タートル)が、浮島の表層から一斉に動き始める。


 それぞれ、一個小隊の針鼠(ヘッジホッグ)護衛(エスコート)に、十二時、三時、六時、九時方向に散っていく。


 大型浮島(ビッグ・ランド)表層中央の基部(ベース)からどん亀(タートル)の機体後部に向かって伸びるのは、機能高分子繊維(スパイバー)で出来た、幅5センチメートルほどの特殊な拘束繊維束(バインド・バンドル)だ。


 浮島をきっかり四分割するように飛行した4機のどん亀(タートル)は、浮島の底部中央(センター・ボトム)で再集結し、そこにそれぞれの拘束繊維(バインド・バンドル)を打ち込み、さらに機能高分子繊維(スパイバー)で塗り固めるようにして固定(フィックス)させる。


この浮島(こいつ)はデカいからね、機会は一回切り(ワン・チャンス)だと思いな』

『うぃーっす!』

『IFレンジ、あたしに合わせな。抜かるんじゃぁないよ!』

『うぃーっす!』


 κ隊1番機(カッパ・ワン)からの威勢の良い声に、どん亀(タートル)各機が声を張る。


 数瞬を置いて4機のどん亀(タートル)は、大した掛け声もなしに、大型浮島(ビッグ・ランド)崖面(サイド)に沿って、十二時、三時、六時、九時の方向に思い切りよく上昇し、一斉に底引き網(ドラグネット)展開(スプレッド)し始めた。その眼下には、星夜季節(スター・ブランド)の星々が輝いている。


 すげえ!――虚像把握(IF)でそれを見ていたパーセウスは、思わず声を上げた。


 底部中央(センター・ボトム)から急速に広がり出したのは、厚さ約3キロメートル、直径約5キロメートルの大型浮島(ビッグ・ランド)の底部をすっぽりと覆う、巨大な重合炭化水素化合組網ポリプロプレン・バンド・メッシュだった。設定された融点に基づいてどん亀(タートル)から射出され、網目(メッシュ)状に広がって浮島の底部(ボトム)から崖面(サイド)にかけて付着、空気冷却と共に定着するその巨大な重合炭化水素化合組網ポリプロプレン・バンド・メッシュを正しく展開(スプレッド)するためには、相当の共同作業能力(チームワーク)を必要とする。


 ――僅か数分のうちに、大型浮島(ビッグ・ランド)が巨大な底引き網(ドラグネット)に包まれていく様子は、確かな虚像把握能力イマジナリ・フレーミングを持つ少年の目を奪うに十分だった。


 4機のどん亀(タートル)浮島表層中央センター・サーフェイス引き揚げ基部(サルベージ・ベース)で再集結すると、各機がそれぞれ引いてきた重合炭化水素化合組網ポリプロプレン・バンド・メッシュの端を、基部(ベース)に固定する。


引き揚げ作業準備開始サルベージ・プリパレイション!』


 κ隊1番機(カッパ・ワン)からの号令に合わせ、四方向から底引き網(ドラグネット)を接続された引き揚げ基部(サルベージ・ベース)が、淡く青い光を放ちながら、浮島の表層から上空、約1キロメートルほどのところまで打ち上げられ、中空(ミドル)で静止する。引き揚げ基部(サルベージ・ベース)は直径10メートルほどの円筒形で、今、その上半分は開かれ、剥き出しのフラクタル鉱石(マイン)が緩く回転しながら、青い光を淡く輝かせていた。


 その様子はちょうど、淡く光る星を持ち手に、半分に割った甜瓜(メロン)をぶらさげた網袋(ネットバッグ)のようだ。


「上出来だ」


 思わず、ウチーチリ少佐が声を上げた。


 機能高分子繊維(スパイバー)熱可塑性(サーモモデリング)を利用したこれらの作業、特に今回のような大物の場合、大量の機能高分子原液(スパイブリキッド)を消費する。


 さらに、繊維を射出する際の加熱に必要な熱量(カロリー)航空騎兵(エアランサー)を稼働させているフラクタル鉱石(マイン)から得ているため、射出する量が莫大であるだけ、その消耗も激しくなった。外部大型格納庫エクスターナル・コンテナによって通常より多くの資材を抱えられるどん亀(タートル)とはいえ、何度も繰り返せるものではない。


 一発で底引き網(ドラグネット)を仕上げたのは、褒められて然るべきだった。


『お褒めに預かりまして』


 κ隊1番機(カッパ・ワン)から、得意そうな、艶やかな声が返ってくる。


『つーことはあれですか! 特別報酬(ボーナス)ですか!』

『ですよね? 少佐!』

『そりゃそうだろう、こんだけの大物(ビッグ・ランド)を揚げたとなりゃあ……』

『俺、特別報酬(ボーナス)であの娘に宝飾品(アクセサリ)買ってやろう!』

『やったな! ついに求婚(プロポーズ)できるな!」

『腹減ったなぁ……』

「……分かった、わーかったよ!」


 既に特別報酬(ボーナス)が出るものと決めつけている飛行隊隊員たちスコードロン・メンバーに対し、ウチーチリ少佐が観念して言った。


「帰投したら、お前らに金一封(ボーナス)が出るよう、本隊(ホーム)に働きかける……無事に帰れたらだぞ! 帰るまでが調査飛行(サーベイ・フライト)だからな!」


 有線通話(いとでんわ)から一斉に湧いた歓声に、ウチーチリは慌てて釘を刺す。


 ――全体調査フル・インスペクションを続けていたγ隊1番機(ガンマ・ワン)から報告が入ったのは、そんな時だった。


『少佐、ちょいと想定範囲外(イレギュラー)です。こっち、来てもらっていいすか』

「なんだ」

『だから、ちょいと想定範囲外(イレギュラー)ですってば』

「……分かった、今、行く」


 不機嫌に返答したウチーチリ少佐だったが、繰り返すγ隊1番機(ガンマ・ワン)からの通信に異変を察し、頭を切り替えたようだ。


どん亀(タートル)針鼠(ヘッジホッグ)は現状で待機、δ隊(チーム・デルタ)α隊(チーム・アルファ)と入れ替わりで円周哨戒(ラウンド・パトロール)に移れ」

了解(ラジャー)


 同じく異変を察した各機から、訝しげな応答が返ってくる。


「小僧、見えてるか?」

「全然オッケーっす」


 後部座席(リア・シート)からの問い掛けに、虚像把握(IF)で確実にγ隊(チーム・ガンマ)を捉えていたパーセウスは余裕の声で返し、γ隊(チーム・ガンマ)が調査している地点に機首を向けた。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 人型形態(ジュブナイル)に移行した黒い航空騎兵(エアランサー)が、低木生い茂る大型浮島の一端、γ隊1番機(ガンマ・ワン)の指定地点に、ゆっくりと垂直着陸バーティカル・ランディングした。


(ごめんな……)


 重力制御(グラヴィ・コン)、プラズマ推進(クラフト)機体質量(マシン・マス)の影響で薙ぎ払われる低木たちに向かって、パーセウスは内心で謝った――もっとも、この浮島が航空基地(エア・ベース)に利用されるなら、低木たちにはもっと過酷な運命が待ち構えているのだが。


「少佐、こっちですぜ!」


 航空騎兵(エアランサー)操縦席(コクピット)から縄梯子(ロープ)を伝って地面に降り立った二人に向けて、先に人型形態(ジュブナイル)で着陸していたγ隊1番機(ガンマ・ワン)操縦手(ライダー)が、懐中電灯(ポケット・トーチ)を振りながら声を張り上げる。


「何事だ! つまんねぇ事だったらぶっ飛ばすぞ!」


 ウチーチリが叫び返した。


 引き揚げ基部(サルベージ・ベース)を打ち上げている現状、そこから漏れているフラクタル鉱石(マイン)の光は、いかに淡いとはいえ、人類居住外空域(アウタースペース)の夜空には、星のように輝いて見える。いつ、竜種(ドラゴン)に気づかれないとも限らない。早く引き揚げ作業(サルベージ)を終えたい――少佐のそんな気持ちを、少年は十分に理解できた。


 懐中電灯(ポケット・トーチ)を灯し、低木の枝を掻き分けながら、慎重にそちらへ向かう。


 α隊(チーム・アルファ)γ隊(チーム・ガンマ)の残りの航空騎兵(エアランサー)は、飛行形態フライト・モードで中空に待機していた。


「これは……」


 思わず、パーセウスは呟いた。


 50メートルほど進んだ先に有ったのは、まるでその身を控えるようにして低木が繁茂を避ける空き地と、その中央に佇む、高さ3メートルほどの大岩だった。岩の側面にはびっしりと、図形のようなものや、文字と思しきものが彫り込まれている。


古代遺物(レガリア)……」


 ウチーチリが呻いた。


 大破壊(カタストロフ)前の古代地球(オールド・アース)から残っている物、それは古代遺物(レガリア)と呼ばれている。


 様々な素材、形状をしており、「古代遺物(レガリア)」という表現は総称に過ぎないが、一様に言えることは、どの古代遺物(レガリア)も、人類(ヒューマン)、そして竜種(ドラゴン)の双方に大きく関わる、ないし大きく影響し得るという事だった。


 「ちょいと想定範囲外(イレギュラー)」どころの騒ぎでは無い。少佐級(メイジャー)であるウチーチリですら、簡単に評価(エバリュエート)したり、判断(ジャッジ)できるような代物ではないのだ。


 ――ただ、γ1の操縦手(ライダー)がわざわざウチーチリを呼び寄せた訳が、パーセウスには分からなかった。光神経線維(ニューロファイバー)を通し、音声通話(いとでんわ)で報告、虚像把握(IF)で共有すれば良いだけの話だ。


(このまま引き揚げるのは……)

(確かに本隊(ホーム)に引き渡す訳には……)

司令(マホロ)の指示を仰ぐには……)

(しかし長く留まるのも危険……)


 難しい顔で相談を始めた大人たちの会話が、小さく漏れ聞こえてくる。


 だが、パーセウスの視線は、目前の大岩に釘付けになっていた。


 ――大人たちは、少年の好奇心に釘を刺すことを、忘れていた。


 古代遺物(レガリア)たる大岩のほぼ全面にある浮彫(レリーフ)には、大きな竜とも思われる物もあった。


 手元の懐中電灯(ポケット・トーチ)の明かりに頼らず、パーセウスは自身の虚像把握(IF)を凝らして、浮彫(レリーフ)を精査してみる。全く見たことの無い文字のようなものが様々な図形を形作ったり、縁取ったりしている。


 読めるような気がする――何となく、パーセウスはそう感じた。


(ギ・マルペアメサス・ペルソノ・キゥ・ハヴァス・デ・ドラコ・トゥシェ・シ・ティウン・モヌメントン――竜の因子を持つ者がこの碑に触れる事を禁ずる……?)


 一歩ずつ、少年は大岩に近づいて行った。


 彼の中の何かが危険を叫ぶが、別の何かが背中を押す。


 大岩までもう触れる事が出来る距離まで、パーセウス・イオキベは歩みを進めていた。


 彼の虚像把握(イマジナリ)が大岩の固い表面をすり抜け、その内部に囚われている何かを掴んだ。


(こ、これ、竜が封印(・・・・)されている!!)


「待て、パース、触れるな!」


――ウチーチリが叫び声を発した時、既に少年の手は、古代遺物(レガリア)に触れていた。




(つづく)




 いやもう臆面もなく予告時間超過で面目ない限りですとほほほ……。

 これで黒星4個目!

 動け! CHIBITA!(超脳内微小無限法螺吹示度評議会、の略)


 次回「人類居住外空域・後編」。

 さあ貴方も、絶界でフライ・ルー!(CHIBITAーーー!)

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