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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The last Landing
80/81

◆《特別番外編⑤》 妬く心(後)

 遅くなってすみません……!

「はあ……」

 

 噴水の縁に座って、グラスを手に常夜の空を眺めた。

 嫌なことが吸い込まれていきそうなほど、綺麗な星空だった。

 

 

 ……そろそろ帰ろうかな。

 陛下とクイーンが仲良く話すあの光景を見るのは嫌だけど、もしかしたら誰かが心配しているかもしれない。

 

 その“誰か”が、陛下であってほしいけれど……。

 

「ソフィア妃」

 

 聞き慣れない低い声に、反射的に立ち上がった。

 笑みを浮かべて気さくに近づいてきた男性は、見た目は陛下より少し若い。そばかすと少し大きな前歯が、余計に彼をそう見せるのかも知れない。

 珍しい色の髪の色と服装から、異国の貴族らしいということだけはわかった。

 

「は、初めまして」

「初めまして。トーント王国の子爵でジョシュと申します、ソフィア妃」

 

 彼は私の手を取って、甲に口づける。

 一瞬、舌が当たった気がしたけれど、気のせい……よね?

 

「いやあ、こう言うと聞こえはよくありませんが、あんなにも冷酷な王のお妃様が、こんなにも優しくお綺麗な方だなんて思いませんでしたよ」

 

 私を褒めているつもりなんだろうけれど、あの人を冷酷だとわざわざ言う彼に、良い印象なんてもつはずがない。

 

「……どうも」

「いつも大変でしょう? あんな男と共に暮らしてお可哀想に。私が君の夫なら、もっと労ってあげるのに。君の日々の苦労を、分かってあげられるのに」

 

 詩的な語らい。

 ……何を言ってるんだろう、この人……。

 相手にする必要なんて無いのは分かってた。でも、好きな人を悪く言われて、このまま何も言わないわけにはいかなかった。

 

「陛下は、お優しいですよ。とても。十分すぎるほど、私を労ってくれています」

 

 少し声が震えたけれど、言いたいことは伝わったはず。

 けれどジョシュは、不気味な笑みを浮かべるばかりだった。

 

「あなたは健気だ。ますます気に入ってしまいました」

 

 もう、付き合いきれない。

 

「あの……失礼いたします。もう戻らないと」

 

 これ以上、この人とここにいたくない。

 そう思って足を踏み出そうとしたのに、なぜかその場に張り付いたかのように動かなかった。

 

 何か妙な感触を覚えて足元を見ると、足首には見たことも無い真っ黒な蛇が絡みついていた。血のように赤い蛇の目がこちらを向く。

 

「そうおっしゃらず。もう少し、この夜を楽しみましょう。お妃殿」

 

「――っ」

 

 声も出ない。

 ジョシュの手がそっと私の背中に回る。足が勝手に動いて、彼と共に人気の無い藪の中へと入っていった。

 

 

 

 雑木林の中。月明かりが細く差し込む木の下で、両肩を押さえられ、背中を木の幹に押しつけられた。

 

 怖い。

 あのとき、やっぱりこんな人を相手にしないでもっと早く逃げるべきだった。

 

 そう思っても、もう遅い。

 

 ジョシュはうっとりとしたような表情を浮かべ、指で私の頬を撫でた。

 嫌悪感に全身がゾワリとした。

 

「あんな男に、あなたは勿体ないですよ……」

 

 ジョシュはそう言うと目を閉じ、大きな前歯を隠すように唇を閉じて尖らせた。私もギュッと目を閉じる。彼の荒い鼻息が近づいてくるのを感じた。

 

 いやっ……!

 

 

 

「その件に関しては私も同感だが、貴様に言われる筋合いはない」

 

 

 安らぐような温かな物に包まれたかと思うと、よく知る私の好きな低い声が降り注ぐ。

 

「へー、へへー、陛下……っ!?」

 

 ジョシュは声を裏返すと、足をもつれさせて勝手に尻餅をついた。暗闇でも分かるくらい、顔を引きつらせて。

 

 正直、私も陛下が来てくれるなんて意外だった。

 てっきり、クイーンとの話に夢中になっていると思っていたから。

 

 陛下が現れたからなのか、いつの間にか、足元に絡みついていた黒い蛇もいない。

 体は自由になって、声も出せるようになっていた。

 

「大丈夫か、ソフィア」

「……はい」

 

 心配そうに眉をひそめる彼に、何とかそれだけ答えることができた。

 まだ心臓が嫌なくらいバクバクしてる。けれど、彼の腕の中は、これ以上ない安心感があった。

 

 陛下は私を腕に抱いたまま、視線をジョシュへ向けた。

 

「貴様の処遇はトーント国王と相談の上追って考える。……じっくりとな」

 

 その物言いはゾッとするほど冷たく、そっとジョシュを振り返った時には、彼は泡を吹いて気絶していた。

 

 

 

 *************

 

 

「一瞬目を離した隙にいなくなって……なぜ私に一言言ってくれなかった」

 

 庭のベンチに腰掛けながら、陛下は優しく私を咎めた。

 

「すみません。あれ、……“一瞬”?」

 

 彼が何気なく言った一言に引っかかた。

 まさか陛下はクイーンとおしゃべりしながら、私を見てたの?

 

 陛下は頬を赤く染めて視線を泳がせた。

 

「いや、その……私はクイーンではなく君とパーティーを楽しみたかったし、君を妙な視線で見る男も大勢いたからな」

「そう……ですか」

 

 実はずっと自分を気にして目で追いかけられていたのかと思うと、なんだか恥ずかしくなった。

 

 陛下は私の髪に口づけて抱きしめる。

 

「怖かっただろう。間に合ってよかった」

 

「……ごめんなさい。外の空気を吸いたくなってしまって、一人でこんなところへ……」

 

「いやいいんだ。それより、気分でも悪くなったのか」

 

 ある意味では、“そう”とも言えるかもしれない。

 

「はい。でも、もう大丈夫です」

 

 そう微笑んでも、まだ不安げな陛下が口を開きかけた。

 

「ザルク!」

 

 威厳のある女性の声。

 

 クイーンだった。

 

 まさか陛下を、そんな風に気軽に名前で呼んでいるなんて。そんなにも深い仲だったんだろうか。

 まさか、最近も――?

 

 そんな邪推が渦を巻く。

 

 陛下はこちらがハラハラするほどあからさまに、イラッとした表情を見せた。

 

「これはこれは、クイーン。あれだけお話ししても、まだ足りませんでしたか?」

 

 嫌みを言って面倒くさそうに立ち上がった陛下にも、クイーンはひるまなかった。

 彼女はどこか、やけになっているようにも見える。

 

「少し、気分が悪いの。ねえ、どこか一室、部屋をご用意してもらえないかしら? そうね、静かに横になれるような」

 

 陛下に一歩一歩近づきながら、クイーンは誘うような甘い声を出す。

 私の存在なんて、彼女にとってはその辺の雑草も同じなのだろう。一応、陛下とは夫婦なのに……。

 

「……分かりました。すぐ侍女に案内をさせます」

 

 言い終わるか終わらないうちに、クイーンはバランスを崩したように陛下にしな垂れかかった。

 

 その光景に、胸にピリッと痛みが走る。反射的に目を逸らした。

 

「いやだわ、ごめんなさい。めまいがして。……あなたが案内して?」

「クイーン……っ!」

 

 あまりにも悪い雰囲気に、私は思わず二人に声をかけた。

 

「陛下……ご気分がお悪いとおっしゃっておられますから、お部屋まで付き添って差し上げてください」

 

 そうは見えないけれど、万が一にも、本当に彼女の体調が悪いという可能性もあるし、国同士のいさかいが増えるのは良くないこと。

 

 王妃として、我慢しなければならないこともあるはず。

 

「ソフィア……」

 

 陛下の陰で、クイーンの美しい唇の端が上がった。

 

「さ、彼女もそうおっしゃってくださっていますし、早く参りましょう。ザルク」

「…………」

 

 私だって、本当はすごく嫌。

 陛下はきっと彼女を拒んでくれるだろうけれど、でも……。

 

 諦めたようにクイーンを支えながら遠ざかっていく陛下の背中に、彼女の細い腕がしっかりと回って絡みつく。

 

「……っ」

 

 例えようのない焦燥感に、気づけば彼を追いかけるように足が勝手に動いていた。

 

 陛下の服の裾を掴む。

 彼が驚いたように振り返った。

 

 

「でも陛下……すぐに、戻ってきてくださいね」

 

 

 言いたいことを言って、背伸びして自分から彼に口づけてすぐに体を離した。

 

 恥ずかしい。

 顔が熱い。

 

 自分のやっていることが王妃として正しいのかそうでないのか、それすら分からなくなっていた。

 

 ドサリ――

 

 大きな物音にそちらを見やる。

 

「った……! ちょっと! どうしていきなり手を放すの!?」

 

 地面に腰をついたクイーンが、激しい剣幕で陛下をにらみ付けていた。

 

 肝心の陛下はそんなクイーンのことになど歯牙にも掛けず、ランランとした、飢えた獣のようにギラついた目でこちらを見ていた。

 

 この目は結婚以来何度も見てきた――完全にスイッチが入ってしまったときの目。

 何を言っても、目的を達成するまで絶対聞かないときの目。

 

「あの、陛下? クイーン……が」

 

 折角のドレスが泥まみれ。

 

 けれど、今はそれどころじゃない危険が自分に迫りつつあった。

 

 近づいてくる彼の歩調に合わせ、私もゆっくりと後ずさる。

 まるでライオンに追い詰められる、鼠のような心地だった。

 

「ソフィア。言っていなかったが、すぐそこに私たち専用の休憩部屋があるんだ」

 

「そ、そうですか。じ、じゃあ……そこに女王様をご案内して差し上げてからパーティーに戻りましょう」

 

「いやその前に君を連れて行く」

 

「私はもう、十分休みましたから……」

 

「無理は体によくない。さあ」

 

 手を差し伸べてくる。

 笑ってる。けれど目が全然笑ってない。獲物を捕らえたような目は、ちっとも。

 

 

「ちょっと! 私を無視するなんて、良い度胸ねザルク! 私を怒らせたら……」

 

 憤るクイーンに、陛下は至って冷静な視線を送った。

 

「あなたはご自身の力を過大評価しすぎだ、クイーン」

 

 静かだけれど、力のある声と言葉だった。

 

「……な、んですって?」

 

「我が国は他の弱小国とは違う。疑うのなら、試していただいても結構ですが」

 

 虚勢などではなく、陛下はちっとも、クイーンやネージュ女王国を敵にすることを恐れてなどいないようだった。

 クイーンは唇を噛みしめ、忌々しげに陛下を見上げた。

 

 なんだか険悪な雰囲気だけれど、この場を離れる良い言い訳になる。

 

「そ、それでは私はまた後で」

 

 私は陛下に背中を向けて走り出した。

 あの目をするときの彼は、“色々と”危ないって分かってる。何とか逃げないと!

 

 けれど高いヒールのせいでバランスを崩し、大きく前のめりになった。

 

「――っ」

 

 思わず目を閉じた。でも、感じたのは痛みではなく優しく包まれるような感覚。

 

 怖ず怖ずと目を開けると、とびきり深い笑みを浮かべる陛下の顔があった。

 

「私の胸に思い切り飛び込んでくるとは、君もその気だったのではないか。さ、私と部屋でほんの少しだけ休んで行こうな、ソフィア」

 

「陛下、ですから……ふんぐッ」

 

 抗議していた口を彼の大きな手で塞がれ、私が逃げないようにか、がっちりとお腹に手を回された。彼は私を半ば引きずるようにしてどこかへ向かっていく。多分その休憩部屋とかいうところへ。

 

「んんんっ、んー!(放してください)」

「分かった分かった。君もゆっくりしたかったんだな、私と二人っきりで」

「んー!(違います!)」

 

 ヒールが脱げてもおかまいなし。周囲から見れば、完全なる犯罪現場だろう。

 けれど、陛下は幸福感に満ち足りたような顔をしていた。

 

 

 

 

 結局、陛下に強引に休憩部屋へ連れて行かれた後、私はやっぱりパーティーに戻ることはできなかった。それほど…………以下略。

 

 陛下は体調不良でと適当に誤魔化したらしいけれど、本当に周囲はちゃんとそれを信じてくれたのだろうか。

 

 翌朝、クイーンはその日の晩のうちに帰国したと聞かされた。

 

 シュレイザーさんの話では、クイーンは酷い侮辱を受けたとかなり怒っていたらしい。シュレイザーさんがなだめて、何とか事なきを得たとか。


 クイーンとしても、この国を本気で敵には回したくないということもあるのだろうけれど。

 

 その後エヴェリーナ王女は、クイーンが今度はシュレイザーさんをお気に召したらしいと、ものすごく、ものすごく……剣呑とした目で話してくれた。

 

 

 

 昨夜のことで、思ったことがある。

 

 

 変に嫉妬なんてするものじゃない――


あとがき

 あれ、いつもより陛下が攻めぎみ……!?


 リクエスト、ありがとうございましたっ!



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