◆《特別番外編②》 サファイアブルーの瞳
名無しさん、他数名からのリクエスト
『ソフィアがザルクではなく、レオを選んでいたら』
警告!:あの時、ソフィアが~というIF話です。
苦手な方はスルーしてください^^;
*本編 The Landing のSt.ⅩⅨ の途中からレオルートに入ります。
「君には非情と思われるかもしれないけど、正直どう受け止めていいのか分からないよ」
お城の裏にある長い階段を降りながら、レオ様はそう言った。
周りに人気はなく、レオ様は黒いローブを身に纏い、右手には大きなトランクを持っていた。
「確かにあれはオレたちの父親だけど、もう三百年近く前に亡くなったと思っていた存在。それがいきなり現れてまたすぐに消えた。まるで幻か何かだったみたい。むしろ教科書の人って感じだしなぁ」
とても困惑しているようだった。肉親を失ったのに、思ったほどの悲しみが沸きあがってこないことに戸惑っているように見える。
私とレオ様の後ろを黙ってついてくる陛下も。
二人ともすごく優しい人たちだから。
もしかしてエディーさんは、それも踏まえた上で早々に王位を譲渡して姿を消したのかもしれない……と思うのは、ちょっと考えすぎなのかな。
「ここまででいいよ」
階段の途中の踊り場で、レオ様は立ち止まった。何が詰まっているのか分からないけれど、重そうなトランクを持ち直す。
「死んだことになってるオレが、ここにいることはできないからね。君と離れ離れになるなんてとても辛いけど、またいつか会えると信じてる。生きてる限り、これは永遠の別れなんかじゃないって」
「はい」
レオ様がそう言うのなら、ここで泣くわけにはいかない。きっとまた、会えるんだから。
けれどやけに、胸が痛い。
引き裂かれるように――
「兄上……」
二人はがっちりと抱き合った。レオ様は何も言わないし、陛下も同じ。
ただ二人の間だけに通じる何かがあるんだろうって思った。
「じゃあね。ソフィアを泣かせたら、オレが奪いに帰ってくるから。言っておくけど、兄上には前科があるんだからね」
「お前に言われるまでもない。さっさと行け、邪魔だ」
レオ様はふと笑いを零すと、残りの階段を降りようと背中を向けた。
「あ、一個確認しておきたいんだけどさ」
一段降りたところで振り返ると、少し意地悪そうな顔で、私をじっと見つめた。
トクンと胸が高鳴る。
「ソフィアの初めてのキスの相手って……オレ?」
「え? ……あ、……えっと……」
顔が真っ赤になっていくのが分かる。
レオ様は勝ち誇ったように、綺麗な唇の端を上げると、
「そっかそっか。やっぱりそうなんだ。やけにぎこちないと思ったんだよね。可愛かったけど」
「レオ……ッ」
「ま、それでちょっとは気が紛れるかな。一人旅の寂しさも」
レオ様はローブのフードをかぶると、階段を降りていく。心なしか、とてもゆっくりに見えた。
名残惜しいんだろう。
長く住んできたこの地を、人々と離れるのが。
たくさんの人たちに、愛されてきた人だから。
私も寂しい、とても。
とっても――
「……ソフィア」
レオ様の姿が遠ざかっていくのを見つめていると、ふいに陛下に呼ばれて顔を上げた。
風に揺れた前髪が、鼻を撫でる。
陛下が差し出したのは、大きな革のトランクだった。一体何なのかが分からず、首を傾げた。
「ソフィア、本当は、レオが好きなんだろう?」
「……!?」
陛下の言葉に驚いたのは、声が詰まってしまったのは……それを否定する言葉が出てこなかったから――
「追うなら今だ……」
陛下はそう言って、私にトランクを押しつける。
「行け、ソフィア」
苦しげに、でも凜とした陛下の表情に、私の思いが固まっていく。
「陛下……、すみません」
トランクを受け取って、黒髪の麗人を見上げる。
とても哀しげだった。
でも、嬉しそうでもあったのはどうしてだろう。
「私のことはいい。ただ、一つだけ覚えていてくれ。私がどれだけ深く、君を愛していたか」
悲痛な彼の声に、ギュッとトランクを持つ手に力が入る。
確かに陛下とは色んなことがあった。
処刑されかけ、不器用ながらも情熱的に愛され、そして今、自らの思いを捨ててまで、私の背中を「行け」と押してくれている。
冷酷だと言われ続けてきた陛下の、本来の優しさに胸が締め付けられた。
「忘れません。あなたという方がいたことを……」
最後に見た微笑みは、一国の王のものではなく、私を好きだと言ってくれた一人の男性のものだった。
もう、彼を憎いだなんて微塵も思わない。
微塵も――
「レオ様っ!」
風のように階段を駆け下り、叫ぶように名前を呼ぶと、ずっと遠くにあった彼の背中が止まってこちらを振り返った。
足に絡みつくドレスを忌々しく思いながら、必死で追いついた。
「ソフィー……? どうしたの、そんなに慌てて。何か俺に言い忘れた?」
「……はい。とても大切なことを」
上がった息を懸命に整え、彼を見上げる。
「何?」
目を細めて微笑むレオ様の、愛情溢れる表情に満たされていく。
私は何度、この優しい笑顔に励まされてきたことか。
どんなときでも私の傍にいて、信じて、守り続けてくれた彼のこの笑顔に。
絶望の淵へ射し込む、一筋の光のように。
「好きです」
私の放った一言に、レオ様はヒュッと息を呑み、目を見開いた。
「好きです。ですから私も……連れて行ってください。一緒に……っ」
途中からレオ様を見ていられなくなって、うつむいて自分の足元を見た。
シンとしたこの時間は、きっとほんの数秒なんだろう。なのに、やけに長く感じられる。
迷惑、だっただろうか。
「いえ、あのっ、すみませんこんな突ぜ――」
顔を上げた瞬間、抱きしめて口づけをされた。
背中にまわるレオ様の腕が、合わさった唇が震えているのは、きっと勘違いじゃない。
「好きって……言ったんだよね。……俺の、聞き違いなんかじゃなく……っ」
至近距離で見つめたサファイアブルーの瞳は、うっすらと涙に濡れていた。
信じられない、と嬉しそうに強く抱きしめてくれる。
そんなレオ様につられるように、私の頬も涙を伝った。
「俺はもう死んだ存在だ。貴族でもない、本名すら名乗れない。それでも……俺についてきてくれるの?」
貴族でなくても、名前が変わっても――
「それでも……私の愛しているレオ様に、変わりはありませんから」
好きです。
大好きです。
「ソフィー……っ」
絞り出すように呼ばれた自分の名前に、私は抱きしめられながら、歓喜の震えが止まらなくなった。
*************
『……方面へお越しの方は、八番乗り場へお越し下さい。間もなく、発車致します』
長距離列車に乗るために、駅へ向かった。
街の中心にある大きな駅は、荷物をかかえたたくさんの人たちが行き交う。
この世界で列車に乗るなんて初めてで、それがレオ様と一緒で、すごくドキドキとしていた。
「遅くなってごめん。何とか買えたよ、二人分」
チケット売り場から戻ってきたレオ様が、笑顔で二枚のチケットをヒラリと振る。
“二人分”の言葉に、くすぐったいような気持ちになる。
三等席だけどね、なんてレオ様は申し訳なさそうに言っていたけれど、どんな席だって構わない。
「どこへ向かうのですか」
「ん? 秘密」
チケットをのぞき込もうとすると、彼はそれをサッと背中に隠した。
そのちょっと意地悪そうな顔にもときめいてしまうなんて、私は相当重症なんだろうか。
「じきに出発するから急ごう」
レオ様は私の分の荷物も持って、歩き出す。
プラットホームへ向かう途中の雑踏の中でも、身長も高い上に、驚くほど端正な顔立ちをしているレオ様はとても目立った。
男女問わず、間に合わないと急ぎ足の乗客たちさえも、フードから垣間見える彼の美しい面貌に、足を止めてぼうっと見入るほど。
そうよね、あれだけ大勢が集うパーティーでだって、彼は決して埋もれたりしないんだから。
視線を感じて見上げると、レオ様が私の方を真顔でジッと見下ろしていた。
「あ、の……?」
「え? ああ、ごめん、ちょっと見つめすぎた。ソフィーが俺を選んでくれるなんて、正直思わなかったなって思って。少なくとも最初は俺のこと、何とも思ってなかったろ?」
答えに困ったけれど、隠しても無駄だと笑われた。
「だったさ、いつから? いつから俺を好きになってくれたの?」
微笑んではいるけれど、とても真剣な問いに思えた。
「それは……」
いつから、というのはとても難しい質問だった。
初めて出会ったとき?
初めてキスをされたとき?
それとも……人間のために死を覚悟した彼の、あまりに美しい瞳を見たとき……?
正直、分からない。
はっきり自覚したのは、ほんのついさっき。陛下に、好きなのだろうと言われたときだったから。
「えーっと……」
「言わないとキスするよ。言ってもするけど」
いつの間にか身を屈めていたレオ様に、唇をくっつけるように耳元で囁かれ、カッと身体が熱くなった。
声のいいレオ様にそんなことをされると、腰が抜けそうになる。
「あの、レオ様……わ、私、自分の荷物は自分で持ちますから」
誤魔化すように、彼の手にある自分のトランクに手を伸ばす。
「いいよ、結構重いみたいだし」
「でも、それだと……手が繋げないので……」
両手にトランクを持っていたレオ様が、不意に歩みを止めたせいで、数歩追い抜かしてしまった。
「レオ様……?」
振り返ったけれど、レオ様はうつむいていて表情が読めない。
「……ちょっとごめん」
何だろう、何か怒らせた?
「レオ様?」
急に方向転換してどこかへ向かう彼の後を、慌てて追いかける。
「レオ様……」
人気の無い、少し薄暗い階段下で立ち尽くす彼の背中に近寄った瞬間、ドサッとレオ様の両手からトランクが落ち、私は背中から壁に押しつけられた。
理解する間もないほど素早く、性急に唇を重ねられる。
今までしていた軽いものじゃない、大人の深く熱いキス。
「んっ……ん、っ」
静かなその一角で、レオ様と奏でているくちゅくちゅという水音が、やけに耳について羞恥を覚えた。
唇が離れると、一瞬唾液の細い銀糸が引く。
レオ様の頬も、心なしか上気していた。
「可愛すぎ。ちょっと理性飛んじゃったよ」
そうやってサファイアブルーの瞳を細めて微笑む彼が、とてもセクシーだった。
顔が、扇ぎたくなるほど熱くて仕方ない。
もう恥ずかしすぎて、目が合わせられなかった。
「どうしたの、ちゃんと俺を見て?」
「あの……、すみませんっ、ちょっと……恥ずかしくて」
俯く私のあごをそっと持ち上げられ、無理矢理視線を合わせられる。
こんなに綺麗な碧の瞳にまっすぐ見つめられ、そこに映し出された私の姿は自分でも驚くくらい、女の顔をしていた。
そのせいでまた目をそらして俯きたくなるのに、レオ様はそれを許してはくれない。
「ほんと、たまらない……」
「ふ、ん……っ」
再び合わせられる唇と舌の熱さに浮かされながら、懸命にレオ様の襟元を握りしめる。
その手をそっと大きな掌で包んでくれたことに、とても胸をくすぐられた。
――ポーッ
遠くの方で、出発を知らせる汽笛が鳴る。
「まずい、行かなきゃ。ごめん、大丈夫だった?」
ハアハアと、全力疾走した後のように肩で息をする私の髪を撫でる。
まだ慣れない大人のキスに、私はただ身を強ばらせるしかできなかった。
「苦しくならない方法、あとでゆっくり教えてあげるよ」
濡れた唇を撫でられ、背中がゾクリとした。
彼はいちいち官能的すぎる。
「ソフィー、こんなこと言うのっておかしいと思うかも知れないけど……。俺を選んでくれて、ありがとう」
「レオ様……」
レオ様はそう言ってくれたけれど、お礼を言わなくちゃいけないのは、私。
愛してくれて、支えてくれてありがとうと言わなくちゃいけないのは、私。
「ほら、出発するよ。行こう」
「はい!」
これからどんなことがあっても、きっと乗り越えられる。
私もずっと、彼を支えていくと決めたから。
自由を愛する彼の伸ばした手を、私はしっかりと握り返した。
あとがき
……なんていう、別の未来があったりしてw
リクエストありがとうございました!
まだまだ募集しております^^