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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The Ground
9/81

st.Ⅸ     Another face

「はあ……」


 私はため息をつきながら、ドレスにかけられた砂を払った。最近ファーストクラスに影響された、サードクラスの子達も私を眼の敵にするようになった。サードはサードで力の強い女性がいて、どうやら彼女が指示してるみたい。

 ……人間界に帰りたああい!


 どうしてこんなことに? 目立たないように過ごしてきたじゃない! 

 薄暗い廊下を歩きながらも、ヒソヒソ声と奇異なものを見る視線を感じる。私がそっちに目をやると、みんな魔女にでも睨まれたように慌てて扉を閉めた。


「あれ……」


 部屋の扉が開いている。一応鍵をかけて出たはずなのにどうして。

 まあでも別に取られて困るようなものなんて……

 ド、ドレス!


 慌てて部屋の中へ駆け込んだ。急いでベッドの下から箱を出して空ける。


「よかった。無事だわ」


 これ以外に盗られて困るようなものなんてない。安心してベッドに腰掛けて、私はすぐに弾かれたように立ち上がった。机の引き出しが空いていて、紙が散乱している。


「無い……全部」


 私が今まで描いてきた絵。それが全て無くなっていた。もしかして――

 そう思った時、何人かが私の部屋を覗きこんでいた。サードリーダーの子分の子たち。クスクス私を見て笑っていた。

 ここへ来てからずっと描きためてきた、その時その時の思いが詰まった絵。私はどこか、心の一部を盗まれたような気がした。


「どうしてこんなことをするの!」

「あら、私たちが何かした証拠でもあるの?」

「疑うんなら私たちの部屋を探すなり、素っ裸にするなりすれば?」


 アハハと大声で笑う。


「だってあなたたちしか――」


 その時、扉からバサバサとコウモリが顔に襲い掛かってきた。


「きゃ」


 コウモリはケケケケと笑いながら、部屋の窓から滑るように出て行く。あのコウモリって――。そう思った時には、もう誰もいなかった。ただ廊下に何人もの笑い声が響いている。窓の外を見ながら、大きくため息をついた。

 コンコン、と軽くドアをノックする音に顔を上げて振り返る。


「公爵……じゃなくてレオ様!」


 彼はすでに部屋の中にいて、気づかない私の気を引くために腰に手を当て、内側からノックしていた。


「どうかした?」

「あ、いえ……」

「そう? なんか変だよ、何かあったらオレに言って」

「大丈夫です! ちょっと授業で肩が凝っちゃって」


 私は床に散らばった教科書を拾い上げ、机の奥に並べた。


「今日は何の授業があったの?」


 彼は話を変えようとしてくれたんだろう。天使のような美しさで微笑むと、さらさらとした髪を払って私を後ろから抱きしめた。


「危険生物学とか、歴史とか」

「歴史って王族の?」


 オレも年代やら事件やら手柄やらをみっちり教え込まれたなあと、嫌なことを思い出したように頭をふった。


「第十一代目の王のところまで勉強しました」

「じゃあ次は兄上のところか」

「はい」


 それにレオ様は押し黙る。見上げた顔はどこか寂しそうだった。


「どうされたんです?」

「いや、もしかしたら兄上のことが嫌いになるかもなぁって思って」

「なぜ?」


 レオ様はきれいな顔でため息をつくと(そのため息も春風みたい)、


「まあクラスでどの程度教えられるか分からないけど、いずれは知ることになるだろうから言っておくよ。オレの兄上、ザルク・ヴィン・モルターゼフはヴァンパイア王国始まって以来最も優秀な王でかつ……冷酷な王だ」


 冷酷……? あの人が? 少なくとも会った感じではそんな風に思わなかった。


「誤解しないで。普段はすごく穏やかだよ、優しいし。でも兄上は裏切りや、誰かを傷つける嘘を心から憎む。以前っと言っても百年以上前だけど、敵対している王国の密偵がいるっていう情報が入ったんだ。調査で三人までは絞れたんだけど、皆当然無罪を主張。そこから中々口を割らなくてね。結局どうしたと思う?」


 分からない。と言うより、知るのが怖かった。


「各々の妻や子を連れてこさせて、目の前で拷問にかけた。それも君には言えないほどの残酷な方法でね……」


 そんな――


「ふ、二人は……無実なんでしょう?」

「ああ、でもそんなことは兄上には問題じゃなかった。結局犯人は分かったけど、無実だった一人は舌を噛み切って自害、一人は精神が崩壊して廃人になった。拷問を受けたものたちも、全員苦しみぬいて狂うように死んでいったしね」


 思わず耳を塞ぎたくなるような話。あの人が直接手を下したわけではないのだろうけど、それを指示したのは紛れも無い事実。

 怖い――


「“怖い”」

「え?」

「そんな顔してるなと思って」


 グッと私の顔を覗き込む。


「す、すみません……」

「いや。身内の弁護だって、笑ってくれたって構わない。でもオレは、それが兄上の狙いなんだと思う。事実それ以来、どの国もオレたちに密偵を送ろうとしないからね。確実に暴くために、手段を選ばない非道の王だと向こうも思ったろうと思う」


 公爵は私の髪に顔を埋めた。


「拷問を受けて死んだもの達は、きっと戦で死んだようなものなんだ。国を守るために、命を捧げた。……いや、オレが何を言っても説得力無いね。ソフィーの目で兄上を見て、ソフィーの頭で判断して」


 柔らかく笑うレオ様は、王を心から尊敬して慕っているんだろうと思った。言葉の端々から、その表情から、優しい思いが伝わってくる。


「ところでさ、そんな兄上を持つオレはどんな男だと思う?」

「ど、どんなって……」


 まさかフリーダム王子だとは言えない。


「君を一途に想う男だよ」


 そう言って額にキスされた。全く、この人には敵わない……。



***


「ん……っ、陛下……」


 ザルクとリザは、彼女の部屋で熱い口付けを交わしていた。ベッドの周囲には脱ぎ散らかされた衣服が散乱している。

 ザルクは大きく一息つくと、腕にリザを抱いてヘッドボードにもたれかかった。そしてサイドテーブルに置かれてあった絵を手に取る。


「これがあの時の月の絵か。私たちが最初に出会った時の」

「はい。他にもたくさん書き溜めたものがアトリエにありますの。いつでもご覧にいらして」

「そうだな、ぜひそうさせてもらおう。……ところで私の絵は完成しそうか?」


 肩口に頬をよせながら、リザは首を振った。


「私、やるなら完璧に物事をこなしたいんですの。ですからもう少しお時間をいただければ」

「急ぎではない。じっくり取り組んでくれ」

「はい。陛下に頂いたアトリエを有効に役立てますわ。……それより――」


 リザはゆっくりとザルクの上にまたがるように体重を乗せてゆく。首に手を回してジッと見上げた。


「陛下は、私との未来をどのようにご覧になっておられるのです?」

「リザ……もちろん明るいものにしたいと思っている」


 リザの顔がパアッと輝いた。


「嬉しいですわ、陛下! やっとプロポーズのお言葉を頂けたのね!」


 そう言ってザルクに口づけた。

 プロポーズ。聞きようによってはそうなのだろうが、ザルクはそんなつもりではなかった。唇に吸い付く彼女を引き離すと、


「ま、待て。君はあくまでも最終候補の一人だ」

 

 それにリザは少々顔色を変えた。


「他に誰をお慕いに? 私以外を陛下のお部屋へ呼んだとは聞いておりませんわ」

「まだ彼女ときちんと話をしたことがないからな」

「陛下ともあろうお方が何をおためらいに? 後宮は全て、あなたが自由にしても良い女たちですわ」

「君の言うとおりだ。だが自分でも何を恐れているのか分からない」

「陛下、よもや私の心を弄んでおられるのですか」


 それにザルクは形のよい眉をひそめた。


「まさか。君の絵に君の心を見、そして揺さぶられたのは真実だ」


 ザルクはリザの髪をそっと撫でる。いつもは涼しげなその眼に、紛れもなく熱がこもっていた。それにリザはうっとりとする。彼女は一目見たときから彼に恋をしていた。その時はまだサードクラスだったが、この男のためにあらゆる手段を使ってここまで来た。

 その思いが叶い、これほどまでに見目麗しい男が自分を想って胸を熱くしているのだ。リザはザルクに対し、ますます愛おしさがこみ上げてきた。


「陛下……、御心をお疑いするような真似をいたしたこと、心より反省いたしますわ。申し訳ございません」

「リザ、この間も言っただろう。詫びなら態度で示せと。幸いパーティーまではまだ時間がある」

「はい。仰せの通りに」


 リザの熱い口づけを合図に、ザルクは再び彼女をシーツの海へ押し倒した。

 そんなザルクの広い背を抱きながら、リザは冷たい目でサードクラスの棟がある方向を見つめていた。


あとがき

 王&リザと、ソフィー&レオの進行具合の差……。

 まあリザは色々やらかすでしょう。

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