st.Ⅷ The Gift
「えっと、今日は王室の歴史に、危険生物学、あとは……」
今日のタイムテーブルを確かめつつ、持ち物を確認する。今日は朝食に大好きなフルーツが出たからちょっと嬉しい。鼻歌を歌いながら用意を進めていると、部屋の外が騒がしいことに気づいた。
何? また巨大昆虫が出たのかしら。
ここは林が近かったから、よく奇天烈な虫が入ってくることがあった。黒猫がじゃれてそれを追い掛け回しては、みんなキャーキャー言って逃げ回る。
けどそれっぽくもないか。
叫びと言うよりは、どこか興奮気味に囁きあっているような感じ。誰か珍しいお客さんでも来たのかしらと思っていると、部屋の前で足音が止まった。
「おはよう、マイスイートハニーベビーシュガー!」
「……ッ!」
う、嘘、この声……。レオナルド公爵!?
大きな学校のようにだだっ広い上、ごちゃごちゃとしているサードクラスの居住棟。その中からどうして私の部屋が分かったんだろう。
でもすぐに、ああ、あの後宮管理人さんに聞いたのねと思った。
後宮には住居者リストのようなものがない(手紙等は一括して管理人さんの元へ届く)代わり、後宮管理人さん(初めに私をこの部屋へ押し込んでドレスを投げつけた人)が、何と数百人もいる後宮の女性全員が、どの棟のどの部屋に住んでいるのかを正確に把握していた。
「ねえ、起きてるんでしょう? オレのソフィア! マイスイートハニーベビーシュガーソフィアー!」
こっ恥ずかしいことを言いながら、扉をドンドンと容赦なく叩きつける。サードクラスの後宮に突然の男性の訪問、それも美男公爵様の登場に、嫌でも私の部屋の周囲がどよめきたっていくのが分かった。何で? 何でこんなトコに朝っぱらから? いくらんでも自由すぎる。彼はフリーダム王国の王子に違いないわ……!
「開けてよ、ねぇ! ソフィアちゃーん!」
でもこのまま放っておくわけにも行かず、渋々扉をゆっくり開けると、隙間からグイと手を差し込んで無理やり開け、そそくさと体をねじ込んで来た。左手には大きな箱を抱えている。
「おはよう、未来のオレの妻!」
「お、おはようございます」
おんぼろな部屋と金髪美公爵様。全く持って不釣合いな光景だった。
「あの、ご用件は……」
彼はアハハと笑いながら下の方を指差す。何?
「いやあ、朝起きたら太陽の代わりに‘オレの三日月’が昇っててさぁ。ソフィアちゃんに慰め――」
「ご用件はなんですかあっ!」
何て物で何てモノを例えるの、この人は! このさわやかな朝からいきなり下ネタなんて!
公爵はニタニタ笑うと、ベッドへ水玉模様の四角い箱を置いた。きれいにラッピングが施されてある。
「何ですか?」
「大人のオモ――」
「なぁんですかあっ?」
「ははは、ウブで可愛いなぁ」
公爵は楽しそうに笑ってるけど、私は朝からどっと疲れる。彼が「開けてみて」とリボンの端を渡す。笑顔が怖いけど、大丈夫だろうとそれをスルリ引いて解いた。
「わあ……」
中には金粉をちりばめたような美しいドレスが入っていた。シルクのようなとろける手触りに、私にも高級品であることが分かる。
「あの、これ……」
「替えのドレスが無いって言ってたから、オレからプレゼントしようと思って。今から学校に来て行ってくれてもいいよ」
う、嬉しいけど……これ着て学校に行けだなんて。明らかに浮きまくること間違いなし!
地味っぽい洋服が多い中、一人お姫様のような格好で授業を受ける自分を想像して戸惑った。
「どう? 受け取ってくれるよね? ちなみに、いらないんなら捨てるから」
「え、は、はい。もちろんです、“公爵様”」
それは彼のお気に召さなかったらしく、ムッとして口を尖らせると、私の体をいきなりベッドへ押し倒した。
「こ、公爵さ――」
「レオって呼んでっていったよね? オレの言うことが聞けないのかな?」
またスカートの中へ手を入れて、太ももをスーッと撫でてくる。ちょっと、ちょっと……! ヴァンパイアとはいえ、王族に“レオって呼んで”なんて言われて、普通呼べるもの? 呼べませんよ! まあ、彼は呼べるんだろうけど。
で、でもこの状況はかなりマズイ……。ああ今、ミセスグリーンがいれば!
「ほら、早く」
彼の手がかなり際どい所まできていたし、据わった目が怖い。し、仕方ない――。
「れ、レオ……様」
いくらなんでも呼び捨てにはできない。これが精一杯なの、お願い、分かって!
おそるおそる見上げた彼は、うーんと少し考え、
「なんかよそよそしいけど、ま、それでいっか。結婚前だしね」
良かった、ありがとう神様。ヴァンパイアの国にいるのか知らないけど。
「そうだ、今夜来るでしょう?」
いきなりそう言われても、ピンと来ない。
「“来る”とは?」
「オレの部屋……と言いたいところだけど、パーティーだよ。ほら後宮を支援してる貴族らとの」
「わ、私も行かなければならないのですか?」
「そうだよ。君の受け取ってしまったそれは、そのためのドレスなんだから。底に招待状も入ってる。じゃ、授業が終わったあとで迎えに行くよ」
「は、はい……」
公爵が出て行ったあと急いでドレスをベッドの上に出すと、たしかにその下に黒い封筒が入っていた。このドレスは初めから普段用じゃなかったんだ。やけにきらびやかだと思った。
それにしても――
恐るべし、フリーダム王子(色々と)。
あとがき
おバカに見えて、実は策士……いや、ただのエロ公爵か。下ネタ失礼!