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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The last Landing
78/81

◆《特別番外編③》 エドワードと弟

 名無しさんの、陛下の息子の話をもっと……というリクエストにお応えして。

 九歳になったエドと、弟の話。


 エド視点です。

 この間、僕は九つの誕生日を迎えた。

 ヴァンパイアにとって、九歳って言うのは一つの大きな節目でもある。

 

 十年の内に、最低一回は血を飲む必要のある僕らにとって、九歳の誕生日が初めて血を口にする日だから。

 その儀式も無事に終えて、僕はなんだか一つ大人に近づけた気がした。

 

 ……はずだけど、やっぱりそうじゃないかもしれない。

 

 三歳になる弟のキース……キーセンスのせいだ。

 

 

 キースの髪は茶色、顔立ちは父上にも似てるけど、どちらかと言えば母上に似てる。

 周りもそう言うし。

 

 目なんてエメラルドグリーンとゴールドで左右色が違って、生まれた時なんて皆して綺麗綺麗って大騒ぎ。

 確かにずっと見てても飽きないし、というか引き込まれそうになる。

 

 シュレイザーさんしかり、レオ兄ちゃんしかり(あえて父上の名前は出さない)。

 ヴァンパイアっていうのは大体ものすごい美形に成長するから、オッドアイのイケメン貴族とか、我が弟ながらどれだけ盛ってるんだと言いたかった。

 

 今でさえ、キースが異国との児童交流会に顔を出せば、すぐ女の子たちに囲まれるって聞くし。

 

 

 正直、末恐ろしい。

 

 

「ほう、よく特徴が出てる。まだ三歳だというのに、大した画力だ。飲み込みも早くて、将来が楽しみだな。さすがソフィア、君に似てるだけある」

 

 カウチに腰掛け、キースが画用紙に描いた似顔絵を絶賛するのは父上。

 満面の笑みを貼り付け、見たこともないくらい嬉しそうな顔をしていた。

 

「もう、親ばかですよ、陛下。でもよかったね、キース。父上に褒められちゃった」

 

 母上も父上の隣に腰掛けながら、きゃっきゃと母上の膝の上ではしゃぐキースの頭を柔らかく撫でる。

 

 父上は、キースが母上と似ているせいか、何というか、僕が見ても溺愛してるなっていうのは感じる。

 僕ととの接し方と違って笑顔が多いし、キースには全然怒らない。

 まあ、キースが怒られるようなことをしないっていうのもあるんだけど。

 

 いや、父上は正直どうでもいい。けど、母上もキースにばっかり構って……。

 

 そんなにキースが上手に絵を描けるのが嬉しいんだろうか。

 

 どうせ僕は、父上と同じで絵がド下手ですよ……。

 

 母上に見せようと、二人の部屋に持ってきた満点の答案用紙を握りしめながら、僕はちょっと気持ちが沈んでいた。

 

 いや、でもせっかく来たし。

 

「あの……母う」

「見て、エド。これ、キースが描いてくれたの。私と、こっちはお父上で、こっちが……」

 

 母上が一枚一枚、ものすっごく嬉しそうに僕にキースの絵を見せてくれる。

 母上には申し訳ないけど、それにどう反応すればいいのか分からない。

 

「それに、兄上のもあるのよね、キース。ほら、エドに見せてあげて」

 

 母上にそう言われると、キースは画用紙を一枚持って、にこにこ笑いながら短い足で僕の方へ駆け寄ってくる。

 

「あにうえ」

 

 小さい両手をめいっぱい伸ばして、キラキラした顔で僕に画用紙を差し出してくる。

 でも、僕は別に弟の絵になんて、これっぽっちも興味なかった。

 

 僕はもっとこう、芸術性の高い絵画にしか関心がないんだ。

 

「あにうえ」

 

 そんな僕の心中も知らず、キースはいじらしいくらい純朴な瞳と笑顔を僕に向ける。

 

「何これ……全然似てない」

 

 絵もろくに見ずに、僕はそう言った。

 なんでか、キースの顔も見られない。

 

「エド……」

 

 父上は眉間に皺を寄せたし、母上は哀しそうな顔をしたけど、だって本当に興味ないし。

 

 さっきまでの和やかな空気は一変して、なんだか気まずい雰囲気になる。

 

 何だよ、父上も母上も。

 僕が毎日頑張って勉強して出した成果より、そんな子供の落書きの方が凄いって言うの?

 

「……失礼しました」

 

 答案用紙を握りしめて、僕はさっさと部屋を出た。

 

 父上も母上も、キースキースって……!

 

 僕にはろくに遊ぶ時間も、母上に甘える時間も無いのに。

 それでも頑張ってるのにっ。

 

 ああそっか。

 

 僕は、いらない子なのかもしれない。

 それならそれでいい。

 

 僕にだって考えがあるんだから!

 

 

 *************

 

 

「僕、レオ兄ちゃんの子になる!」

「……は?」

 

 いきなり研究室に飛び込んでそう言い放った僕に、カウチで本を読んでいたレオ兄ちゃんは素っ頓狂な声を出した。

 

「何? 突然」

 

 本をパタンと閉じ、綺麗な形の眉を怪訝そうにひそめる。

 

「いいでしょ? ねーえーっ!」

 

 カウチに上がって、困り顔のレオ兄ちゃんの服の袖を、ぐいぐいと引っ張る。

 

「別にいいけど、そもそも俺の子になってどうするの?」

 

 いい、って言われたのは嬉しかったけど、“どうするの”って聞かれて声がつまる。

 

「だから、その……医者になる!」

「で?」

「で……人助けをする……とか」

 

 理由になってないのは分かる。

 もっとちゃんと考えてくればよかった。

 

 兄ちゃんは背もたれに肘をついて、ちょっと困ったように笑う。

 

「まあ、医者にくらい、なろうと思えばなれるんじゃない? お前なら。優秀だって聞いてるのは事実みたいだし」

 

 僕の手にあった満点の答案用紙を見ながら、兄ちゃんはそう言った。

 

「でも誰も褒めてくれない。父上も……母上もキースのことばっかり気に掛けてるから」

 

 レオ兄ちゃんは小さく息を吐くと、立ち上がってカップの並ぶ戸棚を開けた。

 

「エド、何か飲む?」

「うん、コーヒー」

 

「コーヒー? ジュースもあるけど」

「いい。僕もう子供じゃないから」

 

 そう言うと、兄ちゃんは小さく笑った。

 

 僕は最近、子供っぽいジュースなんかじゃなくてブラックコーヒーを愛飲するようになった。

 だって血を飲んだ、大人なんだもん!

 甘ったるい果物の汁なんて、ガキっぽくてもう飲めない。

 

「あ、兄ちゃん、砂糖もミルクもいらないからね!」

 

 レオ兄ちゃんはそんな僕の言葉なんてあっさり無視して、「はいはい」って言いながらミルクも砂糖もたっぷり入れてくれた。

 

「いいって言ってるのに」なんて言いつつ、実はすごくありがたかったりする。

 やっぱり、コーヒーそのままってすごく苦いから……。

 

「お前とキースじゃ、背負ってるものが違う」

 

 レオ兄ちゃんはカウチに長い足を組んで据わりながら、正真正銘のブラックのコーヒーを口にする。

 その横顔がちょっと真剣で、雰囲気がスマートで。

 

 僕もいつか、こんな風に格好良くコーヒーを飲めるようになりたい、なんて思った。

 まあレオ兄ちゃんは金髪碧眼のイケメンだから、余計そう見えるんだろうけど。

 

「ちょうど俺と兄上みたいに、ごく普通の一般貴族と同じ道を歩むキースと違って、お前はいずれ王になる。この国の頂点に立って、抱えきれないほどたくさんの責任を負って、時に苦しみで息が詰まりそうになりながら生きることになる。そんなお前のことを、兄上もソフィーも、気に掛けてないはずないだろ、エド」

 

「でも……」

 

 父上も母上も、僕よりキースばかり構ってるもん。

 

 兄ちゃんは綺麗な青い瞳をやんわりと細め、白い歯を零した。

 

「お前が優秀だって話、聞くのはいつも兄上からなんだ」

「父上、が……?」

 

 見上げた先にある兄ちゃんの青い瞳は、とても澄み切っていてすごく綺麗だった。

 

「普段はあんなでも、兄上はいつもお前を見てるし、キースと愛情の形こそ違えど、質や量が違うなんてことないんじゃない?」

 

 レオ兄ちゃんの話は、いつもちょっと難しい。

 

 でもなぜか嬉しかったのは、父上が僕を優秀だってレオ兄ちゃんに言ってくれている様子を想像して思い浮かべたとき、さっきの笑顔の父上が浮かんだからかもしれない。

 

 

 誰かに僕のことを話すときも、あんな風に嬉しそうに笑ってるんじゃないかって思えたから。

 

 

 *************

 

「エド、ここにいたの」

「母上……っ」

 

 レオ兄ちゃんの研究室を出て廊下を歩いていると、後ろから声がした。

 母上がすごく心配そうな顔で、キースと手を繋いで急ぎ足で近づいてくる。

 

 僕を探してくれていたんだろうか。そんな感じがした。

 

「ごめんね、エド。さっき何か話があって来てくれたのよね」

「べ……別にもういいです」

 

 でも、母上は僕の事なんてなんでもお見通しだから、僕の手の中にある答案用紙にすぐに気づいた。

 母上が優しく答案用紙を取り上げて広げる。

 

「これ……」

 

 ちょっと気になって見上げると、母上はとびっきり嬉しそうに笑ってくれていた。

 その顔は、キースの絵を僕に見せようとした時の顔と、何ら変わりない。

 

「満点だったの? すごい、頑張ったね! 偉かったね」

 

 母上に頭を撫でられ、うっすらニヤけてる僕は、ちょっとゲンキンなのかも知れない。

 

 視線を下ろすと、母上のドレスを握りながら、じっと僕を見つめるキースと目が合った。

 腕に、たくさんの画用紙を抱えるキースと。

 

「いっぱい描き直したのよね、キース」

 

 母上がそっとキースの小さな頭を撫でる。

 

 描き直した?

 

 ああそっか。

 さっきキースの描いてくれた僕の絵を、全然似てないって言ったから……。

 

 

「あにうえ……」

 

 心配そうに僕に絵を差し出す。

 

 こんな小さい子に気をつかわせて、僕は何やってるんだろう。

 父上と母上を取られた気になって、こんなに優しい弟の小さな心を傷つけて。

 

 キースの元へ屈んで、差し出された画用紙を受け取った。

 一枚一枚、ああ、頑張って描いてくれたんだなってすごく伝わる。

 

「似てる。全部すっごい似てる。あり……がとう」

 

 ひどいことを言ったのに、僕に褒められたキースはぱあっと笑顔になって、照れたように柔らかそうな頬を朱に染めた。

 

 キース……、ごめん……っ。ごめんな。

 

 自分の言ったことがあまりにも情けなくて、キースの頭を撫でながら、不覚にも泣きそうになってしまった。

 

 それを隠すように手元の画用紙に視線を移して、最後の一枚をめくる。

 

 その絵の中の僕の周りには、なぜかたくさんの女の子たちが描かれていた。

 

「キース、この子たち誰?」

「んと、あにうえのかのじょ。あにうえはまだいないから」

「そっか、ありが――、え?」

 

 兄上はまだ……って何?

 

 え、キースにはいるの?

 

 え、三歳なのに!?

 

 え……えぇ!?

 

 

「はやくできたらいいね」

「あ、うん……」

 

 

 やっぱり我が弟は末恐ろしいと、僕は思った。


あとがき

 三歳の弟に励まされる、不器用なエド王子でした。

 名無しさん、リクエストありがとうございました!

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